第十六話:おっさんは見破る
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朝早くから出発した。
昨日、ご馳走を食べたせいか、お子様二人組はいつも以上に張り切っている。
そして、エルリクはまた大きくなっていた。
元気そうにルーナたちにじゃれついている。
そんな元気なお子様二人組たちと違い、おっさんの俺は少々体調が悪い。
最後に食べた巨大プリンが胃もたれしている、五人で分けてもバケツプリンならぬ、どんぶりプリンが体を蝕んでいる。
こっそりポーションを飲む。ポーションは二日酔いにも胃もたれにも効く。
「ユーヤ、これからどうするの?」
「次々に島を渡っていって最奥を目指す。そこに船がある」
雲渡りの船。
あれがなければ、三竜の宝玉を捧げる祭壇にはたどり着けない。
……実のところ、力業を使えば行けなくもないが、命がけだ。
三回に一回は死ぬ。一度死んだら終わりのこの世界で、そんな真似はしたくない。
「また、浮石」
「ルーナ、渡るのは怖いか?」
「ううん、慣れた。風が来るタイミングがわかってれば怖くない」
ルーナはそう言い切る。
ルーナもそうだが、ティルやセレネも非常に学習能力が高い。
一度目はどじをしたり、怖がったりするが、二度目からは軽くこなしてみせる。
それは大きな強みだ。
たった一度で学べるものなどそうはいない。
事実、二度目の浮石を使った島渡はすんなりといった。
これなら、今日中に目的地にたどり着けそうだ。
◇
半日以上進み続けた。
すでに五つもの浮島を渡っている。
そして……。
「あの鳥、風を操ってうっとうしい」
今は魔物と戦っていた。
ルーナが顔をしかめる。
相手は、ロック鳥だ。
巨大な白い鳥で、ルーナぐらいなら簡単に持ち上げられる筋力を持つ。
翼以外は羽毛の代わりに鱗が生えている。
その筋力に比例した攻撃力も厄介だが、なにより強風を巻き起こすのが厄介だ。
なにせ、俺たちは浮石を渡ったばかりで、当然島の端にいる。
一歩間違えれば、島から落ちて即死だ。
強風というのはこのフィールドにおいて恐ろしい武器だ。
もう一つ厄介なことがある。
凄まじい勢いで投石が飛来し、それを剣で叩き落す。
手が痺れる。
視線の先には、翼が生えたゴリラとしかいえない魔物がいた。
ウイング・コング。
土魔法を使い石を生み出し、ゴリラの馬鹿力で投げつけてくる。
それが強風で加速するものだから性質が悪い。
相手のフォーメーションはロック鳥二匹が強風を巻き起こし、ウイング・コング二匹が投石をし続ける。
単純だが、非常に鬱陶しい戦法だ。
対応するには、まずはロック鳥を倒すことだが、風と石の洗礼で距離が詰められない。
フィルとティルの弓も、風で大きく減速する。
いや、減速するだけならいい、あいつらは抜け目なく、矢を放つと横風に変えて逸らす。
しかし……、風が邪魔なら、風に邪魔されない攻撃をすればいい。
ようやく詠唱が終わる。
俺が放つのは、中級雷撃魔法【雷嵐】カスタム。
雷の嵐を弾丸にまで圧縮した、超速・超射程の一撃。
その名は……。
「【超電導弾】」
雷の弾丸が、ロック鳥を貫き、内側から流れた雷撃で焼き尽くす。
一匹減ったおかげで、風が一気に弱まる。
「これなら、矢は届きます」
フィルが矢を放つ。
もう一匹のロック鳥は風を横殴りのものに変える。
さきほどからこれで矢を無効化されていた。
しかし、フィルが笑う。
右に大きくそれていた矢が風にのって曲がり、次々に突き刺さった。
「二度、その手は見せてもらいました。曲げられるなら、それを前提にして撃てばいいんです」
フィルは二回、あえて相手の策に嵌った。
そして、横殴りの風に変えたときの風速、角度を把握したのだ。
二回も繰り返したのは、そのときどきで誤差がないかを確認するため。
超一流相手にパターンに嵌めようとした相手のミス。
そして、ウイング・コングのほうはロック鳥が倒れたことに動揺しながらも投石を続ける。
そんな彼らのもとへセレネが突進する。
次々にやってくる投石をバックラーの丸みを活かして受け流す。
正面から受け止めれば、ただでは済まないそれも、受け流すのであればさしたダメージにはならない。
ウイング・コングの目の前にくると、セレネの影からルーナが飛び出した。
セレネの突撃は、ルーナをここまで届けるためのもの。
石を振りかぶり、無防備になったウイング・コングの心臓めがけ、ルーナの短剣が突き出される。
「【アサシンエッジ】」
クリティカル音が鳴り響く。
クリティカル時のみ、という厳しい制限がある代わりに全スキルの中で最大の威力倍率を誇る【アサシンエッジ】でウイング・コングは即死、最後の一匹のもとに、矢と【雷矢】が降り注ぎ、あっという間に体力を削り切る。
「ざっとこんなもんだね」
ティルがどや顔をする。矢と魔法の同時使用。精霊弓士にのみ許された特権。風(雷)が効く相手にはめっぽう強い。
「これで終わりだな」
「アイテムげっと!」
ルーナが赤い爪を拾って駆け寄ってくる。
「ロック鳥の爪か、装飾品の素材になるな」
ロック鳥の爪は軽く丈夫で、装飾品には適している。
時間があれば、これで装飾品を作ってみよう。
「ユーヤ兄さん、疲れちゃったしそろそろ日が暮れるよ。野営にしよ」
「いや、次の島が最後だ。一日無駄にすることもない、もう少しがんばってみよう」
「次で最後なんだ。じゃあがんばるよ」
無理をするのはよくないが、ルーナたちの顔にはまだ余裕がある。
これなら最後まで駆け抜けたほうがいい。
◇
そしていよいよ、最後の島へと渡る。
最後の島には、特別な施設があり、そこに船が安置されており入手できる。
「これ、いままでよりずっと島と島の間隔が広いわ」
「浮石同士も距離があります」
そう、最後の島への距離は三倍。
浮石も今までは軽く飛べば渡れるようになっていたが、ここはそれなりに頑張らないといけない。
「みんなで渡ろう。エルリク、おまえはみんなの傍を飛んで、落ちそうなら拾ってくれ」
「きゅいっ!」
任せてくれとエルリクが吠える。
エルリクはけっこう、速く飛べるし、ルーナやティルぐらいなら余裕で背中に乗せられる。
万が一の場合は引っ張りあげるぐらいはしてくれるはずだ。
「みんな、聞いてくれ。今まで、風の流れるタイミングを読んで渡ってきた。あのルールは忘れろ。ここだけは今までのルールとはまったく違う」
二日かけてここまで来た。
そして、その間、風の流れが変わるタイミングと規則はどこも一緒だった。
しかし、ここだけは違う。
最後の最後だけルールを変えるのは本当に厭らしい。
「ここから風の流れはランダムに変わるんだ。今まで通りにやれば落ちて死ぬ」
「ユーヤ兄さん、それって無理ゲーだよ。かなりジャンプしないといけないのに、いつ風の流れが変わるかわからないんじゃ、怖くて飛べないよ!」
「そうだな。だが、風の吹く向きはランダムだが、どこに吹くかを教えてくれる。向こうにうっすらと建物が見えるだろう?」
それは港町にあるようなドック。
船が安置されるには最適な建物だ。
「あの建物の屋根に旗がある。あれをよく見ていてくれ」
全員、その旗を見る。
しばらくすると、風になびいていた旗が力なく垂れさがる。
「ああして、旗がなびかなくなると、その十五秒後に風が止む」
俺のいったとおり、十五秒後にはこちらの風が止まった。
そして、しばらくするとまた旗が風になびき始めた。
「そして、旗がなびき始めると、その十五秒後に、こちらにも同じ方角の風が吹く」
きっちり十五秒、風が吹いた。
「つまり、むこうと十五秒のずれで同じ風が吹くということね」
「そうだ。十五秒ぎりぎりだと危ないから、十秒間隔をベースにする。勇気があるなら、風にどう流されるか計算して跳ぶんだが、安全にやるなら、風が止まったときだけ跳ぶ」
「ユーヤ、安全に行きましょう」
フィルが即断する。
フィルやティルは弓士で風の影響を読むのは容易いが、慎重に動くに越したことはない。
「みんなもそれでいいな」
「ん。安全第一」
「強風のなか跳ぶなんて無理ね」
「わっ、私はできなくないけど、みんながそう言うなら、付き合ってあげるよ」
満場一致。
「なら、露払いをしないとな」
俺はひょいと一番近い浮石に飛び乗る。
そして、すぐに戻ってきた。
「あっ、ユーヤ兄さん、えらそうなこと言って怖いんだ」
「怖いな。怖いのは、浮石を渡ることじゃなくて、ここに仕掛けられている罠だが」
「なにそれ、なんかすっごく怖いこと言ってない!?」
「実はな、風を読みながら渡ると、まったく問題ない。だが、風が止まったときだけ渡ると、どうしてももう一つのギミックが発動するんだ」
風が吹いているときに、風の流れを読みながら飛べるのに、安全策を選び、風が止まったときだけ進むと時間がかかり、第二の罠にひっかかる。
……じつはそういう安全策を、このゲームの開発者は一番嫌う。
ことごとく安全策を潰そうとする心折設計が、このゲームの持ち味だ。
「あの、ユーヤおじ様、いったい何が起こるの?」
「実はな、風が止まったときだけ進むと、ちょうどど真ん中ぐらいにたどり着いたところで、雷竜レプリカがやってきて襲われる。体力こそ本物の三分の一で発狂しない分弱体化しているが、他は本家とさほど変わらない強さだ」
「いや、それ、ぜったい死ぬよね! あの空中戦に特化した雷竜に、こんな浮き石の上で襲われたら、何をどうやっても死んじゃうよね!」
「ああ、それが嫌なら風が吹いているときにどんどん跳べってことだな」
安全策でゆっくり進むチキンを虐殺するための罠。
まったくもって、このゲームを開発した奴はどうかしている。
「……めちゃくちゃね、最後の最後でいきなり風の規則性を変えて、仮に気付けても、ゆっくり行けば空中で竜に嬲りごろしにされるなんて」
「どおりで、誰一人雲を渡る船を手に入れられないはずです。こんなの、向こうへたどり着けるほうがどうかしてます」
一応、洞察力に優れた命知らずなら、向こうへ渡れるかもしれない。
だが、そんな命知らずな真似をするような奴は、ここに来る前にどこかで死んでいる。
「ユーヤ、それなら風を読んで跳ぶ」
「いえ、さすがに自信がないわね」
「なんのために、俺が飛び乗って戻ってきたと思ってる。浮石に足を踏み入れた時点で、雷竜レプリカを呼ぶトリガーは発動してる。だからな、ここで待っていれば」
こうして、ゆっくりと話をしていたんだ。
そろそろ……。
「ほら、来た。雷竜レプリカのお出ましだ。あれを倒せば、三時間は、復活しない」
つい先日みた、雷竜の色違いが飛来する。
強敵であるが、対策は脳裏に焼き付いている。
劣化版などに負けはしない。
……ちなみに、ゲームのときは雷竜レプリカが、宝玉以外雷竜と同じドロップだったり経験値が非常に多かったりしたので、三時間に一回浮石を踏んで戻る無限雷竜狩りが、超高レベルの稼ぎとして使われていたりする。
どんな罠も知っていれば、そういうふうに悪用されてしまうものだ。
「わかった。あいつを倒す」
「あんな怖いの放っておけないからね!」
「きゅいっ!」
ルーナがナイフを構え、ティルは矢を取り出し、エルリクが【竜の加護】で全員のステータスを強化してくれる。
……風と竜の二重の罠。たしかに厄介だ。
だが、こうして竜を呼び寄せ、倒してしまえばなんの問題もない。
さっさと倒して、船を手に入れよう。
三巻がMノベルス様から本日発売! 表紙が↓にあります。
加筆修正・書き下ろしも頑張っているので書籍版も是非!
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