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第十話:おっさんは宣言する

 フィルとティルを婚約者のもとへ連れていこうとする長老たちの言葉を遮り、フィルの夫になると名乗る。


 それに対し、長老たちは激昂し、一触即発の事態になる。

 しかし、俺のことを覚えているものがいてくれて場を収めてくれた。

 かつてエルフの里を救った冒険者の一人ということもあり、即座に追い出そうとせずに話し合いの場を持つことになった。


 長老たちの案内で、広場の奥にある屋敷に招かれる。

 エルフの長老たちというのは、ただたんに高齢のエルフと言うわけじゃない。

 とある特別な力を持つ男性エルフたちの集まりで、合議制によりエルフの里を担っている集団だ。


 彼らの決定は、エルフの里では絶対だと言える。

 ここで長老はエルフの男性のみに限定されるあたり、エルフは男性優位社会だと言える。

 それは男性の数が少なく、種族を維持するためという理由のほか、もう一つ理由があるのだが。


 出された茶を一口飲んでみる。

 やはりエルフの茶はうまい。濃い緑色でほんのり甘苦くてほっとする味だ。しいて言うなら抹茶に近い味わい。

 そうこうしているうちに、話し合いを始める準備が整ったらしい。


「さきほどは失礼した。私はエルフの里の長を務めるフィラルトと言う。すでにフィルの手紙で大よそのことは把握している」


 長老の一人が口を開く。

 この場には、俺たち五人のパーティの他、七人の長老、それにホランドがいた。


「いえ、こちらこそ。さきほども申した通り、フィルと俺は結婚の約束をしております。そのため、婚約を破棄していただきたい。それはフィルの望みでもあります」

「それはできん。そもそも、ユーヤ殿とフィルの結婚を許可できない。エルフの里では婚姻の際に試練を課すことになっている。それは、かつてこの里を救ってくださったユーヤ殿でも例外ではない」


 試練? なんのことだ? フィルの顔を見ると、知らないとばかりに首を振る。


「……その試練について教えてください」

「長老のみに伝わる、【雷竜の聖域】に立ち入り、その最奥にある【いかづちの輝石】を持ち帰ることだ」

「ほう」


【雷竜の聖域】というのは、エルフの里に隠されているダンジョン。

 このダンジョンのことは忘れられているとは思っていたが、長老たちには伝わっていたのか。

 そして、【いかづちの輝石】は長老が言うように、ダンジョンの最深部にある。


 そこは、三竜の一角、雷竜の巣の近くだ。

 雷竜は巣の周囲を飛び回る性質があり、運が悪ければその石に近づいた瞬間、雷竜に襲われる。

 そうでなくても、【雷竜の聖域】は適正レベル42のダンジョンだ。上級冒険者でないとクリアできない。


「いつから、そのようなルールが?」

「うむ。三か月ほど前からだ。強きものでなければ、女を守れぬのでな。そういうルールを設けた。むろん、一人で行かなくとも良い。パーティで挑むことが許されている。本人の強さだけでなく、その人望も強さと言えるからな」

「わかりました。その試練を乗り越えればフィルとの婚姻を許してくださると?」

「無論だ。試練を超えられればな」


 その口ぶりには、不可能だと決めつけているきらいがあった。

 ……だいたい事情はわかった。

 おそらく何かしらの理由で、エルフの女性がエルフ以外と結ばれることが増えてきたのだろう。

 それを防ぐため、こんな試練を用意した。


 人間の男性であればまず不可能だが、エルフの男性であればさほどクリアは難しくないルールがその証拠だ。

 彼らも言ったとおり、パーティを組むことが許されている。

 実は、ゲームの仕様のせいでエルフの男性の何人かに一人は突如レベル50になる。

 なぜなら、【世界樹の守護者】と呼ばれる二十四人の世界樹に選ばれた戦士が存在し、【世界樹の守護者】は全員がレベル50であるとゲーム時代から設定されていたからだ。


 その設定が今も受け継がれているようで問答無用で【世界樹の守護者】に選ばれるとレベル50になるし、【世界樹の守護者】に欠けが出るたび、新たなエルフの男性が【世界樹の守護者】となり力を得る。

 彼らがいたからこそ、長い間エルフの里は平和な時を過ごせた。レベル50が24人いるというのは、小国の総軍以上の戦力だ。


 エルフの男性が婚姻を行う際は、【世界樹の守護者】たちが快く助力しパーティを組み、さほど苦労せずに【雷の輝石】を手に入れる。

 足手まといがいたとしても、【雷の輝石】を得るだけならなんとかなる。雷竜と遭遇しようが逃げに徹すれば生き延びられる。

 逆によそ者が来たときは、けっして【世界樹の守護者】たちは手を貸さない。


 単純に、人間との結婚禁止と言わないのは、エルフの女性たちの反感を、避けるためだろう。


「では、その試練。受けましょう」

「言っておくが、エルフは手を貸さんぞ。……あの戦いでユーヤ殿と共に戦ったものでもな」

「その必要はありません。俺たちだけで挑みます」


【世界樹の守護者】たちは強力だ。

 レベルだけでなく、ゲーム設定の恩恵でステータスも高い。

 だが、俺のパーティはそれ以上に強いと信じている。

 ともに戦ったことがあるからこそわかるのだ。彼らは、ある日突然、神様に力を恵んでもらって、そんな僕は強くてすごい。なんて言っている連中だ。

 幼い頃から慣れ親しんでいる弓の腕前は一流だが、それ以外はステータスが高いだけであり、本物ではない。

 そうでなければ、かつて起こったエルフの里の危機も彼らだけで乗り越えられただろう。


「……ならば好きにするとよい。試練の日付は追って伝える。その試練を超えれば、フィルとの婚姻を認めよう」

「ありがとうございます」


 頭を下げる。

 もっと面倒なことになると思ったが、案外楽だ。


「ユーヤ殿、フィルのことはそれでいいとして。ティルはどうだ? まさか、ティルまで娶るつもりではあるまい」


 予想通りの質問だ。

 だから、用意していた答えを言おう。


「そのつもりはないです……今は。俺の宗教では十六歳以下との恋愛及び、婚姻は認められていない。だから、二年後に結ばれると約束を交わしました」


 今すぐ結婚してしまうと、ティルの未来を奪ってしまう。

 だから、宗教を理由に二年後の時間を稼ぐ。

 苦しい言い訳だが、宗教という盾を用意し、二年後の結婚を武器として押し切るつもりだ。

 実際にそういう宗教は存在するし、聞かれたらそう答えるつもりだ。


 ただ、本当に結婚するつもりはない。二年も経つころにはティルは大人になり、本当に好きになる相手も現れるだろう。

 そしたら、快くこの約束を反故にしてやる。

 それに、その際に恋人が試練を受ける必要があるのなら快く手伝ってやる。


「二年後か……。それは、どうなのだ?」

「わがままを言っているのはわかっています。それでも俺は俺の信じる神を裏切り、十四歳のティルに手を出すことはできない。かといって、誰かに彼女を奪われることは許容できない。二年後、その想いを果たすという願いが聞き届けられず、無理やりティルを奪おうとするなら、こちらにも覚悟がある」


 強く言葉にする。

 その覚悟が本気であると示すように威圧する。

 長老たちがどうしたものかと悩み始め、その中の一人が咳払いをした。


「……その想いが本気であることはわかった。だが、二年も待たされるのはな。そうさな、二年待たされるという特例を認めるのだ。ならば、その特例を認めてもいいほど優れた勇士であることを示してもらわんとな」

「具体的には?」

「【雷の輝石】を取ってくるだけでは足りん。【雷の竜】の聖域、その主である雷竜を倒すほどの力と勇気を示せば、認めてやらんでもない」


 そう言って、長老はにやりと笑う。

 他の長老たちも表情を緩め、相槌を打った。

 いい条件を出せたと思ったのだろう。そう言えば俺が諦めるし、あわよくばフィルのことも諦めさせることができる。

 だが、それは失敗だ。

 なにせ、初めからそのつもりなのだから。

 俺はエルフの里に雷竜を倒しに来た。やることは何一つ変わらない。


「いいでしょう。【雷の輝石】を持ち帰れば、フィルとの結婚。そして、雷竜を倒せば二年後のティルとの結婚を認めてくださるわけですね。やって見せましょう」


 長老たちが動揺する。

 そして、自殺行為だと言い、脅すように、かつて【世界樹の守護者】たちのパーティが挑み、一人も帰ってこれなかったと告げてくる。

 ……雷竜の強さぐらい知っているさ。

 それでも、今の俺たちなら勝てると思いここに来た。


「本当に雷竜に挑むつもりか!? あれは人の手でどうにかなるものではない」

「ええ、それほど難しい試練だからこそフィルとティル、最高の女性を手に入れる贅沢が許される。必ず、やり遂げましょう」


 そうして話は終わった。

 その後は、ホランドの計らいで彼の別荘を借りることになった。ことがことだけにフィルの実家を使うよりいいだろうと気を回してくれた。


 ホランドの話では、フィルの両親は消極的な賛成ということらしい。

 俺たちに貸し与えられた部屋で、ホランドは酒をつぎ俺へと手渡す。

 俺がホランドに酒を呑みながらつもる話をしようと持ち掛けたのだ。


「ユーヤには悪いことをしました。こんな試練ができたのは、僕のせいなんです。……人間が多くエルフの里にやってくるようになりましたね。当たり前ですが、行商人の多くは男性であり、男性が働いている。それがエルフの女性たちにとってカルチャーショックだったんですよ。人間は男が糧を得て、女性が子供を育て家事をする。エルフだと、全部女性の仕事ですからね」


 そう言えば、ティルがエルフの男性はニートみたいだって言っていた。


「エルフの重婚っていうのは、すべて女性がやるっていう文化に適したものだと僕は思ってます。なにせ、一人で糧を得て子育てって無理がありますからね。エルフの家庭だと嫁の一人が働き、もう一人の嫁が夫とお互いの子供の面倒を見るというのが多いです」


 ……それはそうだろうな。なかなか、エルフの女も強かだ。


「話が脇道に逸れましたね。エルフの女性にとって男が働くというのがひどく魅力的に見えて人間の男に惹かれましてね、人間のほうも純潔のエルフなら【世界樹の雫】で若さを維持できるし、老いず美しさを保てる女性がありがたいと両想いに。それはそれでいいんですが、エルフの男性としては面白くない。里としてもあんまり女を里の外に連れていかれると存続の危機でまずい。だからこそ、婚姻の試練なんてものができてしまったのです。その試練ができて以来、エルフの女性と人間の男性の婚姻は一件もありません」

「ようやくわかった。だが、それに関して謝る必要はない。俺なら問題なくクリアできる。むしろ、やりやすい条件が出て嬉しい限りだ」

「なるほど、僕の知るころのユーヤじゃないようですね。……かつてのユーヤを知っているだけに、商会に入ってくるユーヤの噂は眉唾物に思っていましたが、あの噂がすべて本物なら、雷竜すら倒せるかもしれません」

「強くなったんだ。おまえの知っているころよりずっとな」


 お互い、笑い合い酒を注ぐ。

 長老たちは試練の日程を追って伝えると言っていた。

 その間、エルフの里を楽しもう。

 それから、きっちりフィルとティルの両親にも挨拶しなければ。

 そう言えば、さきほどからいつも騒がしいお子様二人組が静かだ。

 いや、セレネまで交えて、こそこそと小声での会話で盛り上がっている。


「ふふ。な~んだ、ユーヤ兄さんは宗教的な理由で今まで手を出さなかったんだね。可愛いティルちゃんに手を出さないのは変だと思ってたよ。本当は手を出したいのに、我慢してたなんて可愛い」

「ん、ルーナも一安心。二年後にはフィルにやっているようなことをルーナにもするはず、楽しみ。……でも、失敗した。十六歳ってことにしとけば良かった」

「……その、二人ともそういうことを言われると微妙に傷つくのだけど。十六歳の私はとくに」


 ……あとでいろいろと話が必要なようだ。

 あくまでティルを婚約者から守るための嘘だと説明しないと。

 あの場が始まる前に言わなかったのは、ティルは嘘が下手でぼろが出る恐れがあったからだが、もう話してしまっても問題ない。

 早く手を打たないと試練のことより、こちらのほうが何倍も厄介なことになりそうだ。

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