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第十三話:おっさんは空を渡る

 天空都市料理を楽しんだ翌日に、俺たちは街のはずれにあるダンジョンに来ていた。


「ここが浮遊島のダンジョンなんですね。雲が近いです」

「それに盛況なようね。私たち以外の冒険者も多いわ」


 このダンジョンは、ミニチュアの浮遊島というべきもので、まず半径数百メートルの浮遊島からスタート、そしてその先には、いくつものさらに小さな浮遊島が見えている。

 浮遊島と浮遊島を結ぶのは、空に浮いている石が点在してできた道、それを踏み台にして渡っていく。


「でも、不思議。みんな次の島にいかないで空ばっか見てる」

「なんか、暇そうだよね」

「きゅいっ!」


 ルーナが言う通り、冒険者たちは多いのだが、そのほとんどが最初の大陸で待機していて先に進もうとしない。

 そうこうしているうちに魔物が空からやってきた。

 空エイを大型にしたような魔物だ。ヒレが硬質化していて武器になるうえ、空エイと違って雲を泳ぐだけじゃなく、短時間なら飛行する。


 それを冒険者たちが我先にと倒しに行き、倒すとドロップアイテムを拾って、満足げな顔をする。

 そして、争奪戦に負けたものたちはちりぢりになり、それぞれの持ち場についた。

 それを見たルーナが首を傾げている。


「今、倒した魔物はフライング・レイと言ってな、【空魚の皮】を落とす。こいつは皮素材の中でも極めて軽く、丈夫で、伸縮性があり、防水性が完璧だ。船底に使うと、いい船ができるから高額で取引される」


 凡そ、この世界で超一流の船と呼ばれるものに使われる素材であり、あれ一つで一流の冒険者パーティの日銭に相当するギルが稼げる。

 一つで目標クリア。二つ取れば大儲け。

 非常に割がいい素材だ。


「そういうことね。危険な足場を渡って先へ進まなくとも、高価な材料をドロップする魔物が向こうからやってくるのだから、ここで待ち構えておけばいい。そう考えているのね」

「そうだ。それに、このスタート地点にやってくるのは、フライング・レイだけなんだ。フライング・レイは強い魔物ではあるが、攻撃が単調で対処しやすい。ここから先にいる厄介な魔物と違ってな。それなりに金を稼ぐだけならここでいい」


 誰だって死にたくない。

 ここから先は本当に危険だ。

 足場は悪いし、凶悪なギミックが待ち構え、厄介な魔物もいる。

 ここにいれば安全でそれなりに稼げる。地上よりもよっぽど割がいいとなれば、こういう冒険者が多いのも頷ける。


「でも、つまんない」

「そうだよ。お魚がこっちに来るまで待つより、向こうに行ったほうが、いっぱい獲れるじゃん。こっち、人が多すぎて、取り合いになってるし」

「そうだな。危険を冒して前に進むものが多くのものを得られる。俺たちは、先へいくぞ!」


 冒険者においては、リスクとリターンは釣り合う。

 小遣い稼ぎをするつもりなら、俺たちはここへ来ていない。

 どこか覇気のない顔をした、小遣い稼ぎ連中を後目に、俺たちは先へ進んでいく。


 ◇


 先へ進んだ先で、スタート浮島の終点にきた。

 ここから先は、浮遊石を渡って別の島に渡るしかない。

 そとから見ると石の道に見えるが、近づくと石と石の隙間がかなり広いと気付く。


「ルーナ、【気配感知】で魔物はいるか確かめてくれ」

「いない。だいじょーぶ」


 ここから先、【気配感知】は必須だ。

 石をステップして渡る区間は、おおよそ百メートルほど。

 その間に、空を飛ぶ魔物に襲われたら一たまりもない。


「言っておくが、下を見るなよ」

「ユーヤ、もう遅い。心臓バクバクしてる」

「ううう、なんか立ち眩みしてきたよ」

「落ちても復帰ポイントに飛ばされるだけってわかっていても、背筋が凍り付くわね」

「高所恐怖症の人なら、下見るだけで死んじゃいそうです」

「……遅かったようだな」


 人とは本能的に、高さに恐怖を感じる。

 ビルの屋上からですら足がすくむ。地上から数千メートルあればなおさらだ。

 フィル以外の面々は恐怖が隠しきれていないが、慣れるしかない。

 ここから先にはもっと足場が悪いところもあるんだから。


「きゅいっきゅ!」


 エルリクが鳴き声をあげて、背中をルーナとティルに向ける。 ダンジョンに入るなり、進化した姿に戻っており、今なら二人を乗せられる。エルリクは背中に乗れと言っているのだろう。


「エルリク、気持ちは嬉しいが、ここから先も石を渡る。早いうちに慣れておかないとダメだ。二人を甘やかすな」

「きゅいっ……」

「エルリク、ありがと。でも、ルーナはがんばる」

「怖いけど、先にいかないとね」


 お子様二人組も覚悟を決めたようだ。


「まずは俺が先に行く。見ておけ」


 技術的には難しくない、次々に浮遊石に飛び移るだけだ。

 問題はハート。

 足を一回踏み外せば真っ逆さま、そんな状況でいつも通りに跳ぶ勇気。

 俺が先に行って見せたのは、渡れるところを見せて大丈夫であることを示すためなのだ。

 みんなが見守るなか、無事、渡り切る。


「さあ、来い」


 そうは言うものの、フィル以外はなかなか足を踏み出せない。

 フィルが苦笑し、三本の矢を放った。

 その矢は俺がいるほうの浮遊島に深々と突き刺さり、矢の後ろには魔法のロープが結びついている。

 フィルはそのロープを、三人のお腹で結ぶ。


「命綱です。これで落ちても大丈夫ですよ。あの音からして、一人ぶら下がった程度では抜けません」

「フィル、助かる。ちょっとだけ怖くなくなった」

「さすがはお姉ちゃんだね」

「恥ずかしいけど、助かったわ」


 怖いのは変わらないようだが、みんなの表情にゆとりができた。


「では、私は行きますね。エルリク、あなたも来なさい」

「きゅいっ!」


 命綱をつけずにフィルがかろやかに渡ってくる。

 エルリクも羽ばたいてついてきていた。

 渡り終わったフィルは俺の傍にならび、みんなを手招きする。エルリクも鳴き声をあげて応援していた。

 それを見て、ルーナが最初に、ティルがそれに続き、最後にセレネが。

 どこかおっかなびっくりだけど確実にこちらに向かっている。

 しかし……。


「全員、今すぐ石にしがみつけ!」


 叫ぶ。

 昨日、ギミックを聞いていた三人は目を見開いて、足場の石にしがみつく。

 そして、数秒後にそれは来た。

 とんでもない強風。

 人が吹き飛ぶほどの。三人ともしっかりと石にしがみついている。


 これが、このダンジョンの即死ギミック、強風。

 島と島を渡っている時に直撃を喰らうと吹き飛ばされて終わりだ。

 ようやく風が過ぎ去る。

 三人のほうをみると、顔が完全に青ざめていた。

 よほど怖かったのだろう。

 しばらくしがみついた岩から離れられなくなり、時間をかけてなんとか立ち上がり、ゆっくりこちらに渡ってきた。

 ルーナが俺に抱き着いてくる。

 尻尾の毛がぺたんと潰れて、しぼんでいる。


「怖かった。死んじゃうって思った」


 そんなルーナの頭を撫でる。

 普段は命知らずのルーナだけど、こういう恐怖には弱いらしい。


「大丈夫だ。知っていればちゃんと防げる。俺に言われる前に、ちゃんと強風の予兆はつかめていたか」

「んっ、なんとなくわかった」

「なら、その感覚を忘れるな」


 この浮遊島のギミックの中でも取り分けて凶悪なのが、強風なのだが、ちゃんと対処法はある。

 風が吹くタイミングはわかるのだ。


 まず、このダンジョンでは通常は東から微風が吹いている。

 その風向きが北へ代わり、やがて十秒ほど無風状態になり、その後、爆発的な風が吹く。


 北へ風向きが変われば危険信号。無風になれば何を置いても風に対処しないといけない。

 やっかいなのは、無風状態は十秒と決まっているが、北風が続く時間は十秒から三十分までのランダム。


 今回は最短に近かったが、そのランダムのせいで北風になったからと言って、すぐに強風に備えることができないというのがうっとうしい。三十分も風に備えていられない。

 北風になったら警戒。無風になったら何を置いても吹き飛ばされないようにするというのが攻略法だ。


「ほんとに怖かったよ。ダンジョンって、知らなきゃ即死するのばっかだよね。風吹くタイミングわかんなかったら、どうにもならないじゃん。一人で来たら絶対死んじゃうよ」

「まあな、知識は何物にも代えがたい宝だ。……ただ、過信しすぎるのもまずいぞ。なにせ、このダンジョンを作った神様は性格が悪い。最後の最後に、そのルールを逆手にとる罠がある」


 風の法則が変わる区間がある。

 一応、そうなることを示すヒントがあるが、さりげなさすぎて普通はその罠に嵌る。

 慣れて、上機嫌に進んでいくと、最後の最後予期せぬ強風にぶっ飛ばされて真っ逆さま。……あれには本気で殺意がわいた。


「ふつう、慣れて独り立ちとかやりたくなるのに、こういうのばっか見てきたせいで、ユーヤ兄さんなしにダンジョン行くなんて考えられなくなったよ! 知っているとこ以外絶対やだ!」

「私もそうね。……初見殺しが多すぎるわ。もう、観察力とかでどうにかなる問題じゃない気がするの」


 たしかにな。ゲームのときは死に覚えによる情報の蓄積が主流だったが、現実となった今では死ねば終わり。

 死に覚えができないから、情報が出回らない。


「ユーヤはなんで、いろいろ知ってるの? ルーナはずっと不思議だった。みんな知らないことユーヤだけが知ってる」

「それは秘密だ。いずれ、話す」


 言っても信じてくれないだろうし、なんとなく言うべきじゃないと思う。


「わかった。じゃあ、聞かない」

「ありがとな」


 ルーナの頭を撫でる。

 もう震えは止まっていた。

 これなら先へ進めそうだ。

 多くの冒険者たちが、リスクを取らず、諦めたその先へ。


「ほう、どうやら恐怖を乗り越えたルーナたちにさっそくご褒美が現れたようだ。ユニーク食材をドロップする魔物がいる。こんなに早く会えるとは」

「あっ、ユーヤ兄さんが言ってた虹色のクジャク!」

「美味しいお肉、絶対に逃がさない!」


 げっそりした顔なんて一瞬で消えて、お子様二人組が走っていく。

 それに俺たちは追走する。

 あとでお説教だ。

 ここの魔物は強く、戦力を分散させると危険だと言っていたのに。


 ……とはいえ、あいつは逃げるタイプの魔物だ。俺とてユニーク食材は食いたい。

 説教は奴を倒してからにしよう。

 さあ、今日の夕食を最高にするために狩りをしようか。

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