第十九話:おっさんは休日をすごす
今日は休日で雲池で羽を伸ばしている。
お子様二人組とエルリクはさっそく船の練習を始めた。
怖いもの知らずのようで、全力でかっ飛ばし、ちょくちょく雲から湖に落下している。
いくら落ちても死にはしないとはいえ、普通はもう少しおっかなびっくり試すものなのだが、お子様二人組のパワーはすごい。
そして、大人組は雲池のほとりで釣りに興じる。
「ユーヤおじさま、空魚ってどうやって釣るのかしら」
「やってみせよう。竿と餌を用意してある」
口で説明をしても理解しづらい。実演したほうが早い。
竿を取り出す。
そして、綿雪虫と呼ばれる虫を針に括り付けて放つ。
綿雪虫はたんぽぽの綿毛のようにふわふわな被毛に包まれて可愛らしい。
彼らは浮遊島にのみ生息し、雲に住む虫だ。その本能に従い雲に入り込んでいく。
「かわいくて餌にするのは申し訳なくなります」
「あの綿毛で中身を隠しているからそう見えるだけだな。綿毛の下を見るとそんなこと言えなくなるぞ」
綿毛に隠された本体はかなりえぐい。
なんというか、初めてみたときの感想はエイリアン。
「それは見たくないわね……」
「知らないほうがいいこともあります。ユーヤ、針に虫をつけるのは任せます」
冒険者だけあって、普通の女性よりは虫に対する恐れはないとはいえ、苦手ではあるようだ。
それぐらいの面倒は引き受けてもいい。
古来から、デートで釣りに来たとき針に餌をつけるのは男の役目だ。
完全に雲の中に綿雪虫が隠れてしまった。
ここからは手の感覚だけが頼り。
「食いついた」
強い引きがあった。
即座に合わせて、しっかりと針をかけ、リールを巻く。
この竿、ファンタジーな世界なのにちゃんとリールがある。
かなり力が強いが強引に行く。ケチらずに魔物素材で作られた竿と糸を買った。そのため、マグロがかかっても壊れはしない強度があり、無茶ができる。
雲から、空魚が顔を出す。
「大きいわね」
「美味しそうです」
見た目はトビウオに似ているが、サイズは五十センチほどある。
そして、ヒレが異常に発達していた。
あのヒレで魔力断層を滑ることで飛行できるのだ。
かなり鋭利であり、人間の指ぐらいは軽く斬り落とせる。
「危ないわ!」
「ユーヤ、避けてください!」
「大丈夫だ」
糸を引きちぎることを諦めた空魚は、逃げるどころか、こちらに突進してくる。
鋭利なヒレが日の光を反射して煌めく。
すれ違い際にヒレを切り付けるのが狙いだ。
しかし、いくら高速で飛翔しようと動きが単調すぎる。
こんなものを喰らうようなド素人ではない。
カウンター気味にナイフを突き出し頭を砕くと、墜落し、数回びくんびくんと跳ねてから動かなくなった。
「まあ、こんな感じだ」
「けっこう危ないわね」
「……上位ポーションなしにはやりたくないです」
指などが切断される、部位欠損になると【回復】や下位ポーションでは癒えず、上位ポーションが必要なのだ。
空魚は美味であり栄養たっぷりであるため人気がある。 しかし、狂暴かつ力があるため、洒落にならない怪我を負う事から、上位ポーションを持って釣ることが推奨されている。
「安心しろ。ちゃんと上位ポーションのストックはある。それに、あの程度の突進二人なら余裕で対処できるだろう。ほら、二人の竿だ」
「ユーヤおじ様の言う通りね。ユーヤおじ様に鍛えてもらった成果をここで見せるわ」
「セレネちゃん、ただの休日の釣りで気合入れすぎです」
二人が竿を受け取り、俺はその針に綿雪虫をつける。
さて、だれが一番大物を釣り上げるだろう?
◇
日が沈み始めたころ、船の操縦に夢中だったお子様二人組が鼻息を荒くして戻ってきた。
「ユーヤ、お腹空いた!」
「いい運動になったよ!」
よほど面白かったのか、いつもよりテンションが高い。
途中でセレネやフィルと船の訓練を交代したが、その後もお子様二人組は遊んでいた。
釣りよりもよほど船を操縦するほうが二人にとって楽しいらしい。
途中何度か湖に落ちていたが、それだけ攻めた運転を続けていたおかげか、随分と船を乗りこなせるようになっている。
……初めからかなり危ない運転をしていたが、途中からさらにエスカレートして、どれだけアクロバットな技を決めるか競い合うようになりひやひやした。
そんな二人が帰ってくるタイミングで天ぷらが揚がる。
こちらの世界にも揚げ物があるが、どちらかというとフリッターに近い。
天ぷらに仕上がっているのは、俺がフィルにレシピを教えたからだ。
やはり、新鮮な白身魚には、さくさくとした軽やかな衣のほうが合う。
「おかえり。二人ともずいぶんと楽しめたようだな」
「めちゃくちゃ楽しかったよ!」
「ルーナスペシャルが完成した。今度ユーヤが乗ってるときに披露する」
ルーナスペシャル。おそらくは大ジャンプからのバレルロール二回転のことを言っている。
あんな真似俺にもできないのだが……正直、ご遠慮願いたい。
「機会があればな。それより、そろそろ飯ができるぞ」
「はい、揚げたてですよ。ささ、次々に盛り付けていきますので、みんなでつついてください」
フィルが大皿とジョッキをもって鍋から外れていた。
一口サイズの切り身を天ぷらに仕上げたものが大皿に盛りつけられている。
味付けは塩のみ。
ジョッキには並々とエールが注がれている。
こいつはいいな。
「美味しそうだね」
「食べる」
二人がフォークで空魚の天ぷらを突き刺し、口に運ぶ。
「はふっはふっ、おいひい」
「ルーナ、これ好き。フィル、どんどん揚げて」
「きゅいっきゅ!」
お子様二人組とエルリクも気に入ったようだ。
俺もいただく。
サクサクの衣、そしてホクホクとしていて、でも芯のほうはシコシコしている空魚ならではの不思議な食感。
味はたんぱくでありながらほどほどに脂がのっている。
空魚は鮮度がいいほど甘い。
獲れたて空魚の天ぷらは最高の贅沢なのだ。
こんな贅沢ができるのは世界中でここだけ。
「ユーヤおじ様の言う通り、ワインじゃなくてエールにしてよかったわ。びっくりするほど合うわね」
「ああ、ワインじゃこうはいかない」
キンキンに冷やしたエールで、空魚の天ぷらを流し込む。
こいつはたまらない。
「ふう、揚げても揚げても追いつきませんね」
「代わろう。俺のほうは腹が膨れてきたしな」
「では、遠慮なく。あっ、美味しいです。見た目からは想像できないほど上品な味ですね」
そうやって、みんなで空魚の天ぷらを食べる。
途中で、味を変えるため魚醤や特製マヨネーズなども使ってみたが、なかなか合う。
そして、腹が膨れたころ、フィルがバスケットからケーキを取り出した。
「じゃーん、パーティ全員レベル50到達記念にケーキを焼きました。かなり頑張ったんですよ。朝にしぼりたてのミルクや生クリーム、生みたて卵をもらって、他の材料は今までの旅で出会った最高級品。ふふふ、究極のケーキです」
「お姉ちゃん、さすがだね!」
「美味しそう!」
真っ白な生クリームたっぷりのケーキ。そして、イチゴジャムを使って、でかでかと50と書かれているのはフィルの遊び心だろう。
たらふく天ぷらを食べたばかりというのに、ティルとルーナの口からよだれが垂れている。
満腹だろうと、食欲がわいてくる。
「じゃあ、ユーヤ。一言お願いしますね」
ティルがいたずらっぽい目で見ている。
いきなり話を振られたせいでとまどうが、リーダーとしてなんとか体裁は整えないと。
「ごほんっ。これで俺たちは超一流の冒険者パーティになった。だがな、あくまでレベルだけの話だ。技量と知識、経験、まだまだ足りないものはある。そのことは忘れず、精進すること」
「ああ、ユーヤ兄さん、せっかくのお祝いなのに堅苦しいよ!」「今回ばかりはティルに同意ね」
「んっ。盛りさがる」
「きゅいきゅぅ~」
「悪かったな。とにかく、よく頑張った! 食うぞ!」
「「「「おおおう!」」」」
そうしてケーキが切り分けられる。
そのケーキは甘くて、幸せの味がした。
いよいよ明日、三竜を祭る祭壇に向かう。
ラストダンジョンの一つ。
難易度は桁違い。しかし、俺たちなら大丈夫だろう。いつも通りクリアして、またこうしてうまいものを喰って盛り上がろう。




