第十五話:おっさんは雷の渓谷を進む
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世界樹の苗木が生い茂った大樹林を進んでいく。
すでに、半日以上が経っていた。
世界樹の苗木に偽装したユグドラシル・トレント以外にも様々な魔物と戦っている。
そのほとんどが、この大地に満ちる世界樹の力を受けて進化したレアな魔物で、希少素材をドロップしてくれてありがたい。
特殊な薬や、装備。作りたいものがどんどん増えていく。
「ユーヤ、また世界樹の葉が手に入った」
「こっちは、世界樹の枝だよ。……これって、すっごい強い弓になるかな!?」
お子様二人組も大はしゃぎだ。
そんな大樹林も終わりが見えて、さらに先に進む。
すると、辺りの景色が一変した。
「すごいわね。まるで別世界よ」
「ここからが本番だ。雷竜の住処はこの最奥にある」
大樹林が終わると、崖だった。
そして、そこからは岩肌がむき出しの渓谷が見渡せ、稲光が眩しい。
黒い雲が漂い、雷音が断続的に響いている。
「うわあ、すっごい雷。あれ、当たったら痛そう」
「雷のエネルギーはすさまじい。俺たちのステータスなら即死はしないが、当たれば大ダメージだ」
「……さすがに雷速を避けれる自信はありません。対策が必要ですね」
フィルの言う通り、雷を見てから躱すなんて芸当はどんな超人でも無理だ。
「一応、自然のものとは違って、着弾予定地が白く光ってから、一秒程度の余裕があるから、ここから先は注意深く大地を見ないといけない」
「一秒もあれば、普段は大丈夫そうだけど、戦闘中とかはきついわね」
「それも含めて、ここでのだいご味だ。それに、そのためにホワイトルビーで装飾品を作った」
水竜の住処に居たエンゼル・シュリンプから手に入れたホワイトルビー。
それには、全属性に対するダメージカットがある。
これがあれば、万が一落雷の直撃を受けてもかなりダメージが押えられる。
「これを使うのはティルとセレネだ。首飾りにしてみた」
「ありがと。大事に使うね!」
「この首飾り。素敵ね」
ホワイトルビーは二つしかないので全員装備することはできない。
俺とフィルは、レベルリセット前に最上位クラスの属性ダメージカット装備を保有している。
そして、ルーナにはアレがある。
素材状態のものを、ついさきほど錬金スキルと、携帯鍛冶セットで防具にした。
「ん。今から着替える」
ルーナが服に手をかけたので後ろを向く。
もう、羞恥心を教えるのは諦めた。
ルーナの成長を待つことにしたのだ。いずれはきっと女性としての自覚を持つと信じている。
しばらく待っていると、女性陣の声が聞こえた。
……あれはいろいろと特殊だから騒ぐのもわかる。
「ユーヤ、着替え終わった! 見て、可愛い?」
「……まあ、その、なんだ、可愛くはある」
「やった! これ、動きやすくてお気に入り!」
ルーナの恰好を一言でいうと、どピンクのラヴァースーツだ。
肌に張り付き、歳の割にはかなり発育のいいラインが出ており、かなりエッチだ。
「女狐のポーズ!」
尻尾とお尻を見せつけつつ、振り向き猫の手を作っている。……わけがわからない。それでも可愛く見えてしまう。
「ルーナ、それかっこいいね! 私も着れば良かったかも」
「ん。あとで貸してあげる。フィルやセレネもきっと似合う」
「私は遠慮をしておきますね。……ちょっと、それを着るのは勇気がいります」
「同感ね。恥ずかしいわ」
どピンクのラヴァースーツを着たいなんて思うのはきっとお子様二人組だけだろう。
このピンクのラヴァースーツは、かつてグランネルのジャングル型ダンジョンで出会ったスコール・パンサーがドロップした皮で出来たものだ。
スコール・パンサーの皮は毛がまったく生えておらず、ピンク色でぶよぶよのゴム皮だ。
ゴム皮という素材のイメージ通りに風(雷)無効。
それだけじゃなく、軽いし防御力が高い。
しかも、かなり高ランクの打撃耐性とわずかながら斬撃耐性まである。こんなポテンシャルの高い装備はなかなかない。
まだ利点はある。完璧に水を弾く完全防水。
もっともそのせいで、どんな着色料も容赦なく弾き、どピンクから色変更不可なのだが。
あまりの性能の良さに、ゲームのときは羞恥心を堪えながらも世話になるしかなかった。
……今は遠慮したい。これを来たおっさんは想像したくない。ただの変態だ。
ただ、ルーナが着ればこんな服ですら可愛く見えるから不思議だ。
「準備もできたし行こう。ここから先は雷祭りだ」
雷属性のダメージカットがなければ、まともに進めない。
やはり、ダンジョン対策においてもっとも重要なのは知識と準備だと思う。
万能な装備などはなく、そのダンジョンごとに適正装備があるのだ。
◇
渓谷を進んでいく。
道幅が狭いうえに、足を踏み外しでもすれば真っ逆さま。
いっそ、下まで降りて進んだほうが安全に見えるが、下に降りればすぐに行き止まりだし、昇るために用意された道などなく、ロッククライミングをしないといけなくなる。
ルーナの周囲が白く光り、後ろに跳ぶ。
そんなルーナを抱きとめる。
「……せーふ」
さきほどまでルーナがいた場所に落雷。
びりびりとスパークしている。
「そのスーツがあるし直撃してもいいんだがな」
「なんか怖い」
「気持ちはわかる」
いかに風(雷)無効とはいえ、雷の直撃なんて受けたくはない。
「ユーヤ兄さん、ここ道幅、三メートルもないし、高いし怖いね」
「それを含めてのギミックなんだろう。狭い足場で雷を躱す。それも魔物と戦いながら、なかなかに厳しい」
三竜のいるダンジョンはどれも難易度が高い。
せまい道幅での落雷は意図的なものだ。
また、雷が一発落ちてくる。
今度はティルが躱す。
普段は、魔物に襲われたとき、スムーズに陣形を組むためになるべく距離を詰めているが、雷を躱すため今回はある程度ばらけている。
まったくもって鬱陶しい。
加えて……。
「ん。敵が来た。空から!」
ここでは空から敵が襲い掛かって来る。
それは、翼と後ろ足が生えた蛇と表現するような生き物だ。
翼を広げると三メートル以上でかなりの威圧感がある。
サンダー・ワイバーン。
雷竜の眷属とも言われる魔物。それが三匹、編隊を組んでやってきた。
二匹が突っ込み、一匹が空中で止まり雷撃のブレスを放った。
タイミング悪く、近くに二発の雷が落ちる予兆が現れた。
雷撃のブレスを避ければ、雷に打たれる。
これは偶然じゃない。
サンダー・ワイバーンは落雷を踏まえたうえで、躱しづらいところにブレスを放つといういやらしい性質を持つ。
だが……。
「このスーツ、本当に雷が効かない」
ティルをかばって雷撃のブレスを受けたルーナはぴんぴんしている。
見た目には難があるが、ピンクパンサーのラヴァースーツは優秀な装備だ。
「かばってくれてありがと。後でお返ししてあげる」
「ブレス後の硬直、見逃すほどお人よしじゃないです」
ブレスを放ち、放心状態のサンダー・ワイバーンにエルフ姉妹の矢が殺到して打ち落とす。
青い粒子に変わり始めたところで、フィルが糸付きの矢で貫いて引き寄せた。
谷底に落ちればドロップの回収が難しくなる。
そのための配慮だ。
フィルは抜け目がない。
「セレネ、左を任せる」
「わかったわ!」
残り二匹のサンダー・ワイバーンは後ろ脚の爪をたて、雷を纏わせて突進してくる。
サンダー・ワイバーンが近づいてくるタイミングはここしかない。
紙一重でカウンターを叩き込んで仕留める。
奴が突き出した後ろ足をぎりぎりでかわし、渾身の振り下ろし、インパクトの瞬間、詠唱が完了する。
「【神剛力】」
十倍の威力に強化された振り下ろしはサンダー・ワイバーンを一刀両断。
飛行能力と敏捷性を得るために、サンダー・ワイバーンは防御力を犠牲にしている。
だから、この威力の攻撃なら即死させられる。
横目でセレネを見ると、彼女のスパイクがサンダー・ワイバーンを貫いていた。
「よくやった、セレネ」
「私も成長しているのよ」
誇らし気にセレネが微笑む。
これでサンダー・ワイバーンは全滅。
三匹とも青い粒子に変わってドロップアイテムが現れた。
それを見た、ルーナとティルが目の色を変え駆けよって拾いに行った。
「ユーヤ、お肉!」
「でも、これってなんのお肉だろ? 牛でも豚でも鳥でもないよね」
この世界だとドロップ時の肉の分類はかなり大雑把で、オークが豚肉をドロップするぐらいだ。
そして、こいつは……。
「【ドラゴン肉(並)】だな」
「ドラゴン!?」
「うあぁ、それってなんかすっごいわくわくするよ!」
お子様二人が好奇心に目を輝かせる。
ワイバーンは、ちゃんとした竜ではなく亜竜とでも言える存在だが、大雑把なドロップ肉のくくりという仕様で、ワイバーンでも竜肉を落とす。
「わかりました。では、今日の夕食はドラゴン肉にしますね。ドラゴンステーキとか、美味しいですよ」
フィルが苦笑しながらつぶやくと、ルーナとティルがドラゴンステーキといいながら、フィルの回りをくるくる回る。
気持ちはわからなくない。
冒険者をやっていれば、ドラゴンステーキを一度は食べたくなるものだ。
「フィル、美味しく作るのはいい。だけど、せっかく初めてのドラゴン肉だ。最初はドラゴン肉らしい、ドラゴン肉を食べさせてやれ」
「あっ、ああ、そういうことですね。ふふっ、そっちのほうが面白そうです」
俺たちは意味ありげに視線を交わし合う。
そんなことに気付かずにお子様二人組ははしゃいでいる。
今日の野営が楽しみだ。
きっと、ルーナとティルは驚くだろう。
ドラゴン肉はいろんな意味ですごい肉だから。
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