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第十六話:おっさんはドラゴン肉を食べる

 雷が鳴り響く渓谷を進んでいく。


「また魔物がくる!」

「ううう、相変わらず足場はせまいし、雷が鬱陶しいよぅ」

「ティル、泣き言はあとにしなさい」

「……そろそろ集中力が限界ね」


 新たに現れた魔物を倒すことに成功したが、みんな疲れて来ている。

 雷が降り注ぐ中進むのはひどく神経を使う。

 しかも、一歩間違えれば谷底に落ちるし、戦いにくい飛行型のモンスターが多くでる。

 いつもより消耗が大きいのは仕方ないだろう。

 すでに今日のノルマを達成した。

 今日はここまでにしよう。

 今倒した魔物は野営場所を確保するために探していた魔物だというのも都合がいい。


「そろそろ、野営にする」

「やった! ドラゴン肉!」

「お腹ぺこぺこだよ!」


 お子様二人組が器用に、この細い足場で謎ダンスを始める。


「ただ、休む場所にも工夫がいるわね。ご飯を食べている間に雷に打たれたらたまらないわ」

「ちょうどいい場所があるんだ。今倒したこいつの巣を使う」


 倒したばかりの魔物は、イエロー・バジャー。

 全身の体毛に電気を纏う巨大なアナグマだ。

 奴らは、谷底から這い上がってきて不意打ちを狙って来た。


「ああ、そっか、アナグマなら巣があるよね。それも、これだけの大きさなら、十分に広いよ」

「しかもこいつらは崖に横穴を掘る。野営にはもってこいなんだ。ちょっと見てくる」


 イエロー・バジャーがよじ登ってきた辺りに杭を突き刺して、魔法のロープを括り付ける。

 そして、ロープを駆使して壁を降りる。

 やっぱりあった。イエロー・バジャーが掘った横穴だ。高さも横幅も奥行きも、五人で快適に過ごすことができるほどある。


「みんな、降りてこい。この横穴で野営をする。ここなら、雷は届かない」


 叫ぶと元気な返事が聞こえてきた。

 俺は【収納袋】から照明道具を取り出して壁に立てかけ、ルーナたちを待つことにした。


 ◇


 全員が横穴に入っても窮屈に感じないほど、イエロー・バジャーの巣は大きく、長い。

 テントの設置にすら困らない。


「ユーヤおじ様、大型のアナグマと言っても、ここまで大きな巣を作るのは意外ね」

「あいつは、そういう性格なんだ」


 おそらくではあるが、これもゲーム開発者がそう設計したからだろう。

【雷竜の聖域】は野営をしないと渡り切れない広さがあり、雷の渓谷にはゆっくりと休める場所なんてない。

 普通なら、体調をぼろぼろにしながら徹夜で進むしかない。

 その状況で、雷竜と戦うのは相当な負担だ。

 これは、そうならないための救済措置なのだ。

 アナグマの性質に気付いたものだけが休めるボーナスステージ。


「ふう、安心しました。あんまり狭いと火を使うのは怖いですからね。じゃあ、さっそくドラゴン肉を調理します」


 フィルはそう言いながら、【携帯調理セット】を広げた。

 そして、焚火の用意を始める。


「お姉ちゃん、なんでわざわざ焚火なんて作るの? あんまり、寒くないし、明るいし、火だって携帯調理セットのがあるのに」

「雰囲気ですね。せっかくのドラゴン肉、コンロでちまちまやるより、焚火で豪快に調理したほうが面白いじゃないですか」

「ん。そっちのほうが美味しそう!」

「さすが、お姉ちゃんだね」


 フィルはこういう遊び心を出すことがある。

 ただ、今回の場合はそれだけが理由でもないが。

 ドロップ肉特有の木の皮の包装を解くと、いよいよドラゴン肉が露わになる。

 尻尾肉、それも根元に近い太くまるまるとした部分の肉で、中心に骨が入っている。

 鮮やかな赤色で、牛肉と雰囲気が似ていた。


 特筆すべきはそのでかさだ。

 例外はあるとはいえ、ほとんどのドロップ肉は一律二キロぐらいなのだが、これは倍の四キロはある。

 約80cmもの巨大な骨付き肉は見るものを圧倒する。

 その迫力こそが、ドラゴン肉の魅力と言えるだろう。


「美味しそう」

「だね、こんな骨付き肉初めて見たよ!」

「では、調理を始めますよ」


 フィルは手早く、肉にどんどん切れ込みを入れていく。

 その切れ込みにガーリックを挟み、全体に胡椒を始めとしたスパイスを丹念に塗り込んでいく。

 それが終わると、焚火の両サイドにY字型の柱を用意して、両端の肉を削って骨を露出させると、そのY字にドラゴン肉の骨を載せる。

 焚火に炙られたドラゴン肉から肉汁がこぼれ、焚火にぶつかりじゅうっとした音がなる。


 いい匂いだ。

 その匂いに釣られて、お子様二人組のお腹の音がなる。

 フィルは微笑んで、Y字型に立てかけた骨付き肉をゆっくりとくるくる回す。

 こうすることでまんべんなく火を通すことができる。

 さらに、何本か鉄串を等間隔に突き刺した。

 ああしておくと熱された鉄串が内側から肉を加熱してくれるので、中までしっかり火が通る。


「じゅるり、お肉の焼ける音と匂い。ルーナはこれが好き。どれぐらいで食べられそう?」

「これだけ大きくて分厚いと、三十分ぐらいはくるくると回さないといけないですね」


 そう言いながら、ときおりフィルはミックススパイスを振りかける。


「……待ち遠しい」

「三十分は長すぎて拷問だよう」


 気持ちはわからなくもないが、そうしないと中まで火が通らないのだ。


「まあ、早く食べたければ肉を骨から取り外してから、刻んで炒めますけど」

「それはやだ」

「ドラゴン肉って気がしないよ!」

「そういうと思いました」


 俺がフィルにドラゴン肉らしい料理を作ってもらうようにお願いした理由がこれだ。

 細かく切って調理してはこの迫力はでないのだ。

 


 ◇


 そして、きっちり三十分後。目の前にはこんがり焼けたドラゴン肉があった。

 フィルが鉄串を抜きながら、火が通っているかを確認する。


「はい、出来上がりです。さっそく食べましょう。骨から肉を外して切り分けますね」


 そう言った、フィルにルーナとティルが不満そうな顔をする。


「かぶりつきたい」

「せっかく、こんな美味しそうな見た目だもん。骨をもってがぶってしたいよ」

「気持ちはわからなくないですが、みんなで回してかぶりつくのはちょっと……」

「フィル、骨ごと叩ききってやれ。五等分にして、持ちやすい端っこをルーナとティルに食べさせてやろう。俺たちは真ん中の部分を皿に盛りつけて、ナイフで切りながら食べればいい」

「あっ、いい考えですね。そうします」


 フィルがナイフを【収納袋】から取り出して、分厚い肉を骨ごとすぱっと五等分にした。

 業物の刃物と、冒険者のステータス、そしてある程度の技量があればこれぐらいはできる。

 それぞれの目の前に、切り分けられたドラゴン肉と、いつの間にかフィルが仕込んでいたスープとパンが並ぶ。


「じゃあ、食べようか」


 俺の言葉に全員が頷き、食事が始まった。

 食事が始まると同時にルーナとティルが、端っこの骨を掴んで思いっきり分厚い肉にかぶりつく。

 ワイルドに肉を食いちぎり、咀嚼している。

 口元が脂と肉汁でべとべとだが、一切気にしている様子はない。


「美味しい!」

「これがドラゴンなんだね!」


 漫画肉という表現が似合う巨大な骨付き肉がどんどん減っていく。

 すごい食欲だ。見ているだけで、こっちも腹が減ってしまう食べっぷり。

 俺も食べよう。

 ルーナとティルに譲った端っこ以外は持ち手がないので、大人しくナイフで切り、口に運ぶ。


 フィル特製のミックスパイスと岩塩の味、遅れてドラゴン肉の味が肉汁と共に広がる。

 久しぶりのドラゴン肉だ。

 臭みがあるが、フィルのミックススパイスがうまく中和してくれている。


 ドラゴン肉はほとんど脂肪がなく、血の味が強い。

 肉の味そのものは牛肉とチキンの間というべきものだ。

 固い肉で、噛み切るのに苦労するが、噛めば噛むほど味がでる。


 肉を飲み込むと疲労が消えていき、体の内側から力が溢れ出す。

 ドラゴン肉は精力剤としても超一流の効果がある。

 加えて、超低脂肪、超高たんぱく、低カロリーで体を作るにはもってこい。

 ダイエットに向いている食材であり、肌にもいい成分がたっぷりだから、一部の女性冒険者はドラゴン肉を重宝している。

 また、精力剤としての効果を期待し、攻略に数日かかるダンジョンだとよく持ち込まれる。

 ただ、冒険者の中では『男女混合パーティ』では食うなと言われている。


「匂いとクセが強いし、固いのが気になるけど、すごくワイルドでいいわね。疲れが抜けて、体が軽くなるのも素敵。どういう仕組みかしら?」

「丸焼きにしなければ、もっと完璧に匂いを消せるし、柔らかくもできるんですが、やっぱりドラゴン肉を味わうならこれが一番かと思いまして。ユーヤの要望もありましたし」

「こっちのほうがあの子たちは喜ぶだろう?」


 実際、さっきからあの二人は肉に夢中でかぶりつき続けている。

 ルーナの尻尾はぶんぶんと振られっぱなしで、ティルも鼻息を荒くしている。

 ときに味よりも見た目や雰囲気がまさることもあるのだ。


「スープを飲んでください、骨をY字に乗せやすくするために削いだ肉を具にしてます」

「うそっ、全然臭くないし、とろっと柔らかくて美味しいわ」

「そっちはちゃんと下ごしらえをしたドラゴン肉です。ドラゴン肉って面白い素材なんですよ。今回は、ドラゴン肉初体験さん向けにお祭り仕様にしましたが、今度はちゃんとした料理にしてみたいですね」

「俺も食べたいな。ここを抜けるまでにまだまだドラゴンと戦う。肉もストックができるだろう」

「はい、特製ドラゴンパスタを作ります。私の得意料理なんです……一時期、ユーヤに手を出してもらうために毎日作っていましたし」

「……あのときか、そんなことを考えていたとは気づかなかった」


 十年前の謎がとけた、なぜかダンジョンに潜っていないのに精力剤として優秀なドラゴン肉料理を食卓に毎日並べてくる時期があった。

 ……おかげで本当に大変だった。


 楽しい食事が進む。

 一気に800gもの肉塊を食べたものだからルーナとティルのお腹がぷっくりと膨らんでいて、しかも最後のほうは固い肉にかぶりつき続けたせいで顎に力が入らなくなって二人とも涙目になり、可笑しかった。 


 そんな二人を見て、俺たちは笑う。

 ドラゴン肉の体力回復・増強効果で明日もばっちり探索はできるだろう。


 そろそろ、雷竜にたどり着くための謎解きがあるスポットだ。

 それさえ超えれば、いよいよボス戦。

 明日に備えて、今日はゆっくりと休もう。

 ……それから一つだけ困ったことがある。


『ドラゴン肉は男女混合パーティでは食うな』そう冒険者たちが言うのは、変なところまで元気になりすぎて過ちが起こるからだ。


 俺たちの場合、まだルーナもティルも子供すぎてそういうのとは無縁であり、フィルとは恋人同士だから問題ない。セレネの自制心には期待できる。

 とくに問題は起きないと判断したからこそ食べることにした。

 ただ、まあ俺も元気になりすぎている。

 ……ここなら安全だし、魔法のテントでフィルと愛し合おう。

 魔法のテントは外からの音は聞こえるが、内側の音は一切もらさない。

 たとえ、ドラゴン肉がなくてもこういう機会は少ない。

 俺としては逃したくないのだ。

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