第九話:おっさんはセレネを挑発する
酒場にやってきた。
この店はギルド嬢のおすすめだ。多少値段が高くてもいいから、うまくて騒いでもいいところというリクエストをしている。
グリーンウッドに来るのは、ゲーム以外では初めてだ。
あまり土地勘が良くないし、いい店も知らない。
こういうときは受付嬢か宿屋の主人を頼るに限る。
店に入ってあたりだと確信した。冒険者たちが多く表情がいい。
冒険者たちは酒場にはシビアだ。うまく値段以上のコストパフォーマンスが良くないと寄り付かない。
「ユーヤ、お肉のいい匂いがする。じゅるり」
「うん、野菜の香りもいいね。新鮮な野菜たちってわかるよ」
「こういうにぎやかな店はあまり来ないので、わくわくするわね」
注文する前からルーナ、ティル、ルトラ……改めセレネもかなり期待してるようだ。
店員が来たので料理はおすすめを見繕ってくれと頼む。
俺は最初に訪れた店ではこうする。
店が自信をもって提供するものを食べたいのだ。
「ルーナとティルは酒じゃなくてジュースで良かったよな」
「ん。お酒は苦い。ハチミツ入りのミルクがいい」
「だよねー、ジュースのほうが美味しいよ。私は果物系をお願い!」
一般的に十三歳が成人なのでルーナもティルも酒を飲めるが二人は苦いと言って飲まない。
晩酌相手がいなくてたまに寂しくなる。
「セレネはどうだ?」
「私はワインをいただくわ」
「おまえがいつも飲んでるようなワインじゃないぞ。若くて軽いワインだ」
貴族たちは何年も寝かして味が深まったコクのあるワインを好むが、そんな高級品は一般店にはない。
若く、今年作られたばかりのものだし、長期間の保存を前提としていないので作り方も雑だ。だけどそれはそれで俺は好きだった。
「それは楽しみね。冒険者が飲むワインに慣れないといけないし、ぜひ注文したいわ」
「わかった。お姉さん、蜂蜜入りミルクとぶどうジュース、それとエール……いや、エールはやめてワイン二つだ。」
ミルク、ブドウジュースにワインを頼む。
たまにはワインもいいだろう。セレネと同じものを飲みたくなった。
注文した飲み物がすぐにやってきた。
ルーナは目を輝かせて蜂蜜入りのホットミルクを飲む。キツネの習性があるのか、ルーナはミルクが大好きだ。
ティルはぶどうジュースを飲んでまあまあだねと言う。
そして、セレネはジョッキに入ったワインを見て驚いた。貴族はグラスで飲むが、冒険者たちはジョッキになみなみと注がれたワインをがぶ飲みする。
セレネは周りの冒険者たちがそうしているのを見て、それに倣う。
「……美味しい。でも、これはワインなのかしら?」
「あははは、まあそう思うよな。だけど、それが冒険者の味だ」
「そう、これがユーヤおじさまたちの味。深みがないし、ちらかってる、いろいろと混ぜてあってぶどうの風味が希薄……でも気安くて飲みやすい。気に入ったわ」
その言葉を裏付けるようにジョッキを傾ける。
冒険者たちの飲むワインは製法どころかぶどうの収穫方法からしていろいろと違う。貴族様のワインは美味しい葡萄を取るために剪定して、一本の木に栄養が集まるようにするし、収穫の際にはいいぶどうだけをよりわける。
だが、安ワインのぶどうはひたすら多く葡萄をとることしか考えない。
当然ぶどうの糖度と質が劣るもので作るので、出来の悪いワインができる。
そのままでは飲めたものではないし、糖が足らずにアルコール濃度も低い。
だから、後からハチミツやらレモン汁やら傷物のぶどう汁やら蒸留酒やらをぶち込む。そうすることで味を補いつつ、量を水増しする。
そのおかげで、酒場によってワインの味はまるで変わる。
変な店だと水をぶち込むだけなんてこともあるぐらいだ。
ここの店は当りだな。
いい味付けだ。甘めで酸味が強いし隠し味の香辛料がいいアクセントになっている。体もあったまる。
飲み物の次は料理が運ばれてくる。
「ユーヤ見て、お肉の山盛り!」
「ねえ、ねえ、これなんて料理かな!」
おすすめの料理が来てお子様たちが騒ぎ始めた。
「揚げ物を出すのか、なかなか珍しいな。これはうまいぞ。食べてみろ」
「じゅーしー、すっごいお肉感!」
「美味しいけど、ちょっとあぶらっぽ過ぎるかも。私はちょっときつい」
今日のおすすめは豚料理。分厚く切ったロース肉に衣をつけて揚げて甘辛いソースをたっぷりかけている。
もしかしたら、今日クエストで納品した肉を使っているのかもしれない。
久々の揚げ物を頬張る。
口の中に肉汁が溢れ、甘辛いソースと良くなじむ。
しつこくなった口をワインで流す。
レモン果汁と葡萄果汁、香辛料が加えられた安ワインは口の中をリフレッシュさせてくれる。
飲んでみてわかった。香辛料は脂っこい料理との相性を考えて加えているのか、いい仕事だ。
「ルーナ、ティル。ジュースもいいがこいつはワインとの相性が最高だぞ。たまにはこっちもどうだ? ティルは油っぽさが気になると言ったが、このワインを飲めば口の中がすっきりする」
「お酒は苦い」
「せっかくの甘い葡萄をわざわざ苦くする意味がわからないよ」
「まあまあ、飲んでみろ」
勝手に二つワインを追加する。
二人が飲まないならあとで俺が飲もう。
「ユーヤがそう言うなら」
「もう、わがままなんだから」
そう言って、二人はワインに手を付ける。
「甘い! ユーヤ、甘いお酒ならルーナも飲める」
「これ、いいかも……お肉と一緒だと。あっ、美味しい」
がぶがぶとお子様二人組がジョッキを空にしてお代わりを頼む。……ちょっと怖くなるペースだ。安ワインのアルコール度数の低さを補うために蒸留酒をぶち込んでいるので、けっこうきつい酒だ。
頃合いを見て止めよう。
「セレネ、どうだ? 冒険者の味は」
「味だけを言うと今まで食べてきたもののほうがずっと上、だけどわくわくするわ」
「そのわくわくが冒険者のだいご味だ。たっぷりと楽しむといい」
セレネは微笑んで、山盛りの揚げ物を頬張る。
お姫様なので心配していたが、冒険者としてもうまくやれそうだ。
◇
お腹が落ち着いてきたので今後の冒険の話をし始めた。
お子様二人組が調子に乗ってワインを飲みまくって潰れている。幸せそうな寝顔だ。
……大ジョッキのワインを五杯も飲めば大男でも潰れる。
今度からは二杯で止めよう。
おかげで、セレネとの話に集中できる。
「セレネのステータスとレベル、スキルは十分だが、装備を整えないとな。明日、買いに行こう」
キラー・エイプとの死闘とエビ肉収集、それに今日の星食蟲の狩りもあり俺のレベルは24、ルーナとティルは23になった。
レベル25のセレネは十分戦力になる。
だが、残念ながら装備がないとどうしようもない。
「大丈夫よ。私の剣も鎧も盾も、すべて一級品なの」
「性能には問題ないがラルズールの紋章入りだ。しかも素材が良すぎるし製法も独特だ。見るものが見たら高貴な貴族の出、あるいは盗品かと疑う危険性が高い。セレネが身に付けていた装備は使わないほうがいい」
写真は一部の大都市でようやく出回り始めたぐらいで、ラルズールでは出回っていない。
ラルズールの王族は積極的に顔を出さないし、セレネの顔を見て王女と気付かれる危険性は少ないだろう。
ルトラ姫は数代ぶりに生まれた輝く銀の髪を持つ王女ということで有名だが、髪の色は変えており、そちらも大丈夫だ。
だが、家紋入りの装備は致命的だ。そんな装備をしたまま外は歩かせられない。
「代えの装備はないのか? 魔法袋ぐらい渡されているだろう?」
魔法袋は非常に高価で、市場に出回る数も少ない。
だが、王家が本気で手に入れようとして手に入らないほどではない。
王位継承を争う継承の儀のため王女に各地のダンジョンを巡らせてレベル上げをさせているのならもたせていないはずがない。
「……言いにくいのだけど、近衛騎士に奪われてから突き飛ばされたの」
「金狙いか確実に殺すためのどちらか。どっちにしろ装備は必要だな。ちょっと待ってくれ。今まで拾ったアイテムの中で使えそうなものがないかを見繕ってみる」
剣は間違いなくある。
予備の剣が魔法袋にあるのだ。
今の俺は、主に受け流しに使える丈夫かつ自己修復を持った剣と、黒い片刃の魔剣を腰につるしている。
予備は譲ってもいいだろう。
鎧のほうも予備がある。
問題は盾だな。俺は剣で受け流すので、いい盾が手に入っても軒並み売ってしまっていた。
「剣と鎧はどうにかできるが、盾がないな。よし、明日は盾を買いに行こう」
「ええ、そうするわ。ラルズールの剣技は盾を使うのが前提になるの。クルセイダーのスキルも盾装備時の物が多いわ」
ちょっと待て。
何か引っかかる。今の言葉に違和感があるのだ。
剣と盾がラルズールの剣技?
ああ、そうか。
剣を使うのがおかしいのだ。
「知っているか。セレネのご先祖様、戦姫ルノアは剣を使わないんだ」
そう、ゲーム時代でのぶっ壊れ性能のクルセイダー、戦姫ルノアは剣を持たず盾だけで戦った。
まあ、かなり特徴的な盾を使っていたが。
おそらく、数百年の時の流れで戦姫ルノアの戦闘スタイルは忘れられたのだろう。
無理もない、あれはクルセイダーでないと成立しない上、光り輝く銀の髪をもった乙女はどの世代でも生まれるわけじゃない。
使い手が途絶えても仕方ない。
数世代ぶりに、光り輝く銀の髪をもって生まれたというだけで、ルトラ姫は騒がれていたぐらいだ。
「嘘よ。戦姫ルノアは伝承では凄まじい武勇を誇るわ。盾だけで敵を倒せるはずがないわよ」
「戦姫ルノアは盾で敵を貫き斬り伏せる。そもそもルノアの盾はそのために作られているじゃないか」
「なんのことを言っているのかしら? ルノアの盾は輝く銀の髪の乙女に受け継がれているわ。当然、今は私のもとにある。防御力が高くて軽い素晴らしい盾だけど、せいぜい殴ることぐらいしかできないわよ」
……まさか、あの盾のギミックまで忘れ去られてしまっているのか。
無駄にかっこよく、あこがれるプレイヤーが多数出てルノアの盾とクルセイダー実装の嘆願運動が発生したほどの人気盾だというのに。
ラルズール王国はどうなっているんだ。あの盾を普通の盾としてしか使わないのはもったいないにもほどがあるだろう。
戦姫ルノアの戦闘スタイルを思い出す。そして、今の俺に再現できるかを検討する。
……よし、できる。完璧には遠いがいっぱしには戦えるだろう。
特徴的だが、俺の受け流しの技術を流用できる。
「セレネ。俺は真の戦姫ルノアの戦い方を書物で読んだことがある。そして、ルノアの盾の秘密も知っている。明日、盾を買ったら俺と模擬戦闘をしてみないか? 俺はルノアの盾を使って、ルノアの流派で戦う。クルセイダーとしては理想的な戦い方だ。きっとセレネの参考になるぞ」
「いくらユーヤおじさまでも今の言葉は聞き捨てられないわね。ラルズールに伝わっている流派こそが、戦姫ルノアが作り上げたものよ。盾だけで戦うような色物ではないわ。そんな書物があるなら、だれかの妄想小説よ」
「戦えばわかるさ。セレネの腕も見たいしちょうどいい」
セレネはプライドが傷つけられたようで、いらっとしている。
彼女とは対照的に俺は明日の模擬戦が楽しみで高揚していた。
ゲーム時代に憧れたセレネの盾を使ってルノアの戦いができるのだ。楽しみじゃないはずがない。
戦姫ルノアがクルセイダーたる自分の力を活かすために作り上げた独自の戦闘スタイル。盾で守り盾で攻める。
魔法戦士の俺で、その真価を百パーセント発揮することはできないだろう。
それでも、セレネに道を示すことぐらいはできる。
明日の模擬戦に向けて宿に戻れば型を練習しよう。明日はセレネの度肝を抜いてやる。




