第八話:おっさんは大金を手に入れる
4/28にMノベルスから発売された書籍一巻もよろしくお願いします!
無事、水竜の肝を手に入れた俺たちはギルドにやってきた。
前回とは別の受付嬢が対応してくれる。
美人だが、どこか眠そうな女性だ。
水竜の霊肝を渡すと、受付嬢が俺の手を握り涙を浮かべて、ありがとうと連呼した。
「助かりましたぁ、貴族様が毎日怒鳴るんですぅ。息子を見殺しにする気かって、ほんと、このままじゃ物理的にギルド長の首が飛ぶところでしたぁ」
大げさ……いや、貴族ならそういうこともありえるかもしれない。
「大変だな。そこまで言うなら私兵を使って取りに行けばいいのに」
「あっ、それやって失敗したみたいですぅ。まあ、水竜はプロの冒険者から見ても地雷ですし。強いだけの軍人さんや騎士さんじゃどうにもならないですよ。忠告はしたし、ギルドにある水竜の情報は全部伝えたんですけどねぇ」
そうなっても仕方ないか。
水竜は魔物の中でもひと際ごり押ししづらい相手だ。
まあ、俺としては貴族様が急かし、報酬を積み上げたおかげでいい思いが出来たのでそれでいい。
金に余裕ができたし、大きな買い物をしよう。
欲しい素材があるのだ。
……その素材は集めようと思えば中級ダンジョンで集められる、収集難易度自体はさほど高くないのだが、ひたすら面倒で時間がかかるわりに一度に取れるのが少量で、ぶっちゃけ自分ではやりたくない。
それでも、中級になり立ての冒険者にとってはそれなりに儲かる仕事と認識されているおかげでモノは出回っており、金を積みさえすれば手に入る。
今の俺たちなら金で買えるものは金で買って、もっと実入りのいいクエストをするべきだ。
「では、クエストの達成処理をしますねぇ。さすが【夕暮れの家】ですぅ。何かあったら、我がリバークル支部からも指名させてください。これだけの実績がある皆様なら、どんなクエストもできてしまえそうですよぅ」
「なんでもってわけじゃない。実際、俺にだって近づきたくないダンジョンはいくつかあるしな」
いくつかの地雷ダンジョンが頭に浮かぶ。
それらは、事前情報を知っていようが運が悪ければ死ぬ最悪のダンジョンだ。
俺はルーナたちを殺してしまいかねないダンジョンは避けている。それは、高額の指名クエストでも同じだ。
上級冒険者にとって情報とは何よりも重要だ。この世界の上級ダンジョンには初見殺しのダンジョンが多すぎるのだ。
極論を言えば、情報がない上級ダンジョンに潜らないほうがいいと言ってもいいほどに。
「はい、正しいと思いますぅ。死んだら終わりですし。……達成完了処理、ちょっと待ってくださいねぇ。超高額クエストなのでいつもより達成処理が複雑で」
「わかっているさ。急がないでいいからきっちり終わらせてくれ。その間に、クエスト一覧を見させてもらう」
今日の夕方にはリバークルを出発する。
手持ちの素材で達成可能な収集クエストがないか確認しておかないと。
クエストのうち手持ちで完了報告できるものを二つ抜き取ったころ、いかにも金持ちですという格好をした小太りの中年が肩を怒らせてギルドに入ってきた。
そういう金持ちであることをひけらかすような服を一般人が着ると、成金らしさが出るのだが、彼はきっちり着こなせている。
本物の金持ちなのだろう。
「ギルド長を、ギルド長を呼べ! まだか、まだ水竜の霊肝は手に入らんのか!! キールを見殺しにする気か! 冒険者どもも聞いているのだろう!? 水竜の肝を手に入れたものには、通常の五倍の報酬を出す! それだけじゃない、我がリーハラール家の力で望みを叶えてやる! 騎士として取り立ててもいい。こんなチャンスはそうそうないぞ!」
周りの冒険者の顔には『またか』と書いてある。かなりうんざりしているようだ。
いくら報酬が良くても、命あっての物種というのは、中級以上の冒険者ならよく知っている。……なにせ、それを理解できない連中はとっくに死んでいるのだから。
奥の部屋から、ギルド長がやってきた。
ぺこぺこと頭を下げて、なにやら言い訳をしている。腰の低い人だ。
「遅いぞ。おまえの報告では、水流の霊肝を得るどころか、奴の住処に向かう冒険者すら、ろくにいないそうじゃないか。なら、金を追加で出す。報酬をさらに倍にして冒険者を釣れ!」
「はっ、はい、それはよろしいのですが、すでに破格と言える報酬です。この金額で冒険者が受けないと判断している以上、さらに引き上げてもあまり意味は……」
「いいからそうしろ! それから、名うての冒険者の指名はどうなった」
「その、水竜を倒せそうな冒険者には軒並み声をかけているのですが、うまくいかず」
「無理やりでも受けさせろ! 断れば資格をはく奪すると脅せ!」
あの貴族、めちゃくちゃ言うな。
ぶっちゃけた話、ギルドを必要としているのは中級以下の冒険者だ。
上級ともなると独自のコネで割のいい仕事なんていくらでも見つけられるし、素材の販売ルートだって持っている。ギルドを通さないほうが中抜きがない分儲かる。
それでもギルドを使うのは楽なのと、ギルドのランクが実力や身分の証明となるからだ。金級冒険者ともなれば各種特権が与えられる。
……とは言っても資格はく奪なんて言って脅されれば、上級冒険者はあっさりと機嫌を損ねてよそへ行くだろう。
「あのぅ、ユーヤ様。クエスト達成処理が完了しかけているこれ、破いちゃいましょうかぁ」
受付嬢がぼんやりとした声をかけてくる。
「一応、理由を聞こうか」
「いや、だってもうちょっとすれば報酬は倍になりますし、それからのほうがお得かなってぇ。なんなら、あと一週間ぐらい引っ張りますぅ? きっとまだまだあの貴族様は上乗せしますよぅ」
驚いた。
受付嬢がこんなことを言ってくるとは。
「一週間引っ張るのはなしだな」
「ということは、報酬額二倍は待つんですねぇ、助かりましたぁ、私たちのノルマって件数と報酬額の両方で計算するんですよぅ。これで今月はA評価ですぅ」
想像以上にこの受付嬢は腹黒いな。後ろにいるフィルが苦笑いしている。
報酬額が大きくなれば、ギルドポイントが大きくなるし俺としても断る理由がない。
貴族様の傲慢な様子をみると、良心も痛まない。
さすがに一週間も引っ張るのは人道に反するが、これぐらいはいいだろう。
「じゃぁ、その間、雑談でもしましょうかぁ」
「そうだな。今日出発するから、クエストの話をしてもあれだし……そうだ、街道を進んだ先にあるエルフの里について教えてもらえないか?」
「いいですよぅ。最近、この街でエルフの里産のフルーツが大人気なんですぅ。すっごく高いですけどぅ、ほんと美味しくてぇ」
エルフの里出身のフィルとティルのほうが詳しいだろうが、外から見た様子というのは大事だ。
受付嬢というのは仕事がら、外の情報を多く仕入れる。面白い話が聞けるかもしれない。
◇
貴族様が急かしたおかげで、本来半日かかるクエスト内容変更が一時間で終わった。
しっかり、報酬額が二倍になったのを確認してからクエスト達成処理を終わらせ、ギルド嬢と二人でにやりと笑う。
運が良かった。あと五分早くギルドに来ていれば、元の値段での達成処理が終わっていただろう。
達成報告がギルド内を駆け巡り、ギルド嬢たちの驚きの声が響き、冒険者たちも騒ぎ始める。普段はこうはならない。注目されていたクエストだからこそだ。
すると、奥の部屋からギルド長を怒鳴り散らして居たらしく真っ赤な顔で息を荒くした貴族様が現れる。
……うかつだった。とっくに帰ったと思っていたが奥の部屋にいたのか。
「どこだ! クエストを達成した冒険者はどこにいる!? 今しがた達成処理が終わったと聞いた! まだ帰っていないだろう!」
その問に誰かが答えて、こちらを指さした。
貴族様が走ってくる。
……二倍にしてから即座に達成報告したせいで、小細工がばれたか?
受付嬢があわわわと口に出して慌てている。
貴族様が俺たちの前に立つ。
「よくぞ、よくぞ、水竜の肝を手に入れてくれた! これで水竜の霊薬を作れる。やっと息子が救われるのだ。感謝するぞ、冒険者よ!」
「どういたしまして」
肩をがっしりと掴んで俺の顔を見る。
「息子の命の恩人だ。名前を教えてくれ」
「ユーヤだ。ユーヤ・グランヴォード」
「覚えたぞ。その名、その顔。この恩はけっして忘れない! もし、困ったことがあればリーハラール家を頼ってくれたまえ。これを渡しておく。それがあれば邪険にされることはないであろう」
俺の手に、金の指輪が握らされる。
それ自体も素晴らしいものだが、蛇と剣をモチーフにした紋章が刻まれていた。
おそらく、リーハラール家の紋章なのだろう。
貴族がそれを渡す意味はけっして軽くない。
「ああ、わかった。そのときは、頼らせてもらう」
「では、私は行く。息子のもとに薬を届けなくてはならん」
「……二つ教えてほしい、患った病は黒石病か? そして、それはあなたの息子以外にも患者はいるか?」
「いかにも、我が息子は水竜の霊薬でしか癒せない黒石病になった。息子以外の患者についてだが、そちらもいる。息子を救えば、残りの薬で助けてやるつもりだ」
それだけ言うと去って行った。
傲慢ではあるが、悪い人ではなく礼儀を重んじる人であるようだ。でなければ、貴族が平民に頭を下げ、恩人などと言うことはない。
そして、やはり黒石病が存在するようだ。
もともとはゲームイベントで、とある高貴な少女が黒石病にかかり、水神の霊薬でしか直せず、水竜へと挑むことになるというものだ。
そのイベント以外ではまったく見ないはずの病だ。
それ故に警戒する。
そんな病の患者が存在する。それも複数というのはまずい。
やはり、ゲームのイベントが世界に影響していると考えるべきだ。黒石病だけでなく、そういうイベント系でやばいものは対策を用意しておいたほうがいい。
俺やルーナたちが、いつ被害に会うかわかったものじゃない。
◇
それから、豊富な予算で買い物をした。
非常に高額なマナポーションや上級回復ポーションを大人買いするのはなかなかに楽しい。
この街の職人の腕がよく、品質がいいのも財布の紐が緩んだ理由だ。ゲームのときと同じく同じ種類のポーションでも品質によって効果が違う。上、並、下と三ランク存在するのだ。
品質が上のポーションを作れる職人はそうそういない。魔法袋を圧迫してでも買いだめしておく必要がある。
買い物が終わったあとは、預けていたラプトル馬車を受け取り、街を出た。
このまま街道を進めばエルフの里にたどり着くらしい。
街道なんてものがあるのは驚きだった。
昔、フィルの懇願でエルフの里を救いに行ったときにはなかったものだ。
エルフは排他的な種族であり、人間との交友はない。
人間の街に続く街道なんていうのは不要であり、むしろ人間が攻めやすくなる忌避すべきものだった。
しかし、その情報はとっくに古くなっているようだ。
街道が作られたということは、俺が知っている時代よりも交友が活発になっているということ。
実際、受付嬢の話でもそうだった。街ではエルフの里で育てられた作物や果物が人気であり、エルフの里への旅行プランなんてものもあると言っていたぐらいだ。
御者をやっている俺の隣に、フィルとティルが座る。
おそらく、エルフの里で俺がどうするか聞きに来たのだろう。
「いよいよ、エルフの里に行くんですね」
「だな、もう寄り道はしない」
「ユーヤ兄さん、その、恋人の演技のこと決めてくれた?」
不安そうに、ティルが上目遣いで見上げてくる。
ティルには恋人のふりをして婚約破棄に協力してくれと頼まれており、俺はその選択を保留していた。
しかし、その答えはもう出している。
「ああ、決めた。……恋人の振りはしない」
その言葉を聞いた瞬間、ティルが涙目になる。
ティルは何かを言おうとして、その言葉を飲み込み、下を向く。
「恋人のふりはしないが安心してくれ。おまえを連れ戻させたりはしない。そのための方法を考えた」
「……あはは、ありがと。安心したよ。でも、ちょっと残念かな」
ティルが声を絞り出す。
フィルが何か言いたげに俺の顔を見た。
こんなティルを見ていると胸が痛くなるが、それがティルのためにできる最善だと考え抜いた結果だ。
やはり、どう考えても演技とはいえ、ティルの恋人のふり、ましてや結婚なんていうのはティルのためにならない。
明後日にはエルフの里にたどり着く。
それまでの間、作戦に穴がないか改めて確認しよう。
それから、落ち込んだティルをどうやって慰めるか、そちらも考えなければ。
いつも応援ありがとうございます
面白いと思っていただければ画面下部の評価をしていただけるとすごくうれしいです
また、八月の終わりに二巻が発売されます!




