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第二話:おっさんはレベルリセットに付き添う

 早朝、俺はフィルと共に街を出ていた。

 俺がレベルリセットをした洞窟へ向かうためだ。

 あの洞窟は俺がいた村とルンブルクの中間地点にあるため、全力でラプトルをとばせば、半日程度で着く。


「この服を着るのは久しぶりです。ユーヤ、変じゃないですか? 昔は気になりませんでしたが、この年齢になると気恥しいものがあります」


 どこか照れくさそうにフィルが問いかけてくる。

 フィルの服装は冒険者時代の戦闘服だ。

 風の加護を受けた最上位装備であり、緑と白を基調にしつつスタイリッシュで多少の露出もある。

 フィルの実年齢は二十後半だが、エルフの特性により見た目は十代後半なので違和感はない。

 それどころか、すらりとした美しい肢体のフィルに良く似合っており、まるで妖精のようだ。


「かわいいと思う。街を歩くとき気が気じゃなかった。すれ違った男どもが、みんな振り向いてフィルを見ていた。恋人として誇らしくはあるが、それ以上にむかむかしたな」


 ラプトルを馬小屋から回収して、外へと向かう途中、すれ違った人々はみんな呆けた顔でフィルを見ていた。

 それほどまでに今のフィルは可愛らしい。


「嫉妬してくれてうれしいです。いい歳してこんな格好をするのは不安でしたが、ユーヤが可愛いって言ってくれるなら頑張れます」

「……フィル、はやく出発しよう」

「はいっ。ラプトルさん、今日はお願いします」

「キュイー!」


 ラプトルが元気よく返事をする。

 さきにラプトルにまたがり、フィルを引き上げる。

 フィルが後ろから手を回しぎゅっと抱き着いてきた。相変わらず、フィルはいい匂いがする。香水ではなく豊かな緑を思わせるどこか落ち着くフィル自身の香り。

 その匂いとフィルの暖かさを楽しみながら、俺はラプトルを走らせた。


 ◇


 一度休憩を挟み、昼を回ったぐらいの時間で目的地のダンジョンに俺たちはたどり着いた。


「ラプトルさんにも、疾風の首飾りの効果があるのは驚きでしたね」

「そうだな、試してみるものだ」

「キュイッ!」


 ラプトルが誇らしそうに首飾りが付いた首を逸らす。

 疾風の首飾りはフィルの所持しているダンジョン産のレアアクセサリーで移動速度30%アップの効果がある。


 フィルがダメ元でと、ラプトルの首に巻いたのだが、その効果がしっかり現れて、かつてない速度でラプトルは走ってくれた。

 これがあればフレアガルドへ予定より、一日か二日早く到着できる。

 嬉しい誤算だ。


「フィル、あの洞窟が隠し部屋があるダンジョンだ」

「見たところ、普通の野良ダンジョンですね。地下型ですし、まともな冒険者は入らないです」


 光が差さず、視界が確保しづらい上に罠が多い地下型迷宮は不人気ナンバー1であり、ましてや危険度の高い野良ダンジョンなど、避けて当然だ。


「だからこそ、冒険者たちが隠し部屋に気付けなかったんだ。さて、中に入ろうか」

「ええ、がんばります。早く、勘を取り戻さないいけませんしね」


 フィルと二人で地下型のダンジョンに入っていく。

 俺は【光水晶】であたりを照らし、フィルは翡翠色の瞳に力を込める。

 先祖の血を色濃く継いだエルフに顕現する【翡翠眼】をフィルは持っている。


 フィルとティルの家系は、エルフの中でも指折りの名家だからだろう。

 そういえば、共に旅をしていたころフィルは定期的に実家から結婚して子供を産め、血を絶やすなとぐちぐち言われて辛いと愚痴をこぼしていた。

 ……思えば、あれはフィルからのアプローチだったのかもしれない。


 フィルはエルフの村を救った冒険者たちに憧れた。冒険者になると言い出し、猛反対されたことで家出し、路頭に迷ったところを俺が拾った。そういったこともあってしばらく絶縁されていた。

 その数年後、エルフの村を襲ったとある大事件を俺たちのパーティが救い、その折にフィルは実家と和解している。


 それ以降はちょくちょく里帰りをしているし、手紙も送っており、家族仲が良好だと聞いていた。

 そんなフィルがいたからこそ、ティルも冒険者に憧れて家を飛び出したのだろう。


「さっそく、敵が現れましたね」


 フィルが弓を構える。

 【世界樹の弓】強い魔力を感じる木製の弓だ。世界最高の霊木である世界樹の枝を使い、霊糸の弦を張った最上級弓の一種。


【世界樹の弓】は攻撃力補正、魔力上昇補正に優れる上、特異能力がある。それは成長すること。

 持ち主の魔力や、倒した魔物の命を吸い取りどんどん弓自体が成長していく。


【世界樹の弓】はフィルとずっと戦い続け、今ではとんでもない性能になっている。

 おそらく、フィルはレベル1になっても【世界樹の弓】の力、それに製作者のレベルに応じて強力な矢が作れる【矢生成】で作りためした矢の相乗効果。さらに攻撃力を高めるアクセサリーを組み合わせれば中堅冒険者程度の火力は維持できる。


「突き当りまで魔物は見えないが、曲った先に魔物が待ち構えているのか?」


 俺たちが歩いている直線には魔物が見えない。魔物がいるとしても曲がった先だ。

 普通であれば【気配感知】でもなければ潜んでいる魔物が見抜けないはず。


「はい、風の流れがそう言っています」


 しかし、なにも見えない敵を見つける手段は【気配感知】だけではない。フィルには風が見えている。

 だからこそ、視界に入っていないものすら感じ取れる。

 潜んでいる魔物に気付かずに曲がった瞬間、襲われれば不利な戦いになっていただろう。


 このまま魔物がしびれを切らして飛び出してくるのを待つのがセオリーだ。

 しかし、フィルなら射線が通っていなくても狙い撃てる。


 フィルが矢を取り出し、矢羽をかみ切ってから、矢を放った。

 矢が曲がる。直進性を高めるための矢羽だが、こうすることで空気抵抗が変わり曲射もできる。

 曲がり角から魔物の悲鳴が聞こえてきた。


「さて、行きましょう。早くしないと今日は野宿になってしまいますよ」


 妹のティルも超一流の弓使いではあるが、フィルはその上を行く。

 フィルは風の流れをはじめとし、ありとあらゆる情報から見えないものを感じ取ることができるし、今見せたような曲射は小手調べで、さまざまな技能を身に着けており、射線が通ってなくても強引に当てる。


 フィルがパーティに加われば、ティルは教えを受けて成長するだろう。

 ルーナやセレネの前衛組は俺が鍛えることができているが、ティルを鍛えることはできずにどうしたものかと悩んでいた。その悩みもこれで解決だ。姉として、妹をビシバシ鍛えてもらおう。


「腕は衰えていないようだな」

「……実は、たまにストレス発散のためにダンジョンに潜っていました。ギルド嬢をやってると、たまーに思いっきり矢をぶっぱなしたくなるんですよね。仕事着のまま弓を担いで、ぱーってやるとすっきりするんです」

「なかなか、派手なストレス解消だ。受付嬢も大変だな」

「ええ、本当に。勝手なことばかりいう冒険者、先輩受付嬢の虐め、きついノルマ、上司のセクハラ、強引なデートの誘い、ストーカー。ありとあらゆるストレスの宝庫ですね。もちろん、やりがいもありますけど」


 苦笑しながら相槌を打つ。俺たち冒険者は受付嬢の世話になっているのだが、客の立場であるため彼女たちをいたわる気持ちがあまりない。

 これからは、もう少し優しくしよう。


 ◇


 視界が闇に覆われる地下型ダンジョンだが、フィルと二人であれば余裕を持って進んでいける。

 お互いの動きがよくわかっているので、自然とカバーし合う。


 一人で来た時とは比べ物にならないペースだ。

 前回と違って明かりが松明ではなく光水晶だというのも大きい。あっという間に、隠し部屋の入口にたどり着いた。

 石像を押すことで封印の紋章が刻まれた紋章が露わになる。


「石像の後ろに隠し扉があったんですね。こんなの気付きませんよ」

「この先に、レベルリセットができる部屋がある。その扉は、レベル上限に到達したものしか開けない。フィル、手をかざしてみろ」


 フィルがこくりと頷いて手をかざす。

 すると扉の封印が解かれて、音を立てて扉が開く。

 フィルが生唾を飲み、俺の顔を見てくるので頷く。

 そして、二人で通路の先へと進んでいった。


 ◇


 レベルリセットの間にたどり着いた。

 何気なく、ルーナが閉じ込められていた水晶の位置を見る。


「大丈夫なようだな」


 水晶の位置には何もなかった。

 いや、青い水晶の首飾りが落ちている。手に取ってみる。魔力を感じた。魔道具ではあるが機能まではわからない。


 ルーナと出会ったときはてんぱっていて気付かずに見落としていたようだ。アイテム名は【ブルー・クリスタル】。

 ルーナの失われた記憶に関係するかもしれない。今度、彼女に渡そう。


「フィル、さっき話したように壁の光水晶を女神像にあるくぼみにはめるんだ。そしたら、頭に声が響く。頷けば特典をもらってレベルリセットができる」

「いよいよですね。さすがに緊張します」


 フィルが震える手で光水晶を掴んだ。

 そして、女神像にはめ込む。

 彼女は呆けた顔で女神像を見つめ続ける。おそらく、今頃女神の声を聴いているのだろう。


 フィルの体が温かな光が包まれていく。

 そして、フィルのレベルが見えるようになった。1と表示されている。他人のレベルが見えるのは相手のレベルが自分以下の場合だけだ。


「ユーヤ、終わりましたよ。本当にレベル1になっちゃいました。また、1からです。ちょっと悲しいですけど、前より強くなると思うとわくわくします」

「その意気だ。予定より踏破が早く済んだし、フィルの貸してくれた【疾風の首飾り】のおかげで往復の時間も減る。できれば、戻ってすぐにクラスを得て、その足で隠しダンジョンのステータス上昇幅固定もしてしまいたい……かなり無茶なスケジュールだが耐えられるか?」

「もちろんですよ。ユーヤと一緒に冒険していたときは、まる二日寝ないとか普通だったじゃないですか」

「だな。あのころはよく無理をした」


 一流の冒険者にもなると、状況によってはこれぐらいの無茶は平然とする。

 フィルならあっさりとやり遂げるだろう。


「じゃあ、急いで戻るぞ。……レベル1で一撃でも喰らったら命にかかわる。いつも以上に気を付けてくれ」

「そうですね。もともとの装備が機動性重視なので、攻撃力に比べて防御力は補え切れてない部分があります」


 フィルは俺の意図を言葉にしないでも感じ取ってくれた。


「俺から離れるなよ」


 フィルは最高の装備を持っているとはいえ、今はレベル1。

 俺が守ってやらないと。


「……『俺から離れるなよ』。なんかきゅんってしますね。なら、お言葉に甘えてずっとユーヤにくっついています」


 笑いながらフィルが腕を組んでくる。


「甘えられて悪い気はしないが、離してくれ。今、俺が身動きとれなくなるのはまずい」

「わかってますよ。でも、この部屋を出るまではこうしています。それなら安全ですよね」


 それなら仕方ない。

 俺はフィルとくっついたまま隠し部屋を出る。

 できるだけ早くルンブルクに戻ろう。

 今日中に、クラス付与とステータス上昇幅固定が終わればフレアガルドに一日早くたどり着ける。

 早く、みんなと合流して最高のパーティを結成するのだ。

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