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第十八話:おっさんは雷の雨を抜けて……

 右でも左でもない、真ん中。

 見えない道を進むことで、俺たちは先へと進み、向こう岸へとたどり着く。


「ユーヤ兄さんのバカ!」

「ユーヤのいじわる」


 お子様二人組が微妙に拗ねている。

 フィルの命綱があったこともあり、ダンジョンの怖さを身をもって学んでもらおうとあえて罠に嵌るところを見ていたせいだ。

 谷底に真っ逆さまというのはよっぽど怖かったのだろう。


「二人とも、これに懲りたらもう少し慎重に行動することです」

「そうね、私から見ても危なっかしいことが多いわ」


 フィルとセレネがフォローをしてくれた。

 この二人は、ルーナやティルと比べると危なげなく思える。

 ただ、セレネの場合は少し積極性がないところは改善が必要だ。


「ん、反省はした」

「それはそれ、これはこれだよ」

「そんなことより、二人とも前を見てみろ」


 話を逸らすため、そしてこの先に進むため、正面にあるものを指さした。

 それは断崖絶壁と表現すべき場所に、埋め込まれていた。


「すっごく大きな門!」

「あれ、フレアガルドの炎帝竜に通ったときの扉に似てるよ」


 竜の顔を模した彫刻がされた巨大な門がある。

 瞳の部分には宝玉が埋め込まれており、その中では雷が輝いている。


「相変わらず、竜がいる場所は演出過多ですね」

「そうね。でも、どうして氷盾竜のところだけ、こういうのがなかったのかしら?」

「さあな」


 そう言ったが、本当は知っている。

 三竜は存在そのものが、後からパッチで付け足されたものであり、氷盾竜が最初に追加された。

 氷盾竜自体は好評だったが、せっかくの三竜なのにダンジョンが地味というクレームが多く、あとの二竜のダンジョンは盛りに盛ることになった。


「ユーヤ、これ開けていい?」

「ああ、とくにここには罠はない」


 この扉が開く条件は二つ。一つ、雷竜が生存していること、二つレベル40に届いていること。

 ルーナが触れた瞬間、地響きを立てて扉が開く。


「かっこいい」

「だね、ぐっとくるよ」


 こういうギミックは心を打つ。

 ルーナとティルが素直に感心している。

 ただ、子供心を忘れたフィルとセレネは首を傾げているようだった。

 これの良さがわからないのは残念だ。俺はいいおっさんだが、こういうのはいくつになっても好きだ。


 ◇


 扉の先は、渓谷ではなくなり、無数の石柱が突き立った平地だ。

 その柱の一本一本が、十メートルを越えている。

 雷が降り注いでいるのは、先のフィールドと変わらないが、さきほどまでの雷光は白かったが、こちらでは鮮やかな青だ。


「ユーヤおじ様、色が変わっただけじゃないわよね?」

「もちろんだ。着弾までの時間が半分の0.5秒になって威力は五割ましだな。わかっていても喰らうことがある」


 0.5秒だと、反応が追いつかないことが多々ある。

 ただ、ダンジョンの場合、こういう明らかに無茶なことには必ず救済措置が用意されてる。


「うわぁ、さっき石柱に落ちた」

「よくみると、石柱に落ちる頻度がすっごいよね」

「……これ、吸い寄せられてませんか? たぶん、石柱は半径二メートルぐらいの雷を集めてます」

「それなら石柱から半径二メートルにいれば安全というわけね」

「そうだ、それがこの先に進む際に必要だ」


 この石柱は飾りではなく、救済措置でもある。

 柱と柱の間でどうしたってカバーできない区間はあるが、そういう場所だけ集中力を研ぎ澄まし走れば対応できる。


「それなら、いける」


 ルーナが準備体操を始めた。

 この入り口から、最初の柱までかなり距離がある。

 ティルが俺の顔を覗いていた。


「もしかして、これも何かの罠の伏線なんじゃないかな?」


 さっきのことで学習したようだ。

 上級ダンジョンだと、だいたい一つ罠を見破った先にこそ罠があることに。


「よくわかったな。柱は、二十発雷を受けるごとに半径二メートルを範囲に、放電をする。もちろん二十発の雷のエネルギーをな。安全地帯だと油断していると即死だ」

「もう、こんなのばっかだよ!」

「地響きが聞こえて震えるからかなりわかりやすい」


 もはや、いつものことなのでティル以外は不満を言わない。


「では、みんなまずはあの柱まで走りましょう!」


 頷いて駆け出した。

 ルーナの前の地面が青く光り、ルーナが横っ飛び。

 青いイナズマが降り注ぐ。目の前でみると、あまりの威力に驚く。

 セレネがぎゅっと唇を噛んだ。

 途中、何発か危ないものがあったがなんとか越えることができる。

 全員で石柱にたどり着く。


「これ、けっこう怖い」

「だね、心臓に悪いよ」

「安心するのはまだ早いぞ」


 雷が石柱に落ちる。

 すると、石柱が震え、唸り声をあげる。


「もしかしなくても、これってあれだよね」

「早く、次の石柱へ!」

「きゅいぃ……」


 息を整える間もなく、次の石柱に向かう。

 その途中で、視界が青に埋め尽くされた。圧縮された雷のエネルギーが爆発した。

 ……どこからどうみても即死級の一撃だ。

 あれは雷耐性ではどうにもならない、無効化が必要だ。


「実物を見てわかっただろう。割と良心的だ。あれだけ露骨な前兆があって発動まで時間的に余裕もある。それでも柱から離れない奴はバカだ」

「それはそうですが、柱から離れたくないって心理が邪魔ですね」


 たしかに、何も知らなければ柱の震えより、安全圏から出るほうが怖く感じるだろう。

 それに、いつでも柱から離れられるって状況でもないし。


「ユーヤ、敵! 石柱の上」


 見上げると、そこには雷を纏った白虎がいた。

 電流を体内に流すことで、筋肉を刺激し、雷速で動く、このダンジョンではボスを除くと最強の魔物。


「強敵だ。いくぞ!」


 気合を入れる。

 そう、雷や石柱の放出を避けるだけならさほど難しくない。

 だが、雷竜のおひざ元で強力な魔物と戦いながらという条件がつけば話は別だ。

 状況によっては、柱から放出されるとわかっていても魔物に足止めされるなんてこともありえる。

 ……というより、それを狙ってくる魔物までいる。

 さて、俺たちは無事にたどり着けるか。

 雷白虎が爪を立てて石柱から飛び降り、俺たちはそれぞれの武器を抜いた。


 ◇


 石柱地帯を抜けた。


「……疲れた」

「てか、絶対おかしいよね。なんで、これをエルフの男どもが抜けられるんだよ! あの雷白虎とか、ルーナよりも素早くて、私やお姉ちゃんですら、なかなか捉えられなかったぐらいなのに!」


 雷速の雷白虎、あれは強敵だった。

 あれほど速い魔物は、今まで見たことがない。

 せめてもの救いは、全員雷耐性を高めていたこと。もし、いつも通りの装備ならもっと苦労しただろう。

 フィルが顎に手を当てていた。


「そう言えば変ですね。私たちでも結構苦労したのに。ここに来るときに決闘した【世界樹の守護者】の人、彼が特別弱いのでなければ、あの雷白虎に会った時点で全滅してもおかしくないです」

「……もしかして、ユーヤおじ様。抜け道とかあるのじゃないかしら?」


 気付かれたか。

 雷白虎を始めとして、この雷竜の巣にいる魔物たちはとてつもなく強い。

 まともに戦うことを前提にしたバランスじゃない。


「実はある。そっちを通ると魔物と遭遇しない。だが、ここでしか出会えない魔物と、手に入らない素材があるから、あえてこっちのルートを使った」


 石柱地帯には、雷が落ちず魔物とも出会わない進行ルートが隠されている。

 これに気付くには、一本だけ雷が落ちない石柱を見つけて、そいつを登り、上から俯瞰して見る必要がある。

 俺も、詳細なルートまでは覚えていないので、この工程は飛ばせない。


 そうするのは面倒だし、何より経験値と素材がほしかった。

 先ほど倒した、雷白虎の毛皮を取り出す。その滑らかな手触りにうっとりする。

 超耐久力と、斬撃耐性があり軽量で雷無効という、ルーナの身に着けているピンクラヴァースーツの上位互換とも言える性能。

 ここに来て、これをスルーするなんてありえない。

 ……加えて、こっちは美しい白を基調とした黒のパターン。見た目もいい。


「ユーヤ相変わらずですね。……でも、目的地には着けたのでよしとしましょう」

「あれが、【雷の輝石】なのね。二つあるわね」


 ついに【雷の輝石】が安置されている台座がある場所までやってきた。

 しかし、全員が想定外の事態に言葉を失っていた。


「絶対に触れるなよ。本物は一つだ。どちらか一つ、最初に触れたほうしか台座から離れなくなる。失敗すれば、次の再配置まで待たないといけない」


 さあ、最後の謎解きだ。

 謎を解けば【雷の輝石】を得て、いよいよ雷竜との決戦。腕がなる。

 ルーナたちは、すでに白い雷光、青い雷光を見た。

 だが、それは最上位の雷じゃない。雷竜が放つ黄金の雷を見れば、どんな反応をするだろう?

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