第十話:おっさんは戦姫ルノアの戦いを再現する
いい朝だ。
昨日酒場から戻り、セレネに盾を借りて汗を流した体をふいて寝た。
やはり適度な酒を楽しんだ翌朝は体調がいい。酒は加減を間違えなければいい薬になる。
そんな俺とは対照的に……。
「頭が、ルーナの頭が割れるぅ」
「ううう、やっぱりお酒はダメだよ。ジュースが一番」
ベッドでお子様二人が呻いている。
昨日、調子に乗って飲みすぎたからだ。大ジョッキ五杯を飲み干したルーナとティルは見事に二日酔いになっていた。この子たちはダンジョンに連れていけない。
もともと、セレネの装備を整える必要もあるし、四人パーティでの動きを彼女に叩き込む必要もある。星食蟲の迷宮に挑むのは明日にしようと決める。
「二人とも、今日は留守番だ」
「ん。悔しいけど、そうする」
「私も無理」
実際のところ、解毒ポーションを飲めば二日酔いは治療できる。冒険者たちの常識だ。
あほほど飲んで、解毒ポーションですっきりしてまたダンジョンに向かう。そんな冒険者は多い。
だが、二人には地獄の二日酔いを堪能してもらい、次から調子に乗らないようにしてもらおう。
「セレネ、向こうの部屋で着替えてくれ。それから、日常生活に必要なものをリストアップしろ、今は俺が適当に買った服しかないからな、いろいろ必要だろう。金は心配するな俺が立て替える」
「お言葉に甘えるわね。とくに下着の替えが欲しいわ」
「……そういうことを俺に言うのはどうかと思うぞ」
苦笑する。
どうして、俺に近寄ってくる女性たちはこうも無防備なのだろうか。
目覚めはいいのだが体の節々が痛い。
部屋を変えるか。もともとベッドが二つしかない部屋だ。ルーナとティルでベッド一つ、もう一つを俺が使っていたが俺のベッドはセレネに譲った。
毎日、ソファーで寝るのは辛い。あとで宿屋の主人に相談しよう。
◇
二日酔いでダウンしたお子様二人を置いて俺たちは商店街に来ていた。
ルンブルクほどではないが、グリーンウッドもなかなか商店に活気がある。
使い魔の卵目当てで訪れる冒険者たちが多いおかげだ。
中級冒険者が多い関係で実用性の高い装備品が多く並んでいる。
セレネとはしばらく別行動をする。
俺はパーティのリーダーとして、回復アイテムや保存食などの消耗品の補充。
セレネのほうは日常生活を送るための必需品の購入だ。ついて行ったほうがいいかとも考えたが、女性の日常生活に使うものを買うこともあり、俺がいれば恥ずかしいだろうと遠慮した。……金は多めに渡してあるがお姫様だけあって金銭感覚がまともかが心配だ。
◇
消耗品の補充が終わったので広場にある大樹に腰掛けながらセレネを待つ。
「良心的な価格だったな」
消耗品の補充は思ったより安く済んだ。
観光地価格を覚悟していたが、むしろほかの街よりも安いぐらいだ。
ポーションの品質もいいし、保存食のほうも悪くない。
セレネがやってきて、こちらへ駆け寄ってくる。
「待たせたわね。ユーヤおじさま」
「俺も今来たところだ。買い物は無事終わったか?」
「ええ、無事に。お釣りを返すわ」
「ちゃんと足りて良かった。残りはもっておけ。俺とはぐれたとき、ある程度の金があったほうがいい」
それなりに金銭感覚はもってくれていたようだ。
服一着で予算を使い切ってしまうなんて展開も覚悟していた。
事前に何を買うかは聞いている。それらが予算内で買いそろえられたなら安心だ。
「そうさせてもらうわね。……いよいよ防具を買いに行くのね。いつもお城の人に用意してもらっていたからわくわくするわ。本当は服も名前と同じようにユーヤおじさまに選んでほしかったわ」
「それは許してくれ。その分、防具のほうは一緒に見るから」
さすがに照れくささがある。
セレネが俺の手を握る。
こうしていると、十年前を思い出す。セレネの騎士になると誓ってからはいつも彼女は甘えてきた。
あの小さな手がここまで大きくなったのかと感慨深いものがある。
「ええ、お願い。それから模擬戦のほうも楽しみにしているわ。絶対に負けないから。本当の戦姫ルノアの戦い方と言われれば私もだまっていられないわ」
意外に負けず嫌いらしい。負けず嫌いというのは冒険者にとって必要な才能だ。
◇
防具屋に二人でやってくる。
今日は盾を買いに来た。
クルセイダーの基本装備は片手剣、盾、鎧……好みで兜を身に付ける。
昨日のうちに俺の予備の片手剣と鎧を装備して使用感を試してもらった。
剣は振り心地に違和感がなくそのまま使える。
予備の鎧も邪竜の被膜を使った伸縮性と防刃性、炎や氷に強い優れたものであることが幸いし無理なく身に付けられた。
ただ、盾はそもそも全部売り払っているのでこうして買いに来た。
……ついでにいい鎧があれば俺の予備用に買うつもりだ。
それなりに蓄えはある。
「ユーヤおじさまは皮の鎧が好きなのね。今も熱心に見ている。私も騎士たちも金属鎧ばかりで不思議に思ったの」
「魔獣や竜の皮はそこらの金属より防御力がある。軽いし蒸れない、動きを阻害しない。俺は剣技が生命線だ。剣技を殺す鎧は身に付けられない……第一、重くて蒸れる金属鎧なんてつけていればまともに冒険なんてできないだろ? あれを着て何日もかけて、何十キロも歩いていたら魔物と戦う前に倒れる」
俺がそう言うとセレネは顎に手を当てて考え始めた。
「言われてみればそうね。せいぜい半日程度の狩りしかしたことがなかったから気にならないけど、本格的な冒険者ならダンジョンに籠るわよね。金属の鎧は厳しいわ」
よほどの初心者でない限り、長時間の活動をする冒険者たちは金属鎧を使わない。
重い金属鎧をつけての長旅は苦行なのだ。
使うとしても急所だけに金属をあしらった軽量の物を使う。
もっとも、何事にも例外がある。超軽量かつ信じられない性能の金属鎧も存在する。
いわゆる”神の鋼”と言われるものだ。戦姫ルノアの盾に使われている素材。
たしか、再会したレナードも”神の鋼”で出来た鎧を身に着けていた。試練の塔から持ち帰ったものだろう。
「鎧は一通り見た。それなりに質のいいものは多いが今日はいい。盾を見ようか」
「ええ、行きましょう。ユーヤおじさま」
セレネが盾が並んでいるコーナーに行く。
一言で盾と言っても色々ある。両手で持つような大楯、片手で使うことを前提にしたもの。
大きさだけではなく、刃が取り付けられたランタンシールドや、スパイク付きのものなど様々だ。
セレネは片手盾のほうを見る。
そのなかでも円形かつ丸みがある盾……バックラーを中心に見ていた。
戦姫ルノアの盾もバックラーだった。セレネがそれを選ぶのは当然だ。
「この盾かこの盾がいいと思うのだけど。どちらがいいかしら?」
形状は同じだが左がミスリル、右がアダマンタイトの少し大きめのバックラー。
「そうだな。左のほうが良さそうだ。単純な硬度なら右だが、ミスリルは魔法に対する防御力が高いし、軽い分取り回しがしやすい」
「そうね、こちらにするわ。……ただ、ミスリルを使っているだけあっていい値段ね。本当に立て替えてもらっていいのかしら」
「構わないさ。それぐらいの蓄えはあるし、パーティで貢献してくれるならすぐに取り戻せる」
ルーナの短剣とティルの弓を合わせたぐらいの値段はするが、命を預ける盾だ。ケチるつもりはない。
「必ず、この恩は働きで返すわ」
セレネが盾を店主のところにもっていき、俺が支払いをおえる。
店主はにやりと笑い口を開く。
「あんたらはいい冒険者だね、うちは盾にマジック・コーティングできるがやっておくかい?」
「ほう、コーティングができるのか。是非お願いしたい」
マジック・コーティングとはメッキの一種だ。
魔力と反発する金属を薄く塗ることで魔法に対する防御力を上げる。ただ、メッキはある程度魔力を受けると剥がれていくので、定期的にコーティングする必要がある。それでも数発分の魔力を耐えられるので有用な加工だ。
「あいよ」
「一つ聞きたい。マジック・コーティングはこの店で買った盾以外にもお願いできるか?」
「かまわんよ。だが、値段は五割増しだ」
コーティングと聞いたとき名案を思い付いた。
マジック・コーティングなら盾の材質も刻まれたラルズールの紋章も隠せるのではないだろうか?
「星食蟲にラルズールのルトラ姫が食べられたって噂は知っているか?」
昨日の酒場でも噂になっていた。
……大きな事件だけに噂になるのは自然だが、早すぎる。おそらくはルトラ姫の死をわざと広めているものがいる。
「もちろんだとも。そこら中で噂になっとるからな」
「実はな、その近くでルトラ姫の盾を拾ったんだ。拾いはしたものの、扱いに困ってな」
「そりゃそうだ」
「今のままじゃ使えないからマジック・コーティングしてもらえないか?」
この言い訳は自然だ。
見つかればラルズール王国に返せと言われるかもしれないし、同業に金欲しさで奪われる可能性もある。
「構わん。その盾を見せてもらおうか」
魔法の袋から盾を取り出す。渡す。
「ふむ、いい盾だ。……ちょっと待ってろ二つで一時間ほどあれば終わる」
店主は表に出て準備中の札を立てると店の中の工房に籠った。
二人きりになり、セレネが口を開く。
「ユーヤおじさま。どうして」
「マジック・コーティングをすれば材質も家紋も隠せるから使えるようになると思ってな。ミスリルの盾はミスリルの盾で持っておく必要があるぞ。コーティングが剥がれたら、そっちに持ち替えないといけない」
「そういう意味じゃなくて、この店の主人が私の盾をユーヤおじさまが持っているって言いふらさないかしら?」
「大丈夫だ。一流の職人は客の情報を話さない。あの店主は一流だよ」
一流かどうかは見ればわかる。この店主は信用していい。
「そういうわけね。驚いたけど嬉しいわ。使い慣れた盾を使えるのだもの。剣のほうもコーティングできないかしら?」
「やってもいいが剣をコーティングしようものなら切れ味がガタ落ちして鈍らになるぞ」
「……それは厳しいわね」
盾だからこそできる力技だ。
鎧のほうはできなくはないが、でかい分高くつく。
俺の予備の鎧のほうが性能もいい。無理をする必要もない。
さあ、仕上がりが楽しみだ。
◇
購入したものを宿に持ち帰り、俺とルノアは完全装備で中庭に出ていた。
約束していた模擬戦の時間だ。
「本当に盾だけで戦うのね」
「ああ、それが戦姫ルノアの戦い方だからな。利き腕に盾、左手は籠手だ」
セレネの戦姫ルノアの盾を借りている。
もともとは”神の金属”で出来た白銀の盾だが、コーティングによりメタリックになっている。形状は少し大きめで標準よりも厚い円形で丸みがあるバックラー。最大の特徴は下部に直径数センチの穴が開いていること。……俺の記憶通りだ。
魔力を通してみる。きちんと盾が応えてくれる。
昨日のうちにセレネに借りて手入れと練習をしていた。
魔力の通し方をいろいろと変えて、使い方を探っている。
魔力を通してギミックが発動する装備は、それぞれに癖がある。正しい魔力の通し方をしないと力を発揮しない。
数十本の魔剣に触れたことがある俺は、なんどか魔力を流すとその武器や防具に相応しい魔力の通し方が分かるようになっていた。
「ユーヤおじさまがどういうつもりで戦姫ルノアの真の戦いかたなんてたわごとを言っているかは知らないけど、私は幼いときから叩き込まれたラルズール王国の剣で戦うわ。これこそが英雄と同じ闘い方よ」
セレネは盾を左手に右手に木刀を持つ。
いよいよ決闘が始まる。ルールは簡単。先に一発入れたほうが勝ちだ。
俺はバックラーでぶん殴らないといけないのだが、バックラーは見てのとおり射程が短い。
非常に不利だ。……もっとも戦姫ルノアの盾が普通の盾であればの話だが。
「さあ、いつでもかかってこい。それともセレネは盾を使う流派だ。自分から攻めるのは不得手か?」
「わかりやすい挑発ね。あえて乗らせてもらうわ」
守りの剣だけあって、いっきに懐に飛び込んではこない。
少しずつ距離を詰めてくる。油断なくこちらの攻撃の出元をうかがいいつでも盾で防げるようにしながら。
……構えと仕掛け方でだいたい流派の基本思想は読める。
カウンターを得手とし、盾で攻撃を流しつつ隙を作り剣で攻撃するというものだろう。
バックラーは盾としては小型だが、その丸みと取り回しの良さで受け流しがしやすい。
さて、このまま近づかれるのを待つのも退屈だ。
俺は一気に踏み込み、セレネの間合いに入る。
セレネが動揺しつつも斬りかかってきた。
俺はそれをバックラーで受けて、丸みを利用して流す。
剣と比べてバックラーは体に近いうえに、それなりの大きさがある。剣よりもずっと受け流しやすい。俺に合っている。
セレネの攻撃を的確に流していく。
戦姫ルノアが利き手に盾を持っているのは、力が入りやすく器用に動くほうの手で盾を持つことで防御力を上げるためだ。
セレネの剣を観察する。
……ふむ、体勢を崩さないように全体重を預けるような渾身の一撃は放たないわけか。
それなりに重く鋭い攻撃を重ねてくる。堅実だが面白みがない剣だ。
「ユーヤおじさま、相変わらずすさまじい見切りね。でも、攻撃手段がないのではなくて」
剣を流しながらセレネの問いに答える。
「そうでもないさ。勝負を決める前にセレネの技量を知りたくてな。いろいろと見せてもらっている。七回……これが何の数かわかるか?」
「何かしら?」
「俺がその気になればセレネを殺せた数だ」
セレネが息を飲む。余裕がなくなり攻撃が荒くなる。
だいたいわかった。技量は一流の少し手前。年齢を考えればよくやるほうだ。
そして、精神のほうはまだまだ。
技も心も鍛える必要がある。
もう、十分見てセレネの技量は把握できた。終わらそう。
盾というのは受ける、流すだけがノウではない。
攻撃的にも使える。
「いくぞっ!」
はじくという選択肢だ。無理やり隙を作る。
雑な剣を裏拳のようなふりで思い切り弾き飛ばす。セレネがたたらを踏んで後ろに下がる。
セレネに大きな隙ができた。
空いた距離を利用して、神速の踏み込み、その運動エネルギーを腰の捻りに連動させ、肩の回転、腕の伸びへとつなげていく。
セレネの額めがけてバックラーを突き出した。戦姫ルノアの盾独特の下部にある穴を向けて。
そして、腕が伸び切る寸前、轟音が響く。
盾の下部の穴から神鋼の太い杭が音速に近い速度で飛び出たのだ。
これが戦姫ルノアの盾のギミック。
戦姫ルノアの盾は守りだけでもなく攻めにも使う。
俺のすべての運動エネルギーを集約した神速の突きとスパイクの飛び出しの二重加速でスパイクの先端はすさまじい速度と威力になる。スパイクの切っ先がセレネの額にあたり皮一枚を裂きわずかに血が出る。さらに突風が巻き起こり彼女の髪が風に舞う。
寸止めだ。
セレネが腰を抜かして、その場でパタリと女の子座りになる。スパイクの威力を知ってもらうためにこうした。
「ああ、あああ、あっ、あたま吹き飛んでない、わたし、いきて、ちゃんと生きてる」
よほど怖かったのか、表情が抜け落ちている。
……無理もないか眉間に音速のスパイクを突き立てられたのだから。
当たれば頭が吹き飛ぶほどの一撃だ。
「これが戦姫ルノアの戦い方だ。盾で相手を圧倒し、崩し、スパイクで仕留める。左の籠手も有用だが、これの講義は今度しよう。盾にしこまれたスパイクはなかなか便利でな。重い攻撃を受けるときは……見てろよ。こうやって思いっきり大地に突き刺し大地に根をはる。そこにもたれるようにして全身の体重を預けると、自分の数倍の相手の突進だって止められる。俺が教えればセレネもすぐに使えるようになる」
スパイクは攻撃と防御両面で使える。
このギミックすら忘れられるとは悲しいことだ。
戦姫ルノアの盾、セレネには本来の使い方をしてもらうように魔力の使い方をレクチャーしよう。
セレネがなかなか立ち上がらない。
しばらくすると、ちょろちょろちょろと音が鳴った。女の子座りしているセレネの周囲に水たまりができる。
……よほど今の寸止めが怖かったのだろう。
「その、なんだ、驚かせるつもりだったが、そこまで怖がるとは。えっと宿に戻ろう。俺はお湯をもらってくる」
セレネが呆然とした顔から、どんどん表情を取り戻し真っ赤になる。
そして……。
「ゆっ、ゆーやおじさまに見られて、うわあああああああああああああああああああああああああんんん」
大声で泣き始めた。
おもらしは相当恥ずかしかったのだろう。
やりすぎた。どうしよう?
俺は頬をかきながら、そんなことを考えていた。
まずは部屋に戻ろう。着替えさせないといけない。……下着の替えを買ったあとで良かった。




