第十二話:おっさんは天空都市料理を楽しむ
天空都市の街並みをティルと二人で歩く。
みんなが待っている酒場に向かうためだ。
まだまだ以前の通りとは言えないが、だいぶ良くなった。これなら冒険に差し支えはないだろう。
「ねえ、ユーヤ兄さん。こうして二人で歩いていると恋人同士に見えるかな?」
「見えないな。よくて親子だ」
「そういう答えは期待してないよ!」
なにせ、歳の差があるからな。
【世界樹の雫】のおかげで、多少は若返ってきているが、それでも俺はおっさんだ。
十四歳のティルと恋人は無理がある。
もっとも、俺が結婚したフィルは二十代であっても見た目年齢は十代後半なのだが。
「それにしても、風が気持ちいい街だね」
「標高が高いからな。空気が澄んでる。ただ、気をつけてくれ、空気が薄い。気圧も違う。矢の軌道にも影響がある」
「そんなの、一回撃ったらわかったよ。もう、アジャストも完了してる」
「相変わらずの腕だな。エルフはみんなそうなのか」
「私とお姉ちゃんが特別なの。うちのご先祖様が、なんかすっごい人で、その血を引いてるからかも」
エルフは滅多に人里に降りないとはいえ、ゼロじゃない。
何人か知っているが、フィルとティルの姉妹ほどの弓の達人は知らない。
そうこうしているうちに酒場についた。
ここは、宿屋の主人が勧めてくれた天空都市でしか食べられない名物料理が楽しめる店だ。
中は盛況のようで、活気がある。
店員に連れが先に居ることを伝えて中に入る。
「ユーヤ、こっち!」
ルーナが大きく手を振っている。
「悪いな、遅くなった」
「いえ、思ったより早かったですよ」
席に着くが、ドリンクだけしか来ておらず、料理がない。
「料理の提供が遅い店なのか?」
「ユーヤおじ様たちが遅くなると思ったから、先にお買い物をしてきて今着いたところなの」
「ルーナは面白いもの買った。ユーヤに見せるのが楽しみ」
「そういうことか」
この天空都市で買える面白いものと言えば、あれだな。
「でも、びっくりしましたよ。本当にお話ししただけでティルの調子が戻るなんて。もっと長引くと思っていました」
「お姉ちゃん、それどういう意味!」
「言葉の通りの意味ですよ。ティルの場合、普段は手がかからないんですが、たまにすごく面倒になるんですよね。……冒険者になるって、村を出たときとか。どれほど心配したか」
「お姉ちゃんには言われたくないよ!」
一度こうと決めたら、絶対に譲らないのは家系かもしれないな。
「あっ、料理がきましたね」
「これ、食べられるのかしら?」
「平べったいお魚! ふしぎ」
「空エイだな。この島でしか見かけない魚だ」
魔物ではなく、そういう種類の魚。
浮遊島の航行ルートにある雲を泳ぐというか、滑る魚だ。
空エイの群れの近くを通ると、ガケから漁師たちが一斉に銛を放り投げる姿は壮観で、天空都市の名物でもある。
その空エイを、丸ごと煮込んである。
巨大な魚で一匹で六人前はありそうだ。
主食には、とうもろこし粉で焼いた薄焼きパン。
天空島では、その標高のせいで小麦はほとんど育たず、とうもろこしとジャガイモが主食だ。
そのため、パンもとうもろこし粉で作るのが一般的である。
薄焼きパンにおかずを乗せて巻いて食べるのが、天空都市流だ。
「うわ、この魚、骨がないよ」
「うれしい、魚は美味しいけど食べづらい。ルーナはこっちのほうがいい」
「さっそくいただこうかしら。……美味しいわ。身がとってもふわふわ。こんな魚もいるのね」
「骨の代わりに入ってる透明なのがいいですね。食感が楽しいし、噛んでると美味しいお汁がでます」
空エイは骨がなく、体の中には半透明でこりこりとしたものが張り巡らされている。
これが軟骨のように楽しめるのだ。
「身を食べるのもいいが、こっちが空エイのだいご味だ」
平べったい体の周囲にはひらひらのヒレがある。
「ユーヤ、このうすいの食べれる?」
「ああ、骨の代わりに入っている透明のがあるだろう。それの味をもっと濃くした感じでな。食感もいいぞ、表面がぷるぷるで、噛めばコリコリで、これを食べなきゃ、空エイの魅力を半分も味わえない」
そう、このヒレこそが空エイの醍醐味。
ヒラメやカレイのエンガワのようなもので、一番旨味が詰まっている上に、食感が楽しい。
乾燥させたものは高級食材として、天空都市から様々な街へ輸出されている。
天空都市では手ごろな値段で手に入るが、ここ以外で食べるととんでもない値段をとられる。
ルーナたちが我先にと切り分けて、とうもろこしパンで巻いて食べる。
「ユーヤ、ルーナはこれ好き!」
「ほんとに、ぷるぷるでコリコリだね!」
「食感以上に味がすごいわね。濃厚なのに品が良くて」
「これを煮込んで、スープを作ってみたいです。これだけで、きっとすごくいい出汁が取れるはずです」
みんな気にいっているようだ。
俺もいただく。
……やはり、いいな。こうしてパンに巻いて食べるのもいいが、酒が欲しくなる味だ。
早速試す。うん、やっぱり直接食べて酒を煽るほうが俺にはあっている。
「次の料理がきたぞ。天空都市名物はまだまだある」
空に浮いているだけあって、独自の生態系をしており、ここでしか楽しめないものが多い。
こういうのを楽しむのが旅の面白さだ。
◇
一時間後、ルーナとティルがお腹を押さえていた。
「もう食べられない」
「ちょっと、調子に乗りすぎたね。……でも、まだ食べたいのが残ってるよ」
「二人とも、しばらく滞在しますし、そんなに慌てて食べることないですよ。残ったのは次、頼みましょう」
フィルの言う通り、別に今日全部食べる必要はないのだ。
ただ、それがわかっていて暴走するのがお子様二人組。
「さて、腹も膨れたことだし、明日からの予定を話そう」
「いよいよ三竜の宝石を捧げる祭壇に行くのね」
「いや、その前に足を手に入れる。この浮遊島のダンジョン、そのテーマは空だ。いくつもの小さい浮遊島を渡りながら奥へと進んでいく。なかには、その浮遊島同士を結ぶ足場がないダンジョンもある。三竜の宝石を捧げる祭壇があるダンジョンもその一つ」
「だから、まずは空を渡る足が必要になるんですね」
「そうだ。そして、その足は天空都市のダンジョンに隠されている」
「でも、そんなものがあれば有名になっていそうですが、聞いたことがないです」
「例によって、隠し部屋にあるからな。……それも、とてつもなくわかりにくく厄介だ。まともな神経じゃ、あれは見つけられない。そして、その足がないから三竜の祭壇も見つかってない」
空を渡る船。
それがないと話しにならず、アレを事前情報なしで見つけられるような命知らずは、ここに来られるレベルになる前に死んでいる。
「足がなくたって、三竜の祭壇にはいけるんじゃない? エルリクに乗せてもらえばいいよ。せっかく大きくなったんだし」
「きゅいっ!」
「……さっきから気になってたんだがな、なぜエルリクが縮んでいる?」
突っ込みをするタイミングを逃し続けていたのだが、実はエルリクはルーナの頭の上に乗って、ちょくちょくお子様二人組から料理のおすそ分けをもらっていた。
進化によって、ルーナの頭に乗るどころか、逆にルーナを乗せて空を飛べる大きさになったはずなのに、いつの間にか前の姿に戻っている。
「店に入るとき、エルリクは大きくて入っちゃダメって言われた。だから、エルリクに可哀そうだけどお留守番って言ったら、ちっちゃくなった」
「きゅいっ!」
そんな軽々しくていいのか。
三竜を倒したときに、力が流れこんで起こった突然変異。ゲーム時代にもなかった奇跡だというのに。
「もったいない」
つい本音がもれる。
「だいじょーぶ。エルリクはいつでも大きくなれるって言ってる。大きいと街の中じゃダメだから、ルーナはダンジョンじゃ大きく、街の中じゃ小さくなるように言った」
「うんうん、やっぱり、街の中じゃみんな怖がらせちゃうし、ちょっと動きにくいもんね。おっきいエルリクもいいけど、ちっちゃいのも可愛くていいよ」
「きゅいきゅい!」
なんて都合のいい体をしているんだ。
まあ、いい。なにからなにまで規格外な奴だ。考えたら負けだ。
「話を戻すが、あまりにも島と島との間隔が長いところがあるんだ。エルリクに乗れるのはせいぜい一人だろう。何回も往復するだけで一日潰れる。それにな、ここのダンジョンにでる魔物は強力だ。戦力の分散は危険すぎる。一人ひとり運ぶ以上、どうしたって最後の一人は、一人で戦うリスクを負う。……俺ですら危険だ」
そう、ここでの戦力分散は死に直結する。
それは許容できない。
「わかった。じゃあ、その足を手に入れる」
「楽しみだね、どんなのだろう? おっきな鳥とかかな」
「案外、空エイさんみたいに雲を泳ぐ魚かもしれませんよ」
「エルリクよりずっと大きなドラゴンという線もあるわ」
「きゅいぃぃぃ……きゅう、きゅいいいきゅぅ」
なぜか、エルリクが悲しそうな鳴き声をあげる。
「ん、通訳する。活躍して、いっぱい褒めてもらえると思っていたのに、出番がなくなった。それに自分に頼らなくても空を飛べるようになることが悲しい」
「ルーナ、それほんとなの? 私もわりと動物の気持ちわかるけど、そのレベルは無理だよ」
「エルリクが進化してわかるようになった。今までのエルリクは動物っぽくて、お腹すいた、遊んで、寂しいぐらいしか頭になかったけど、今は進化で頭が良くなって、ちゃんといろいろと思考してる」
「めちゃくちゃな」
もう突っ込まないと決めていたのに、突っ込んでしまう。
こういうことを考えることも異常だが、そのためにはこちらの言葉を完璧に理解する必要がある。それができていることも異常だ。
こんな使い魔は聞いたことすらない。
「ごほんっ、エルリク、心配は無用だ。これから手に入れる足は空を飛べるわけじゃない。だから、手に入れてもエルリクに頼らないと飛べないのは変わらない。空を飛びたくなればエルリクに頼むさ」
「きゅいっ!」
「エルリクは任せてって言ってる」
「空を飛べないのに、どうやって浮遊島同士を渡るの?」
「俺たちが手に入れるのは、空を飛ぶんじゃなくて、雲を滑る船なんだ。気持ちいいぞ、雲の上をとんでもない速さで疾走するからな」
「楽しそう!」
「わくわくするね」
「……私はちょっと怖いわ」
「雲から落ちたらどうなるか、想像したくないですね」
その船はまさに雲の上をいくジェットスキー。
最高の疾走感を与えてくれる。
ただ、あくまで雲の上を滑るのであって、空を飛ぶわけじゃない。それを手に入れたからと言って、雲の上に乗せなければなんの意味もない代物で、地上に持ち帰っても大して役に立たないのが残念なところだ。
なにより、危険だ。
超速でありながら雲の切れ目に突っ込めばあっさり墜落。
……あれを使うダンジョンは、そこだけ鬼畜レーシングゲームと揶揄されていて、多数のプレイヤーが怨嗟の声をあげた。
「というわけで、雲を滑る船があるダンジョンへ行く。はっきり言って危険だ。こっちはまだ浮島同士に足場はあるにはあるが、気を抜けばすぐに落ちる。そうなれば即死……ではなく島にあるいくつかの復帰ポイントにランダムで飛ばされる」
もともと空から落ちれば即死だったが、難易度が鬼畜ですぐに落ちて、その度に死ぬプレイヤーが続出。とくに、鬼畜レーシングと揶揄されるダンジョンでは超一流プレイヤーすら死にまくり、「ジャンルが違う」「頭がおかしい」とクレームが殺到した。
理不尽なダンジョンが多いゲームだが、さすがにやりすぎたと運営も認め、仕様変更になった。
もっとも、その仕様変更で落ちにくいダンジョンにするのではなく、死ぬよりは少々マシなデメリットにするというのがこのゲームらしいところだが。
……それに訓練されたプレイヤーたちはなんだかんだ言って、鬼畜レーシングをクリアしてしまった。
「安心しました。浮遊島ぐらいの高さから落ちたらどうなるかなんて想像したくないです」
「ただ、死なないだけで落ちればほぼ終わりだ。いくつかの復帰ポイントにランダムっていうのがやばいんだ。パーティ単位じゃなく個人単位だから、戦力分断され、合流が大変だ。さっきも言っただろう。ここの魔物は一人じゃ勝てない」
たまたまうまく同じポイントに飛ばされれば問題ないが、そうはならない。
まったくもってうっとうしい。
「あらかじめ言っておく。もし、飛ばされて一人になった場合は、迷わず【帰還石】を使え、じゃないと死ぬ。残された側は、落ちた奴が【帰還石】を使って戻ってる前提で先へ進む。残されたほうも人数が減って、戦力的に無理だと俺が判断すれば全員で【帰還石】を使うし、もし俺が落ちれば、即座に全員【帰還石】を使うこと。今から向かうダンジョンはそれぐらいに危険だ」
念を押しておく。
ここは本当に洒落になっていない。
貴重な【帰還石】を浪費したくないが、ここはケチれば死ぬダンジョンだ。
「んっ、わかった」
「ユーヤ兄さんがそこまで言うなんて、相当だね」
「そうだ。いくつか、危険なギミックと魔物を説明する。よく聞いてくれ。まずギミックだが、強風と言って……」
そうして、俺はダンジョンの説明を始めた。
非常に危険なダンジョンだが、俺たちのパーティは優秀。
きっと、全員揃って船を手に入れられる。
俺はそう信じている。




