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第十三話:おっさんは世界樹に触れる

 昨日は夜遅くまでフィルの両親と飲み交わしたあと、一泊した。

 朝食を食べていると長老たちの使いのエルフがやってきて【雷竜の試練】の日程が決まったと連絡を受けた。


「日程が決まったのはいいんだが、今すぐなのか?」

「ああ、今すぐついてきてもらう。断れば、その時点で失格だ」


 おそらくではあるが、嫌がらせの一環だろう。

 準備時間を削って、少しでも難易度を上げる。

 雷竜の住処までは一日でたどり着くのは不可能。どうやってもダンジョン内で夜を過ごす必要があり、それなりの準備がいる。


「しっかりと準備をしておいてよかったな」

「はい、転ばぬ先の杖ですね」


 今回の嫌がらせを予想していたわけじゃなかったが、いつでも出発できる準備は整えていたのだ。

 そのまま、連絡を伝えてくれたエルフが隠しダンジョンである【雷竜の聖域】に案内すると言うからついていく。

 すると、里と森との境目で先日であったばかりの長老たちと遭遇する。 

 どうやら俺たちを待ち構えていたようだ。


「ユーヤ・グランヴォード。本気で雷竜に挑むつもりか?」

「もちろんだ」

「増援はいないようだが、三人だけで倒せると思っているのか」


 なるほど、こうして連絡をしたその日に【雷竜の聖域】に挑ませるのは、俺が冒険者としてのコネを使い強力な冒険者を呼ぶと思っていたからか。


「増援なんて呼ぶつもりはない。ここにいる五人で挑む」

「五人? 五人というのはフィルとティルも含まれているのか? それはならん。フィルとティルは我らの同胞であり、エルフの繁栄に必要な花嫁だ。危険には晒せない!」


 一応筋は通っている。ただ、俺が明言するまでその可能性に思い当たらなかったのは驚きだ。

 彼らにとってエルフの女性は守るべきものであり、女性が戦うというの認識の外にあったのかもしれない。


「先日の話し合いで、そんな条件は聞いていない。そんなことを今更言われても困る。危険ではあるが、絶対に俺は二人を死なせない。命の危険があれば【帰還石】を使わせる。何より、二人は強い。自分の身を自分で守れるだけの強さがあるから、【雷竜の聖域】に連れていくんだ」


 強く断言することで、長老たちがたじろぐ。

 仲間を絶対に死なせるつもりはない。

 必ず、全員で勝ち、帰ってこられる確信があるからこそ挑むのだ。


「ユーヤの言う通りで私もティルも強いです。だから、そういう心配は不要です」

「うんうん、それにユーヤ兄さんが守ってくれるしね」


 フィルとティルが俺の言葉を後押しする。

 絶対に引かないと顔に書いてあった。


「……だが、やはり。納得できぬ。二人とも女だ。危険すぎる」

「なるほど、女性だから弱いと言っているんですね。では、後ろにいるロシウと私が決闘するというのはどうでしょう? 【世界樹の守護者】より強いのであれば危険ではないですよね? 私が負ければ試練を受けるまでもなく、婚約を了承します。悪い条件ではないはずです」


 長老が戸惑う。

 しかし、そんな長老を押しのけて長老の後ろにいた体格がいいエルフが前に出た。


「誇りある【世界樹の守護者】に向かって、なんという暴言。温厚な私と言えど、聞き流すことはできない。だいたい、女が戦士の真似事をすること自体が生意気なのだ。女は男に従い、家で働き、子を産み育てていればいい」


 前々から、エルフの男尊女卑を感じていたが、ここまでわかりやすいことを言う男は初めてだ。


「ロシウ、聞き流せなければどうするつもりですか?」

「少々痛い目にあってもらう。手加減はするが、少々の怪我は覚悟してもらおう」

「手加減なんていりませんよ。あっ、もしかして負けたときの言い訳ですか。後で負けたのは手加減をしたせいだって言うつもりなんですよね? そういうのってかなりかっこ悪いですよ」


 ……フィルは俺の知らない間に、挑発がうまくなったようだ。

 受付嬢として、荒くれ物ばかりの冒険者の相手をし続ければそうなっていても不思議じゃない。

 ロシウと呼ばれたエルフが血走った目で長老を睨んでいる。

 フィルとの決闘を認めなければ、その場で長老に斬りかかりそうな勢いだ。 


「わっ、わかった認めよう。ロシウに勝てば同行を認めてやる」


 ロシウのおかげで話がすんなり進んだ。

 いや、フィルがそういうふうに誘導した。

 フィルとロシウが二メートルほどの距離をとって向かい合う。

 フィルは弓を構え、ロシウが剣を抜く。

 この距離では、圧倒的に剣が有利。

 普通の弓使いでは、何もできずに切り伏せられるだろう。


「はじめ!」


 長老の声と同時にロシウが突進する。

 開幕と同時に距離を詰めるのは弓使いを相手にするときのセオリー。

 ただ、速いことは速いのだが、足運びが素人に毛が生えた程度で無駄が多く直線的すぎる。

 これだと、次の動きが見え見えだし、柔軟な対応ができない。

 下段からの切上げもお粗末だ。


 フィルは側面に回り込みながら躱して死角に入り込み、滑らかな動作でハイキックに移行し、ロシウの後頸部を蹴り抜く。

 かなりの大技だ。よほどの実力差がないと決まらないが、綺麗に決まった。

 フィルのステータスに加え、金属板入りのブーツでの急所へのハイキックを受けたのだ、あれはもう立ち上がれないだろう。

 俺の予測通り、意識を刈り取とられたロシウは倒れ込んで動かない。


 相手が【世界樹の守護者】ゆえの高ステータスでなかったら殺していただろう。……いや、フィルはそれ込みで計算し、手加減していた。

 わずかにだが、インパクトの瞬間に力を緩めていたように見える。


「世界樹の守護者が、女に負けただと」


 長老が、信じられないと言った様子で言葉を絞り出すが、俺からすれば順当な結果に見える。

 フィルにはレベルリセットとレベル上昇幅固定があり、レベル差はあってもステータスが上。

 ましてや、磨き上げた戦闘技術と豊富な実戦経験を持っている。

 平和な里で過ごし、ほとんど戦闘経験はなく、ある日突然高レベルになった彼らがフィルの相手になるわけはない。


「お姉ちゃんって、わりと弓いらない感じだよね」

「なくても戦えるだけで、弓があるほうが数段強い。今のだって、何気ない動作で弓に注意を引き付けて相手の死角を増やしていたからな。矢を放つだけが弓の使い方じゃない」


 ティルが、姉の技に憧れの視線を送っている。

 最近、フィルはティルに近接戦闘の訓練を始めたが、二人きりのときはしきりに筋がいいと褒めていた。

 フィルはけっして、過大評価はしない。ティルもいずれはこれぐらいできるようになる。

 ……実際、すでにティルはブーツに金属を仕込んでいる。

 ティルのフィル化は始まっているのだ。


「これで文句はありませんね。【世界樹の守護者】より強いのですから、危険はないです」


 長老たちはそれ以上はなにも言わなかった。

 力なく、頷き。使いのものに案内を続けるように言い渡した。


 ◇


 エルフの里の裏にある森、その奥深くへと進むと世界樹が祭られていた。

【世界樹の守護者】たちが武装して、許可なきものを追い払う。

 エルフたちは、この樹を守るために生きていると言っても過言ではない。

 世界樹はまるで高層ビルのような巨大さだ。とてつもなく凄まじい霊気が満ちている。

 ルーナのキツネ耳がぷるぷると震えている。


「この樹を見てると、すごく……泣きたくなる」


 一筋の涙が、ルーナの頬に流れた。

 この雄姿に感動している。だが、それだけじゃない気がした。

 ルーナの出生に関係しているのかもしれない。


「ついてこい」


 世界樹に見惚れていた俺たちを、使いの者が急かす。

 世界樹を守る【世界樹の守護者】たちは止めようとしないので、その領域に入っていく。

 頭の上に世界樹の葉っぱが落ちてきた。


「これをもらってもいいか?」

「好きにしろ」


 使いのエルフが許可してくれたのでありがたくいただこう。

 世界樹の葉っぱは、単体でも体力と魔力を同時に回復するアイテムだし、加工することで最上位回復アイテムを作れるのだ。


「ラッキーでしたね。世界樹を傷つけることはできないので、たまに葉っぱや枝が落ちてくるのを待つしかないですから」

「だな、もしかしたら俺たちを歓迎してくれたのかもな」

「だったら、素敵だよね!」


 きっと、世界樹の加護があれば今回の探索もうまくいくだろう。

 この世界樹は火種でもある。

 エルフたちは自然に落ちた葉っぱや枝しか使わないが、非常に強力なポーションの原料になる葉と、最高クラスの杖や弓へ加工できる枝は共に需要が大きい。

 葉をむしり、枝を折ればもっと量が手に入ると考える輩が後を絶たない。

 今回はエルフに案内してもらえたが、エルフの案内なしでは認識を歪める結界があり、けっして世界樹にたどり着けないようになっている。

 だからこそ、欲をもった人間はどうすることもできない。

 かつて、人間はエルフを支配することでエルフごと世界樹を手に入れると考えて大規模な襲撃を行い、冒険者たちの協力もあって失敗に終わった。


 ……こうして、世界樹を見ているとひどく胸がざわつく。

 脳裏に一つの懸念が浮かんだ。もし、エルフの中に世界樹を傷つけてでも大量の葉と枝を手に入れ、売りさばくことで欲を満たしたい。そういう者が現れたら?

 人間と違い、エルフであれば世界樹に近づけてしまう。

【世界樹の守護者】がいるが、彼らの眼を盗むだけならなんとでもなる。

 いや、考えすぎか。

 何百年、いや何千年もエルフは世界樹を守り続けてきたのだから、今になってそういう連中が現れるとは思えない。


「ユーヤおじ様、また難しい顔をしているわね」

「なんでもないさ。気にしないでくれ」


 しばらく歩くと世界樹の根元にたどり着いた。

 使いのエルフが呪文を唱えると、世界樹の根が動き、隠されていた扉が露わになった。

 扉の中では異世界に通ずる青い渦が輝きを放っている。


「……本当に行くのか? 【世界樹の守護者】でもないのに」

「ああ行く。俺たちは強い。さっきのも見ていただろう」

「そっ、そうだな」


 ちょっと怯えが混じった眼でフィルを見ている。

 きっと、さっきの決闘は半日もしないうちにエルフの里中で噂になるだろう。

 うまくいけば、フィルの婚約者が自分から婚約解消してくれるかもしれない。

 男に従わない女というのは、エルフにとってはあまり好まれないだろうし。


「みんな、行こうか」

「ん。世界樹のダンジョン、きっとすごい」

「私も入るの初めてだから楽しみだよ」

「きっと、特殊素材とかがたっぷり手に入りますよ」

「……もう少し、緊張感があったほうがいい気がするわね」


 そうして、全員で世界樹のダンジョンに踏み入れた。

 雷竜を打倒し、三竜打倒の称号を得る。

 そして、これからもフィルとティルを含めたみんなで旅を続けていくのだ。


 


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