第二話:おっさんは指輪を取りにいく
それから結婚式の準備で大慌てだった。
なにせ結婚式をすると決めてから、十日後で急すぎる。
幸い、エルフの伝統衣装、【精霊の羽衣】を購入できている。
問題は、ろくに知り合いを呼べないことだ。
このままだと、俺側の参列者がルーナたちだけになる。
……別に俺は構わないのだが、フィルに恥ずかしい思いをさせたくはない。
声をかければ、やってくる知り合いに心当たりはあるが、さすがに十日だとこれるものは限られる。
ホランドの商会が力を貸してくれて、俺の知り合いたちに通常では考えられない超速達で手紙を送ってくれたが、何人来るか見通しが立たない。
エルフと人間が結ばれないよう手を回していたホランドが協力してくれたのは、あの夜、溜まっていた鬱憤を吐き出したからだろう。
あれから、彼の妻にも合わせてもらった。綺麗な人だった。それは外見だけの話ではない。……そんな彼女が裏切ったとは信じられないほどに。
だからこそ、ホランドは裏切られても変わらず愛して、許せてなくても許そうする努力を続けているのだろう。
でなければ、人間に搾取されるエルフを商人のやり方で救おうなんて思わないはずだ。
ホランドは自分を弱いと嘆いたが、弱い人間がそんなことをできるものか。あいつは強い男だ。
もし、俺がホランドの立場となったとき、そこまでできるか。 そんなことを考えてしまう。
「ユーヤ兄さん、お買い物行ってくるね」
「可愛い服を買ってくる」
ルーナとティル、セレネの三人組が出かける準備をしていた。
目的地は近くにある人間の街、水竜と戦った場所だ。
そこで、結婚式で着る服やアクセサリーを購入する。
防具は予備まで含めて揃えているし、そこらの貴族がまとうものよりよほど高価なものだが、いかんせん、パーティ向けではない。
このあたりでそういう服を揃えておくべきだと考えていた。
「みんな、せっかく服を買うんだから、一番いいのを買うといい」
それもまた、ホランドが手助けをしてくれている。
腕のいい仕立て屋は数か月単位で予約が埋まっているが、彼のコネで、オーダーメイドは無理でも、割り込みで、気に入った服の仕立て直しとアレンジをやってくれる手はずになっている。
ホランドは、罪滅ぼしだと笑って言ったが、手紙の件と合わせて、どこかで恩を返したい。
「ん、わかった。でも、いい服はもったいない」
「うーん、ちょっと高いのは悩むよね」
ルーナとティルが複雑そうな顔をしている。
「金の心配はしなくていいんだぞ」
路銀は余裕がありすぎるぐらいだ。
このまま冒険者を引退しても、慎ましくなら一生暮らしていけるぐらいの蓄えがある。
「ユーヤ、そういうことじゃない。この前かった下着、小さくなった。ルーナは成長中。おっぱいも背も大きくなってる。尻尾ももふもふぱわーあっぷ」
「私もそうなんだよね。今いいの買っても、来年には着れなくなってるかも。ううう、早く成長とまらないかな。これ以上は弓の邪魔になっちゃうよう。今も弦が当たりそうで怖いし、肩も凝るし」
ルーナが見せつけるように尻尾を振り、ティルが嫌そうに自分の胸を持ち上げた。
そうか、ルーナもティルもまだまだ成長期なのか。
物音が聞こえる。
振り向くと、フィルが帰ってきて買い物かごを落としていた。
「まだ、二人とも、成長をしているというのですか?」
フィルの視線は、ルーナとティルの胸だ。
……フィルは気にしすぎだと思う。
別に大きさだけがすべてではない。フィルのスレンダーな体には、あれぐらいがちょうどいい。
という話を何度かしたが、やはり女性としては気になってしまうらしい。
「おっ、お姉ちゃん、お土産買ってくるからね!」
「ティル、先に逃げるなんてずるい。ユーヤ、帰ってきたらルーナの買ってきた服見て」
「では、ユーヤおじ様、行ってくるわね。安心して、二人の面倒はちゃんと見るわ」
「きゅいっ!」
この手の話題になると、フィルがめんどくさくなると知っているティルが真っ先に逃げ、そのあとを追うようにルーナとセレネがいなくなる。
というか、エルリクも連れていくのか。街で騒ぎにならなければいいが。
「さあ、フィル。こっちはこっちで準備をしよう」
場の空気を変えるために、わざとらしく音を鳴らして手を叩くと、なんとかフィルが正気に戻ってくれた。
「そうですね。やらないといけないことは山積みです」
エルフはかなり凝った結婚式をするので段取りが多く、苦労をしている。
意外なことにフィルの結婚に反対していた連中は邪魔をするどころか、手助けをしてくれている。
フィルに聞いたところ、エルフにとって、約束を破ってしまうことは最大の禁忌であり、一生笑いものになる覚悟が必要だということだ。
だから、一度認めた以上、あとから文句を言うことはないらしい。
……その割に、ティルはつまらない嘘やごまかしをするが、あの子を基準にしてはいけないとのことだ。
「あっ、いけない。一つ用事を忘れてました。また出かけてきます。それから、指輪ですが、この村には鍛冶師が一人しかいないので、明日にでも注文しにいきましょう」
「それなんだがな。指輪を任せてもらっていいか? 今日と明日、俺もエルフの里を出る。指輪を調達してきたいんだ」
エルフと言う種族自体、森と共に生きるという誇りがあるため、鍛冶技術はあまり発展していない。
それに、この周辺だと宝石は手に入りにくく、宝石の選択肢は限られ、種類も少ない。
であれば、この村ではなく他で調達したほうがいい。
「私も行きますよ?」
「いや、フィルはここを離れられないだろう。その点、俺は挨拶回りは一通り終わってるから融通が利く」
フィルの顔が曇る。そして、不安そうな顔で、おずおずと口を開いた。
「あの、ユーヤ、逃げたりしないですよね。やっぱり、結婚が重荷で、いやになったりとかしてないですよね。あの、もし、そうなら結婚を辞めてもいいですから。結婚できなくても、ユーヤと一緒に居られれば、私はそれでいいです」
結婚前は誰しも不安になり、気持ちも揺れ動く。
日頃は、ティルだけじゃなく、ルーナやセレネの面倒を見ているしっかりもののフィルでも、例外ではないらしい。
こんな弱々しいフィルを見るのは久しぶりだな。
これで俺まで動揺すると余計にフィルを心配させる。
だから、笑いかけることにした。
「心外だな。俺は、フィルのことを愛しているし、そのことを態度で示しているつもりだ」
「あはは、そうですね。私ったら、何言っているんでしょう。おかしいですね。ユーヤの気持ちなんて知っているはずなのに」
寂しげな笑みを浮かべたフィルにキスをする。
少しでも安心させるように。
唇を離すと、フィルの表情が柔らかくなった。
言葉より、こちらのほうがフィルには効くようだ。
「これで少しは安心したか」
「はい。でも、どうしてこの村の指輪じゃ駄目なんですか?」
「結婚指輪って一生残るし、フィルがずっと身に着けるものだろう。だから、いいものを手に入れたくてな。幸い、一つ心当たりがある」
ここから半日ほどラプトルを走らせた先にダンジョンがある。
そこは変わったダンジョンで、ソロでしか挑めず、ダンジョンの最奥では宝玉が手に入る。
ウインド・エメラルド。
翡翠色の最上級宝石。フィルと同じ瞳の色だ。きっと、よく似合う。
その宝石をメインに、手持ちの金属を使用して鍛冶スキルでアクセサリーを作る。
そうすれば、日ごろ身に着けている指輪がフィルを守ってくれる。
よりにもよって、フィルとの結婚を控えたこのタイミングで、そんなおあつらえ向きの宝石が手に入るダンジョンが近くにあるなんて、運命じみている。
正直、出来すぎているとすら思うぐらいだ。
「私のためにがんばってくれるのに、変なこと言ってごめんなさい。ご馳走を作って待ってますね」
「楽しみにしている。フィルも俺が持ち帰る指輪を楽しみにしておいてくれ。行ってくる。俺が自由にできるのも、あと二日か三日だしな」
一通り、あいさつ回りが終わったものの、三日後の儀式からは俺も参加しないといけないものが多い。
速やかに戻ってこよう。
◇
ラプトルを走らせていた。
いつものように、ラプトル馬車ではなく、ラプトルに乗って、駆ける。
一人なら、こちらのほうが早い。
ダンジョンには特殊ダンジョンというものが存在する。
例えば、特定クラスでないと入れないダンジョン。
例えば、レベル制限があるダンジョン。
例えば、解放される月日が決まっているダンジョン。
例えば、特定の天候でのみ解放されるダンジョン。
そして、今回向かっているのはソロでしか入れないダンジョンだ。加えて、自分以外のプレイヤーが半径二メートル以内に近づくと強制的に入り口に戻されるという嫌がらせ付き。
当初は後者の仕様はなかったが、それぞれ個別に入って中で合流するプレイヤーが多かった故の対策だ。
半日ほどで目的地についた。
ラプトルから下りて、ラプトルに森で遊んでいるように告げる。
朽ち果てた遺跡の中央を目指し、祭壇の上にダンジョンの入り口たる青い渦を見つけた。
「来たいとは思っていたんだ」
……エルフの里に入ったときから、狙っていたダンジョンだが、一人で行くと言うと、ルーナたちが拗ねるし、何よりルーナたちが挑みたいと言い出すことが怖くて、ここの存在を言えなかった。
ルーナやティルが一人でここに入れば十中八九死んでしまう。
しかし、今なら気兼ねなく入れる。
青い渦の上にのる。通常、すぐに転移されるが、ここは一人であることを確認してからダンジョンへの転移なので時間がかかる。
ここは難易度が高い。
ソロでかつ、魔物が強くヴァリエーション豊か。
熟練の冒険者で、魔物の習性を深く理解し、罠を見抜く目を持ち、どんな状況でも戦えるステータスとスキルでないと自殺行為。
今の俺でもかなり厳しいだろう。
レベルリセット前なら、確実に道半ばで倒れる。
だからこそ、来たかった。たとえ、結婚指輪の件がなくてもだ。
レナードと約束した一年も終わりが見えてきた。
俺個人がどれだけ強くなったか、試してみたかったのだ。
すでにステータスはとっくにレベルリセット前を越えているが、ステータスだけが強さじゃない。
ここを突破できたとき、本当の強さで過去の俺を越えたと言い切れる。
転移が始まった。これから、激戦が始まる。
久々のたった一人の戦い、血が滾ってきて、気が付けば頬が緩んでいた。




