第七話:おっさんは指輪を贈る
二次会は盛り上がった。
太陽が昇り始めたのに、まだバカ騒ぎをしている。
酒も食料も余裕をもって用意して良かった。普通の量ならとっくに底をついていただろう。
お子様二人組とセレネは、ちょっと前に騒ぎすぎて疲れたので帰宅している。
俺とフィルはホストのため最後まで残る。
ただ、少し疲れたので抜け出してきた。
「話しすぎて喉が痛くなっちゃいました」
「俺もだ。エルフたちが馬鹿騒ぎに付き合ってくれてるのは意外だな」
周囲の反対を押し切っての結婚だった。
試練を乗り越えたことで認められ、式にも参加してもらえたが、いやいやで形だけだと思っていた。
しかし、全力でこの式を楽しんでくれている。さすがに、フィルとティルの婚約者とその家族はいないようだが、長老陣もいる。
彼らは俺の呼んだ人たちともウマがあって、ともに酒を酌み交わしている。
「エルフってお祭り好きなんですよね。あんまり、こういう機会がないので楽しむときは思いっきり楽しんじゃいます」
「娯楽に飢えてるってわけか」
「はい。でも、それだけじゃないと思いますよ。反対していた人ばかり目立っていましたが、はじめから応援してくれていた人や、立場上反対している素振りをするしかなかった人もいますから」
「そっか」
幸せな結婚式で良かったと思う。
二人で涼み、どちらからともなく口づけをする。
……そろそろ頃合いか。
この場で二人きりになったのは何も休憩したかったからだけじゃない。
大事な用事がある。
「フィル、手を出してくれ」
「こうですか?」
ほっそりとしたフィルの手を掴む。
そして、左手の薬指に贈り物をした。
「これって」
「結婚指輪だ。人間の結婚式だと式の中で渡すんだがな。エルフ風の式だと、そのタイミングがないのを忘れていて今になった」
【蛮勇の証明】で手に入れた宝石を使い作りあげた指輪。
「すごくきれい……。もしかして、この宝石って幻のウインド・エメラルド……?」
「そうだな。少々手に入れるのは苦労した」
フィルの瞳と同じ色の宝石にして、この世界の結婚システムに適応する超稀少アイテム。
「ずっとずっと大切にしますね」
フィルは大事そうに左薬指の指輪を撫でる。
「俺も大事にする」
自らの指にもウインド・エメラルドで作った指輪を嵌める。
「この指輪が欲しかった理由がいくつかあるんだ。フィルの瞳と同じ色で、これ以上フィルに似合う指輪はないと思ったんだ。それと、俺たちの結婚をこの世界に認めてほしかったんだ」
「この世界にですか?」
「ああ、いくつかの特別な宝石で作った指輪を左手の薬指につけて、決まった動作をすると、世界から祝福を受け、特別な力が得られる」
ゲーム時代は、かなり後半に配布されたパッチによって実装されたシステム……【結婚】。
【結婚】したキャラは、いくつか特別な恩恵を受けられるのだ。
「この世界に祝福してもらえるなんて最高です。やりましょう」
興奮した様子でフィルが身を乗り出してくる。
「やり方は簡単だ。まずは左薬指に指輪をつける。これはもういい。次は、左手を合わせる」
「こうですか」
「ああ、そんな感じだ」
お互い、手を伸ばして掌を合わせた。
「あとは二人同時に誓いの言葉を紡ぐ。『フリトレーデン』」
「フリトレーデン? 意味はなんですか」
「さあな。俺もわからん」
いろいろと考察されたが、当時もわからなかった。
語源が日本語ではなさそうで、いろんな国の言葉を探したが、仮説は出てきたものの、これだというものがない。
たぶん、ろくな意味じゃないだろうとは思う。
「意味がわからないのは残念ですが、響きは悪くないです。では、タイミングをあわせますよ。せーの」
「「フリトレーデン」」
二人で、その言葉を叫ぶ。
すると、ウインド・エメラルドが淡く輝いた。
……【結婚】システムは、こちらの世界で実行したと聞いたことがないので、きちんと使えるか心配だった。
しかし、無事に使えたようだ。
「これで、この世界に私たちの結婚が認められたんですね」
「そうだ。おかげでいくつか力をもらった。一つ目だが、ステータスカードを見てみろ」
「あれ、私の力が上がってます」
「結婚するとな、お互いの一番高い能力の十分の一が相手に加算される」
俺の場合、筋力が一番高い。
そのおかげで、フィルの筋力値が俺の一割分上昇している。
「これだけの上昇量、普通のアクセサリーじゃ無理ですね。ステータスがあがるのも嬉しいですけど、何よりユーヤの力が流れこんでるって考えると、すっごく温かい気持ちになります」
「だな、俺にもフィルの力が流れ込んでいる」
フィルの一番高いステータスは敏捷。
装備で上げにくいステータスだということもあり、非常にありがたい。
「まだ、特典はある。【ボックス】」
俺がそう唱えると、目の前の空間に不思議な渦ができる。
「こいつは、魔法の収納袋と原理は同じで五十キロまで入る」
魔法の収納袋としては中の上という容量で、非常に便利だ。
「あっ、それありがたいですね。最近、魔法袋の容量がだいぶひっ迫していましたし」
「それだけだと、魔法袋をもう一つ手に入れれば済む話なんだが、こいつがすごいのは、俺とフィルが呼び出せる【ボックス】は繋がっているということだ。この【ボックス】は共有できる。つまり、お互いが入れたアイテムを、二人で使えるってことだ」
フィルが顎に手を当てて考え込む。
一流の冒険者故に、こいつのすごさがよくわかるのだろう。
「つまり、回復アイテムは個人の魔法の袋に入れずに、こっちへ入れておくと二人で使えて無駄がない。その気になれば片方が街に残って、もう片方がダンジョンに向かうことで、常に前線に物資を送り続けることができるってことですよね。持久戦型のダンジョンじゃほとんど反則です」
「それだけじゃない。どれだけ離れていても、手紙を【ボックス】にいれれば即座に連絡がとれる」
「便利すぎますね。このシステム目当てに結婚する人が現れても不思議じゃないですよ」
実際、ゲームのときはあまりにも有能すぎて結婚ラッシュが起こったからな。
フィルが言ったように、片方を物資補充用に残すことで物資を前線に送り続ける方法が流行した。
絆を深めるための結婚システムで、離れ離れになる戦略が流行るのは皮肉めいている。
……もっとも、その戦法に対してすぐに対策がされたが。
親愛度という隠しパラメーターが存在する。それは共に戦ったり、触れ合ったりすることで上がり、逆に別々に行動しているとさがる。
頻繁に分散戦法を取ったり、結婚のために適当に作ったサブキャラ相手だと親愛度がさがり、親愛度が一定以下になると、親愛度がマックスになるまで結婚システムの恩恵が消えるようになってしまったのだ。
「流行らないのは世界に認められる【結婚】のやり方を知っているものがいないのと、必要な指輪の材料が一筋縄じゃ手に入らないからだろうな」
「……あと、ふと思ったんですけど。これ、たくさんの人と結婚すれば、どんどん強くなりませんか? ユーヤだったら、ルーナちゃん、ティル、セレネちゃんと結婚すれば、私を含めて四人分のステータス加算がありますし、【ボックス】が全員で使えてすごく便利な気がします」
「それができれば最強だな。でも、指輪は一つしか付けられないから無理だ」
システム的に指輪は一つしか付けられない。
……いや、待て。
現実となった今ではゲームのときと違い装備するだけならできる。
ただ、ステータスへの加算は最初の一つというだけで。
結婚システムの場合はどうなのだろう?
初めに嵌めた指輪だけが結婚システムとして有効なのか、それとも結婚はできるが最初のアクセサリーしか装備加算がないのと同じ理屈で恩恵は受けられるのか。
あるいは装備の上昇値がないだけで、結婚システムの恩恵は重複して受けられるのか。
「ユーヤ、もしかして試してみたいとか思ってませんか」
「……そんなことはない」
嘘をついた。
浮気をしたいわけじゃないが、こういうシステム的な考察をしたいのは、俺にとって生理的な反応と言っていい。
「仕方ない人ですね。前にも言いましたが、私は別に浮気するなとは言いませんよ。ルーナちゃんやティルやセレネちゃんなら、歓迎します。いい子ですし、ずっと一緒に居たいですから」
「それは、初夜の新婦のセリフじゃないな」
「ふふっ、私もそう思います」
フィルのいつもの笑顔。
こういう健気なところを見せられたら、逆に他の女に手を付けるなんて考えられない。
そもそも、ルーナたちをそういう目で見たことはない。
「そろそろ戻ろう」
実は、最後の特典があるのだが今はいい。
その中身は、結婚相手のスキルを一つ使えるようになること、これは一度決めると二度と変更できない。
どっちみち十分に考えてからでないと決められないものだ。
「そうですね。主役がいないとしらけちゃいます」
手をつなぎ、会場に戻る。
これで世界に俺たちの結婚が認められた。
無事、【結婚】の恩恵を受けられたことだし、この力を試したいな。
明日は休んで、明後日にはまた旅にでよう。
次の目的地は、三竜の宝玉を捧げる祭壇。
そこで。俺たちはさらなる力を得るだろう。




