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第六話:おっさんは水竜を倒す

 地底湖、水竜の領域に足を踏み入れた。

 さっそく、縄張りに足を踏み入れた不届きものを始末しようと、水竜が襲い掛かってくる。


 竜という名を冠しているが、巨大な白い蛇で正式名称は水竜エインガナという。

 固い鱗に覆われ、白い粘液で全身を包んでいる。


 全長三十メートルを超える巨体の突進は、凄まじい迫力だ。

 なにせ、ビルが突っ込んでくるようなものだから。

 異常な速度で這いずってくる。

 その秘密は二つ。青白い粘液が体を滑らせていること、この粘液は水の中では水を弾き、陸では体を滑らせることで機動力を確保する。

 もう一つは、胴体の上下左右に三対、等間隔に合計十二個存在する水流を放出する器官だ。水をジェットのように吐き出して冗談のような加速性能を誇る。

 その速度は陸地でありながらかつて戦ったボス、ミノタウロスすら凌駕する。


 俺たちは散開して、突進を躱すと水竜の頭が崖に突っ込む。

 それで気絶でもしてくれたら楽だが、水竜の頭は鋼をも超える硬度を持つ。岩壁を容易く砕き、顔を出して振り向く。


「KISYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」


 威嚇の咆哮。

 三竜のように、畏怖の追加効果がなく、ただの鳴き声だ。

 それでも本能的に恐怖を感じる。


「きゅいっ!」


 それに対抗するように、ティルの頭の上に乗っていたエルリクが、鳴き声をあげた。

 パーティ全員を、エルリクの【竜の加護】が包む。

 ありがたい。炎と水(氷)ダメージの軽減効果があり、水竜の水属性攻撃を軽減してくれる。


「そうやって怖がらせようとしても無駄だよ! 穴だらけにしてあげる。って、滑るよ! すっごい滑るよ、あいつ!」


 ティルがさっそく、得意の弓と初級雷撃魔術【雷矢】を浴びせかける。

 矢が粘液ですべって逸れる。

 全身を包む粘液は、速度を増す効果だけでなく攻撃を滑らせる効果がありろくに刺さらない。

 雷撃のほうは効いてはいるが、あの巨体だ。さほど痛痒を感じているようには見えない。


「ティル、角度を付けると粘液で矢が滑ります。よく狙って撃ちなさい!」

「わかったよ。お姉ちゃん!」


 滑るかどうかは矢の入射角と当てた場所で決まる。

 フィルのように、きっちりと角度がついていない場所に正面から矢を当てれば滑らない。

 そうなると、なかなか狙える場所はそうそうなくなってしまうところだが、フィルは得意の曲撃で的確に角度調整をしている。名人芸だ。

 それに……。


「なんか、雷を当てた場所、粘液がなくなってる。これなら!」

「SYAAAAAAAAAAAAAAAA」


 ティルの言う通り、雷撃で粘液は吹き飛ばせる。

 奴の粘液は慌てなければ、十分に対処できる。


「セレネ、今回はなるべく受けずに流せ、蛇は攻撃を止められても即座に次の攻撃を放てる」

「わかったわ」


 獣型が相手の場合、突進を受け止めればしばらく硬直してくれるのだが、蛇の突進は体をしならせて上半身の筋力で打ち出す。

 たとえ止められても、即座に引き戻して追撃を放つだけであまり意味がない。

 だから、止めるのではなく流し続けるのが主体となる。


 セレネが【ウォークライ】でヘイトを稼ぐと、こちらの読み通り、固い頭を槍のように打ち出す頭突きをしてきた。

 セレネはうまく戦姫の盾の丸みを使って流している。

 よく成長している。あの速度に対応できるのなら、ほとんどの攻撃を流せるだろう。


 その隙に俺は詠唱を始めていた。

 放つのは、中級雷撃魔術【雷嵐】カスタム。

 広範囲を焼き払う雷を、弾丸サイズまでに圧縮、さらに詠唱時間を引き延ばすことで威力をさらに向上した必殺技。


「【超電導弾】!」


 超高密度の雷撃は水竜の粘液を焼き払いながら、雷の弾丸が胴体を貫き、電流が奴を蹂躙する。

 悲鳴をあげて、雷撃で硬直する水竜の胴体をキツネ尻尾をたなびかせながらルーナが走る。

 そして、ある一点で愛刀【災禍の業火刀】で突きを放った。


「【アサシンエッジ】!」


 クリティカル音が鳴り響き、クリティカル時のみ全スキル最高倍率の火力をたたき出す【アサシンエッジ】の効果が発動する。

 雷撃の硬直が解け、怒り狂う水竜からルーナが飛び降り、俺の隣に着地する。


「心臓の位置がよく分かったな」

「ルーナは耳がいい。心音が聞こえる」


 誇らしげに、可愛らしいキツネ耳がぴくぴくと動く。

 人間の耳では聞こえない心音もルーナの耳なら捕らえられるらしい。それなら心臓の位置も特定できるだろう。


 水竜が咆哮し、水をジェットのように噴出していた器官を大きく膨らませつつ、その巨体を真っ直ぐ天に伸ばす。

 そして、十二のジェット器官から、超々高圧水流を全方位に放出する。


 あまりの威力に大地が水で砕かれる。

 噴射孔を動かし、ろくに狙いをつけずにばらまくせいで、軌道が読めずに躱せない。


「【フレアベール】!」


 フィルが、炎の守りを展開する。

 水(氷)と炎は対消滅し、威力を軽減してくれる。

 高ステータスなおかげで、ダメージは負ったものの、誰一人深手は負っていない。


 体内に貯蔵していた水がなくなり、水流攻撃が終わったかと思うと、噴射孔から白い霧を吹き出し視界が塞がれる。

 奴はどこにいった?

 シュルルルという音がした。

 このパターンは……。


「セレネ、ルーナ、前に剣を構えろ!」


 叫びつつ、俺もそうする。

 そして、それは来た。

 奴は気配を消して、前衛組を囲むようにとぐろを巻いていたのだ。

 その輪を一気に絞る。

 奴の巨体ゆえに胴も太い、目の前に突如高い壁が現れ、押し潰そうとして来るように見える。


 あの高さ、飛び越えるのは不可能だ。くわえて、取り囲むようにとぐろを巻かれたせいで、逃げるスペースもない。

 できることは、ダメージを覚悟で刃を突き立てることだけ。

 せまる肉壁に刃を突き立てるが、かまわず、そのまま締め上げられる。

 体が浮く、強い衝撃。

 同じように締め上げられたルーナとセレネの背中がぶつかり、そのまま骨がきしむ音が聞こえる。


「ルーナ、セレネ、強く突き刺せ! これ以上刺さらなくなったと思えば捻って傷口を広げろ!」

「ん。わかった」

「我慢比べね」


 みしみしと体が悲鳴をあげるが、その痛みをこらえる。

 こうして捕らえられれば、水竜をひるませない限り逃げられない。

 こちらも締め上げられて苦しいが、やつも締め上げれば締め上げるほど、刃が食い込んで苦しいはずだ。

 加えて、フィルとティルの攻撃は続いている。

 ……どっちが先に参るかの勝負だ。

 一瞬、奴の力が緩んだ。

 今だ。


 俺とルーナとセレネが深々と刺さったそれぞれの武器をひねり上げて傷口を広げ、俺はさらに剣を引き抜き、傷口に手を突っ込み、詠唱を続けていた魔術を放つ。


「【爆熱神掌】!」


 超高熱の炎を纏う掌が奴を内側から焼く、悲鳴をあげ奴が締め上げを解く。

 だが、悪あがきでルーナの足首に噛みつき、そのまま湖を目指して逃げていく。

 小さな体のルーナはなすすべもなく、引きずられていた。

 このまま、湖の底に沈められればルーナは死ぬ。陸地ですら苦戦されているのだ、水の中で戦えるはずがない。


「ルーナ!」

「だいじょーぶ」


 ルーナは冷静だ。

 冷静にポケットから、黒い魔石を取り出し、奴の頭に叩きつける。

 爆音。

 俺たちは耳を両手でふさぎ、ルーナはキツネ耳をぺたんと倒して音を防御したが水竜は至近距離で爆音を喰らい、全身を弛緩させて倒れる。意識が飛んでいるようで、ルーナの足を放す。


 お返しとばかりにルーナは心音で心臓の位置を探り、アサシンエッジをお見舞すると、悲鳴を上げた水竜はそのまま這いずって湖に飛び込んだ。 

 ルーナが、こちらに戻ってくる。


「よくやった。並の冒険者なら、【音響爆弾】を使えば大丈夫とわかっていてもパニックになっていたぞ」

「ユーヤが大丈夫だって言った方法。だから、不安はなかった」


 ルーナの頭を撫でてやる。

 嬉しそうにルーナが尻尾を振る。

 そんな俺たちにセレネが【回復ヒール】をしてくれる。水流攻撃と、とぐろ攻撃で、少なくないダメージを受けていたので、ありがたい。


「ユーヤおじさま、水竜に逃げられちゃったのかしら?」

「いや、奴は執念深いし、とても気が強い。逃げはないさ。失った粘液と水の補充をしているんだ」


 電撃を受けるたび、体を保護する粘液は吹き飛び、水流攻撃やジェット噴射には体内の水を消耗する。

 そのため、水を補充しに湖に戻るパターンがある。


「そう、まだまだ油断はできないわね」

「そういうことなら、私とお姉ちゃんは水辺に移動したほうがいいかも。のんきに水を飲んでる蛇を狙い撃てるかも」

「やめとけ、ここで焦って水辺に近づけば、【音響爆弾】を使う間もなく湖に引きずり込まれるぞ。ルーナが対処できたのは、水辺まで距離があったからってのもある」


 ちなみに、これもゲーム時代はよくある死因だ。

 戦闘開始時は細心の注意を払っているのに、敵が弱ったと思い警戒が緩まってのこのこと水辺に近づき殺される。

 なにがあるとも水辺には近づかない。それが水竜と戦うときのセオリー。


「がくがくぶるぶる。怖い魔物だよ」

「ティル、油断しなければいいだけの話です」

「フィルの言う通りだ。奴に水を補充されるのは辛いが、こっちもこうして回復できた。それから、気をつけろよ。次も水面から飛び出してくるとは限らない。奴は大地も泳げる」

「えっ、どういうこと?」

「ん。地下からすごい勢いで近づいてくる」


 そう、水竜は地面すら泳ぐ。


「気を付けて。狙われてるのはティル」


【気配感知】で得た情報を逐一ルーナが伝える。


「……蛇が急上昇。ティル、全力で前に跳んで!」

「ちょっ、地面が揺れて、きゃああああああ」


 悲鳴をあげながら、ティルが全力で跳んだ。

 元居た場所に、大口をあけながら水竜が飛び出してきた。

 ルーナの助言がなければ丸呑みにされていただろう。

 フィルとティルが矢を次々に放つ。

 湖の水を補給したおかげで、吹き飛ばせていた粘液は元通りになっていた。動き回るせいか、さすがに全発逸らされずに矢を当てることはできていない。

 そして、水が戻ればあの攻撃がくる。

 十二の噴射孔からジェット水流が放たれた。


「これ、躱しようがないようぅぅぅ」

「【回復ヒール】の回復が追いつくダメージです。躱せないのなら、撃ち続けなさい!」


 フィルとティルはもはや回避を諦めて、被弾しながら弓を放っている。


【フレアベール】と【竜の加護】によるダメージ軽減があるからこそできる力技。

 水流がなくなると、今度は水蒸気を使わず、そのまま高く伸ばした体を叩きつけてくる。


 威力は高いし速いが、軌道は読みやすい。

 ここにそれを避けれないものはいない。大地に鉄槌が落ちて来て、大地が激しく揺れた。この一撃は本命ではない。次の本命を当てるための布石。

 地面が揺れて動けなくなった前衛組に本命がきた。


 水竜は俺を睨み、十二の水流ジェットをすべて加速に使った超速の体当たりを仕掛けてきた。

 大地が揺れている上に、この超速攻撃。避けれない。

 強力かつ、効果的な攻撃だ。

 だが、それは水竜の利点である変幻自在な動きを捨てた直線的な技。

 ……そいつは失策だ。

 躱せなくても対抗策は打てる。


 ぶつかる直前、魔術が完成する。

 攻撃力倍化魔法【パワーゲイン】カスタム。

 数十秒の効果時間をインパクトの一瞬のみに集約することで、上昇倍率を十倍に高めた補助魔法。


「【神剛力】」


 ようやく地面の揺れが収まり、強く大地を踏みしめる。

 放つのは真っ直ぐな突き。

 奴の頭は超硬度であり、刃は通らない。狙うのは弱点の瞳。


 変則的な動きをしている間は狙えなかった瞳だが、直線的な突進なら、カウンターを合わせられる。

 全身の力を集約した突きに、【神剛力】の力と、カウンターゆえに水竜の突進の勢いまでが上乗せされる。


 水竜の瞳に深々と刃が突き刺さる。

 が、突進の勢いは止まらず、腹に奴の頭が衝突し、皮鎧が砕け、インパクトの瞬間に自分から後ろに飛ぶ。

 何度もバウンドしながら転がっていく、受け身をすることで衝撃を散らし、結局数十メートル吹っ飛ばされた。……かなりのダメージを受けている。

 俺も手痛いダメージを受けたが、奴はそれ以上だ。

 なにせ、瞳に剣を突き刺したのだから。

 起き上がり、水竜を見ると青い粒子に変わっていくところだった。

 奴は極大のダメージを受けたせいで、発狂モードに入るまえに即死したのだ。


「ふう、レベル差がなければ危なかったな」


 やはり、ボスは油断ができない。

 適正レベルと適性ステータスなら、こんな真似をすれば無事に済まなかっただろうし、レベルリセット前のステータスなら死んでいた。


 ルーナたちが駆け寄ってくる。

 心配をかけてしまったようだ。

 彼女たちに無事だと伝え、ドロップアイテムを回収しよう。

 それが終われば、ルーナとティルが求めてやまない、ユニーク食材のエビ肉を手に入れるのだ。

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