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エピローグ:おっさんは新たな舞台に思いを馳せる

 なんとかボスであるミノタウロスを倒せた。

 セレネが予想以上に、ミノタウロスに怯えたのは計算外だったが、結果的には良かった。

 恐怖に打ち勝つ経験は得難い。

 同じような状況で立ち上がるきっかけになる。


 そして、もうすぐ加入するフィルのために必要なパーティ上限増加アイテムを作るための片割れ、【絆の糸】を得ている。低ランクボス共通ドロップテーブルでしか出ないアイテムだ。一発で手に入れられたのは運がいい。

 他にもミノタウロスのレアドロップ、【ミノタウロスの紅角】も得た。これを使うと炎属性を持ち攻撃力が非常に高い剣を作ることができる。ボスのドロップ品は適正レベルに関係なく強力な武器を作れるのだ。

 次に向かう炎と鍛冶の街フレアガルドなら、こいつを剣に変えられる超一流の職人がいる。早速鍛えてもらおう。


「おまけ、おまけ♪」

「ルーナ、楽しみだね。どんなおまけだろ」


 お子様二人組が元気よく、ボスの間の奥にある部屋へ進んでいく。

 ボスの間の奥にある扉を抜けた先には小さな部屋があった。

 部屋の隅には出口に繋がる魔法の渦、中央には宝箱がある。

 その宝箱こそがボス攻略のご褒美だ。


「ルーナ、開けてくれ」

「任せて!」


 宝箱を空けるのは【解錠】スキルを持つルーナの役割だ。

 スキルレベルが5のためどんな罠も通用しない。

 キツネ尻尾をぶんぶんと振りながらルーナが宝箱を開けた。


「ユーヤ、見て。【転移石】」

「大物だな。ボスを倒した先には必ず宝箱があってな。その宝箱からはレアアイテムが出やすいんだ」


 ボスは倒すのに苦労するが、倒しさえすればボス自身のドロップ、ランクごとのボス専用ドロップテーブルに加えて、こんなおまけまである。

 ご褒美の宝箱からは【転移石】や容量が大きい【道具袋】などよほどの幸運でない限りでないアイテムが高確率で手に入るし、この宝箱でしか手に入らないアイテムもある。


「セレネ、この【転移石】はお前が身に着けておけ」

「また、私がもらっていいのかしら」

「俺もルーナもティルもすでに身に付けている。パーティ全員が【転移石】を持っているといつでも逃げられるからな。早いうちに手に入って良かった」


 俺たちが持っている【転移石】はフィルからもらった分だけで、全員分はなかった。セレネの分は前から欲しかったのだ。


「いいものが手に入ったけど、ごちそうはお預け」

「ミノタウロスのレアドロップもお金にできないしね。残念だけど、今日はいつもの酒場かな」


 二人はご馳走を食べる軍資金が手に入らずにがっくりとしている。

 だが、その心配はない。


「いや、ヌメリ・アンギラのドロップしたウナギ肉(並)は高く売れる。それもクエストで割り増しで相当いい値段になるんだ。とびっきりのご馳走を食べさせてやるぞ」


 二人の顔が輝き、いつもの謎ダンスを始めた。

 ウナギ肉(並)はたっぷりと魔法袋に入っている。

 手つかずで残っていたヌメリ・アンギラを乱獲できた上、ルーナの【ドロップ率上昇】のおかげだ。


「みんな、帰ろうか」

「ん。ご馳走が待ってる」

「今日はお酒にリベンジだよ!」

「……酒場に着くまでに立てるようになっているといいのだけど」


 そうして、俺たちは魔法の渦に飛びこんだ。

 ギルドに納品し、宿に戻って着替えたらさっそく酒場に行こう。


 ◇


 ギルドでクエストの達成報告と、それでも余ったウナギ肉(並)を引き渡した。

 例によって例のごとく受付嬢を驚かせてしまった。

 やっぱり、ウナギ肉(並)は高い。通常でも豚肉(並)の三倍近い値段だ。クエストで五割増しの買い取りなのでとてつもない収入になる。

 この値段が付くのも納得だ。ウナギ肉(並)は希少かつ、とてつもなくうまいのだ。

 ギルド嬢に食材持ち込みで料理を作ってもらえる店を聞いた。今日の打ち上げでもたっぷりとウナギ肉を楽しむために、よりすぐりの店を選ぶのだ。


 ◇


 宿屋で着替えてから酒場に来ていた。

 今日の店は個室が用意されており、高級感がある店だ。値段もそれなりにする。

 その代わり、いろいろとわがままを聞いてもらえるし料理も美味しい。

 ウナギ肉(並)は渡してあり、ワイン煮込みをメインにしてもらうように頼み、了承してもらっていた。


「ユーヤ、上品な店! ルンブルクで最後に入った店に似てる」

「たまにはこういうのもいいかもね。セレブって感じがする」


 ルーナとティルは物珍しそうに部屋の内装を見ていた。

 調度品の数々はセンスが良く、見ているだけでも楽しい。


「セレネはこういう店のほうが慣れているだろ?」

「そうね。なつかしい感じがするわ」


 セレネの正体はルトラ姫。

 この店でも格が低すぎるぐらいだ。

 飲み物が運ばれてくる。エールが一つにワインが三つだ。

 お子様二人組は前回潰れたリベンジを果たそうと燃えている。こんどこそ大人の楽しみ方をするらしい。今日も無茶するようなら止めよう。


「無事にボス戦を終えたことを祝って、乾杯」

「「「乾杯!!」」」


 盃をぶつけ合う。

 そして、それぞれの酒を楽んだ。

 エールを流しこむ、疲れた体にほどよい苦みが染み渡る。

 やはり、俺の口にはエールが合う。

 一気飲みでジョッキを空にして、即座にお代わりを頼む。はじめにこれをやらないと調子がでない。


「ワインも店によってずいぶん違うのね。このお店はぶどうの味が濃いわ」

「ん。全然違う。こっちも美味しいけどルーナは前の店のほうが好き。向こうのほうが甘かった」

「私はこっちかな。果物の香りがするほうが好みだもん」


 ここのワインは一級品とまでは言わないまでも、しっかりしたもののため、混ぜ物が最低限なのだろう。

 グラスではなくジョッキでワインが出されるのを見ると、ここが本当の意味での上流階級向けではないと認識させられる。

 背伸びした一般人や、収入のいい冒険者向けの店なのだろう。


「セレネ、一口もらっていいか」

「ええ、構わないわ」


 一杯もいらないが味見をしてみたい。

 セレネのジョッキを借りる。なるほど、ちゃんとしたワインだ。


「ありがとう、セレネ」

「えっ、ええ、どういたしまして」


 セレネが顔を真っ赤にしている。

 間接キスで照れるなんて、さすがはお姫様だ。冒険者で特にダンジョン内で夜を明かすような長期の冒険の場合、こんなことは言っていられない。

 ちょっとずつ、耐性を付けてもらったほうがいいかもしれない。


「ユーヤ、一つ一つの料理は少ないけど、美味しいのがたくさん!」

「盛り付けが綺麗だしすごく手が込んでるよね!」


 ここの店ではコース料理だ。

 少量の料理が次々に運ばれてくる。ルーナとティルは料理が来るたびに瞬殺して、次に期待を込めて目を輝かせて待つ。

 うん、いい味だ。高い金を取るだけはある。

 たまの息抜きにはいい店だ。

 そして、今日のメインディッシュが来た。店員が部屋に入った瞬間、けむりと共にうまそうな香りが漂ってくる。


「嗅いだことがない匂いね」

「セレネはウナギは初めてか」

「ええ、ユーヤおじさまの大好物。食べるのが楽しみだわ」


 大皿に乗ったウナギのワイン煮込みが目の前に置かれる。

 ウナギのワイン煮は好物であり、フィルと一緒に暮らしていたときはよく作ってもらった。そのためにウナギ肉は売らずにストックしていたぐらいだ。


 香味野菜とバターの香り、なによりウナギの脂の甘い香りが広がってくる。

 さっそく取り分けてもらう。

 ナイフを入れると、ウナギ独特の弾力で押し返してきて嬉しくなる。

 口に含みぷりぷりとの食感を楽しむ。脂の乗ったウナギの旨味が口の中に広がった。

 赤ワインとトマト、たっぷりのハーブがくどくなりがちなウナギの油を中和して旨味だけを強調する。嚥下するとすぐに次をまた食べたくなる。

 口の中から旨味が消え去る前にすかさずエールを流しこむ。

 最高だ。脳髄に響くうまさ。


「これが喰いたかった」


 ウナギ肉は高価なうえ、希少なので滅多に店に出回らない。

 自分で獲ったときにしか食べられない最高の贅沢だ。

 この街で、ヌメリ・アンギラに出会えてよかったと心底感じる。


「ユーヤ、これ美味しい! お魚なのに、ぜんぜんぱさぱさしない!」

「こんな美味しい魚がいたんだ。知らなかったよ。エルフの村にはこんなのなかった! お代わり!!」

「私も驚きだわ。すごく生命力にあふれた味。食べてるだけで元気になっていくわ。ユーヤおじさまに出会ってからおどろきの連続ね」


 ウナギのワイン煮込みは大好評ですぐに消えていく。

 酒もすすむ。

 ルーナとティルはワインをすでにジョッキで二杯分飲んでいた。三杯目を頼もうか、悩んでいる。

 結局、三杯目はルーナはミルク、ティルは葡萄ジュースを頼んだ。賢明な判断だ。あの二人は体が小さい分、酒の回りも早い。これぐらいが適量だろう。


 メインの後はデザート。

 生クリームたっぷりのケーキだ。みんな、女の子だけあって甘いものは大好きで飛びつく。

 ケーキを食べ終わったあと、紅茶を楽しむ。

 みんな、この店の料理を堪能した。

 さて、そろそろいいか。

 頃合いを見て口を開く。


「みんな、聞いてくれ。これからのことを話す」


 今日は祝勝会だが、それだけでなく今後のことを話すために個室の店を選んだ。

 ルーナたちの視線が俺に集まる。


「俺たちは強くなった。ボスすら倒すぐらいにな。……そして、そう遠くないうちにこのダンジョンでは強くなれなくなる。グリーンウッドのダンジョンじゃ、レベル30を超えればろくに経験値は入らない」


 ボスは規格外の経験値を与えてくれる。

 指数関数的にレベルが上がりにくくなる仕様の中、ミノタウロスは全員のレベルを上げるだけの経験値をくれた。

 そのことにより、俺はレベル27、ルーナとティルはレベル26、セレネはレベル28になっている。


「八日後の再配置までの間は今回の隠し部屋のような穴場を巡ってレベル上げをする。そして、八日後の再配置が終われば、すぐにミノタウロスを倒す。その翌日には星喰蟲の迷宮で可能な限り魔物を狩り、それが終わればこの街を出ようと思う」


 再配置後、ミノタウロスを倒せば、必ずレベルが一つは上がる。

 再配置までの八日と、再配置後の最高効率の狩りまで含めるとレベルは30に届くだろうし、届かなくても29までは確実に行く。

 適正レベルが28までしかないダンジョンでは、効率が悪くなる。

 適正レベル以下の魔物は経験値にマイナス補正がかかってしまい、まともにレベルがあげられない。


「わかった。次の街に行くの楽しみ!」

「ふふふ、すでに私にはこの街は物足りないよ。もっと強くなれる街に行こう!」


 お子様二人組がはしゃぐが、セレネは黙っている。

 俺の言いたいことを察してくれているようだ。


「次の拠点は遥か東の街、フレアガルドだ。グリーンウッドと違って、セレネの故郷であるラルズール王国へ容易くいける距離じゃなくなる。向こうでの滞在期間は一か月を予定している。継承の儀に間に合うように戻ってくるつもりだが……フレアガルドに向かえば、継承の儀直前まで戻れなくなる」


 セレネは兄姉に嵌められたとはいえ、今ならまだラルズール王国に戻れる。フレアガルドに行ってしまえば本当に継承の儀の直前まで戻ることはできない。

 引き返すのであればラストチャンスだ。


「私は言ったはずよ。継承の儀まではルトラではなく、冒険者セレネとして共に旅をすると。その言葉をたがえるつもりはないわ。いきましょう、フレアガルドに」


 躊躇いなく、セレネは断言する。

 どうやら、つまらないことを聞いてしまったらしい。

 とっくの昔にセレネの覚悟は決まっていた。


「おまえの気持ちはわかった。……なら、十日後の出発まで全力で駆け抜けよう。全員、レベル30まで届かせるぞ」

「ルーナ、がんばる!」

「うんうん。レベル上げが遅れたからって出発が遅れたら悲しいもんね。卵も早く孵してあげないとかわいそうだし」

「せっかくのレアドロップが今のままではもったいないわ。早く地喰蟲のレアドロップで籠手を作りたいの」


 思い、思いの言葉でフレアガルドへの期待を話す。

 ……ルーナたちを見ていると俺も楽しくなってくる。


 炎と鍛冶と温泉の街フレアガルド。

 世界の誕生と同時に生まれ、一度も消えることなく燃え続ける全てを溶かす【聖火】とそれを使いこなす鍛冶師。彼らならどんなものでも装備に変えてしまうだろう。

 魔力を帯び、命を洗い清める温泉、そこに浸かれば使い魔の卵は孵り新たな戦力になる。

 パーティ上限増加に必要なアイテムの片割れが隠された火山。

 特別なアイテムを落とす、絶対に倒さないといけないボスモンスター。

 フレアガルドでないと得られないスキル。


 フレアガルドに行かなければいけない理由は無数にある。グリーンウッド以上にたくさんのものが得られるだろう。

 本来なら、結成して二か月も経たないパーティで向かうような街ではないが俺たちなら大丈夫。

 なぜなら、俺のパーティは最強だからだ。

 天才的な格闘センスを持ち、探索スキルを軒並習得しつつある盗賊のルーナ。

 狙撃の名手にして、魔法と矢を同時に使いこなす精霊弓士のティル。

 戦姫ルノアの技を受け継ぎ、最高の壁役となったクルセイダーのセレネ。

 ……そして俺がいて、いよいよフィルが加わる。ルーナたちにはまだ話していないが先日、フィルから手紙が来てようやくギルドがらみのゴタゴタが終わったと教えてくれた。


 これだけのパーティがいて越えられない壁はない。

 酒がうまい、楽しく笑える。うん、いい感じだ。成長し続け、前に進み続ける高揚。ずっと味わえなかった快感を全身で味わっている。

 十日後には新たな舞台フレアガルドにたどり着く。そこでも最高の仲間たちと共に快進撃を続けてみせよう。

 

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