第四話:おっさんは勘を取り戻す
ソロのダンジョンを進んでいく。
……腕が上がらなくなってきた、足も重い。
そろそろ疲労回復ポーションを飲まないとまずい。
だが、それは目の前の敵を倒したあとだ。
「キキキキキキィィィィ」
頭上から、超音波攻撃を喰らっている。
ダーク・バット。
天井ぎりぎりから、絶えずに甲高い音を鳴らしている。
頭痛がし、平衡感覚がおかしくなる。
うっとうしい。
「フィル、ティル!」
叫んでから、苦笑する。
勘を取り戻すため、一人で来たのに無意識に仲間を頼ってしまった。
フィルとティルがいてくれれば、即座に撃ち落としてくれただろう。だが、今は一人だ。自分でどうにかしないといけない。
あれ一匹であれば、剣でもぶん投げてやればいいのだろうが、あいにく敵は一匹じゃない。
目の前から、ヒイロ・ワームが襲いかかってくる。
俺よりもでかい、赤褐色の芋虫。
その口にはギザギザの歯がびっちりで、猛スピードで突進してくる。
あれを受け止めてるセレネが頭に浮かんだ。セレネならあれを止めてくれて、俺とルーナが余裕で攻撃を打ち込める状況を作ってくれる。
……本当に俺はみんなに頼っていた。
その甘えを打ち切り、叫ぶ。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
気休めだが、全力で叫ぶことで多少は不快な超音波を打ち消してくれるはずだ。事実、少し楽になった。
全身の力を込めた一撃を脳天に叩きつける。
「【バッシュ】」
「キシャアアアアアアアアアア!」
芋虫は頭を割られながら、突っ込んできて、牙がびっしりと生えそろった口で噛みついてくる、肉に歯が食い込み激痛が走る。
くそっ、ナイト・バットの超音波のせいで打点がずれた。そのせいで、威力が落ちて、仕留められずにこの様だ。
歯が食い込んだ箇所から、不快な痒みと痛みが流れ込んでくる。
ヒイロ・ワームは体内に麻痺と毒の両方を持つ。
体が完全に動かなくなるまえに奥歯に仕込んだ、解毒薬をかみ砕き、体の自由を取り戻した。
幸い、この燃えるような激痛のおかげで、アドレナリンが過剰分泌され、ナイト・バットの超音波が気にならなくなった。
牙がさらに食い込み、さらなる痛みが走るのを無視して、腕を広げる。
剣を振りかぶり、一撃を食らわしたところに、もう一発振り下ろす。
「キユアアアアアアアアアアア」
寸分たがわず傷口にぶちこんだおかげで、ヒイロ・ワームの頭が真っ二つになった。
生命力がいくら強くても、頭が真っ二つになれば終わりだ。
青い粒子に変わっていく。
「いい加減、うるさいんんだよおおおおおお!」
渾身の力で、剣を投擲。
「シャアアアアアア」
ナイト・バットが天井に張り付けになる。
俺は壁に寄り添うようにして座り込む。
肉に食い込んだままの歯が青い粒子になってきて、血がどばどばと流れていく。
出血がひどい。
止血剤を塗り込み、上級回復ポーションを飲む。
「きっついな。ここは。【蛮勇の証明】と言われるわけだ。ソロで挑ませるくせに、敵の構成がパーティ前提なのはどういうことだ」
改めて愚痴る。
……パーティであれば、まったく苦労しなかっただろう。
あの煩わしい蝙蝠どもは、すぐにフィルとティルが叩き落し、ヒイロ・ワームはセレネが受け止め、動きを止めたところをルーナが【アサシン・エッジ】でとどめを刺す。
「俺もまだまだだな」
息が整い、上級ポーションが利いて傷が癒えたので立ち上がる。
疲労回復ポーションも口にしておく。
……疲労回復ポーションは一日に使える量が決まっている。一定量を越えると効果がなくなるどころか逆効果になる。
節約したいが、そうは言ってられない状況だ。
一度、【帰還石】で戻りたい誘惑にかられたが、我慢して前へ進む。
これを乗り切ってこそ得られるものがあるはずだから。
◇
半日ほど経った。
迷宮内故に、外の明かりはなく時間がわかりにくいが腹具合でなんとなくわかる。
今は、魔物を駆逐したあと、迷路の行き止まりで休んでいる。
こういう場は休むのに最適だ。
なにせ、注意するのが一方向だけで済む。
壁に背を預け、筒に入れていた柔らかいパンを入れたポタージュを飲む。
ポタージュは、重くならないように乳製品や肉を使わず、野菜をどろどろにしたもの。
野菜の自然な甘さと旨味のおかげで、乳製品や肉がないのに満足があり、うまい。
それが体に優しくしみ込んで活力になる。
出発前にフィルがもたせてくれたものだ。
「フィル、ありがとう」
疲労が限界にくると、普通の食事が喉を通らなくなる。
だから、激戦が予想されるときは、こういう口に入れやすく栄養があるものを用意するのが冒険者の知恵だ。
フィルは俺の様子から、相当無茶をすると考えて、固形物を胃が受けつけられないほどボロボロでも食べられるものを用意してくれたようだ。
俺にはもったいないぐらい、いい嫁だ。
皮鎧を脱ぐ。
ここに来るまでに何度も攻撃を受けて、仕立て直さないと使い物にならないほどボロボロで、鎧の役目を果たさなくなっていた
それを見て、改めて思う。
「勘が鈍ったな。強くなったせいで緩んだのか」
レベルリセット前は一撃喰らうことが死につながっていた。故に、限界まで神経を研ぎ澄ませていた。
しかし、今は違う。
高いステータス故に、ある程度の攻撃は喰らっても構わない。
その気の緩みが皮鎧に刻まれた傷に現れている。
ステータスは上がった。そのステータスでも自らの技を振るえるように鍛錬を続けた。
単純な身体能力や技術は向上しているだろう。
しかし、常に死と隣り合わせだったからこそ発揮できた、極限の集中力という最大の武器がなくなっている。
そう思ったからこそ、ここに来た。
使い物にならなくなった皮鎧と汗だくで重くなったインナーを脱いで、【収納袋】に詰める。
変わりのインナーを取り出して着替えた。
予備の皮鎧はあるが、あえて使わない。
……身軽にして動きをよくするため、そしてより強い緊張感を得るために。
ここまでの探索でわかった。
一人で戦うだけじゃまだ足りない。
防御を捨てることで、さらに感性を研ぎ澄ませ、かつての自分を取り戻す。
五分だけ体を休めると決めて、壁にもたれる。
剣を抱きながら目をつぶり、意識の一部だけは周囲を警戒しつつ眠る。
起きたら、また探索をしよう。
◇
探索を再開し、さらに奥へと進んでいく。
皮鎧を脱いだことで、だいぶ楽になった。
純粋に体が軽い。
そして、俺の目論見通り、集中力がより高まった。
防御を捨てた状態で、何十戦も繰り返した。
そのおかげで、一撃喰らえば、死ぬ。その緊張感をもったあの頃の感覚がもどっていく。
……心は熱いのに、頭は冷たい。いわゆるゾーンに入った状態。
そうだ。これだ。
これが俺の戦いだ。失っていたもの。俺が取り戻したかったもの。
今の相手は、アシュラ・スケルトンナイト。
そして、最後の敵でもある。
このダンジョンにおけるボス。
上位人型モンスターの例にもれず、剣技を使うモンスター。
それだけでなく、アシュラの名にふさわしく腕が六本あり、そのうち四つは剣を持ち、二つは魔法反射の盾を持っていた。
もちろん、腕は飾りではなく、六本がかりで攻撃をしてくる。
四本の剣を使いこなすアシュラ・スケルトンナイトの手数はこちらの二倍。盾をもった二本も上手く防御に使われて厄介極まりない。
しかも、そこらの達人に勝るとも劣らない剣術を使う。
まともに剣と打ち合うのは自殺行為に等しく、アシュラ・スケルトンナイトと戦う定石は距離を取りながら、魔法反射の盾を避けつつ魔法を当てること。
そっちはそっちで難しいが、剣で打ち合うよりはマシだ。
だが、あえて俺は剣技で打ち合っていた。
この強敵に勝ったときこそ、俺は自信をもって、かつての強さ、極限の集中力を取り戻したと言える。
ゾーン。
極限の集中状態に入り、四本の腕から繰り出される斬撃すべてを見切る。
剣で受け、籠手で曲面をうまく使い流し、足さばきで躱す。
四本の斬撃を二本の腕と足さばきだけで、防ぎきり、さらには隙を作ることに成功。
わずかに開いた空白に、己の剣を滑り込ませる。
それは理想的な突きとなり、喉元を貫く。
スケルトンの弱点、骨と骨の継ぎ目、そのほんのわずかな点を剣は撃ち抜く
寸分たがわぬ場所に五発目だ。四発の刺突でヒビが入っていたこともあり、ついに五発目で砕ける。首から上が宙に舞うと、アシュラ・スケルトンが倒れる。
「……ふぅ」
今のは良かった。
そして、確信する。
完璧に取り戻したと。
全身を脱力させる。
もう、限界だ。
皮鎧を脱いでから、ほとんど攻撃はもらっていないし、喰らってからもポーションで回復しているが、疲労がまずい。
体力回復ポーションは、一日の使用制限を超えて、もう効かなくなっていて、それでも無理をし続けてここまできた。
魔力も使い切っているし、何より集中力がこれ以上持続できない。
しかし、終わった。
ボスであるアシュラ・スケルトンを倒したことで、奥の閉ざされた扉が開く。
ゆっくりと歩いていく。
部屋の中央には、宝石箱が用意されており、眩い輝きを放つ、翡翠色の宝石が二つ並んでいた。
ウインド・エメラルド。
これを得るために、俺はここに来た。
それを手に取る。
「やはり、フィルの瞳に似ている。きっとよく似合うだろう」
これなら、世界で一番フィルに似合う結婚指輪が作れるだろう。きっと喜んでもらえる。
ここに来て良かった。かつての自分を取り戻し、最高の宝石を手に入れられたのだから。
満足げに頷いて、帰還用の渦に足を踏み入れた。




