第九話:おっさんは天空都市を目指す
ラプトル馬車に荷物を積み込んでいく。
ほとんどは魔法の収納袋に入っているのでさほど荷物は多くはない。
「少し、肉付きが良くなったな」
「キュア!」
ラプトルが少々でかくなっていた。
エルフの村で草をたらふく食べたおかげだろう。
祝福された大地で育った草は、家畜を大きくたくましくすると聞くが、まさかラプトルにまで効果があるとは。
「みんな、忘れ物はないな」
「ルーナは大丈夫」
「問題ないわ」
「私も大丈夫です」
「ティル、返事がないようだがどうだ?」
「えっ、あっ、うん、私も大丈夫」
全員、元気良く返事をして乗り込んでいく。
エルフの村の面々への別れは告げているので、心置きなく出発できる
フィルの両親からはもう少しゆっくりしていくように言われたが、俺たちにはやることがあるので丁重に断った。
俺は御者席に座り、ラプトルたちに走れと指示を出そうとして、動きを止めた。
来客がいたからだ。
「どうした、ホランド」
かつての仲間、魔法使いでありパーティの頭脳だったホランド。
「見送りと餞別に。迷惑をかけたわびにこいつを受け取ってほしい」
ホランドが渡してきたのは、ポーションの一種。
ただのポーションではなく、とんでもなく希少価値が高いもので、超一流冒険者でもそうそう手に入るものではない。
「いいのか、こんな貴重なものを」
「ああ、あそこに……天空都市ラピュールに行くのだろう。それを持っておいたほうがいい」
「ありがたくいただこう」
ホランドの言う通り、ラピュールではこれが必要になる可能性が高い。
俺もなんとか手に入れようとしていたがどうにもならなかっただけにありがたい。
「それからもう一つ。最近、ラピュールには怪しげな奴らが出入りしている。用心をしておけよ」
「怪しげな奴ら?」
「死の商人とでもいうべき連中だ。そいつらの商品は武器や非合法の薬に加えて、特殊なモンスターだと聞いている。商人をやっていると、こういう話は聞こえてくるんだ」
モンスターを売るだと。
ルンブルクの祭りや、セレネの故郷で行われた継承の儀に横やりを入れてきたのはそいつらかもしれない。
そして、天空都市ラピュールであれば……あの遺跡ならそういう魔物も作れるかもしれない。そのことが仮説の信憑性を高める。
「気を付けておこう。忠告、感謝する」
「仲間だからな。ユーヤと会えてよかった」
「俺もだ」
握手をして、ホランドに別れを告げる。
ラプトルが走り出し、次第にエルフの村が遠くなっていき、ついには見えなくなってしまった。
◇
ラプトルは機嫌よさそうに街道を走り、次々に馬車を追い抜いていく。
久しぶりに走れて、うれしいらしい。
そして、エルフの村でたっぷりと栄養を付けたおかげでいつも以上に速い。
あっという間に天空都市ラピュールにたどりつきそうだ。
ルーナが御者席にやってくる。
「ユーヤ、次の街について聞かせて」
「きゅいっ!」
エルリクものっそりとやってくる。
進化したせいか、昔のようにルーナの肩には乗れないどころか逆にルーナを乗せられるサイズになったが、相変わらず鳴き声は小動物っぽい。
「珍しいな。こういうときはいつもティルが一緒だが」
「なんか、ユーヤに近づくと恥ずかしくなるみたい。不思議」
「そうか」
あの夜の光景が目に焼き付いているのだろう。
普段、あれだけ冗談めかしてセクハラまがいのことを言っているが、その実、まったく耐性がなかったらしい。
「話すのはいいが、フィルはともかく、セレネとティルにも聞いてもらったほうがいいか」
御者席の後ろにある窓をあける。
「みんな、次の街について説明する。話を聞いてほしい」
「ええ。次は天空都市ラピュールよね。一度、行ってみたかったわ」
「天空都市? 街が空を飛んでる? ルーナには信じられない」
あの街を知っているらしいセレネが興奮した様子で、逆にルーナはぴんとこないのか首をかしげている。
ちなみにティルのほうを見ると顔を赤くして目をそらした。
「正しくは街が飛んでるんじゃなくて、空飛ぶ島に街があるんだ。壮観だぞ。浮遊島ラピュナは、全長十二キロ、幅五キロもある」
間近で見たことがあるがあまりの迫力に腰を抜かしそうになった。
空を飛ぶ島だけあって、生態系や資源などは、完全に独自のもので、あそこでないと手に入らないものが多く存在していた。
「でも、そんな空飛ぶ島にどうやって行くのかしら? 飛べないと無理じゃない」
「毎日同じコースを一日かけて巡回しているんだ。朝の八時にクオリヤ山の崖すれすれを通り過ぎていく。そのタイミングならガケから乗り移れる」
「なかなか怖いわね」
「いや、そうでもない。島自体がでかいからな、なにせ全長十二キロもあって、通り過ぎるまでに三十分ほどかかるし、接地面積も広いし、さほど危険ではないよ」
ほんとうに崖すれすれを飛ぶし、乗り移りやすいようにがけ側も、島側も接地面がまっすぐで、繋ぎ目がほとんど見えないぐらいだ。乗り移るのを失敗するほうが難しい。
おそらく、これはゲームの都合なのだろう。
「ユーヤ、そのクオリヤ山ってどれぐらいかかる?」
「あと二日と少し。三日目に浮遊島に飛び移る予定だ」
「けっこう、長い。早く行きたいのに残念」
ルーナが肩を落としながら俺の足の間に小さな体を収めた。
しばらくはこうして御者席で外の景色を楽しむつもりらしい。
「到着までに天空島の話をしてやる。……ルーナたちが一番喜びそうなのは、やっぱりユニーク食材だな。独自の生態系があるだけあって、ユニーク食材もきっちりある」
「ユーヤ、どんなの!? お肉ならうれしい」
「肉だぞ。レインボー・クジャクって言ってな。虹のように輝くクジャクで、その肉は七色の味がするって言われているんだ」
普通のクジャクというのはまずい。
筋張って固いし、臭みがあり、脂がなく身はぱさぱさ。
一部の貴族たちがその見栄えの良さで宴会料理に使うぐらいで、庶民は見向きもしない。
しかし、レインボー・クジャクは違う。
美しさと美味しさが比例している。
しかも七色に輝く肉は、色ごとにまったく違う種類のうまさで食べるものを魅了するらしい。
ついでに、精力増強、美肌、冷え性の改善、若返り効果など、あれを食べ続けていれば、ずっと若く健康なままいられるといわれている。
おかげで、貴族や大金持ちがばかみたいに高い値段をつけており、普通のユニーク食材以上に自分で食う冒険者は少ない。
「食べたい、ルーナは鳥のお肉も大好き」
ルーナがさっそくよだれを垂らして、もふもふのキツネ尻尾をぶんぶんとふる。
俺の足の間に体を収めているせいで、しっぽが顔に当たってくすぐったい。
いつもは相方のほうも騒ぎ出すのに、今日はおとなしくて、少し物足りなく感じてしまう。
「ティル、おまえも鳥肉は好きだろ。空を飛ぶ魔物の狩りは後衛頼りだからな、がんばれよ」
「うっ、うん、頑張るよ」
返事がどこかぎこちない。
フィルとの情事を見られて以来、ずっとこうだ。すぐに元に戻るかと思ったが深刻だ。
どうにかしないと。
日常生活ならともかく、ダンジョンの探索を始めても今のままだと困る。
あとでフィルに相談しよう。
ティルのことを一番わかっているのはフィルだ。
「ユーヤ、ほかに面白いものない?」
「いろいろあるぞ。まずは……」
ルーナと話しながら、ラプトル馬車はかけていく。
ティルのことは気になるものの、旅は順調に進んでいた。
◇
予定より少し早く、二日後の夕方にはクオリヤ山についていた。
クオリヤ山には大き目の宿がある。
浮遊島の特産品を目当てにやってくる商人たちの需要を見込んで、宿が用意され、それを中心に村ができているのだ。
そこで一晩明かして、余裕をもって出発した。
街道が整備されているため、山登りもさほど苦にはならない。
頂上付近に、切り立った崖があり、そこからはこのあたり一帯を見渡せた。
「ユーヤ、ここに浮遊島がやってくる?」
「そうだ、あと三十分もしないうちにな」
「すごい人ね。宿もにぎわっていたけど、浮遊島って人気があるのね」
「あそこは特産品がすごいからな。行商人たちには人気がある」
「私もいくつか買いたいものがあります。浮遊島のものは、現地で買うと安いものでも、よそで買うと信じられないぐらい高くなりますから」
それも無理はない。
浮遊島は危険だ。あそこにあるのはすべて上級ダンジョン。たまに魔物が外へあふれてくる野良ダンジョンも含めて。
街へ行く途中、魔物に襲われて命を落とす商人も少なくない。
それでも、これだけ人が多いのは、それだけ魅力があり、高く売れる特産品が多いからだ。
浮遊島の特産品を外で買うと高いのは、商人たちの命の値段込みなのだ。
「さあ、浮遊島が来たぞ」
俺が指を指すと、巨大な土塊がはるか上空からやってきて、ゆっくりと高度を落としていく。
土塊の上には、エルフの村に負けず劣らず豊かな緑たち。美しい自然が見えた。
「すごい迫力! かっこいい」
ルーナがキツネ尻尾を振って、見入っていた。
「噂ですごいとは聞いたけどこれほどとは思わなかったわ」
セレネも感嘆の息を漏らした。
「うわぁ、あれに今から乗るんだ。あんなおっきいのが飛ぶなんてすごい」
そして、ティルも浮遊島に見入るばかり、俺を避けていることを忘れてしまっている。
「乗り込むぞ。三十分は長いようで短い。これを逃したら、また明日だ」
ラプトル馬車を走らせる。
島から出る人たちと、乗り込む人たちで騒がしくなる。
浮遊島ラピュナと天空都市ラピュール。
ついにここまで来たか。
三竜の祭壇以外にもここには目当てのものが多い。
楽しみつつ、強くなろう。




