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第十二話:おっさんは娘さんをくださいと言う

 買い物を済ませて、フィルとティルの両親が住む家にやってきた。

 俺の手には土産がある。

 フィルの両親はチーズと酒が好きだと言うので、雪と氷の街クリタルスで購入した最高級のチーズの詰め合わせ、緑と水の街グランネルで購入した米の酒の大吟醸を持ってきた。


 両方ともフィルと一緒に選んだものだ。

 物で釣るのはあまり良くないだろうが、相手の好みを調べ、一番喜ばれるものを用意することで誠意を見せることになる。


「フィル、ルーナとセレネは留守番させなくて良かったのか」

「はい、私とティルがユーヤのほかに、ルーナちゃんセレネちゃんと一緒に帰ってきたことを両親は知っていますし、私の母はそういう姑息なことを一番嫌いますから」


 そういうわけで、パーティ全員でやってきた。

 さあ、覚悟を決めよう。

 扉をノックする。

 すると、若い女性の返事が聞こえ扉が開いた。


「ああ、フィルちゃんの恋人さんですか。もう十年以上、フィルちゃんの手紙で名前を聞いているので他人って気がしませんね。初めまして、私がフィルちゃんの母、フリルです。よろしくね、ユーヤさん。あらいい男ですね。渋い感じがたまりません」

「初めまして、ユーヤ・グランヴォードと申します」

「ささ、入って、入って、もうみんな待ってますから」


 すごく明るく親しみやすい人だ。

 そして、異常なまでに若い。すでに四十を超えているはずなのに、どこからどう見ても二十代半ば。

 そして身長は低めだがでかい。控えめなフィルとは違いエロい。腰つきなどむしゃぶりつきたくなる。

 恋人の母親にそういう感想を抱いてはいけないのだろうが、これは反則だろう。


「ユーヤ、まさかお母さんを見て変な気を起こしてませんか?」

「そんなわけないだろう」


 おかしい、さすがに表情に出すほど間抜けじゃない。

 今のフィルは鋭すぎる。


「そうですか、なら良かったです。……お母さんはその、すごく男の人に人気があるので。……理不尽ですよね。どうして受け継がなかったんでしょう」


 己の胸を見ながらフィルがため息を吐く。

 そう言えば、一週間前も成長期のルーナが自分より大きくなったと気付き、ショックを受けていた。


「胸なんて大きくても疲れるだけだよ。重いし、走ると揺れてバランスがとりにくいし、弓を引くときだって弦に当りそうで邪魔だし」


 ティルが己の胸を持ち上げて、心底うっとうしそうに言う。


「……ティル、黙りなさい。大好きな妹を嫌いにさせないでください」


 ひっと声をあげてティルが俺の後ろに隠れた。

 それほど、フィルの声は冷たかった。


 ◇


 リビングに通された。

 家具はすべて木々で出来ていて、どこかほっとする。

 そこにいたのは、十代後半に見える小柄で活発な女性と、若く美形ではあるがどこか覇気のない二十代後半に見える青年。


「ようやく来たようね。ふうん、その子がフィルとティルのお婿さんなんだ。なかなかワイルドでいい感じね。甲斐性がありそう」

「母さん、ユーヤはすごいんだから。お金持ちだし、いつも私とお姉ちゃんを守ってくれるし、ユーヤと一緒にいると美味しいものを食べ放題で、楽しいことがいっぱいなんだ」


 その女性とティルがハイタッチ、そして抱き合う。

 ひどくノリがいい。

 この人がティルの産みの親か。


 ……おかしい、さすがにティルよりは年上に見えるがフィルより年下に見える。

 そして、いろいろと控えめだ。美人ではあるが、色気はない。


 どうして、彼女からティルが生まれたのか?

 フィルの母親の体つきを考えると親が逆のように見えるが、顔つきは確かに、それぞれそっくりではある。


「ユーヤ、紹介するね。私のお母さん!」

「ティルが世話になっているわね。テリアよ。娘ともどもよろしくね」

「こちらこそ。ユーヤ・グランヴォードです」

「……そう言えば、ティルは子作りしてるの?」

「そっちはまだー、ユーヤって宗教とかいう奴で十六まで手を出さないんだって」

「それは残念ね。孫の顔が見れるまではまだまだか」

「早く見せられるように頑張るよ!」

「甘いわね。面倒になったら押し倒すといい。男なんて、押せば落ちる。ティルは私と違っていいもの持ってるんだから」


 そう言って、ティルの母がティルの胸を揉んだ。はさめはさめと言って笑っている。

 すごく否定したい。

 だけど、フィルとティルの親の前で否定するわけにはいかない。

 ルーナが横でぼそっと『ティル、すごい。外堀』と言ったような気がした。

 気のせいだ。ルーナはそういう発想ができないはずだ。

 ふと視線を感じた。

 二人の父親と目があった。


「初めまして、ユーヤ・グランヴォードです。フィルとティルは必ず俺が幸せにします」


 そう言って頭を下げて、チーズと酒を渡す。


「ああ、これはご丁寧に。僕はシンパ。君がユーヤか。……二人の娘が君を選んだ意味がよくわかるよ。二人とも、僕には向けない目を君に向けてる。信頼、あるいは尊敬と言うべき目をね」


 フィルとティルは母に向けるような親愛を父には向けていないことには気づいていた。

 彼のことをまるでそこにいないように扱っている。


「まあ、座って。僕は反対しないよ。わかっているだろう、僕は何もしないし、できない。……そう生きて来たし、これからもそうする」


 そう言って薄く笑うと、さっそく俺が渡したチーズの詰め合わせの梱包を解いて、グラスに酒を注いだ。


「ああ、このチーズは絶品だね。とろっとしてコクがあって、羊じゃこの味は出せない……詰め合わせだけあって色んな味があって楽しいな。酒のほうは、うん、果実のような清涼感があって優しい甘みだ。外にはこんな味があるのか。フィルとティルが出ていくわけだ。いい男と、うまい飯と、美酒。ここでエルフの男と結ばれるよりずっと幸せだろう」


 彼はそう言って、酒とチーズを楽しむ。

 完全に一人の世界に入った。

 俺たちのことも二人の妻のことも忘れたかのように。


 ……ティルが言っていたことを思い出す。

 父親は何もしない。すべて母親にやらせて、ごくまれにやりたいことができたらそれをやる。

 たしかにこれではティルが懐かないわけだ。


 ◇


 その後、雑談をしつつ、フィルと二人の母親が夕食を作ってくれた。

 エルフの里の家庭料理だ。

 上質な小麦で作られたパスタに、エルフの里の恵みを受けて育ったトマトのソースをかけたもの。

 ひき肉を脂がたっぷり出るように炒め、酒とハチミツを加えてから、トマトを加えて煮詰める。

 最後に、フレッシュなトマトを刻んで加えて完成。

 煮詰めたトマトの濃厚な美味しさと、フレッシュなトマトのみずみずしさ、その両方を楽しめるパスタ。


「これはいいな。こんなにトマトを楽しめる料理は初めてだ。なにより、麺の味がよくわかる」

「はい、それこそがエルフ料理です。素材の味を生かすんです。普通の材料だとちょっと物足りないですけど、素材そのものがとっても美味しいので、これが一番です」

「うーんでも、こうしたほうがもっと美味しいよ。……うん、やっぱり!」

「あっ、ルーナもやる!」


 詰め合わせの中にあったチーズの中でもカビを使うことでコクを深めた青カビチーズをおろし金で粉末にして振りかけて、ティルとルーナが美味しそうに食べる。


「へえ、美味しそう。私もやってみますね」

「外じゃそうするのね。物は試しよ」


 二人の両親もティルの真似をした。

 そして、頷き、もっとチーズをかけた。


「まだ、甘いな。こうすれば、さらにうまいぞ」


 そして俺は魔法袋から、鋼の炎の街フレアガルドで買ったスパイスソースをかける。タバスコに似ている調味料で、酸味が少ない分、タバスコよりも色んな料理に使いやすい。

 思った通りだ。ぴりっとした味がいいアクセントになる。


「何それ、楽しそうです。これっ、がつんと来ますね」

「おっ、私もやるよ。かっらぁい、でも癖になる」


 フィルとティルの両親はさっそくスパイスも試す。


「素材の味を生かすエルフ料理が……」

「お姉ちゃん、細かいこと気にしたら負けだよ。美味しかったらなんでもいいんだよ」

「チーズとスパイスもいいけど、そのままでも十分美味しいと思うわ。両方楽しむのが最高ね」


 ちなみにセレネは器用に半分は何もかけず、四分の一はチーズだけ、残り四分の一はチーズとスパイス両方を使っている。

 辛い物が苦手なルーナはチーズだけをたっぷりかけて満足そうだ。


 楽しく夕食は盛り上がる。

 相変わらず、二人の父親は会話に参加せずに一人で酒と食事を楽しんでいる。

 フィルのパスタ以外にも、フリルとテリアが作った煮込み料理やデザートなどが並んでおり、どれも美味だ。

 料理がなくなるころ、フィルの母であるフリルが急に真剣な表情を作る。


「……雷竜に挑むって話を聞きました。ユーヤさん、勝算はあるのですか?」

「あります。雷竜と同格である、炎帝竜、氷盾竜、その二匹を俺たちは倒しました。一人では倒せませんが、俺たちならそれができる」


 俺の言葉に、ルーナが鼻息を荒くし、ティルはどや顔を浮かべ、フィルは微笑み、セレネはこくりと頷いた。


「うーん、母親としては娘に危険なことをさせたくないけどね。でも、その危険すら楽しんでいるなら止めはしないよ。でも、もしティルに何かあったら、私はあんたを許さない」

「俺が必ず守ると約束します」

「母さん、私はユーヤに鍛えてもらってるんだ! ここにいたころの私じゃないから安心して!」


 テリアは仕方ない子だと言ってティルの頭を撫でた。

 一件落着だと思っていると、乱暴なノックの音が響く。

 フリルとテリアが立ち上がろうとして、それを諫めるものがいた。

 フィルとティルの父、シンパだ。

 彼は立ち上がり玄関まで向かい、待っていろと告げた。

 来客は激昂しているようで、ここまで会話が聞こえてくる。


「おい、シンパ。説得は終わったか! フィルは俺の家へ、ティルはチータの家に嫁ぐって話だろ! 息子は、フィルのことを気に入って、ずっと欲しがっているんだぞ!」


 ずっと欲しがっているか。

 フィルのことをもの扱いされるのは我慢ならない。


「うちのマサツだって、ティルとの初夜をずっと待ち望んでいるんだ! エルフの繁栄のためにも早く子を為したいと健気なことを言っている。それに協力させるのはエルフの務めだろう」


 ……使命とはよく言ったものだ。

 ただ、やりたいだけだろうに。

 おそらく、こうしてやってくるのは一度や二度じゃないだろう。第一、ティルに言い寄っているエルフは百歳を超えているはず。まだ父親に甘えているのは、エルフ基準でも異常だろう。

 いったい、シンパはどんな返事をするのだろうか?


「それだがな。僕はずっと悩んでいたんだ。どうするのがフィルとティルの幸せかを。実際にフィルとティルが惚れた男を見て、ようやく答えが出たよ」

「はあ、何を言ってるんだ! エルフの里で旦那を支えて、子供を作る。それ以上の幸せなんてないだろ!」

「そうだ。優れたエルフの男に、エルフの女は従う、それが常識だ!」


 シンパを怒鳴る男たちのセリフは俺からするとおかしいと思うが、彼らからすればそれが当たり前なんだろう。


「たしかに僕らはそう教えられてきた。エルフの男は優れている。エルフの男がいないと子供が作れない。エルフの男だけが世界樹に選ばれて力を得て里を守れる。だから、子供を作って里を守る以外は女の仕事だって……その言葉を疑わず、僕はそれ以外をしてこなかった。……でもね、それでも、娘がそうやって男にこき使われるのはちょっと違うなって思うんだ」


 彼の言葉に男たちの怒鳴り声が響く。


「僕はこう見えて、フィルもティルも可愛いと思ってるし幸せになってほしい。二人が彼を見る眼には信頼があって、何よりも彼が二人を見る眼には思いやりがあった。親として、エルフの男だってことしか取り柄がない男より、娘を思いやってくれる男に預けたい。……だから、僕は二人を説得しない。僕たちエルフの男はさ、好き勝手生きるものだろ? ……だから、娘の嫁ぎ先も好き勝手にして彼を選ぶよ。第一好きな女ぐらい自分で口説いて惚れさせろ。そんなことすら親を頼るような男に可愛い娘を預けられるわけがないだろう」


 彼は強く断言する。

 俺は立ち上がった。殺気を感じたからだ。


「てめえも人間のせいで頭がおかしくなった口か!」

「もう、許さねえぞ、おい!!」


 拳がシンパに叩き込まれそうになる。

 そして、それが目視できているのは、すでにそこまで来ているからだ。


 シンパの肩に手を置き、後ろに引き、代わりに前にでる。

 彼を殴ろうとしている手に自分の手を添えて背負い投げ。

 それを見て激昂した男が剣を抜いて振りかぶっているが、その剣を振り下ろす前に懐にあるナイフを抜いて首に押し当てる。


「……義父に乱暴なことはやめてくれないか」


 エルフが剣から手を離したのを見て、俺も引く。


「人間ごときが調子に乗るなよ。どうせ雷竜に焼き殺されるんだ」

「それはどうかな」


 余裕を見せる。

 必死になって否定する気はない。

 結果で語るべき問題だからだ。エルフ男が二人帰っていく。


「かっこ悪いところを見せたね。僕は昔から喧嘩はからっきしなんだ。【世界樹の守護者】にも選ばれなかったしね」

「……いいえ、カッコよかったですよ。とても」


 世辞ではなく、本心から伝える。

 彼は父として娘のために戦った。その姿がかっこ悪くなんてあるものか。


「戻って呑むとしよう。君のことをもっと教えてくれ」

「はい、喜んで。お義父さん」


 今の彼となら楽しく酒を呑める。

 夜は長い、ゆっくりと語り合うとしよう。

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