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第六話:おっさんは結婚式をあげる

 いよいよ結婚当日となった。

 エルフの結婚式は、少々特殊な儀式があるものの、人間のものとあまり変わらないらしい。

 会場入りする前に散歩する。

 気持ちを落ち着けるためだ。

 ルーナがついてきていた。

 ティルとセレネはフィルのところに行っている。


「ユーヤ、結婚式はごちそうがいっぱい。楽しみ」


 もふもふのキツネ尻尾が揺れている。

 いつもどおりのルーナを見ていると緊張がほぐれていく。


「期待していいぞ。一生に一度の晴れ舞台だ。とびっきりのごちそうを揃えた」

「ん。たくさん食べる」


 ダンジョン産の高級食材をふんだんに使っている。

 こういう式では見た目や縁起物であることを重視するのが普通だが、今回はしっかり味に拘っている。

 参加してくれたみんなに楽しんでもらいたいからだ。


 村のほとりにある湖に出た。

 顔が映るほど澄んだ湖で、魚が泳いでいるのが見える。

 心地よい気が満ちて、いい香りがした。

 湖のふちに座るのにちょうどいい石があったので腰掛ける。

 ルーナはキツネの本能が騒いだのか湖の浅瀬で魚獲りを始めた。器用に素手で魚をつかみ取りをしていて可愛らしい。


「なあ、ルーナ。おまえがよければ俺の養子にならないか。フィルとも話していたんだが、本当の家族になるのもいいと思ってな」


 魚獲りをしていたルーナが驚いた顔で振り返る。

 思いつきで言っているわけではなく、だいぶ前からフィルと二人で検討していたことだ。

 ルーナは天涯孤独の身。

 ルーナが望むなら本当の家族になるのもいい。


「ちょっと、考えさせて」


 意外だった。ルーナならすぐに了承してくれると思ったのに。


「ルーナはユーヤもフィルも好き。でも、それはなんか違う気がする」

「そうか、ルーナの好きなようにするといい」

「ごめん、ユーヤ」

「謝ることはないさ。さて、そろそろ行こうか」

「んっ、いそぐ」


 ルーナが手を引っ張ってくる。

 ルーナは断る際に「なんか違う」と言った。

 そのなんかとはなんだろう? あとで聞き出してみよう。


 ◇


 村に戻ってくると、隣街から大型の馬車がやってきた。

 次々に人が降りてくる。

 その一団の視線がこちらに向く。

 顔見知りばかりだ。


 結婚式が決まったのは突然で開催まで日がなく、辺鄙な場所にあるエルフの村ということで、俺の知り合いをほとんど呼べないはずだった。

 しかし、ホランドが罪滅ぼしにと、実家の商会の力を使って超速達便を送り、いくつかの大きな街に立派な馬車を手配して、まとめて送迎する準備を整えてくれて状況が変わった。

 おかげで、二十人ばかり呼ぶことができたのだ。

 ……助かった。参加者がフィルの知り合いだけだと絵的にまずい。


「おう、ユーヤ。ようやくフィルとの結婚か」

「来てくれたのか、ライル」


 竜人ライル。

 もとパーティメンバーの盗賊だ。


「おう、クリタルスでの仕事を終えたあと、マルサにいてな。おかげでぎりぎり間に合ったぜ。フィルを幸せにしてやれよ……いや、あの泣き虫が立派な女になってたな。今のフィルなら、おまえと一緒なら勝手に幸せになるだろうし、おまえを幸せにしようとするだろうな」

「違いない」


 雪と氷の街でのレイド戦の次は、マルサか。

 あそこに超A級パーティがいく理由なんて一つしかない。なかなかハードな旅をしているようだ。


「ユーヤ、また後でな」


 ライルは昔から気が利く奴だ。

 後ろに俺と話したそうにしている連中がまだまだいるのを見て早く切り上げてくれたようだ。

 顔なじみたちに、挨拶をする。

 残念なのは、長い間専属冒険者として過ごし、親しい人が多い村からの参加者はいないこと。

 さすがにあそこは遠すぎる。


「ひとまずはおめでとう」


 参加者の中に意外な人物がいた。

 レナード。

 かつてのパーティメンバーであり、弟子。

 そして、唯一【試練の塔】を突破した英雄にして、現在世界最強と言われている男だ。


「来るとは思わなかった」

「師匠と大事な仲間の結婚式に僕が来ないわけがないでしょう。ユーヤになら安心してフィルを預けておけます」


 剣呑な空気はなく、にこやかに微笑みかけてくる。

 それがおかしい。

 なぜなら、レナードはフィルに恋をしている。

 俺からフィルを奪うと宣戦布告をした男。


「……好きな女が奪われて、平気なのか」

「こうなることはわかっていましたしね。ユーヤとフィルが好きあっていることなんて今更です。結婚なんてしなくとも、一緒に旅をしているのだから、愛し合っているでしょうし……今がどうかなんて僕にとって関係ないんです。いずれ、僕のもとにくればそれでいい」


 強がりではない。何の気負いもなく、「何を当たり前のことを言っている」そんな声すら聞こえてきそうな様子だ。

 そう思っているからこそ、フィルを安心して預けられると言ったのだろう。


「祝ってくれるのは嬉しい。晴れの席を台無しにするようなことはしないでくれ」

「僕はそんな無粋な真似はしませんよ。フィルに嫌われてしまいますからね」


 レナードがにこやかに微笑み、それからと続けた。


「あれから随分強くなったみたいですね。約束の期限まで時間はありますが、今戦っても構いませんよ」


 始まりの街ルンブルクでの宣戦布告。

 それは一年後にフィルを力づくで奪うというものだ。

 ……実際のところ、もう俺のレベルは五十近い。【試練の塔】に挑みでもしない限り、これ以上レベルは上がらずステータスは上げられない。

 今戦っても、後で戦っても大差ない。

 加えて、つい先日に【蛮勇の証明】で己を鍛え直したばかり。

「いや、やめておこう。祝いの日に、決闘は無粋だ」

「それもそうですね。フィルのウエディングドレス姿が楽しみです。こちらでは【精霊の羽衣】を使うのでしたよね。あれはいい。それから、今回は退きますが、もう時間はありませんよ。フィルを大事に思っているのなら、もっと強くなってください。まだ、足りない。……でないと、僕が奪ってしまいます」


 レナードが去って行き、俺の知り合いの一団に混じった。

 今回の参加者にはレナードたちと一緒だったころに知り合ったものも多く、会話に花が咲いている。

 さきほどから背中に重みがある。

 ルーナがしがみついているのだ。


「ユーヤ、あの人怖い」


 若干人見知りのきらいがあるルーナだが、ここまで明確に誰かを嫌うのは初めてみた。


「悪い奴じゃないんだがな」


 だからこそ、弟子にした。

 昔からよくも悪くも真っ直ぐな奴だ。今もある意味真っ直ぐだが、どこか違和感がある。

 何かを隠している。そんな気がする。

 ……そして、前会ったときより強くなっていた。

 強くなったのはステータスや装備ではなく、技量。精神の充実と、隙の無い物腰がそれを物語っている。


「この場で戦って、勝率は五分ってところか」


 奴に勝てるだけの確信が持てない。

 もし、確実に勝ちたければ、【試練の塔】に挑むべきだろう。

 レベルリセット、ステータス上昇幅固定を持っている状態で、レベル上限を70まで引き上げれば圧倒的に有利。

 しかし、そのためにはルーナたちを危険に晒す。

 一人で挑むのは自殺行為だし、ルーナたちをあそこに連れて行き、全員を守りきる自信がないのだ。


 ◇


 控室で着替えた。

 王侯貴族が集まるパーティに出ても失礼のない超一級品の紳士服だけあって様になっている。

 ノックの音が聞こえてくる。

 フィルの親戚の女性エルフだ。


「準備が調いました。こちらへ」

「ああ、ありがとう」


 さて、フィルはどんなふうに着飾っているだろう。


 ◇


 式場には、数十メートルも直径がある世界樹の枯れ木をくり抜いた建物を使う。

 枯れていても、周囲の気を集め、この地の祝福を強く受けており、祝い事などに使われる。

 その会場の入り口で待機していると、フィルがやってきた。


「どうですか?」

「よく、似合っているよ」


 フィルの衣装は、エルフの民族衣装、【精霊の羽衣】。

 青白い生地で織られており滑らかな光沢がある。幾重にも薄い生地が折り重なり幻想的ですらあった。

 これはエルフにしか作れない特別なものだ。

 原料は、蚕の魔物であるシルクワームの糸。

 それもエルフたちが守っている世界樹の葉っぱだけを食べさせたシルクワームの糸を使う。

 その糸そのものに世界樹の祝福と神聖な気が宿っている。


 そんな糸を一本一本エルフの乙女が魔力を込めながら織り上げていく。

 そうしてできる【精霊の羽衣】は素晴らしい肌触りでありながら、非常に防御力が高く、一切の不浄を払う力を持つ。物理的な汚れだろうと、呪いだろうと、病魔だろうが弾き、持ち主に健康と幸せをもたらす。

 性能がいいだけでなく、美しい。そんな最高の衣装をフィルは完璧に着こなしている。

 まるでフィルのためだけに作られたようにすら思える。

 余りの美しさに見惚れていた。


「ユーヤもいつもよりカッコいいです」

「こういう服は肩が凝って好きじゃないんだがな」

「照れ隠しでそういうことを言うのはユーヤの悪いくせですよ」

 フィルが腕を組んでくる。

 そして前へ進む。

 扉を開くと客席にいた、それぞれの知り合いが立ち上がる。

 彼らの手には、世界樹の枝があった。

 人だかりの中央に道があり、その道は光に照らされている。

 光の道を俺たちは歩く。


 エルフの結婚式は、こうして世界樹の祝福を受けながら二人で歩くのだ。

 俺たちは檀上にあがる。

 人間の結婚式では、神父などがいてありがたい言葉をかけてもらうのだが、そういうのはいない。

 檀上に用意されているのは、世界樹の朝露を聖なる盃に集めたもの。

 この建物には特殊な細工がされていた。その効果で多くの光が盃に集まるようになっており、神々しく見える。


「私は世界樹の祝福の中、ユーヤ・グランヴォードと結ばれることを誓います」

「俺は世界樹の祝福の中、フィル・エーテルランスと結ばれることを誓う」


 世界樹の祝福を受けながら、結ばれることを誓うのがエルフ流。

 そういう内容であれば言葉はなんでもいい。

 ここではっちゃけるものもいるようだが、俺たちは無難にいく。……おっさんがそういうはしゃぎ方をしても痛々しいだけだ。


 フィルが聖なる盃に注がれ、目いっぱい祝福の光を受けた世界樹の朝露を口に含む。

 そのまま俺の首に腕を回し、唇を押し付けた。

 舌を絡ませ、二人で世界樹の朝露を飲む。

 視線を感じ、そちらを向くと、ルーナとティルが顔を赤くして食い入るように見ていた。少し恥ずかしい。

 朝露を飲み干してから口を離す。

 これで、結婚の儀式は完了だ。

 いい儀式だと思う。手間がかからず、それでいて神秘的なのがいい。


「ユーヤ、これからよろしくお願いします」

「こっちこそ頼む。今まで以上に大事にする」

「はいっ!」


 フィルと微笑み合い、結婚したんだという実感を噛みしめた。 フィルは頬を上気させて、潤んだ瞳からは涙がこぼれ、幸せの絶頂にいるというのが伝わってくる。

 二人で結婚式に来てくれた人たちのほうを向いて、一礼する。


「今日は俺たちの式に来てくれてありがとう。これで俺とフィルは結ばれた。これから、会場を移る。そっちにはご馳走と酒を用意した。思いっきり騒いで、楽しんでくれ」


 ノリのいい俺の知り合いが拍手する。


「私たちの幸せのおすそ分けですので、遠慮なんてしないで、全力で楽しんでください。さあ、行きましょう!」


 大移動が始まった。

 こういう神秘的な儀式もいいが、みんなでうまいものを喰ってバカ騒ぎするのもいい。

 二次会は思いっきり騒ぐとしよう。

 ただ、一つだけ困ったことがある。エルフ式の結婚式だと指輪を渡すタイミングがなかった。今日でないと意味がない。そこはかとなくタイミングを伺わなければ。

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