第二話:おっさんはグリーンウッドへ行く
レストランで食事をしてからも鍛錬とレベルアップを行い続けていた。
そして、いよいよ出発の日となった。
今、俺たちはレベル22となっていた。
これ以上、始まりの街でレベル上げをするのは難しい。
ここから上を目指すのならば、別の街へ行くべきだ。
「ユーヤ、この街は楽しかった。出るのはちょっと寂しい」
ルーナが名残惜しそうにしている。
今は街の外に出ていた。
たくさんの馬車が並んでおり、護衛の冒険者たちや商人たちが動き回っている。
キャラバンは金を出し合って護衛をつけて多くの馬車が隊列を組んで旅をすることで安全かつ安価に遠くの街を目指す。
近くの街ならともかく、遠くの街へ行く場合にはキャラバンを使わないとかなり危険だ。
魔物はもとより、山賊なども出る。
高レベルの人員が多数いる山賊団はもっとも警戒すべき存在だ。
「お姉ちゃんには、出発時間は伝えているんだよね」
「ちゃんと言ってあるよ」
「冷たいね。恋人と妹の出発を見送りにも来ないなんて」
「受付嬢の業務時間中だ。仕方ないさ」
昨日はフィルと一晩一緒に過ごした。
彼女は強がってはいるが、寂しがっており精一杯甘えてきた。
部屋を出るときに彼女は泣いていた。
……ギルドが立ち直るまでの間は受付嬢としてこの街にいるとフィルは決めた。だけど、それと離れ離れになることの寂しさはまた別の話だ。
「ルーナ、ティル。フィルに別れを言えないのは残念だが、そろそろ馬車に乗り込もう」
「わかった」
「お姉ちゃんはしょうがないなぁ。素直じゃないんだから」
ティルがあきれ顔をしている。
馬車に乗り込んだ。
しばらくして、馬車が走り出す。
そんなときだった。
一人の少女が走ってきて、馬車と並走する。綺麗な金色の髪を靡かせて真っ白な肌を赤くして。
「ユーヤ、聞いてください!」
フィルだった。
いつものびしっとした受付嬢の格好のままで彼女は現れた。
きっと着替える暇もなかったんだろう。
彼女は叫ぶ。
「本当はユーヤとずっといたいです。離れ離れなんて嫌です。今はギルドでだめだけど、一秒でも早くギルドを元通りにして、一秒でもはやく追いつきますから! だから、待っていてください! あと手紙をください! 私もちゃんと返事を書きますから!絶対ですよ!」
再会したとき、フィルは大人になったと感じた。
物腰も言葉遣いも、感情を隠すのもうまくなった。
だけど、今だけは昔のフィルに戻ったみたいだった。
俺の後ろを歩いていた小さなフィルの姿が脳裏に浮かぶ。
小さく、笑い。窓から顔を出す。
「待っている! 絶対追いついてこい! 受付嬢として俺たちを支えてくれてありがとう! フィルのおかげで順調な冒険ができた! 今度は仲間として頼りにさせてもらう!」
馬車が加速し始める。
フィルの足でも追いつけない速度になった。
ルーナとティルも顔を出してお礼を言う。
「あと、ユーヤ。前から言おうと思っていましたが、ティルのばっかり飲むのずるいです! 私のも飲んでください」
フィルが小瓶を投げてくるので受け取った。
世界樹のしずくだ。
これを毎朝ひと舐めするだけで老化が止まってしまう神秘の霊薬。エルフの乙女にしか作れない貴重なものだ。
「ありがたく使わせてもらう。フィル、待っているからな!」
フィルは俺たちが見えなくなるまで手を振り続けた。
こうして、俺たちはルンブルクを旅立ったのだ。
◇
約一週間の長旅だ。
その間は、休憩時間には外で鍛錬し、馬車が走っている間は座学の時間にした。ルーナにしろティルにしろ、まだまだ知らないといけないことは山ほどある。
実戦の中で学ぶことも重要だが、こうして座学で学ぶこともまた重要だ。
「今日の勉強はこれで終わりだ」
「ユーヤ、今日のお勉強も楽しかった」
「冒険者って、こんなにたくさんのことを覚えないといけないんだね」
ルーナのほうはわりと平気だが、ティルのほうはかなり疲れている。
ルーナは興味を持っていることにはとんでもない集中力を発揮するが、ティルは体を動かさないことは全体的に苦手だ。
だから、勉強じゃなくて会話として刷り込むのが大事だ。
「今日で冒険者としての基礎は一通り教えたとおもうが、俺たちのパーティに一番足りないものはなんだと思う? 二人とも考えてみようか」
俺がそう言うと、二人とも必死な顔で答えを探す。
最初に口を開いたのはティルだ。
「すっごく強い装備! 強い装備があれば今よりもっと狩りの効率があがるよ」
「たしかに装備は重要だが、おまえたちの装備はすでに一級品だ。あの店は大当たりだったな」
「ちっ、外れかー。なんだろ、考えないと」
ティルが再び考え込む。
ルーナのほうを見るとキツネ耳をピンと伸ばして、元気よく答える。
「パーティメンバー。四人までパーティが組めるのに三人なのはもったいない」
ルーナは、しゃべり方や幼い容姿で誤解されやすいが、記憶力もいいし地頭もある。
「正解だ。新人冒険者のうちはいいが、俺たちはもう中堅冒険者に差し掛かっている。いつまでも三人じゃだめだ。グリーンウッドに着けばメンバーを探そうと思う。できれば、僧侶が欲しいな。ヒーラー不在は致命的だ。誰かが怪我したらその時点で引き返すしかない」
今までの俺たちは一方的に倒せる敵だけと戦ってきたので問題点が浮き彫りになっていなかったが、ヒーラー不在というのは非常にきつい。
挑める敵をかなり選ぶし、継続戦闘能力も低い。
「やった! 正解した。ユーヤ、褒めて」
ルーナが抱き着いてきたので頭を撫でてやる。
そんな俺たちを見て、ティルは不機嫌そうに顔を逸らした。
「私は反対。だって、四人目はお姉ちゃんだもん。仲間なんていらないよ」
俺は苦笑する。
ティルはお姉ちゃん想いのいい子だ。
「安心してくれ。とあるアイテムを使えばパーティの枠を一つ増やせる。近いうちに必ず手に入れるさ。それにな、フィルもティルと同じ精霊弓士だ。どっちみちヒーラーは必須だ。ちゃんとフィルのことも考えている。俺はフィルの恋人だぞ」
「なら、よし! できれば男の人がいいね。ユーヤが浮気しないように」
「だめだ。絶対に女性だ」
ただでさえ、パーティに男女がいると間違いが起きやすい。
ましてや美少女のルーナとティルがいる。
男の理性などあてになるものか、ルーナやティルが純真なのをいいことに、調子のいいことを言って騙すことも考えられる。
男のパーティ加入など絶対に認めない。
「うわぁ、ユーヤが怖い顔してる」
「ん。こんな顔をしてるのは初めて見た」
「……とにかく、新パーティメンバーは女性だ」
これは譲れない一線だ。
ルーナとティルがいる限り男は仲間にしない。
……とは言っているが、グリーンウッドで新メンバーを見つけるのはそうそううまくいかないだろう。
都合よくフリーの僧侶なんてそうそういるものではない。
だが、探さなければ絶対に見つからないのも事実。がんばって探そうと思う。
窓に映る景色を見て、息を飲む。
そうか、もうこんなところまで来ていたのか。
窓を開く。
「ルーナ、ティル、外を見てみろ」
「すっごい緑」
「エルフの里並みだね」
その景色は緑にあふれていた。
この街道は森を切り開いて作られたもの。
俺たちが目指すグリーンウッドは緑に囲まれた街で、そのせいか街のダンジョンもすべて大自然と一体化している。
「グリーンウッドのダンジョンは、森林地帯が多い。普通に歩くだけで苦労するし、魔物が潜む場所も多い、冒険者にとっては辛いダンジョンだ。二人とも心しておけよ」
「ルーナはそういうところは得意」
「ふふふ、私はエルフだよ。森は庭みたいなもの!」
二人とも心配はいらなさそうだ。さすがはキツネとエルフ。
森を抜けた開けた場所にそれはあった。
美しい水路が街の中を駆け巡り、自然と調和した木と石の建物が立ち並ぶ。
緑と水の街グリーンウッド。
世界でもっとも美しいと言われる街だ。
「ユーヤ、あの街きれい」
「うん、私もすっごく好き。自然のままじゃないけど、自然の良さも殺してない。素敵な街。来てよかった」
ティルはおお喜びだ。
「ルーナ、ティル。俺がこの街を選んだのには理由があるんだ。今の俺たちがレベル上げをしやすいっていうのもあるが、とあるものを手に入れるためだ」
レベル上げだけを考えるのなら、ここ以上に美味しいダンジョンがある街はいくつかある。
そんな中、ここを選んだのはここでないといけない理由があるからに他ならない。
「気になる。教えて」
「うん、私も気になるよ」
二人が興味津々と言った顔で俺の顔を見ている。
これ以上、もったいつけるのもあれだ。
答えてやろう。
「使い魔を手に入れるためだ。ここにある神樹のダンジョン、そこでしか手に入れられない神樹の卵を孵すと頼れる使い魔になる。絶対に手に入れるぞ!」
「ん。ペットはほしい」
「今から名前を考えとかないと」
二人がああでもない、こうでもないと言いあう。
使い魔は可愛いペットではあるが大事な戦力でもある絶対に手に入れたい。
ただ、問題もある。
神樹のダンジョンに一月に一つだけ、無数にある神樹のどれか一つに実る。
そして一月に一つしか実らないのに欲しがる冒険者は星の数ほどいる。卵を孵しさえすれば、パーティ枠を圧迫しない強力な支援役が手に入るのだからあたり前だと言える。
そうなれば、超高レベル冒険者すら参加する壮絶な取り合いが始まる。
使い魔を手に入れるには、その競争に勝たないといけない。
だからこそ、かつての俺のたちのパーティは存在を知りながら諦めた。
だが、今回は確実に獲れるだろう。
なぜなら、探索スキルをもっているルーナと、ゲーム知識を持つ俺がいるからだ。
それらを駆使すれば、神樹の卵を手に入れることは難しくない。かならず、競争に勝ち、神樹の卵を手に入れてみせよう。




