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第三話:おっさんは限界に挑戦する

 ダンジョンを進んでいく。

 ここはソロ限定のダンジョン。

 その名を【蛮勇の証明】。

 蛮勇……無謀、愚か者。そういう意味合いの名がつけられているのは伊達ではなく、ここに挑むこと自体が間違っていると言われるダンジョン。


 ほとんどの冒険者はこのダンジョンに挑むことはない。

 リスクとリターンが釣り合わないからだ。ここを突破した際に得られる、最上位素材の宝石はひどく魅力的ではあるが、ここの難易度に見合うほどの報酬とは言えない。


 ここに挑むもののほとんどは金ではなく、己の強さを証明するために来る。

 だからこそ、【蛮勇の証明】という名前なんだろう。


「集中だ。ソロは一瞬でも気を抜いたら終わりだ」


 ソロで探索する場合、何よりも警戒すべきは罠と状態異常。

 カバーしてくれる味方がいない以上、行動不能が即、死に繋がる。


 罠にかかったら終わりなのに、罠の探知にスキルを割り振れない。戦闘力が落ちれば、魔物と戦えないからだ。

 ソロでダンジョンに挑めるのは完全戦闘型ビルド。それも、他者との連携なしに実力を発揮できる自己完結型のスキル構成にしているものだけ。

 熟練の経験と技術で罠を見破れて、なおかつ完全戦闘型ビルドのものだけがここにくる資格がある。


「もっとも、それは前提でしかないんだがな。……それだけじゃまだ足りない」


 凶悪な罠、広い道も厄介だが、ここには純粋に強い敵が多数いる。生半可な実力では勝てないし、実力があったとしてもすさまじい数の連戦で消耗していずれは倒れる。


「攻略法を使えば楽になるか」


 一応、攻略法というものはある。帰還法という手法だ。

 ダンジョンは再配置という仕組みがある。

 何日かに一回、宝箱と魔物の数が戻る。逆に言えばそれまでの期間は魔物は復活しない。

 その仕組みを利用するのだ。


 まず、再配置完了まで待つ。そして、その後に大量の【帰還石】を持ち込み、限界まで戦い、疲労すれば撤退して体を休めて再挑戦。

 これを繰り返すことで、ソロでもどんどん敵の数を減らしていく。

 この際、複数のプレイヤーと協力するとさらに効率がいい。


 初めから一発での攻略を諦め、大よそ四回目か五回目に成功すればいいという考え方だ。

 ……そちらの方法を取りたいところだが、あいにく時間がない。


 なにより、今の俺の強さを試すには障害が大きいほうがいいのだ。

 だからこそ、このまま行く。

 もちろん、緊急時には躊躇いなく【帰還石】を使うが、それを使う前提の探索は行わない。

 久しぶりだ。完全に挑戦者としてダンジョンに挑むのは。


 ◇


 ダンジョンの中を進む。

【蛮勇の証明】は迷路型ダンジョンだ。

 大理石で出来た石の迷路をひたすら、地下へ続く階段を探しながら進んでいく。壁も床もきれいに磨き上げられ、歩きやすい。


 洞窟型に比べれば、幾分楽ができている。

 魔物がひそめるポイントが限られるし、照明があり道が照らされているのがいい。


 ……洞窟型だと死角が多くなり、不意打ちを喰らいやすいし、ぬかるんだ土に足を取られ歩くだけで体力を消耗する、さらには松明などで片手が塞がれる。それに比べると天国だ。


 もちろん、迷路型には、迷路型の難しさがある。

 まず、第一に見通しが良く、死角がないということは、こちらも隠れる場所が少なく、魔物をやり過ごすことができない。

 さらに構造上、挟み撃ちにあいやすい。ソロで挟み撃ちを喰らうのはかなり厳しい。


「臭いな」


 前方に直角の曲がり角があり、曲がり角の先がまったく見えない。

 こういう場合、罠があるケースが多い。

 道を曲がるとボウガンの矢が飛んできたので首を振って躱す。 背後の壁に深々と矢が突き刺さっていた。


「ベタベタのトラップだな」


 迷路型の場合は、こういう人為的なトラップが多くあるのが定番だ。

 見えない場所に踏み込むときは、常に神経をとがらせないといけない。


 ボウガン一発で死ぬほど俺のステータスは低くないが、当たったら終わりの危険な罠だ。壁に刺さった矢を抜いて矢尻を見るとしっかり毒が塗られていた。

 最上位の錬金スキルを持つ者が非売品の貴重な素材を入手しないと調合できない強力な麻痺毒だ。あれを喰らっていれば、十分程度行動不能になっていただろう。

 貴重な麻痺毒なので、手早く矢尻を布で包んでから【収納袋】に入れておく。

 そして、こういう行動停止系の罠の場合は……。


「こうくるよな」


 正面から、リザードマン三体が駆け寄ってくる。

 石色の肌をし、手には石斧を持ったリザードマン。

 皮膚が石のように硬質化したリザードマンの変種だ。

 見た目通りの高い防御力に、重量級に匹敵するパワー、そのうえで戦士クラスのスキルを使いこなす強敵。

 適正レベル44の文句なしの上位魔物。名をダンジョン・リザードと言う。

 麻痺ボウガンで行動停止させてから魔物の襲撃までを含めてが、この罠だ。


「キュルルルルルルルルルァ」

「ギャアラアアアアアアアアア」

「ギュアアアアアアアアア」


 一体が先行してきて、生意気にも、スキルを使う。

 戦士の基本スキル、上段からの振り下ろし、俺も愛用する技、【バッシュ】。

 威力倍率が高く、予備動作は最小限、発生も早いと、戦士スキルの中でもひと際使いやすいスキルだ。

 ダンジョン・リザードの馬鹿力、スキルの威力倍率、石斧の重さを考えると受けるわけにはいかない。


 だから、流す。

 幸い、自らが愛用するスキルだ。太刀筋は知り尽くしている。

 黒の魔剣を斜めにして、滑らせる。

 滑らせたあと、手首を返して即座に反撃に転じる。

 俺の得意な返し技の一つ。

 狙うのは奴の利き腕の肩。

 ダンジョン・リザードが持つ石皮膚は頑丈だが、関節部まで固めると動けない関係で、そこだけは薄い。スキルがなしの手打ちでも傷を負わせられる。

 切断まではできなかったが、肩を二度とあがらなくした。

 これで十分だ。

 多対一の場合、ベストは数を減らすことだが、それができない場合はダメージよりも敵の手数を減らすことを優先する。

 先行した一体目にとどめをと考えたが、中断。


「シャアアアアアアアアアアアアア!」

「ギャアアアアアアアアアア!」


 左右から、残り二体のリザードマンが攻めてきたからだ。

 これがソロの辛いところ。

 一体の相手をしている間に、別の魔物からの攻撃を受ける。


 ゆえに、手負いにして怯んだ個体を一度無視して、別個体からの攻撃に対する防御回避を優先しないといけない。


 詠唱を開始しながら、バックステップ。

 両サイドから振り下ろされた石斧が空ぶった。

 着地と同時に、着地した足で溜めを作り、全力の跳躍。

 そのまま、もといた位置へ高速で戻りながらの突進突きへと移行。


 ……左右からの二体は石斧を空ぶり床を叩いたことで硬直している。最初の一体は利き腕が上がらないし、この二体が壁になってくれているので、無視していい。

 この状況なら、大振りで体勢を崩してもいい。

 左のリザードマンの眼に刺突が深々と突き刺さる。

 致命傷。あと十秒もしないうちに青い粒子になって消える。


 右のリザードマンは硬直から立ち直っているはずなのに、仲間が倒れた恐怖と困惑で動きを止めた。

 その一瞬を逃すものか。

 刺突が深すぎ、抜くのに時間がかかる黒の魔剣を手放し、予備の剣の柄に手をかけ、全力の踏み込みからの居合切りを放つ。

 十分な体勢からの全力の一撃を放つ余裕があれば、石程度の硬さしかない皮膚など、断ち切ってみせる!

 剣閃が走り、リザードマンが真っ二つになる。

 それを横目に、最初の一体に手を伸ばす。

 ようやくバックステップと同時に詠唱をしていた魔法が完成する。


「【超電導弾】」


 中級雷撃魔術【雷嵐】を弾丸サイズまで超圧縮した一撃が、ダンジョン・リザードの心臓を打ち抜き、体内からの雷撃で焼き尽くす。

 これで、終了。

 三体のダンジョン・リザードが青い粒子になって消えていく。


「ふう、やっぱりソロはきつい」


 敵が一体ずつ現れてくれるのなら、問題ないが、実際はそんなことはまずなく、こうして同時にさばかないといけない。


 常に攻撃を受けても大丈夫なように体勢を崩せないから、選択肢は限られ、敵を倒すのに時間がかかるし、複数の敵の動きすべてを視界にとらえ警戒し続けるせいで集中力をひどく消費する。


 何より、一度のミスで滅多打ちにされて終わる恐怖と戦い続けなければならない。

 面倒で辛くて……なんて面白い。


「感覚が研ぎ澄まされていく気がするな」


 ルーナ、ティル、セレネ。

 昔は危なっかしくて見てられなかった彼女たちは本当に強くなった。

 安心して背中を任せられるほどに。

 だからこそ、彼女たちに頼るようになり、どこか俺は緩んでしまっていた。

 ここに来たのは、そんな自分を鍛え直すためでもある。

【蛮勇の証明】をクリアしたとき、俺という剣は研がれ、鋭さを取り戻せるだろう。

 前に進もう。

 このダンジョンの規模を考えるに、今のような戦いがあと四十から五十はあるはずだ。

 長い戦いになりそうだが、必ず踏破して見せよう。

 それこそが俺が強くなるために必要なことだから。

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