第十九話:おっさんは謎解きをする
ついに雷竜の巣、それも【雷の輝石】が安置されている場所までやってきた。
ただ、【雷の輝石】を見つけただけではダメだ。
二つの【雷の輝石】、本物は一つ。
どちらが本物かを見抜く必要がある。
見た目はまったく同じであり、触れた瞬間に選んだことになるので触って確認することもできない。
「みんな、本物を見極める前に三つやることがある。腹ごしらえと回復、それに雷竜対策の復習だ」
改めて、俺はそう口にした。
この【雷の輝石】がある台座は、このダンジョンでは数少ない安全地帯だ。
それに、【雷の輝石】を手にすれば、奴が起きる。
体勢を整えられるのはここが最後だ。
雷竜対策を話し合っていると、ティルとフィルの顔が深刻になっていく。
「やはり雷竜との戦いは私とティルにかかっていますね」
「任せてよ。……いつも以上に本気を出すから。絶対にユーヤ兄さんやルーナと離れ離れなんて嫌だもん」
雷竜は特性上、序盤の戦いは遠距離攻撃がないとほぼ何もできない。
エルフ姉妹の弓でどうやって奴の動きを封じ込めるかが重要だ。
超一流の後衛がいないと、一方的に蹂躙されて終わる。
その点では非常に厄介だと言える。
全員で、改めて雷竜戦時の各々の役割を復唱する。
いつもより念入りだ。
なにせ、あいつとの戦いは特殊すぎる、いくら打ち合わせをしてもやりすぎということはない。
……三竜の中では、もっとも初見殺しの色が強いのだ。
俺が教えるのではなく、すでに教えたことをそれぞれに語ってもらう。
「よし、ちゃんと頭に入っているな。なら、実行するだけだ」
「ん。任せて」
「ユーヤ兄さん、今回はあえて隠していることとかないよね。いつもの対応力を鍛えるってあれ!」
「それを言ったら、緊張感がなくなるだろ?」
「確かにそれはそうだけどさ」
ティルがむすっとしていた。
そんなティルを見て、フィルとセレネが笑う。
「これで復習は終わりですね。食べすぎると動きが鈍るので、食事じゃなくておやつにしましょう。今朝、ムルルパイを焼いたんです」
「うわぁ、ムルル。懐かしいな」
「それって美味しい? ルーナは聞いたことがない」
「とっても、とっても美味しいんだよ」
見た目は、アップルパイのようだった。
こんがりキツネ色に焼き上げられたパイに薄切りにされた白い果実。
ジャムをたっぷり乗せているのも一緒。
フィルがそれを切り分けて、お茶と一緒に全員に渡す。
「うまいな」
「甘酸っぱくて好き」
「しゃきしゃきとした食感もいいわね」
「ふふん、ムルルは生でも美味しいけど、パイにするのが一番美味しいんだよ」
フィルが焼くパイがまずいわけがない。さくさくとした生地に絶妙な甘さのジャム。
なにより、ムルルがいい。
強いていうなら、洋梨に似ている。
リンゴより、瑞々しい分、甘みは劣るが上品な味だ。控えめな甘さもパイの具にすると果汁が煮詰まってちょうどよくなる。
さっくりとした歯ごたえもいい。
「これでルーナは元気いっぱい! 雷竜も敵じゃない」
「私も疲れが吹き飛んだよ。今なら、どれだけ速く飛ばれても当てる自信があるよ!」
「元気なのはいいけど、二人ともまずは謎解きですよ」
食べ終わり、口をパイのカスで汚した二人が頷き、【雷の輝石】が置かれた台座に向き直った。
休憩は終わり、このダンジョンで最後の謎解きに挑む。
「ん。いつもみたいに、碑文が書かれてる」
「うわ、長い。なんかもう読む気無くすね」
碑文にはこう書かれている。
『より強き雷を纏うものこそが、真の輝石。
輝石に問えば、答えは得られる
だが、気をつけよ旅人よ。どちらかの輝石は必ず其方を欺こうとするのだから……』
「聞いたら、答えてくれるなららくしょー。輝石、どっちのほうが強い雷を纏ってる?」
ルーナが問いかけると、黄金色の輝石に文字が浮かぶ。
左の石には、『我のほうが強き雷を纏っている』
右の石には、『我の纏う雷は劣っている』とある。
「ひだりの石が正解!」
「ルーナちゃん、待ってください。『どちらかの輝石は必ず其方を欺こうとする』とありますから嘘の可能性があります」
「厄介ね。こういう問題の場合、左右で言っていることの辻褄が合わないことが多いのだけど、今回はそうじゃないわ。左の石と右の石、どちらが嘘つきだとしてもおかしなことになるわ」
どちらも嘘をついていないなら左の石を選ぶべきだが、確実にどちらかは嘘をついていると碑文には描かれている。
しかし、左の石が嘘つきの場合だと仮定すれば、どちらの石も劣っていることになる。
そして、右の石が嘘つきと仮定するとどちらの石も強い雷を纏っていることになる。
これでは本物がどちらかわからない。
「これ、絶対問題がおかしいよ! わかるわけないじゃん。どっちが嘘ついてるとしてもおかしくなるもん」
ティルもセレネと同じところまで思考したようだ。
片方が嘘をついているという前提なら、見抜けない。
「あっ、そういうことですか。どっちが嘘をついているかなら、たしかにわかりませんね。でも、どっちが嘘をついてもおかしいってこと自体が答えなんです。つじつまを合わせるのであれば、両方本当のことを言っているか、両方嘘つきしかありえない。問題では、『どちらかの輝石は必ず欺こうとする』とあります。でも、これはもう片方が本当のことを言っているとは言ってません。つまり、両方嘘を言っている証明。正解は、右です」
フィルが右の【雷の輝石】をその手に掴む。
すると、残されたほうの【雷の輝石】が砕け散った。
もし、間違えば手に取ったほうが砕け、もう一つの【雷の輝石】はこの場に残り続ける。
謎は解かれたのだ。
「むう、なんかなっとくいかないよ」
「……紛らわしい言い方」
「それも含めての謎解きなんだね」
今回の場合、どうしたって片方しか嘘を言っていないと思い込んでしまう。
しかし、そこで思考を止めずに考え続ければ正解にたどり着ける。
「これで、ユーヤと私の結婚は認めてもらえます」
「ああ、お姉ちゃんだけずるい。次は雷竜を倒して、私との結婚条件を達成しないとダメなんだからね」
「もちろん、そのつもりだ」
これ見よがしに【雷の輝石】を見せつけるフィルにティルが詰め寄る。
そんなときだった。
背筋が凍り付き、空を引き裂く咆哮が聞こえた。
「……なんか、すごい怒ってる」
「雷竜だな。宝玉を持ち出されたことに気付いた。みんな、急いで進むぞ! 今までの竜たちと違って雷竜はこのあたりを徘徊する。今は巣に引きこもってるみたいだが、このままじゃ外に出てくる!」
「ユーヤ、外のほうが広くて戦いやすくない?」
「雷白虎みたいな強力な魔物がいる上、青い雷が降り注ぐフィールドでボス戦がしたいか」
「それはやだ」
この深刻さを把握したみたいで、全員が全力で前へと進む。
「トンネルがあるわ。あそこでいいのね」
「ああ、あれを抜けた先に雷竜はいる」
暗くて狭いトンネルに入る。
普段はじめじめして嫌だと思うが、これだけ近くで落ちる雷の恐怖を味わった今なら、天井があるというのにひどく安心する。
そして、トンネルを抜けた。
そこは天井だけがくりぬかれた石のドームのような場所だった。
その気になれば野球ができそうなほど広い。
それほど広い空間にいるのは、ただ一頭の竜。
それは飛竜だった。
腕は翼と一体化しており、空気抵抗を抑えるためにすらっとしていた。
だが、ひ弱さは微塵も感じない。
爬虫類じみた、ぎょろっとした目が俺たちを捉える。
「KYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
その咆哮は、甲高い高音。
他の竜のように腹に響く重低音ではなく、威圧感という点では大きく劣る。
だが、脳をかき乱す不快感は厄介だ。
単発ではさほど脅威でないが後々響いてくる。
そして、雷竜が飛んだ。
雷竜の名は……轟雷竜テンペスト。
轟く雷の竜は空を支配する。
飛行しながら、雷を降らしてくる。
地べたに張りつく俺たちにはとどかない距離から一方的に。
まだ雷は青い、それは奴にとって小手調べにすぎない。
本気になれは轟雷……黄金の雷を使ってくる。
「フィル、ティル、頼んだ!」
「任せてください」
「速攻で叩き落すから!」
まず、奴を叩き落すまではひたすら耐えるしかない。
じれったくはあるが、焦ったら取り返しがつかない隙を晒す。
それもこのダンジョンの難しさ。
だけど、同時に信頼もしている。
この二人なら、超一流という言葉ですらまだ不十分なほどの弓の腕を持つ姉妹なら、早々に轟雷竜テンペストを地面に叩き落してくれるだろうから。




