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第二十四話:おっさんの力

 進化したキラーエイプに俺の戦術が打ち破られた。

【超電導弾】で動きを止め、邪魔な剛毛を吹き飛ばし、超威力の【爆熱神掌】で心臓を貫く。

 失敗の原因は、やつが進化前には存在しなかった炎耐性を得ていたこと。防御力が上がっていることは想定していたが、耐性の変化までは想定してなかった。

 その想定の甘さのせいで左腕を砕かれた。

 まさか、この年で新たな教訓を得ることになるとはな。


「ウガアアアアアアアアア」


 キラーエイプが突っ込んでくる。

 どうやら、先の一撃がよほど気に食わないらしい。凄まじい殺気だ。

 そんな中、目を閉じ深く深く集中する。

 ここで切り札を一枚切る。


 低いステータスを補うためにあがき続けて手に入れた力だ。ゲームとしてプレイしていたときには気付けなかった力。


「……」


 なぜ人はステータスが上がれば強くなる? 

 俺はずっとそれを考えていた。

 ある日、死の淵まで追い込まれた状況で”見える”ようになった。

 全身を包む白い力だ。

 それこそがステータスそのものだと気付いた。ステータスに比例するように白い力は強くなる。


 ならば、その力を自在に使えばより強くなれると考えた。

 そして、その考えは正しかった。

 先ほどまでは、受け流すことすらできなかったキラーエイプの剛腕が振り下ろされた。


「どうした、自慢の一撃が防がれたのがそんなに不思議か」

「ウガアアアアアアアア!」


 為すすべもなく吹き飛ばされ続けた一撃をしっかりと流した。

 俺は白い力を使うことを扉を開けると表現している。

 白い力は魂の奥底から放たれ、体を包んでいる。

 魂の奥からあふれ出すイメージを強く持つことで、白い力を二割増しにできる。


 それだけじゃない。

 キラーエイプの重い一撃は二割増しになった程度では流せなかっただろう。それが可能になったのは全身を包む白い力を必要な個所だけに集中させているからだ。


 今の場合は大地を踏みしめる脚と剣を握った右手に力を集中させた。そうすることで二割増しを五割増しまで水増しできる。


 五割増しにしたところで、俺の力はキラーエイプには遠く及ばないが受け流すことができる水準に届く。


 おそらく、死の淵で白い力が見えるようになった冒険者は俺の他にもいるはずだ。これは努力すればだれでも使いこなせる力。

 だが、白い力が見えるようになってから使いこなせるようになるまで十年かかった。

 縋り付くように、わずかな可能性にかけて鍛錬し続けた。

 あきらめずに十年努力を続けるバカはそうはいない!


「さあ、攻めるぞ!」


 やつの追撃を完全に流した。

 キラーエイプがバランスを崩す。バランスを崩されつつも器用に攻撃してくるが、そんな重さのない一撃、今の俺には通用しない。余計に隙を大きくするだけの結果となる。


 扉を開けている間は消耗が激しい。

 扉を開けていられるのは万全の体調で約五十二秒。

 傷つき消耗した今の俺なら三十秒が限界だろう。


 ……それが終われば俺は一歩も動けなくなる。無理に力を引き出した代償は強烈な疲労となって襲い掛かってくるのだ。

 この三十秒で決めなければ死だ。この技を使った瞬間、ここで決めきるしかなくなった。


「ウガアアアアアアアアアアアア」


 進化したキラーエイプが狼狽する。

 俺に気圧されたのだ。強いだけで戦いを知らない魔物の弱さがここで出た。

 冒険者の強さを決めるのはステータスだけじゃない。

 強靭な意志と鍛え上げられた技があって初めて一流となる。

 それは魔物にはないものだ。


「悪いが決めさせてもらう!」


 魔法を使う。

 攻撃魔法ではなく補助魔法。

 マジックカスタムの発見前にも補助魔法は魔法戦士の数少ない利点と言われていた。


 魔法戦士を代表する魔法の一つ、攻撃倍化魔法【パワーゲイン】。

 それは、本来なら数十秒間、攻撃力を二割増しにする技。

 便利ではあるが爆発力がない。


 そんな【パワーゲイン】はマジック・カスタムによって大きく性質を変えた。

 数十秒も攻撃力を上げる必要なんてない。攻撃の瞬間だけ効果が発揮できればそれで充分。

 効果範囲(時間)を数秒からコンマ数秒に落とす代わりに、限界まで威力を上げた。

 それにより上昇率は十数倍にも到達した。


 そうして完成した魔法。

 攻撃倍化魔法【パワーゲイン】カスタム。

 その名は……。


「【神剛力】」


 最高の魔法だが使いにくい。

 詠唱に二秒と半分。つまり、二秒半後にコンマ数秒しかない強化時間に命中させる必要がある。

 難しいが、白い力を使っている今の俺なら可能だ。


 そして、キラーエイプを倒すにはそれだけでは足りないとわかっていた。さらに切り札を重ねる。


 放つのは全身全霊の突き。

 白い力を併用する。ただ腕に集めるわけじゃない。踏み込みを行うときは足に、腰をひねるときは腰に、肩から腕へ突き出すときには腕に運動エネルギーの流れに従って白い力を集中させる。


 これこそが俺の奥義。技の極致。ゲームの知識なんて関係ない、スキルですらない純然たる技術。低いステータスを克服するためにあがき続けた俺がたどり着いた執念の結晶。


 詠唱から2.5秒で訪れるコンマ数秒の強化時間と突きのインパクトのタイミングが重なる。

 刃がキラーエイプの左胸を貫いた。

 ……【超電導弾】、【爆熱神掌】を叩き込んだ場所に寸分違わず【神剛力】と白い力で強化された渾身の突きを叩き込んだからこそ貫けた。


 剣から手を放し、後ろへと飛ぶ。

 俺がいたところに、奴の拳が落ちてきた。


 心臓を貫ぬかれつつ、あいつは戦意を失っていない。出血量が多く、今も血が流れ続けている。遠からず奴は死ぬだろう。

 しかし、死ぬ前に俺を殺す気らしい。


「ウホォオオオオオオオオオオオオオオ」


 突っ込んできた。瀕死のせいか動きがだいぶ鈍くなっている。

 扉を開いていられるのはあと五秒。

 魔力量は攻撃魔法一発分残っているが【爆熱神掌】は炎耐性がある奴には効果が薄く、【超電導弾】は詠唱が間に合わない。

 かと言って、愛剣は奴の心臓。

 絶体絶命だ。そのとき、腰に差したもう一本の剣が震えた。

 魔剣が鳴いている。


「おまえ、自分を使えって言っているのか」


 剣が応えた。……なら信じようじゃないか。俺を選び、俺が選んだ剣を。

 鞘を握りしめる。腰を落とす。

 あいつは四足歩行で向かってきている。頭が低い。


 心臓を潰してダメなら狙うのは一か所しかない。

 距離がゼロになる数秒後に向けて【神剛力】を詠唱。

 全力で踏み込む。

 俺とキラーエイプが交差する。


「悪いが、可愛い弟子が見てる。負けてやるわけにはいかなくてな」


 黒い刀身が輝き、キラーエイプの首筋から鮮血が噴き出る。

 すれ違いざまに、全力の居合斬りを叩き込んだのだ。


 奴の首には他の箇所よりも薄いが剛毛が生えている。斬れるかどうかは賭けだった。

 この黒い剣ならできるという直感を信じた。

 進化したキラーエイプが崩れ落ち、今度こそ青い粒子になった。今度こそ、本当に奴は消滅した。

 時間切れが来て扉を開いた代償が訪れた。

 そのまま倒れる。


「やばかったな」


 指一本動かせない。

 汗が噴き出る。心臓の鼓動がうるさい、乱れた息が戻れない。

 ……ぎりぎり勝てた。


 今回の勝因は今のステータスがレベルリセットの直前とほぼ同じだったところにある。

 体がイメージ通りに動いてくれた。今回のような超絶技巧を使うには体の感覚が重要になる。ズレは致命的になる。


 これ以上ステータスが上がれば、ありとあらゆる感覚がずれてくるだろう。

 今と同じようには戦えない。


 だが、それは楽しみではある。俺の動きが速く強くなったのなら、その速さと強さを得た体に合わせた感覚を叩き込む。

 時間はかかるし苦労するだろう。

 だけど、苦痛ではなく希望だった。


「「ユーヤ!」」


 ルーナとティルが駆け寄ってくる。

 そして俺を助け起こしてくれた。

 ルーナは、もしものときに持たせていた治療ポーションと体力回復ポーションを口に注ぐ。

 だが、飲み込む力もなくこぼしてしまう。


「ユーヤ、ちゃんと飲んで」


 俺も飲みたいがその力もない。

 ルーナが泣きそうな顔をしてから、覚悟を決めた表情をする。

 そしてポーションを口に含み、唇を押し当ててポーションを流し込んでくる。口移しだ。

 柔らかで温かい唇の感触を意識してしまう。この距離でルーナの顔を見るのは初めてだ。どきりとする。怖いほどの美貌だ。

 ポーションの効果で体の痛みが引き、体力が戻って来る。


「ユーヤ、元気になって」


 ルーナは泣きそうな顔のまま、必死にポーションを口移しを続ける。

 まだ、体は重い……だけど、ルーナがこんなに悲しそうな顔をしているんだ。根性を見せないとな。


「大丈夫、元気になったよ」


 指先の感覚が戻ってきた。ルーナの頭を撫でてやる。


「良かった、ユーヤ」


 上半身を起こした俺にルーナが飛びついてきた。緊張の糸が切れたのか泣き始めた。

 ルーナのおかげで少しは回復したが、完調とはとても言えない。


 ……正直、寝ていたいがそうはいかない。

 勝負には勝ったが、まだ終わっていない。

 ギルド長をなんとかしないと。

 魔物を使役できるのであれば、進化したキラーエイプと同等の魔物を護衛につけているはず。


 あいつを捕らえるのは並の冒険者には無理だ。

 まだ、がんばらないと。

 いや……。


「どうやら、俺の出番は終わりらしいな。あとは任せる」


 金色の髪をなびかせ、弓を背負った少女の姿が疾走して、ギルド長がいるであろうVIP席に向かっていくのが見えた。


 フィルになら安心して任せられる。

 それに一人じゃなかった。まさか、あいつがルンブルクに来ていたとはな。

 あの二人がいれば、おっさんがでしゃばる必要もない。

 俺はポーションを受け取り、今度は自分の力で飲み干した。


「ルーナ、ティル、宿に戻ろうか。ちょっとだけ疲れた」

「ん。もどろ」

「ユーヤ、肩を貸すね」


 俺の仕事は終わりだ。

 あとでフィルに話を聞こう。

 あのギルド長がどういう意図でこんなことをしたのか、その背後にどんな存在がいたのかを知っておきたい。俺にはその資格があるはずだ。

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