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第十九話:おっさんはボスの前でお茶会をする

 滝に隠された秘密の通路を通っていく。

 うすうす予想はしていたが、どうやら楽にボス部屋まで行かせてはもらえないらしい。


「【城壁】!」


 セレネがスキルを発動する。

 ルノアの盾を中心に光りの壁が顕現した。

 リザードマンの重いショルダーチャージをセレネが受け止める。リザードマンは恐ろしく筋肉質な二足歩行の爬虫類だ。

 斧を手に持ち、とげ付き肩パッドでの体当たりを得意とする世紀末スタイル。


 それが二匹同時に現れている。

 もう一匹は俺が相手をしていた。斧の振り下ろしを剣で流し、体を敵の懐にもぐりこませ頸動脈を斬りつけ、そのまま背後に回り背中を斬りつける。

 背中と首から血を流しリザードマンが倒れ、青い粒子に変わった。

 セレネが受け持ったリザードマンは急所である脇腹にルーナのアサシンエッジを叩き込まれて絶命する。

 そして、パーティの最後の一人であるティルも忙しくしていた。


「このコウモリ、数が多いよぅ」

「空の敵はティルが頼りだ。がんばってくれ」


 ティルは一心不乱に矢を放っている。

 敵はマウス・バット。前歯が長く妙に肉付きがいいコウモリだ。

 飛行型の魔物であり、向こうが攻撃のために降りてこない限りティルの攻撃しか届かない。


 ティルは泣き言を口にしながら矢を連射しているがその狙いは正確だ。マウス・バットを次々に倒していく。

 ティルの弓はいつみても見惚れるほど見事だ。

 マウス・バットの生き残りが自慢の前歯を光らせながら急降下攻撃でティルを狙う、矢を放ったばかりでティルは無防備。


「やっと手が届くところに来てくれた」


 中衛のルーナがティルのフォローに入り短剣で胴体を突く。短剣がマウス・バットの小さな体を貫き、青い粒子に変わっていく。


「ルーナ、ありがと。ふう、ちょっとびっくりしたよ」


 これで敵は全滅だ。

 なんとかしのぎ切った。


「隠し通路に入ってから七度目の襲撃だな」

「すっごい魔物の密度。びっくり」

「たくさん矢を使ったから矢の在庫がやばいよ。作り足しとかないと」

「この滝の中、少なくとも再配置されてから誰も来ていなかったようね」


 滝に隠された通路は、冒険者たちが来ていなかったせいで魔物が手つかず。おかげで狩り放題だ。

 普段なら大歓迎だが、ボスとの戦いを踏まえており体力を温存したい今はあまりうれしくない。


「セレネ、ここから先はスキルを使うな。ボスとの戦いに温存しておけ」

「わかったわ」


【城壁】【シールドバッシュ】は便利なスキルだが、それなりにMPを使う。

 そろそろ温存を考えたほうがいいだろう。


 ◇


 秘密の通路を抜けて、最奥にあるボスの部屋までたどり着いた。

 この扉を開くといよいよボス戦だ。


「さすがに、疲れた。ふらふらする」

「私は手の感覚がないかも。ここの魔物強いし、しつこいし、変な能力持ってるし、大変だよ」

「……これから強敵と戦うのは厳しいわね」


 三人とも疲れが顔に出ている。

 無理もない。結局、ボスが待ち受ける部屋にたどり着くまで、さらに五回も魔物の群れと戦った。

 短時間で十二連戦だ。

 体力の消耗だけでなく、精神、MPの消耗も大きい。


「今からボスに挑む! と言いたいところだが予定変更だ。ポーションを飲んでおやつを食べながら休憩だ」

「やった! さすがユーヤ。ルーナ、うれしい」

「おやつ、おやつ!」

「……体調的には嬉しいけど、いいのかしら?」

「いいんだよ。ここまでは一本道だ。出会った魔物は全部倒したから背後から襲われることはない。ボスは絶対に部屋から動かない。体調を万全に整えてから挑むべきだ」


 というわけで、魔法袋からシートを取り出して広げる。お子様二人組が靴を脱いでシートに座る。

 俺は苦笑し、水筒からよく冷えたジュースを注ぎみんなに渡す。

 魔法袋はいい。入れた状態のまま保持される。腐らないうえ、こうして外で冷たい飲み物を楽しめる。飲み物だけでなく、おやつも。


「あっ、ユーヤ。これってあのフルーツ大福!? すっごく気に入ってるんだ」

「だから買いだめしていたんだ。俺もうまいと思ったしな」


 ティルがさっそくフルーツ大福にかぶりつく。


「美味しいよぅ」


 よほど疲れていたんだろう。ティルは目に涙を浮かべながら咀嚼している。

 そんなティルを見て誰かの腹の音がなった。ルーナだと思ったがセレネだった。

 彼女は顔を赤くしている。


「そうね、休憩してからのほうが勝率があがるわ。お茶をしてから挑みましょう」


 俺は苦笑する。

 そうしてボス部屋の前で体力回復ポーション、非常に高価なMP回復ポーションを飲み、お茶とお菓子を楽しむなんてほのぼのとした空気が醸し出される。

 だいぶ体力、気力、MPが戻ってきた

 これならいいパフォーマンスが出せるだろう。


 ◇


 おやつを食べ終わってから、全員に今から戦うボスについての説明を行っていた。

 攻撃パターンやスキル。ボス戦での俺たちの陣形などだ。

 ボス。

 それはその名の通り特別な存在だ。世界中で一体しか同時に現れない魔物。

 希少な存在であり、ボス特有のドロップは優れた装備の素材になったり、強力な効果を持っていたりする。

 経験値は桁違い。加えて、倒せばボスのランクに応じたボスドロップアイテムテーブルからアイテムを得られる。


 ただ、メリットだけじゃない。デメリットもある。……ボスは圧倒的な強さを持つ。

 通常の魔物は群れをなして現れること、そして冒険者が群れと連戦することを前提にして一体一体はさほど強くないようにバランス調整されている。

 だが、ボスは違う。

 単体で現れ、適正レベルの冒険者のパーティが死力を尽くし、すべてのリソースを使い切り、事前にボスの情報を調べ上げて適切な準備を終わらせ、ぎりぎり勝てるかもしれないという強さで調整されているのだ。


 この世界のボスはどれも非常に強い。そもそも発見すら難しい。命がけの戦いになる。

 昨日のうちにボスの情報と作戦を伝えているが、あらためてこの場で復習しておく。それぐらい念を入れないといけない。

 適正レベルである28には届いていないが、それを補って余りあるポテンシャルを俺たちは持っている。やるべきことさえやれば勝てる。


「ユーヤ、完璧に覚えた。大丈夫」

「私も、私も!」

「ええ、頭ではしっかり理解したわ。でも、怖いわね。ユーヤがそこまで警戒する魔物だもの」

「ボスは今まで戦った魔物と格が違う。神経質にもなるさ。だが、さっきも話したように倒して得られるものも大きい。形になるものも、形にならないものもな」


 今回の戦いでルーナたちは初めて本当の死の恐怖と向かい合うだろう。

 だが、俺がいる限り、何があってもルーナたちを死なせるつもりはない。


「でも、不思議。ユーヤが言うほど倒したときに美味しい魔物なら、真っ先に他の冒険者に狩られるはず」

「単純に、この滝のギミックが知られていないだけだな。ボスはみんな隠し部屋に潜んでいるんだ。ルーナの言う通り、一度たどり着く方法が知られたボスは凄まじい取り合いになる。平和的なダンジョンだと順番待ちだし、そうでなければボスに挑む権利をかけて殺し合いが始まる」


 ボス特有ドロップに加えてボス共通テーブルのドロップも美味しいとなれば冒険者が群がる。

 ボスの隠し部屋が判明しているダンジョンでは、再配置の数日前から冒険者が隠し部屋の入り口で場所取りをしているし、先客を暴力で脅したりというのは日常茶飯事だ。

 この世界では情報の価値が高い。ボスの隠し部屋への到達方法を見つけたとしてもおいそれと人には話さない。基本的には独占しておく。

 そうすれば二週間に一回、レアなアイテムと莫大な経験値を得られるのだから。


「怖い。魔物を奪い合って殺し合いなんて。ルーナにはわからない」

「仕方ないさ。どうしても欲しい物があるのならな。とくにボスの固有ドロップはそいつを倒さないと手に入らないし、世界に一体しか現れないんだから」


 二週間に一匹しか現れない魔物。……そしてレアドロップ率は5%なんて設定も珍しくない。厄介なことに、そのレアドロップが冒険者にとって喉から手が出るほど欲しいものである場合が多いのだ。

 ものによっては、一生遊んでくらせるだけの金になる。それも、ボスによっては適正レベルが低くボスが楽に倒せるダンジョンでもそんなドロップが出てしまうのだから、多数の冒険者たちが人を殺してでも手に入れようとするのもわかる。


 そして、残念ながら次に向かうフレアガルドのダンジョンに存在するボス部屋への到達方法は知られてしまっている。どうしても、フレアガルドでボスのドロップアイテムが欲しいので争奪戦に加わらないといけない。

 まあ、あそこの場合はボスが再配置されないと隠し部屋への入り口が現れないし、隠し部屋の入り口からボスのいる部屋までが長く無数の罠と魔物がひしめいている。どちらかというと先にだれがボスの元までたどり着けるかの勝負になるのでまだ平和的だ。


「今回はユーヤだけしか知らないボスだから良かったね。魔物と戦う前に人間と戦って疲れたくないし」

「同意だわ。あまり想像したくないわね」

「ティルの言う通りだ。さて、体も休まったし雑談は終わりだ。そろそろ行こうか」


 ルーナたちが強く頷き、立ち上がる。

 そして、俺たちはボスのいる部屋に目を向ける。

 扉を開き中に入ると扉が勝手に閉まった。


 ボスの部屋には二つルールが存在する。

 1.一つのパーティしか入れない。

2.戦いが終わるまで部屋から逃げられない。【転移石】すら無効。


 広い部屋だった。特徴的なのは壁が緑に覆われていること。

 部屋の中央には玉座と言うにはあまりにも武骨な椅子があり、牛の頭と人の体を持つ黒い巨漢がいた。

 あれに比べれば俺は子供のような大きさだ。

 ミノタウロス。

 手には体格にふさわしい斧。


『ニンゲン、ココニクル、ヒサシブリ。ヨク、ナゾ、トイタ。チエ、アル。ツギ、チカラ、ミセロ、コノ、ミノタウロスヲタオシテ』


 そして咆哮。

 あまりの音量に風が巻き起こる。

 ただの咆哮ではない。精神にダメージを与える、畏怖の咆哮。

 全員、スタンで硬直している。その間にミノタウロスはこちらに近づいてくる。

 硬直が解けた。


「みんな、恐れるな。ただ冷静にやるべきことをやれば勝てる!」


 俺は叫び、先頭を走る。

 ミノタウロスが力を溜めてスキルのモーションに入る。ミノタウロスは初手で必ずあるスキルを使う。

 まともに食らえば、それだけで終わる。

 さて、初めてのボス戦だ。これに勝ち、パーティに箔をつけさせてもらおうか!

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