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第十八話:おっさんは嘆きの森に挑む

 俺たちは嘆きの森に足を踏み入れた。

 嘆きの森はグリーンウッドでもっとも難易度の高いダンジョンだ。


 その特徴は生きる森。

 絶えず響き渡るうめき声に似た風きり音により方向感覚を狂わされる。

 それだけでなく、森の木々は生きており、冒険者が通り過ぎたあと移動することで道筋を変えて迷わせる。

 森の中では風切り音だけではなく、疲れはてた冒険者たちの悲鳴がこだまする。

 嘆きの森とはよく言ったものだ。


「なんで、その嘆きの森をスルーして森の周囲の川を歩いてるのさ!」


 俺の説明を聞いていたティルが声を上げる。

 俺たちはその嘆きの森には入っていない。

 このダンジョンでは森の外周部に大運河が流れている。その運河に沿って歩き、どんどん上流のほうへ向かっていた。


「森の中に入ったってもう魔物は狩りつくされてるぞ。再配置直後ならうまい狩場だが、今から行ったところで意味がない」


 嘆きの森は迷わされてうっとうしいがそれを差し引けばいい狩場だ。

 再配置から六日も経っている。とっくに冒険者たちに魔物は狩られた後だ。

 ぶっちゃけ、ある程度人気のダンジョンのほとんどは再配置後五日までが勝負と言われている。どうせそれ以降に行っても魔物は狩りつくされている。


 冒険者のほとんどは五日本気で狩りをして残りの九日ほどは遊び歩き、次の再配置を待つ。

 俺たちのように毎日狩りをしているほうが少数派だ。……だからこそ、圧倒的な速度でレベル上げができているのだが。


「だったら、こんなところにいても魔物なんているわけないじゃん」

「そうでもないんだ。冒険者が狩れない魔物はちゃんと残っている。川の近くを歩いているのにも意味があるんだ。ルーナ、【気配感知】はしっかりしてるな」

「ん。任せて。ちゃんと川の中まで見てる」


 近くを流れる川は緩やかな流れの川で幅が十メートル近くあり、一番深いところで五メートルはある大運河だ。

 この運河の中にも魔物はいる。

 そして、ほとんどの冒険者は水の中での狩りはしない。

 水の中で水生生物に挑むなんて自殺行為だ。かなりのレベル差があっても嬲り殺しにされる。人間は水の中で戦えるようにできていない。

 逆に言えば水中の魔物を狩ることができれば獲物を独占できる。


「ティル、プレゼントだ」

「これ、変な矢だね」

「まあな、フィルのお手製だ。昔一緒に冒険したときにフィルが作ったものだよ」


 矢は抜けないためにかえしがついてあるが、この矢はかえしがことさら大きい。

 そして透明な糸が繋がっていた。


「これ、ただの糸じゃないよね」

「魔法の糸だ。魔力を注ぐ限り伸び続ける。弓に糸を括り付けて魔力を込めながら矢を放つと目標のものに刺さるまで伸びる」

「ふーん、つまりこれで釣りをしろってことだね」

「ご名答」


 さすがはティルだ。察しがいい。

 ルーナとセレネはまだ首を傾げているが、実演すればわかるだろう。


 ◇


 上流に向かってあるくこと三十分、ルーナのキツネ耳がぴくぴくと動く。

 敵を見つけたときの仕草だ。


「ユーヤ、いる。細長くて大きな魔物が川の底に三匹!」

「よし、よく見つけた」


 水の中にいる魔物を倒す場合、発見することがまずハードルになる。泳いで探すなんて殺してくれと言っているようなものだ。【気配感知】持ちがいないと話にならない。


「でも、ユーヤ。あんな深いところにいるの倒せない」

「うーん、さすがにあの矢で釣れっていわれても。厳しいかも。水深三メートル以上あるし、矢の威力が殺されて貫けないよ」

「まあ、見ていろ」


 魔法袋の中から手袋と黒い石を取り出す。

 そして手袋をルーナとセレネに付けさせ、俺は黒い石を握る。


「ティル、今から魔物を水面に叩き出す。弓をしっかり構えておけ」

「わかった。いつでもいいよ」


 ティルが矢を番えた。雰囲気が変わる。彼女は深く集中していた。

 俺はその黒い石を川に投げる。

 これは魔石の一種だ。強い衝撃を与えると数秒後、轟音と共に炸裂する。

 モンスターのドロップ品の一種で、複数のモンスターがそれなりな確率でドロップするものだ。使いどころもあるのでため込んでいた。冒険者の中では通称【音響爆弾】。


 水面に叩きつけられたことで起爆モードに入った。

 そしてどんどん沈み……川底で爆発した。巨大な水しぶきがあがり、川底にへばりついていたウナギの魔物の黒い巨体が宙に浮かび、水面に叩きつけられた。

 轟音と衝撃で気絶しているようでぷかぷか水面に浮かんでいる。


「ティル!」

「任せてよっと」


 ティルがフィルの作った糸付きの矢を放つ。それは俺の腕よりも太く体長が二メートルを超える巨大ウナギ……ヌメリ・アンギラに突き刺さった。


「ピギャアアアアアアアアアアアアアア」


 気絶していたヌメリ・アンギラが悲鳴と共に飛び起きる。

 ヌメリ・アンギラは生命力の強い魔物だ。矢で貫かれただけでは死にはしない。


「ルーナ、セレネ。糸を思いっきり引っ張れ!」

「ん。わかった」

「そういうことね」


 手袋をしていたルーナとセレネが糸をしっかりと握り思いっきり引く。

 一気に、ヌメリ・アンギラが引き寄せられ宙を舞い。俺たちの足元に叩きつけられる。

 次の瞬間、俺が首を斬り落とすと青い粒子になって消滅する。生命力が強いとは言え、首を切り落とされては一たまりもない。

 すばやく、糸付きの矢をティルに投げ渡す。


「残りの二匹もはやく釣れ! 目を覚ましたら面倒だ」

「わかってる!」


 ティルは即座に矢を回収して二射目を放つと、矢は早い川の流れで不規則に流されるヌメリ・アンギラにしっかりと突き刺さった。相変わらずすさまじい腕前だ。

 一匹目と同じく、ルーナとセレネが思いっきり糸を引き、地面に叩きつけるのと同時に俺が首を落とす。


 あっさりと倒しているように見えるが水の中でこいつらと戦った場合、こちらの攻撃は一切通用せず、逆にヌメリ・アンギラは俺の腕より太い胴体を使って体にまとわりつき、締め落とし水底に沈めに来ただろう。


 敵のフィールドで戦うことはない。

 水の中で勝てないなら水の中から引きずりだせばいい。

 これなら安全に狩れるのだ。


「さあ、どんどん行こう! 今日はウナギ祭りだ」

「大量! 次はルーナが首を落とす」

「私もスパイクで頭を砕きたいわね」


 ルーナとセレネが微妙に物騒なことを言っている。

 予想通り、川の中は手つかずだ。

【音響爆弾】を使った狩りの方法を知るものは少ないし、【音響爆弾】は確保しやすいアイテムと言っても適正レベル35以上のダンジョンに出現する魔物しか落とさない。

 こいつらが手つかずなのも不思議ではない。

 ヌメリ・アンギラはレベル26の魔物。うなぎ肉(並)と経験値、両方美味しくいただかせてもらおう。


 ◇


 どんどん上流に歩きながら狩りを続けていた。

 他の冒険者たちが手を出していないだけあって、ヌメリ・アンギラはたっぷりいた。

 クエストに必要なウナギ肉(並)は確保済。

 俺の晩酌用の分もしっかり確保した。酒場に持ち込み料理をしてもらおう。これでいっぱいやるのが楽しみだ。


 ルーナの【ドロップ率上昇】のおかげもあって、レアドロップのほうのアンギラのゴム皮も手に入れた。

 これを使うと雷耐性が非常に高い防具を作れる。

 高レベルの魔物の中には雷を操るものがいる。持っておいて損はないだろう。


「ユーヤ、疲れた」

「だねー、もうあの黒いぬるぬるは見たくないかも」

「私は楽しんでいるわ」


 ひたすら川沿いを歩きながら狩りをしていたのだが、単調な作業にお子様二人組は飽きてきたようだ。

 上流に向かうにつれて傾斜が急になり体力を削られているのも影響している。


「そう言うな、ヌメリ・アンギラ狩りはそろそろ終わりだ。それに、もうすぐ疲れがぶっ飛ぶような光景が見られるぞ。ほら、見てみろ」


 俺たちは開けた場所に出た。

 景色が一変し、水の香りが濃くなる。


「うわああああああああ、綺麗」

「すっごい。どどどって、どどどってなってるよ!」

「これは滝ね。本では読んだことがあるけど、見るのは初めてだわ」


 とんでもなく大きな滝が目の前に広がっていた。

 これこそが嘆きの森の裏名物、嘆きの滝だ。

 最大落差百メートル以上。空から圧倒的な水量が降り注ぎ、地面で爆発している。

 虹がかかり美しい。

 これだけの見世物はなかなかない。


「ユーヤ、もっと近づいて見たい!」

「それはいいが、絶対にあの水に打たれてみたいなんて思うなよ。死ぬぞ」

「ん! 行ってくる」


 あれだけの質量があの高さから落ちてくるのだ。直撃すれば一たまりもない。

 ルーナが近くで目を輝かせて滝を見つめていた。


「ねえ、ユーヤ。今日の目的地はここ?」

「まあな。この滝の内側に隠し部屋がある。その中に今日の目当ての魔物がいるんだ……とびっきり強いボスと言われる存在がな」

「ちょっと待って、あんな水流の中を進むの!? 死んじゃうよ」

「だから、他の冒険者は気付かなかったんだ」


 滝の内側の洞窟。物語の中ではベタではあるが、こんな大瀑布の先となれば話は変わる。

 よほどの命知らずでない限り試そうとしないだろう。


「どうやって入るのかしら……たとえ水の直撃で死ななくても滝底は地面がえぐられて相当深い。上から水に押し付けられて浮かんでこれなくなれば結局死ぬしかないわね」

「実はな。この滝は一日に数分だけ止めることができる」


 時計を見る。頃合いまであと数分だ。

 冒険者を迷わせる嘆きの森を超えた先には魔法の渦があり、その隣にある立て札にはこう書いてある。


『嘆きの涙が降り注ぐ地、猿に歌を捧げれば。森は踊り、嘆きの涙もしばし止むだろう』


 これはボスが潜む隠し部屋にたどり着くための暗号だ。

 嘆きの涙というのはその名の通り、嘆きの滝を指し示す。

 そして猿は時刻を指し示している。十二支で時間を表す場合、申(猿)は午後三時~五時を示す。


 つまるところ、これは嘆きの滝で、午後三時~五時までに歌えば何かが起こり、しばらく滝が止まると意味する。

 滝さえ止まってしまえば滝に隠された秘密通路にもたどり着ける。

 ……相変わらず、この世界の暗号はわかり辛い。

 時計を見ると15:00ジャスト。猿の時間が始まった。


「ルーナ、ティル、セレネ。この中で歌が一番得意なのは誰だ?」


 三人はそれぞれ考え込む。


「ルーナは無理。覚えてる歌がない」


 記憶喪失のルーナには酷だろう。


「ううん、私はパスかな。リュートは得意なんだけど。歌はちょっとね。お姉ちゃんがすっごい得意で、比べられるのが嫌でリュートに逃げちゃった。演奏専門なんだ」

「私は歌えるわ。でも、得意と言うほどでもないわね」


 そういえば、フィルの歌は最高だったな。

 また聞きたい。


「なら、セレネ。歌ってくれないか」

「……それが必要なのね。恥ずかしいけど頑張ってみるわ」


 セレネはできるだけ滝に近づき歌い始める。

 綺麗な歌声だ。

 花の美しさと儚さに隠れた強さを称える歌。セレネに良く似合っている。

 かつて、セレネの国で聞いたことがある。

 

 そして、変化が始まった。ごごごと音が響き始める。

 とんでもない大木が滝の上流に流れてきた。それはふらふらと右へ左へ揺れて踊るよう。

 これが森の踊りか。

 その大木が滝から落ちる直前にひっかかってとまる。

 滝が割れた。大木により、左右に水が押し分けられた。

 滝の裏に隠された秘密通路があらわになる。

 セレネの歌が終わった。


「いい歌だった。また聞かせてくれ」

「ええ、ユーヤおじさまが喜んでくれるのなら」


 セレネがはにかむ。

 そんな俺たちをよそにお子様二人組が体を乗り出して目をきらきらさせながら滝のほうを見ていた。


「うわああ、本当に滝が割れたの」

「滝の奥に本当に通路があるね。これなら、行けそう」


 今にも二人は駆けだしそうだ。


「さあ、急ごう。滝が割れているのは数分だ。急がないとあの大木が落ちてきて潰されるぞ」


 みんなが驚いた顔をして走り、滝が止まったことで現れた石の足場の上を駆け抜けて、滝に隠された通路の中に入った。

 この通路の先にある隠し部屋にはボスが存在する。

 このパーティでの初のボス戦。勝って自信につなげよう。

 そして、パーティメンバーの上限をあげるアイテムの素材を手に入れ、フィルを迎える準備をするのだ。

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