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第九話:おっさんは昔馴染みに出会う

 エルフの里に向かって出発する。

 さっきまで御者席にいたティルは荷台のほうに戻っている。

 少し落ち込んでいるようだ。

 恋人の振りを断られたことにショックを受けているらしい。


「フィル、ティルのフォローを頼めるか」

「任せてください。でも、ちょっと驚きました。ユーヤなら、あの子のために恋人の振りをすると思っていました」

「それが最善なら、そうしたさ。だけど、そうじゃない」


 その嘘はティルのためにならない。

 ……それとなく、ティルが俺に好意を寄せてくれているのは知っている。

 しかし、それを受け入れるつもりはない。

 なら、できるだけ早く諦めたほうがいい。


「わかりました。それが、ユーヤの考えなら従います。……ちなみに、どうやって頑固な長老たちを説得するつもりですか?」

「それはな……」


 俺の考えをフィルに話す。

 すると、フィルは何度か頷いて、それから口を開いた。


「いける気がします。私もフォローできるように考えておきますね」


 それだけ言うと、フィルは妹を慰めるために荷台に戻っていった。

 ラプトルを走らせる。

 今日中に着けばいいのだが。


 ◇


 ラプトルが疲れてきたので食事休憩を挟む。

 フィルは少しでも美味しいものを作り、妹の元気を出させようと、エンゼル・シュリンプを使ったエビフライを作った。


 それは、あの絶品ともいえるリバークルのエビフライをも上回る天上の美味。

 エビ自体の味が段違いだったし、フィル特製のソースがすごかった。


 だけど、そんなフィル渾身の料理でもティルの反応はいまいち薄い。

 いつもはお代わりをねだるのに、少し残してルーナに上げてしまったくらいだ。

 ムードメーカーのティルがその調子だから、会話が続かず空気が重い。


 なにかティルに言葉をかけようと思うが、いまいち言葉が浮かばない。

 こういうのは専門外だ。結局のところ、俺はゲーム知識と長年の冒険者の知識を持っているだけで、それ以外はただの凡人だ

 少女の心をどうすれば救えるかなんてわかりはしない。

 それでも、なんとかしたい。

 無理やり言葉をひねり出した。


「ティル、エルフの里の件、無事乗り切れば一つ褒美をやる。なんでも言うことを聞いてやる。だから、その、頑張ってくれ」


 結局、ご褒美で釣ることにしたのだ。

 情けないが、それ以外思い浮かばなかったから。

 ティルは顔を上げ、それからしばらく思考を巡らせ、一瞬にやりと笑った気がした。

 ……なにか、とんでもない失敗をした気がする。


「ユーヤ兄さん、心配してくれてありがと。ごめん、変に落ち込んだりして。ちゃんと、わかってるから。そろそろ気持ちを切り替えないとね。いつも通りにちゃんとするから……落ち込む理由もなくなったしね」


 いつもの笑顔をティルが浮かべる、それからぐーっとお腹が鳴り顔を赤くしている。

 晩御飯を残したせいだ。成長期のティルにはあの量じゃ足りない。

 フィルが苦笑しつつ、魔法袋の中からパンを取り出す。

 そこにたっぷりとブルーベリーのジャムを塗って渡す。ティルの大好物だ。


「そうなると思って準備してました。ルーナちゃんとセレネちゃんはどのジャムがいいですか?」

「ん。ルーナはクランベリーがいい」

「私はアプリコットをお願いするわ」


 手早く、フィルがパンにジャムを塗って渡していく。

 ちなみに俺に渡されたのは、ルーナと同じくクランベリー。

 フィルは妹と俺の好みは知っている。

 簡単なデザートだが、これらのジャムはすべてフィルの手作りで果物の風味と食感をうまく残しており絶品だ。


 みんなで笑いながらデザートを楽しむ。

 ティルが元気になってくれてよかった。

 ……約束してしまったご褒美については少し不安だが、まあ、あの子も無理なことは頼まないだろう。


 ◇


 それから、予想外の事態が起きたせいで足止めをくらい一日野営をする羽目になった。

 どこかの野良ダンジョンから溢れ、繁殖したフォレスト・ウルフという狼の魔物の群れに襲われたのだ。


 一体、一体は大して強くないのだが、狼の性質を持つ奴らは高度な連携をする上、用心深く俺たちを取り囲むようにして距離を取りながら常に死角を突こうとしてくる。

 こっちはラプトルを守らないといけないという制約から追い払うのに時間がかかった。


 その代わり、狼の毛皮と牙が手に入っている。これらは冒険者装備として使うには心許ないが、質感と見目が良く街では需要が多くいい値で売れる。

 そして、翌日の正午になってようやくエルフの里に着いた。

 ここまでの道のりで気になったのは、やはりエルフの里に向かう馬車の多さだ。

 御者を見る限り、ほとんどが人間。いったい、エルフの里はどうなってしまっているのだろうか。


 ◇


 エルフの里に着くと、当時はエルフの里を守るためにエルフの戦士たちが使っていた矢倉が関所になっていた。

 ここでまた驚く。


 人間から関税を取っているのだ。

 そもそも、エルフは人間の金なんて使わないはずだ。

 エルフの里が滅びかけたとき、金をろくに用意できずに困り、かつて里を出たエルフの冒険者がその貯蓄を差し出し報酬に当てた。

 ……そのときのことを反省して、金を貯めるようになったのだろうか?


 俺たちの番になり、エルフたちが積み荷を確認する。

 どうやら、エルフの里に持ち込む物資に応じての関税と、手形がない場合には中に入るだけで税がいる。


 後者のほうは、ティルとフィルが顔を出すと免除された。

 エルフが一人でもいれば、それで入場税は免除される仕組みということだ。

 エルフの里の中に入る。


「ティル、これはおまえが家出するまえからこうか?」

「違うよ。私もすごく驚いている」

「そうですね。人間の街との交易は三年前から徐々に始めましたが、こんなふうに税金を取ったりはしていませんでした。それに、こんな市場なんてなかったですし」


 そう、エルフの里の大広場では行商人たちが声を張り上げてエルフ相手に商売をしていた。

 買い物客に話を聞くと、三か月ほど前から始まったことらしい。

 エルフの里で育てている野菜や果物が街で人気になり、買い手が増えた。

 とは言っても、それを全部売ればエルフの食べるものがなくなるし、そもそもエルフは金に興味がない。


 そこで、果物を売った金で商品を買うように商人たちが勧めた。それ以降は、行商人がやってきては果物を買っていき、ついでに人間の街から品物を持ってくる。


 エルフたちは森では手に入らない食材やうまい酒、見知らぬ調味料や香辛料、綺麗な衣装などを楽しめて幸せに、そして人間側はエルフの作る上質な果物や野菜を手に入れて幸せに。

 両者にとって得な取引をしているということだ。


「へえ、あの頭の固い長老たちがよくそんなことを許したね」

「びっくりです。でも、素晴らしい取り組みだと思います。エルフの里って娯楽も少ないですし、手に入る食材もあまり多くない。一番辛いのは調味料ですね。おかげで、代わり映えのない食事が続いちゃいます。でも、人間の街とこれだけ活発に交易できるなら、すごく生活水準が上がっているはずですよ」

「俺も素晴らしいことだと思う。だが……」


 バザーを見回るが、そこで売っている商品の値段は相場通り。

 行商人とエルフの商売をたまたま耳にしたが、果物と野菜の買値は、相場以上。質を考えると納得の値付け。

 フェアな取引だ。

『だからこそ、おかしい』と思ってしまう。

 行商人たちは、街から街へ品を運び利益を出す。

 そのためには各街の需要と供給を読み切らないといけない。行商人は百戦錬磨の商人たちと言える。


 そんな彼らが、商売のイロハをろくに知らないエルフたちとなぜフェアな取引をするのか?

 普通に考えれば、ろくに相場を知らないエルフたちから品を買い叩き、逆にエルフの里で手に入らない調味料や食材を高価なものだと言って高く売る。それぐらいはする。


 いや、それでもまだ温い。

 もし、商人たちが本気になればエルフから土地を買う。

 エルフたちの農業はほとんど自然任せで、狩りの合間に世話をするぐらいなので、収穫量はさほど多くない。


 土地を買って、人間の小作人を大量に連れ込んで精力的に作物を作らせれば、それこそエルフたちから買っている金額よりずっと安くで大量の作物を得られる。

 ……なのに、馬鹿正直にエルフたちから作物を買っている。

 俺のような冒険者ですら思いつくことを、百戦錬磨の商人たちが思いつかないはずがない。

 怪しすぎる。その秘密を探るために周囲を見回していると眼鏡をかけて、人の良さそうな笑みを浮かべた男が手を振りながら近づいてきた。


「門番から君らしき冒険者が来たと聞いて急いでやってきたんだ。久しぶり、ユーヤ。あっ、なんだその呆けた顔。僕のことを忘れたのかい?」

「忘れるわけがないだろう。ホランド」

 

 彼は年齢は俺より少し若いぐらいで、エルフの民族衣装をまとった人間だ。エルフの里では人目を引く。

 懐かしい顔だ。まさか、彼とここで会うとは思わなかった。


「良かった。また会えてうれしいよ。君が来ると聞いて再会を楽しみにしていたんだ」

「俺もだ。……ホランド、あの事件から、ここに住んでいたのか?」


 ホランド、かつてのパーティの仲間。

 フィルやレナードが加わる前にパーティを組んでおり、エルフの里を救うため、共に戦った魔法使い。


 ただ、その戦いで重傷を負い、弱った体で無理をしたものだから厄介な感染症にかかった。

 怪我のほうはポーションと【回復ヒール】で治したが、感染症のほうはどうにもならず、水と空気がいいエルフの里で療養することにした。


 そのとき、彼は言ったのだ。自分が癒えるのを待たなくていい。もう、冒険者は懲りた。引退して実家の商会を継ぐ。

 だから、俺と竜人ライルは彼をおいてエルフの里を出た。

 その後、家出したフィル、当時はやんちゃをしていたレナードと出会い、あのパーティが出来た。


「半分正しいかな。僕の看病をしてくれた子と恋仲になってね、そのまま結ばれたんだ。そうして、しばらくエルフの里で過ごしたあと、妻と共に実家に戻って家業を継いだ。まあ、そこでちょっと商人仲間の間でエルフを食い物にしている連中が現れたと聞いて、妻と一緒に戻ってきたわけなんだよ。仲良くなった人たちが搾取されるのは面白くないからね」


 ……そうか、それですべてが繋がった。


「商人とエルフが対等に商売をできているのは、ホランドがいたからだな」

「うん、そう。放っておけば、エルフ全員がいいように騙されて、むしり取られるから。妻とその両親の口利きで商売に関しては任せてもらっている。ルールをいくつか決めただけなんだけどね。土地は絶対に売らない、エルフ以外がこの地で農業をすること禁じる。作物を売る際の最低価格の設定。他にも、街の相場を基準にした売値の設定とか」

「あの関税もお前の発案か」

「もらえるところからはもらわないと。エルフの作る野菜と果実には、それを払ってでも得たいってだけの魅力があるから」


 ようやく納得がいった。

 ホランドの実家はリバークル有数の商会であり、彼は冒険者となる前はそこで英才教育を受けていた。

 その彼が、エルフたちを守っているのなら、対等な取引ができているのも不思議じゃない。


 ホランドと、それぞれ、別れてからの話で盛り上がる。

 だが、どうしたって気になることが一つある。今の話が本当なら、俺よりもずっと前にエルフと結ばれた。【世界樹の雫】を作り、伴侶の若さを維持するエルフとだ。

 なのに、どうして彼は俺より少し若い程度まで老けてしまっている?

 彼と俺とは同い年であり、本来ならもっと若作りのはず。

 ……いや、興味があるが、それを聞くのは野暮だ。

 ホランドはこうして、昔と変わらずに笑いかけてくれてる。なら、俺もそれに応えよう。


「それと、ユーヤ。君に謝らないといけないことが一つあるんだ。いや、商売がうまくいったことの弊害が変な形で出てね……君とフィルのことにも面倒なことが」

「それはどういうことだ?」


 ホランドの答えを聞く前に、数人のエルフがこちらに向かってやってくる。

 エルフは老いにくく、見た目で年齢はわかりにくい。だが、なんとなく周囲の反応から長老陣だとわかった。


 どことなく居心地を悪くしている三人のエルフ。おそらく、フィルとティルの両親だろう。

 一番偉そうなエルフが口を開く。


「ようやく戻ってきたな。フィル、ティル。さっそくだが、おまえたちの夫となる男のもとへ……」


 言葉を遮るようにして、前へ出る。


「初めまして。俺はユーヤ・グランヴォード。フィルの夫になる男です」


 そう言い切る。

 いきなりの爆弾発言に、長老連中の額に青筋が入り、フィルが微笑み、ホランドがくすくすと笑っている。

 さて、ここからが本番だ。

 やるべきことをきちんと行い、フィルとティルを守ろう。

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