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第十一話:おっさんは妹と面談する

 いよいよ天空都市にたどり着いた。

 急いで宿をとるように動いた。

 なにせ、キャラバンがもうすぐやってくる。あれがたどり着くと良い宿はほとんど取れなくなる。

 受付嬢ネットワークを駆使して調べてもらっておいた宿に向かったところ、ちょうど一部屋だけ空いており、助かった。

 そして、ルーナ、セレネ、フィルの三人とエルリクは酒場に向かい、俺とティルは借りた部屋で向かい合っていた。


「あの、ユーヤ兄さん、その、二人きりって、実は、あんまりないよね」


 居心地悪そうに目をそらしながらティルが言う。


「そうだな。ティルはいつもルーナと一緒だからな」


 お子様二人組は仲が良すぎてだいたいセット行動だから、ティルと二人きりになることはまずない。

 例外は夜の訓練だが、前衛組と後衛組で分かれているため、そちらでも、そういう機会はない。


 今日はどうしてもティルと二人きりで話したかったから、こうしている。


「えっと、話ってなに」

「それはだな……うん? なんだこの匂い。知らない匂いだ」

「ひゃっ」


 ティルから甘い香りがしたので顔を近づけたのだが、彼女が間抜けな声をあげて、距離をとった。

 やはり、ティルの様子がおかしい。

 いつものティルなら、香水を自慢しようとむしろ自分から嗅いで、嗅いでとすり寄ってくるのに。


「珍しいな、ティルが香水を使うなんて」

「別に珍しくなんかないよ! いつもつけてるし」


 それは嘘だな。

 キツネの嗅覚をもつルーナほど敏感じゃないが、俺も匂いには敏感だ。

 ガスを使った罠を見破ったり、気配を隠すのがうまい魔物に気付くには匂いは非常に重要であり、嗅覚は鍛えてある。

 冒険者にとって、戦闘力と同じぐらいに感覚の鋭さは重要だ。

 いくら強くても、感覚が鈍ければその力を発揮することもできない。超一流と呼ばれる冒険者の中に煙草などで自ら感覚を鈍らせる愚か者は一人もいない。


 だからこそ、普段付けていない香水なんかを付ければすぐに気付く。


「いつも付けていると言うなら、そういうことにしておこう。ティルも年頃なんだな」


 よくよく見ると、うっすらと化粧までしていた。

 久しぶりに大きな街への滞在だ。年頃なのだからお洒落をしたくなってもおかしくない。


「ユーヤ兄さん、また私のこと子ども扱いして」

「子供だからな」

「十四歳は大人だよ! 結婚だってできるもん」


 こうして、ほほを膨らませるあたりが子ども扱いしている理由であることにティルはいつまで経っても気付かない。


「まあ、それは置いといて、今日呼んだ理由だが、最近、ティルは俺に対してぎこちないだろう」

「……そんなことない。って言えないよね。さすがに今日のは自分でもダメだってわかってるよ。ごめん、こんなんじゃみんなの足引っ張っちゃう」


 どうやら、自覚があり改善したいと思っているようだ。


「その、あれだ。あの日、俺たちのを見たせいだな。俺とフィルも油断した。悪かったな」

「悪くなんてないよ。あの、そういうことするの、夫婦だと当たり前だし、結婚した日だもん、覗いちゃう私のほうが悪くて」


 どんどん声が小さくなり、顔が赤くなっていく。

 変なものを思い出させてしまったようだ。


「やっぱり、俺が怖くなったか?」


 できるだけ、ルーナやティルの前では、男としての側面は見せないよう、これでも気を使ってきた。


 ……二人を子ども扱いするのは、年齢以上に振る舞いが幼いせいもあるが、それだけじゃない。

 子供だと思っておかないと、理性が緩み、間違いを犯しかねない。


 客観的に見れば、二人とも成人している上に、とんでもない美少女で性格も良い。外見も内面も魅力的だ。

 いい年して、どうかとは自分でも思うが、男とはそういう生き物だ。

 だから、俺は初めから子供だという認識をしている。そう思っている内は問題は生じない。


「怖いとかじゃないよ。えっと、これから言うことをお姉ちゃんたちに内緒にしてくれる?」


 目をそらしたままでティルが質問してくる。


「約束する」

「……怖いなんてぜんぜん思ってないよ。ユーヤ兄さん、いつも子供扱いするけど、ちゃんと私だって女の子だし、そういうこと知っているもん」

「なら、どうして急に俺への態度がおかしくなったんだ?」

「それは、その、私がユーヤ兄さんをそういう目で、見ちゃうようになったからだよ!」


 自棄になったのか、どんどん下がっていたボリュームが反転して、一気に大声になった。


「今まで、ユーヤ兄さんのこと、たぶん、そういうふうに見てなかったんだと思う。優しいし、甘やかしてくれるし、ほどよく怒ってくれるのも大事にされてる気がして好きだし、頼りがいあるし、でも、男の人って感じじゃなくて、お姉ちゃんの恋人で、ほんとのお兄さんみたいな感じで」


 兄として接していた俺としては最大級の誉め言葉だ。


「でも、お姉ちゃんとのアレを見てから、ユーヤ兄さんも男の人なんだって思っちゃって、その、変に意識しちゃうし、たまに、お姉ちゃんとのアレを思い出しちゃって、頭がかーってなっちゃって、熱くなるの頭だけじゃなくてって、うわぁ、何言ちゃってるんだろ」

「そうだったのか」


 俺がルーナとティルを子供として認識しているように、ティルのほうも俺を男じゃなく、兄として見ていたのだろう。


 だから、無邪気に甘えていたし、無防備なスキンシップもして、好きという言葉も気軽に言えた。でも、男として見てしまうとそうはいかなくなる。

 その上、耐性が全くないところにあんなものを見せられたというおまけつきだ。


「ううう、恥ずかしくて死にそうだよ」

「悪かったな。それで、どうすれば治ると思う?」

「そんなの私が一番知りたいよ!」


 そうだろうな。

 自覚があったようだし、それならそう思っているだろう。


「男の俺より、むしろ女性のほうがわかるかもな。フィルに相談するか」

「やだよ。どこの世界に、お姉ちゃんの夫のこと男として見るようになって困ってるって相談する妹がいるんだよ!」

「もっともだ」

「……冗談なら好きなお姉ちゃんの前でも言えるけど、本気なら無理だよ」


 冗談なら言えても、本気なら無理か。

 エルフの村での婚約は、嘘だとティルも理解していたけど、本当になってくれたらな、そういう類の反応だった気がする。


「だったら、セレネか」

「実はもう相談してるんだ。セレネが言うには慣れだって……セレネもユーヤ兄さんのこと好きで、はじめはすっごく普段通りにふるまうの大変だったけど、そのうち大丈夫になったって」


 流石はセレネだ。そう言う素振りを一切見せていない。


「あと、セレネがユーヤ兄さんにお姫様抱っこされたとき、今までの十倍ぐらいドキってして、そのあとは一気に楽になったって言ってたよ」

「ショック療法か。ある意味、もうショックは与えてはいるが」


 ショックの強さでは、姉との情事以上のものはないだろう。

 ティルが俺のことをジト目で見てる。


「あのさ、ユーヤ兄さん。告白しているのと一緒ぐらいなこと言ってるのに、そう平然とされてると、微妙に傷ついちゃうよ。もっとドキドキしてよ! せめて私の百分の一ぐらい!」

「いつも言ってるだろ。ルーナとティルは娘のような、妹のような何かだ。そういう目でしか見るつもりはない」


 たとえ、向こうが俺を男として見るようになっても、俺は変わらないし、変わるわけにはいかない。


「ううう、なんか悔しい」

「気付いてるか? だんだん、いつも通りの感じになってきたな」


 さきほどから、どんどんティルの話し方や態度が自然になっているのだ。


「さっきから、死ぬほど恥ずかしいんだよ。でも、それ以上にやるせなさと怒りがふつふつとしてくるし、あと、なんか泣きそうで全部ごちゃまぜで一周回っていつも通りなんだよ! すごく複雑だよ!」


 ああ、すごくティルって感じがするな。


「こんな話でも効果があったみたいだな。ある意味、これもショック療法かもしれないな。また二人きりで話そう」


 ティルの肩に手を置いて、そして扉の方へ向かう。

 ルーナ達が居る酒場へ合流だ。

 しかし、ティルが足を止める。


「あのさ、ユーヤ兄さん。ショック療法ならさ、もっとちゃんとしたのやってほしい」

「お姫様抱っこなら、いつでもいいぞ」

「……ユーヤ兄さんをそういう目でみるきっかけになったのと同じのがいい。その、あくまで治療だから、恋人にしてとか言わないし、お姉ちゃんにも悪くないかなって。えっと、あの、すごくお得だよ」


 上目遣いになって、潤んだ瞳でティルが見上げてくる。

 俺の知らないティルの表情。

 子供として見ると決めていても、そんな思い込みを吹き飛ばしてしまう、そんな表情。

 だから、俺は……。


「いたっ、ううう、ユーヤ兄さんのいじわるぅ」


 赤くなったおでこを押さえて、ティルが恨めしそうに見ている。


「言っただろ、ティルは妹のような、娘のような何かだ。そんな真似できるか。そもそもお前は新婚の俺に何を言ってるんだ」

「ぶうぶう、私はようなものであって、妹でも娘でもないのに。ずるいよ。そういう理由なんてさ。そんなの、どうしようもないじゃん」

「ちゃんとした理由の方は言わせないでくれ。特にティル相手にはな」


 ティル相手に、フィルを理由にするのは嫌なんだ。

 あの姉妹の仲の良さを見るのが好きで、それを曇らせるようなことはしたくない。


「わかったよ。なんか、全部話してすっきりしたかな。ちょっと大丈夫になったかも」

「それは良かった。それとな」


 ティルの赤くなったおでこにキスをする。

 家族にする、親愛のキス。


「そういう目でティルを見る気はしないが、愛してないわけじゃない。ちゃんと、妹のような、娘のような何かとしては愛しているからな」


 もしかしたら、こういうことをやるべきじゃないかもしれない。

 だけど、いつもの態度と、いつもの口調でティルが涙をこらえている気がした。

 そうしないでは居られなかったんだ。


「……ユーヤ兄さんって、ほんっっっっっといじわるだよね」


 ティルが笑う。

 それから、俺の手を取り、引っ張っていく。


「早く、みんなのとこいこっ。ルーナにぜんぶ美味しいの食べられちゃうよ」

「そうだな」


 別に、食べられたなら追加注文すればいい。

 そんな野暮なことは言わない。

 ティルは顔を見られたくなくて、先を歩き手を引いているのだから。


「それからね。ふふふ、覚悟しておいてね。そっちがその気なら、こっちだってね。容赦しないから」


 俺に聞かせる気があるのかないのか分からない微妙な音量で、とても怖いことを言っているが聞かなかったことにしよう。

 それはきっと、俺にはどうしようもないことだ。

 何はともあれ、ティルがいつも通りに戻ってくれて良かった。

 これで、明日から冒険ができる。なにより、ティルは俺たちのムードメーカーだ。彼女が笑顔じゃないと楽しくない。


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