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第十一話:おっさんはルーナとセレネに稽古をつける

 セレネに先祖であり英雄の戦姫ルノアの戦い方を教えようと思い模擬戦をしたのだが……つい張り切りすぎてしまった。


 寸止めとはいえ、皮一枚触れるぐらいのところに超高速スパイクを突き付けられたのだ。漏らしてしまっても仕方ないだろう。

 スパイクに使われているのは神の金属を加工して作られた液状金属、魔力を通すことで膨脹し形状と硬さを変える。

 どう見ても少し大きめのバックラーには収納できないサイズの長く太いスパイクが出せるのはそのためだ。


 セレネは奥の部屋で着替えているところだ。

 セレネは俺にお漏らしを見られたことで少女としての恥ずかしさ、騎士のプライドへのダメージ、二つを同時に受けてしまった。

 俺は部屋で剣の手入れをしながらフォローの仕方を考えている。

 もぞもぞと目の前の布団が動き始めた。


「ユーヤ、ルーナはやっと元気になった。お酒はもう飲まない」


 ルーナだ。ルーナの体調はわかりやすい。朝はもふもふ尻尾の毛がしぼんで縮んでいたが、今は尻尾がもふもふに戻っている。元気になった証拠だ。


「回復して良かった。ティルのほうはどうだ」

「まだ、頭が痛いよ。でもマシになったかも。ユーヤもお姉ちゃんもなんでこんな毒飲んでるんだよ」

「飲みすぎるからだ。ほどほどにしておくと楽しい、飲んでいる間は気持ちよかっただろ?」


 ルーナとティルが昨日のことを思い出し始めた。


「ん。ユーヤに言う通り。ルーナもお酒を飲んでる間はかーってなってぽかぽかして、楽しくなった」

「そういえばそうだったね。……あれは初めての経験だったかも。ルーナ、次から三杯までにしよう」

「ティルはいいことを言う。四杯目ぐらいから世界が回り始めた。三杯なら楽しいだけで済む……でも世界がぐるぐるの、ぐああああぁで、ぱーってなったのも楽しかった。次の日苦しくならないならまたやりたい」


 二人はああでもない、こうでもないと盛り上がる。

 この子たちが酒を飲めるようになればそれはそれで楽しいし、次も様子を見よう。

 またやらかすようなら禁止にすればそれでいい。


 扉が開く。奥の部屋からセレネが戻ってきた。

 体を清めて着替えたようだ。模擬戦をしたのが着替えを買ったあとで良かったと思う。

 セレネの服は高い服ではないが、服選びのセンスが良く品がある。


「ユーヤ、恥ずかしいところを見せてしまったわね」


 顔を赤くしている。さすがに短時間で切り替えることはできていないようだ。


「気にするな。ぶっちゃけ、冒険者をやっていればあれぐらいのことはしょっちゅうある」

「……慰めだろうけど不安になる慰め方ね」


 失禁や嘔吐、いろいろぶちまけたりというのは過酷なダンジョンに潜るといろいろある。

 レナードやフィルたちと組む前のパーティでは地獄のような経験をしたことがある。


 地下型の高難易度ダンジョンに数日潜っていたのだが、緊張の連続で精神がぶっこわれた仲間が同じパーティの女を襲って、その女に恋していた別の仲間がそいつを殺してしまい女は半狂乱、助けてくれた男を人殺しと叫び逃げ出して罠にはまって即死。


 そして、好きな女を死に追いやったと自暴自棄になり、そいつは無謀な魔物に突っ込んでいき、結局俺一人が取り残された。

 数日かけて地下ダンジョンの奥深くまで来ていたこともあり、あのときは死を覚悟した。


 魔物の強さも罠の悪辣さも四人でぎりぎり乗り越えられるレベルであり、一人で地上に戻れる気がしなかったのだ。

 そのときは運よく別のパーティに遭遇したので、金を払って地上まで同行させてもらいなんとか生き延びた。


 ……こういうレベルの話がごろごろしているのが冒険者というものだ。

俺が自分以外の男をパーティに入れたくないのはこういう経験があるからかもしれない。

 極限状態になれば人の理性などたやすく吹き飛ぶ。そういうところを何度も見てきた。俺はできる限りパーティの性別は統一したほうがいいと考えている。

 まあ、何日も籠るときに男女がいれば体を重ねてストレスを緩和させるなんて話も聞くが、ルーナたちにはまだ早い。俺の目の黒いうちは許さない。


「俺がいる限り探索ではそういうことにならないようにするし、模擬戦をやるときも気を付ける。だが、ああいう戦い方があるってことは脳裏に刻んでおいてくれ。せっかくコーティングして偽装をしたんだ。戦姫ルノアの盾はしっかりと有効活用してほしい」


 セレネは今でも一流一歩手前の腕がある。

 冒険者としては平均より上だ。ステータスとエクストラクラスの恩恵があれば十分な戦力となる。

 積み上げたものを捨てて、戦姫ルノアの戦い方を強要するつもりはないがスパイクをうまく使えないのはもったいない。

 そこはがんばってもらおう。

 スパイクを使ったからと言って、戦姫ルノアの盾と気付かれることもないだろう。

 なにせ、スパイクの存在はルトラ姫であるセレネすら知らなかったぐらいだ。


「そうね……あのスパイクはうまく使うわ。ユーヤ、その、情けない話だけど、スパイクの説明してもらったのに、その、それどころじゃなくて、頭に入っていないの。あとでもう一度説明してもらえないかしら」

「それぐらいはかまわない。一緒に練習しよう」


 とりあえず、前向きで良かった。

 戦いが怖くなるレベルに陥っていることも想定していたのだ。模擬戦はしばらく無理だろうが練習ぐらいならできるだろう。

 元気になったルーナが椅子に座っている俺の上にちょこんと乗る。


「ルーナ、いったいどうした」

「セレネとばっかりお話ししてずるい。ルーナもユーヤとお話ししたい」

「それはいいが」

「えっとね。元気になったから模擬戦やって。昨日はお酒のせいで夜の模擬戦ができなかった。だから、今日は二回やる」

「そうだったな。ルーナ着替えてこい。準備ができたらやるぞ」

「ん。今日こそ勝つ。ユーヤが攻撃を解禁してから一回も勝ててないのは悔しい」


 ルーナの稽古は日課だ。

 そして、稽古の締めくくりには模擬戦をやる。


 以前は三十分間、ひたすらルーナに打たせて俺が防ぐだけだったが、ルーナが強くなったので制限時間を十分にし露骨な隙を見せれば俺も攻撃をするようになっている。

 ……そして、ルーナは最近ではそれでも俺に勝ちかけることがある。

 凄まじいまでの成長速度だ。間違いなく天才だろう。


「ルーナ、着替えるときは奥の部屋を使えと言ったはずだが」

「めんどう。早く稽古したい」


 ルーナはこの場で着替え始める。

 なんど注意しても聞かないのであきらめた。

 そんなルーナにセレネが問いかける。


「ルーナ、あなたは模擬戦が怖くないの? ユーヤおじさまの一撃は、その、あまりにも鋭くて早くて……私には死が見えたわ」


 ルーナは着替えを放りだして考え始める。


「ユーヤの剣はすごい剣、剣自体は怖い。木刀でもユーヤの一撃ならルーナは死ぬかもしれない。でもユーヤと戦うのは怖くない。ユーヤはすごいから絶対ルーナに大怪我をさせないって信じてる。だから安心してユーヤと戦える。セレネは怖かったの?」


 ルーナは無垢な瞳でセレネを見つめる。


「……少しだけ」

「なら、もうユーヤに鍛えてもらうのは辞めたほうがいい。ユーヤを信じられないのにユーヤに教えてもらうのは変」


 ルーナはかなりきついことを言っているが、本人は思ったことを言っただけだろう。ルーナの着替えが終わる。

 愛用の木刀を腰に差して、尻尾をぶんぶんと振る。


「ユーヤ、準備できた。いこっ!」


 腕を組んできて急かしてくる。

 今、セレネを置いていくのは忍びないが。かけるべき言葉が思い浮かばない。

 戻ってきたらセレネをフォローしよう。

 俺は立ち上がる。


「待って!」


 セレネが大きな声をあげる。


「私も行くわ。ユーヤとルーナの稽古と模擬戦を見せてほしいの」

「俺はかまわない」

「ルーナもいい」


 そうして、本日二度目の中庭への移動をした。


 ◇


 稽古で一通りルーナの型を確認する。

 突きと横薙ぎの二つは、ほぼ完璧な一撃を繰り出せるようになっていた。

 突きと横薙ぎの反復練習に加え、最近では袈裟斬りの練習を始めている。上段からの一撃なので重力を味方につけ、体重も乗せやすく威力が高い。


 半面、突きや横薙ぎとは使う筋肉がまるで違うので習得に手間取っている。

 とはいえ、さすがは天才。日に日によくなっている。あと三日もすれば習得するだろう。

 ルーナが一日でも早く身に付けられるようにアドバイスをしつつ、時にはお手本を見せる。

 そんな俺たちをセレネがじっと見つめていた。


「ユーヤ、これで稽古は終わり。次は模擬戦!」


 ルーナが元気な声をあげる。

 ルーナは模擬戦が大好きだ。

 一日一日成長が感じられるのが楽しくて仕方ないのだろう。


「今日こそ、一発当ててみろ」

「がんばる!」


 さっそくルーナが構えた。

 構えを見るだけで成長のあとがうかがえる。隙が無い。それでいて攻めに移りやすい。

 俺に勝つために思考を重ね、実戦のなかで何度も試したどり着いたルーナの構えだ。

 コインを投げる。

 地面に落ちれば戦いの合図。さあ、今日のルーナはどうだろう?


 ◇


 本日、二回目の戦いの模擬戦が終わる。

 すべてを出し尽くしたルーナがよろよろと倒れる。


「うー、今日も一発も当てれなかったし、たくさんぶたれた」

「でも惜しかったぞ。今までは一回の模擬戦で二十発は喰らっていたのに、十回程度で済んだ」


 俺は、ルーナが隙をさらせば即座に一撃を喰らわせる。

 そうすることで無謀な攻撃を戒めると共に、防御の仕方を考えさせる。

 どんどん、攻撃に無駄がなくなり、たとえ隙をつかれても反応できるようになってきている。


「攻撃が届かないのは悔しい。ユーヤには隙がない、隙を作るための攻撃をしても、そのせいで出来た隙を突かれる」

「考え方は正しい。だけど、組み立てが雑なんだ。戦いながら手順を自分で考えろ。だんだん良くなっている」


 最近ではフェイントも積極的に使うようになった。

 だが、あまりにも稚拙なものは癖になるといけないので手ひどく反撃している。


「明日こそ、がんばる」


 ルーナは天才的なセンスを持っているが、一番の才能はこの負けん気の強さだろう。

 教わったことをやるだけじゃなく、考えて次の一手を導き出し試す。これができるものは少ない。

 今まで何人か鍛えてきたが、並みの剣士なら隙をつかれるのが怖くなり消極的になるか、逆に学習せずに同じ過ちを繰り返す。

 前向きな心と学習能力。それがルーナの成長の秘密だ。


「セレネ、今日はルーナの訓練を見ていたが。なにか得るものがあったか?」


 セレネはずっと俺たちを見ていた。

 ひどく真剣な様子で。とくにルーナに釘付けだった。


「……自分が恥ずかしくなったわ。こんな小さな子がここまで頑張っているのに、怖いだなんて。甘えがあったのね。これじゃ強くなれるはずがないわ。それに、あの子が言っていた意味がわかったの。ユーヤおじさまを信じられないのに教えてもらうのは変だって。木刀でもユーヤおじさまの攻撃はどこまでも鋭い。でも、この子は一度も目を逸らさずにユーヤおじさまの剣のすべてを刻み込んで糧にしている。小さくても強いのも納得よ」


 ルーナのほうを見ると微妙に顔が赤い。

 褒められて照れている。


「ユーヤおじさま、改めてお願いするわ。私を鍛えて。もちろん模擬戦もお願い。この子の鍛錬を見て確信したの。ユーヤおじさまなら私をもっと強くしてくれるって。……それから、もう一つ覚悟をしたの。私は戦姫ルノアの戦い方を学ぶわ。クルセイダーなら、そっちのほうが強くなれる」

「いいのか、今まで積み重ねたものを捨てることになるぞ」

「全部は捨てないわ。今までの剣は私の芯になってくれる。流派が変わっても基礎は同じよ。きっと、また怖がるけど、ちゃんと乗り越えるから教えてほしいの」


 俺は小さく笑う。

 ルーナのがんばりがセレネに響いた。それはとても尊いことに思えた。


「わかった、徹底的に叩きこんでやる。まずは戦姫ルノアの盾に隠された力の使い方だ。模擬戦は明日からにしよう。できるか?」

「大丈夫よ。替えの下着を多めに買っておくわ」


 セレネも冗談を言うことに驚き、苦笑する。

 そうして、さっそくセレネの特訓が始まった。

 今日は練習に集中し、明日の稽古のときは模擬戦をしてもらおう。

 立ち向かう勇気があればいつか恐怖は必ず克服できるはずだ。


「ううう、ルーナとユーヤの時間が減る。でも、ルーナは先輩だから我慢する」


 ルーナが面白くなさそうに呟く。

 その言い方がおかしくて、俺とセレネは笑ってしまった。


 ◇


 翌日、神樹のダンジョンに来ていた。

 再配置が起こったことで魔物と宝箱が復帰し、冒険者たちがいつにもまして張り切っている。


 昨日、セレネにスパイクの使い方とパーティにおける前衛の戦い方の基礎を叩き込んだ。

 今日の探索でその成果を見せてもらうつもりだ。

 俺たちのパーティに壁と回復役ができ、その力が存分に発揮されれば今まで以上に強くなるのは間違いない。

 四人そろったパーティの力、存分に振るうとしよう。

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