エピローグ:おっさんはやり遂げる
轟雷竜テンペストを倒した。
しかし、予想外のことが一つ起こっている。
「きゅいっきゅ~、きゅい~」
「あはは、楽しいね。風が気持ちいいよ。エルリク、まだスピードあがるかな?」
「きゅいっ!」
先ほどまではルーナを乗せて空を飛び、今はティルを乗せて空の散歩を楽しんでいるエルリクだ。
どういうわけか、雷竜を倒した後エルリクは進化した。
手乗りドラゴンと揶揄されるぐらいに可愛らしく、小さなフェアリー・ドラゴンのはずったのに、今のエルリクは体長二メートルを超えている。
……進化する魔物なんて聞いたことがない。
いや、こちらの世界では見たことがあったな。
ルンブルクの闘技場や、セレネの故郷で暗躍した連中が使役する魔物だ。
もしかしたら、彼らはエルリクのように進化する魔物を入手し、それを調べることであの技術を手に入れたのかもしれない。
「ティル、いい加減降りてこい」
「わかったよ」
エルリクが急降下している。
大きくなったのに、幼い表情で紛れもなくエルリクなのだとわかる。
……それに背中に乗せるのもルーナとティルだけというのが実にエルリクらしい。俺も乗ろうとしたが、全力で嫌がられて少し傷ついた。
「さあ、ドロップアイテムを回収して帰るぞ」
「ん。ルーナはちゃんと拾ってる」
ルーナがアイテムを持って駆け寄ってきた。
【豪雷竜の雷爪】と【翠竜の宝玉】だ。
「かっこいい爪、びりびりしてる」
「こいつはすごいぞ。武器の素材になるんだ。雷属性のハイエンドを作れる」
「それはすごいわね。ユーヤおじ様が装備すると鬼に金棒よ」
「どっちかっていうとルーナのほうがいいな。ルーナの【災禍の業火刀】は炎を付与する効果がある反面、炎耐性がある敵には威力が落ちる。二本の短刀があれば、敵によって使い分けができる」
無属性で強力な武器を持つ俺よりもルーナの短剣にするほうが向いている。
「やった! 二刀流」
「それはやめておけ。前も言ったが、下手に手を出すとバランスを崩すからな」
二刀流はメリットはあるが、デメリットも多い。
相当の覚悟がない限り、二刀流には手を出さないほうがいい。
そもそも渾身の一撃を急所に叩きこむルーナの戦法とは相性が悪い。
「もう一つのほうも、興味深いですね【翠竜の宝玉】。これで、三竜の宝玉が揃いました。ユーヤは三つ揃えば、すごいことが起こると言ってましたね」
「よく覚えていたな」
「当然ですよ。楽しみにしていましたからね。前のパーティでも三竜には挑みませんでしたし」
フィルの言う通り、全盛期の俺たちですら三竜には挑まなかった。
……情報が足りな過ぎて、挑む気にはなれなかったのだ。
この世界では高位のボスほど、えげつない初見殺しを仕掛けてくる。
そのため、情報がないボスには挑まず、一部の命知らずが挑み、奇跡的に生還して持ち帰った情報を売るのを待つのが普通だ。
しかし、三竜の場合は火以外、戦って生き残ったものがいない。あるいは、生き残ったものがいるかもしれないが、それを秘匿している。
おかげでまったく情報が出回らない。
「期待は裏切らないさ。ただ、集めただけじゃダメなんだ。三竜の宝玉、それを特別な祭壇に捧げなければならない」
「ちょっと、面倒ですね。でも、楽しみではあります」
「ルーナも気になる! 次は、その祭壇に行きたい」
「あっ、私も私も」
「賛成するわ。せっかく、三竜を倒したのよ。これで終わりなんて味気ないわ」
「考えておく」
あの祭壇も隠しダンジョンだ。
その道しるべは、宝玉に隠されている。
あれを見せれば、みんな驚くだろう。
◇
雷竜が倒されたことで、奥の扉が開き、全員で先へと進む。
そこには、ボス専用の特殊宝箱と帰還用の青い渦が並んでいた。
「これを見るとようやく、終わったって思うわね。ルーナ、いつものを頼むわ」
「解錠はルーナのお仕事!」
ルーナが宝箱に向かって走っていき手際よく【解錠】スキルでトラップを解除していく。
「何がでるかな、何が出るかな♪」
「きゅいっきゅ、きゅいきゅい、きゅいっきゅ、きゅいきゅい」
ルーナの歌に、エルリクが合わせる。
歌だけじゃなく、ルーナが揺らす尻尾に合わせて首を振るのが可愛らしい。
進化して器用になったようだ。
「開いた!」
「面白いものが出たな」
それは、元の世界風に言うとフードプロセッサーに似ている。
「ユーヤ、これなに!?」
きらきらした眼で、ルーナが問いかけてくる。
「ポーション生成キットだ。これに材料を入れて、スイッチを押すだけでポーションが生成できる。口で言ってもあれだ。実際に使ってみようか」
材料は、こまめに採取して収納袋にストックしていたものを使う。
本来、専用スキルを持つ、あるいは高度な技術が無ければポーションは作れない。
だが、このポーション生成キットがあれば、こうして材料……【ルーン草】、【水】、【灰キノコ】を入れて、スイッチを押すだけでいい。
器の中で刃が高速回転して材料をすり潰していく。
しばらく待っていると、青色の液体となり、勝手に上蓋が開いたかと思うと、なぜか瓶詰されたポーションが出てきた。
「不思議。瓶なんてなかったのに」
「まあ、あれだ。魔道具に理屈もくそもない」
「本当に便利ですね。でも、手に入って良かった。私、ドルイドの調合スキルを取るか悩んでいたんですよね」
「ここから先の戦いに上級回復ポーションは必要だからな。とはいえ、調合スキルを取らせるのはもったいないとも思っていた。ドルイドは有用スキルが多くて、スキルポイントがかつかつだからな」
「ですね。まだ、取りたいスキルが残っていますし」
回復アイテムは中級以下だと店売りされるが、なかなか上級アイテムは出回らない。
素材自体が高難易度ダンジョンしかない上に、上級素材を調合するには、スキルを高レベルにすることが要求される。
調合にスキルポイントを多く費やすと戦闘力が下がり、どうしてもダンジョン攻略には向かない。
だからこそポーション職人というのは中級程度が作れるぐらいにレベルをあげると、ダンジョンに出なくなる。
中級まででも十分食っていけるし、そこから先のレベル上げはリスクが一気にあがる。
まれに、上級素材すら調合できるものもいることはいるが、彼らがいる街まで足を運び材料を持ち込むことで作ってもらえる。
しかし、たいてい上位パーティたちのお抱えで、一見の仕事は受けてもらえない。
「これからは上級ポーションを素材の限りつくれるな」
「でもさ、こんなのあったらポーション屋さん、商売あがったりだよね」
「このランクのボス宝箱じゃなきゃでない上に、出現率も低いから、まず出回らないさ。それに、こいつは、調合に失敗しない代わりに、必ず品質が(並)になる。本当にいいポーションは作れない」
ポーションの品質は、(上)(並)(下)、そして失敗。
腕のいい調合士だと百発百中で(上)を作る。
「へえ、それはちょっと残念だね」
「まあ、(並)のポーションと一緒に調合すれば(上)になる素材もあるが、それこそ上級ダンジョンじゃないと手に入らない。……ほんとうに、やばいボスに挑むときは、そいつを採取しに行って手持ちを全部(上)にする手間をかける」
(上)と(並)による回復量の差はわずか。
しかし、そのわずかを積み重ねなければ勝てない敵がいる。
「材料集め楽しそう! ルーナは行きたい」
「いずれな」
「そうだよ、まずは三竜の宝玉を捧げる祭壇だね!」
ボーナス宝箱もゲットした。
あとは戻るだけ。
その前に、言わなければならないことがある。
「フィル、ティル、これで、おまえたちが無理やり結婚させられることはなくなった」
女を守るだけの力があると証明するために、【雷の輝石】を手に入れた。
そして、フィルとの結婚だけでなく、ティルとの婚約に必要な条件、轟雷竜テンペストの討伐も達成している。
「はい! これでずっとユーヤと一緒です」
「ふふふ、ユーヤ兄さんは私の婚約者だね。婚約者になったんだから、可愛いティルちゃんを自由にしていいんだよ」
エルフの姉妹が、左右の腕に抱き着いてくる。
フィルもティルも美形揃いのエルフでも際立って美しい。
俺はおそろしく幸せものだ。
「帰ったら、結婚式の準備で忙しくなりますね」
弾む声でフィルが話しかけてくる。
そんな、フィルを抱き寄せてキスをした。
フィルはそれを受け入れ、積極的なキスをしてくる。
セレネが顔を赤くして、目を逸らし、ルーナが尻尾をピンと立て毛を逆立てている。
そういえば、彼女たちの目の前でこういうことをしたことがなかったな。
そして、ティルはというと頬を膨らませる。
「婚約者なのに、私にはしてくれないんだ」
「ティルを連れていかれないための言い訳だからな」
「……別に、本当にしてもいいのに。お姉ちゃんずるい」
何はともあれ、帰ろう。
これからしばらく、忙しくなるし、フィルときちんと結ばれるのは俺もうれしい。
いよいよ、俺も所帯持ちか。
こんな日がくるとは思っていなかった。
今日で、六章が終了です! 次からは七章!
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