第一話:おっさんは恋人を迎えに行く
フィルが待つルンブルクに向かってラプトルを走らせる。
魔物だけあって、ラプトルは馬よりもずっと速いし体力もある。風を切る感覚が気持ちいい。
気性は荒い生き物だが、共に過ごすうちによく懐いてくれていた。
体力回復ポーションを定期的に飲ませながら走っている。
こうすることで、キャラバンなら数日かかる距離も一日でたどり着くことはできる。
さすがにパーティでの移動には使えないが二人までならこれが最速の移動方法だ。
「おまえとこうしていると、昔を思い出すよ」
「キュイー! キュイッ」
ラプトルを購入したのは、レナードたちと別れてからだ。
小さな村を拠点にしたので、買い出しなどで外の街へ行く機会が増え、足が必要になった。
もう、パーティを組むこともないからと、最大でも二人しか乗れないラプトルを選んだ。
ただの乗り物として購入したが、長い年月を過ごすうちに愛着が湧いてきた。
孤独を癒してくれたのはこいつだったかもしれない。
「さあ、行こうか」
ラプトルを急がせる。
できれば、明日の正午までにはたどり着きたい。
◇
日が暮れたところで野営を行い出発してしばらくしたころ、トラブルが発生した。
詠唱をしながら振り返る。
魔物に追われていた。俺を追っているのはワイルド・ウルフという大型の狼だ。
レベルは20半程度で敏捷力に優れる。
ラプトルの足なら大抵の魔物を振り切れるが、こいつらからは逃げられない。
キャラバンとは違い自分の身は自分で守るしかない。
ルーナと二人でルンブルクに向かう際、ラプトルではなくキャラバンを使ったのは低レベルでは非常に危険だったからだ。
だが、今は違う。
俺のレベルは30。この程度なら容易に撃退できる。
振り返りながら狙いを定める。
ラプトルは柔軟な筋肉と関節を持っているため、馬よりも揺れは少ないが、走っていればある程度揺れる。よく狙わないと当らない。
詠唱が終わり、手の平に雷の弾丸が完成する。
中級雷撃魔術【雷嵐】カスタム、【超電導弾】。
詠唱時間を遅くし、攻撃範囲を狭めることで射程と威力に特化したカスタム魔術。
揺れが収まった一瞬、完全に狙いが定まった。
雷の弾丸を放つ。
「ギャンンッ」
雷速で飛来した弾丸は、一瞬でワイルド・ウルフを貫き黒焦げにする。一匹貫通しただけでは勢いは止まらず、その背後にいた魔物まで貫いた。
二匹は即死だ。ワイルド・ウルフが青い粒子に変わりドロップアイテムである青い毛皮を落とした。
ワイルド・ウルフの群れは今の一撃を警戒して足を止めてこちらを睨む。
ドロップアイテムを拾いに行きたいが、あの群れに飛び込んでいくことになる。群れ相手でも俺は負けないだろうが、ラプトルが喰われてしまいかねない。
せっかくなのでこのまま逃げさせてもらおう。
ラプトルを急がせる。
ワイルド・ウルフたちは追ってこない。
ああ見えて、かしこい魔物だ。危険な獲物はとっと諦めて、別の弱い獲物を食うほうがいいとわかっているのだ。
あっという間にワイルド・ウルフは見えなくなった。
「よくやったな」
「キュイー!」
ラプトルの口の中に好物のリンゴを放り込んでやる。
走りながら嬉しそうに咀嚼している。もう少ししたら休憩を挟み体力回復ポーションを飲まそう。
このペースなら正午までになんとかたどり着けるだろう。
◇
なんとか昼過ぎにルンブルクにたどり着いた。
ペース自体は良かったが、魔物の襲撃が多かった。
すべて返り討ちにしたものの、到着は随分と遅れてしまった。
馬屋をレンタルしてラプトルを預け、たっぷりとリンゴを食べさせ、フィルのマンションを目指す。
途中で、黒い剣をもらった武器屋に寄り道して二本とも剣を預けてメンテナンスを依頼した。追加料金を払い、夜までに仕上げてもらえるように頼んである。
出発は明日の朝なので、夜に受け取れば問題ない。
記憶を頼りにフィルのアパートのある通りを歩いていると視線を感じた。
「ユーヤ、予定より早いですね」
声のしたほうを見るとフィルの部屋の窓が開いており彼女が手を振っていた。
「フィルに会いたくて急いで来たんだ。そういうフィルこそ、俺が待ち遠しくてそうやって、窓から外の様子を伺ってたんじゃないか」
「ばれちゃいましたか、早く部屋に来てください。ずっと寂しかったんですから!」
フィルは嬉しそうにこっちが恥ずかしくなるようなことを言う。
ようやくの再会だ。
離れていたのは一か月ほどだが、フィルが愛おしくてたまらない。早く部屋にあがって抱きしめよう。
◇
フィルの部屋に入る。
するとフィルが飛び込んできた。
「おかえり、ユーヤ。ずっと会いたかったです」
「俺もだよ」
フィルが熱を帯びた瞳で見上げてくる。
黙って口づけを交わすとフィルが応えてくれる。久しぶりのフィルの唇は甘かった。
唇を離す。フィルは名残惜しそうな顔をしていた。
「フィル、仕事は無事に終わったのか」
「はい、多少のごたごたはありますがなんとか落ち着きました。あとは残された人の頑張り次第ですね」
「そうか、こんな短期間で立て直すとはさすがはフィルだ」
「褒めても何も出ませんよ」
フィルと笑いあう。
そのまま部屋の中へと案内され、茶を振舞ってもらう。
「いい茶だな」
「来客用の中でもとっておきです。ここの部屋は今日引き払いますし、なるべく荷物は使っちゃわないと。大容量の魔法袋でも限度はありますからね」
言われてみると、フィルの部屋はすっきりしていた。
フィルの魔法袋は俺と同じく最上級品で200kg収容できるとはいえ、家具などを入れてしまえば、それぐらいの容量はすぐに使い切ってしまう。処分が必要だ。
お茶を飲んで一息つくとフィルの空気が変わった。
笑顔ではあるが、目が怖い。
「さて、ユーヤ。ルーナちゃんやティルと子づくりしてるってどういうことですか? わかるように説明してください。ティルならともかく、ルーナちゃんはそんな嘘はつかないですし」
フィルは妙にプレッシャーをかけてくる。
おかしい、手紙に書いたはずだが……。トラブルがあって手紙が届かなかったのだろうか? 鳥たちが途中で事故に遭うこともたまにある。
とはいえ、想定していた質問なので、驚きはしない。用意していた答えを言おう。
「グリーンウッドで使い魔の卵を手に入れたんだ。今、使い魔の卵を孵すために温めているところだ。俺も温めるのを手伝っているから、あの子たちは使い魔が俺と自分たちの子供だって騒いでいる。俺があの子たちに手を出すわけがないだろ。まだ、子供だぞ」
じとーっとした目でフィルは俺の顔を覗き込む。
そして、息を吐いた。
「ほっとしました。ユーヤが私の目の届かないところでルーナちゃんとティルを手籠めにしているんじゃないかって……」
「俺はロリコンじゃない。もっと恋人を信用してくれ」
「……私はあの子たちと同じ年のときからユーヤが好きになっていました。私はそれを口に出せませんでしたが、あの子たちなら素直に口にして強引に迫るかもしれませんし。そしたら、ユーヤなら受け入れるかもって」
顔を逸らしてぼそぼそと言うフィルにデコピンをする。
「痛い、何するんですか」
おでこを押させてフィルが恨みがましい目で見てくる。
「少しは俺を信用しろ。恋人を悲しませるようなことはしない」
「疑って、ごめんなさい。……ついでに聞いておきますが、ルトラ姫とも何もないんですか。ちっちゃなころから、ユーヤにべったりだったじゃないですか。私のことも睨んで来たし。ユーヤに迫ってきても不思議じゃないです」
「何もないさ。あの子は俺の弟子だ。そもそも相手はお姫様だぞ、手を出せるわけがない」
良かったとフィルがつぶやく。
「これで安心して旅に出られます。ユーヤ、お腹空いてますよね。美味しい店に案内しますよ」
フィルの案内する店はきっと美味しいだろう。
ギルド嬢は街のことを知り尽くしている。
だけど……。
「それはいい。それより、フィルの料理が食べたい。それが俺にとって最高のご馳走だ」
「もう、しょうがないですね。せっかく調理器具片付けたのに、取り出さないと。材料も今から買って来なきゃ。ユーヤはわがままなんですから」
言葉とは裏腹に、すごく嬉しそうだ。
俺に料理を作るのを喜ぶフィルを見ていると、俺も嬉しくなる。
「材料は俺の手持ちを使え、野営用に調味料は持ち歩いているし、うなぎ肉がある」
調味料は魔法袋の容量を消費してでも持っていたほうがいい。食料は魔物のドロップ品などで確保できるが、調味料がないとまずい。長期間ダンジョンに潜る場合は、まずい飯では気が滅入ってしまう。
「うなぎ肉ですか!? うわぁ、うなぎなんて久しぶり。食べるのが楽しみです。手早く仕上げちゃいますよ」
フィルが俺から材料を受け取って厨房に向かう。
エプロンをして料理をするフィルの姿は、ぐっと来るものがあった。……後ろから襲いかかりたいが、それでフィルの手料理がお預けになれば目も当てられない。ここは我慢だ。
◇
フィルのうなぎ料理を堪能した。
ぶつ切りにして、湯通ししたあと、特製ソースをたっぷり絡めて炒めたものだ。
甘辛く俺好みの味付けで箸が進む。
フィルは、俺のたべるところをにこにこと眺めていてくすぐったくなる。
雑談を交えながら食事を終えた。フィルと一緒にいるとそれだけで幸せだ。
もう少し、この気分に浸りたいが、そろそろこれからのことを話そう。
「謝りたいことがある。俺はフィルに嘘を言っていた」
「嘘ですか? もしかして、私を好きだっていうのが」
「……そういうたぐいの嘘をつくほど俺はクズじゃないぞ」
フィルは基本的にマイナス方面で考えるタイプだ。
冒険者としてはそちらのほうが長生きできるとはいえ、日常生活では些細なことで悩んでしまう。
「俺の嘘はレベルリセットについてだ。レベルリセットは、ダンジョンで出会ったモンスターの能力と言ったが、あれは嘘だ。とあるダンジョンの隠し部屋に、最大レベルの冒険者のレベルをリセットしてスキルポイントを20ポイント、全ステータスが10ポイント加算された状態でレベル1に戻れる女神像があった」
フィルが息を呑む。
超一流の冒険者であるフィルには、どれだけすごいことなのかがわかる。
「そんなの反則じゃないですか! 冒険者たちがこぞってやってきます」
「それだけじゃない。ルンブルクのダンジョンには、レベル上昇時のステータスを最大値で固定する隠し部屋がある。俺はその二つの力を使い、特典をもらったうえでレベルを1に戻し、今までのレベルアップですべて最大値を引いている」
「なるほど、ユーヤはレベルの割に強すぎると思っていました。そういうわけですか。ずっと苦しんでいたユーヤへの神様からのご褒美というわけじゃなかったんですね」
フィルが顎に手を当て熟考している。
いろいろと検証しているのだろう。
「黙っていて悪かったな」
「いえ、それだけの情報です。共に旅をする者以外に話さないのも納得できます。……ユーヤ、これを話したということは」
「フィルにもレベルリセットとレベル上昇の最大化をやってほしい。今まで積み上げたレベルを消すことになるが、最強を目指すならやったほうがいい。もっとも、フィルに判断は任せるつもりだ」
「やります」
即答だった。
上昇志向の強いフィルなら必ずそう選ぶと思っていた。
「明日、その隠しダンジョンに向かう」
実はあのダンジョンはルンブルクと俺のいた村の間にあった。
それなりに近く、早朝に出発すれば日が暮れるまえにたどり着ける。
「わかりました。旅支度をしますね。冒険者装備なんて数年ぶり。わくわくします」
フィルが魔法袋から冒険者時代の装備たちを取り出す。
どれも最上位アイテムだ。売らずに取っていたのは冒険者に未練があったからだろう。
「さすがに今日は出れない。出発は明日の早朝だ」
「あっ、そうですね。気が逸っちゃいました」
ラプトルは夜目が効くとはいえ、ラプトルを操る俺はそうではない。非常に危険だし、この二日走りっぱなしでラプトルも疲れており、休ませてやりたい。
それだけじゃなく、俺の事情もあった。
「……その、明日の朝まで時間がある。今日、この部屋を引き払うんだろう? フィルが良ければ宿をとって愛し合わないか。……フィルの手料理にも飢えていたが、そういう方面でもフィルに飢えている」
俺の言葉を聞いて、フィルがエルフ耳まで真っ赤にする。
真っ赤な顔のまま俺を見てこくりと頷く。
それから、フィルの部屋を二人で掃除しカギを返却してからメンテを依頼していた剣を受け取り、宿に移動して愛し合った。
久しぶりだったこともあり燃えた。
たっぷり愛しあった後は、これからの予定を話し合った。
明日はレベルリセットをして街に戻りしだい、フィルのコネでクラスを得られる部屋に入らせてもらい、クラスを得る。
明後日はステータス上昇固定を行い、フレアガルドに向かって出発する。
「ユーヤ」
俺の隣で裸で眠っているフィルが俺の名を呼ぶ。
そのフィルの頭を撫でる。
フィルがレベルリセットすれば一時的にだが彼女は弱くなる。自分のことを自分で守れないぐらいに。
フィルを守れるのは俺だけだ。この手の中のぬくもりを失わないように頑張らないと。




