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第四話:おっさんは水竜の領域を侵す

4/28にMノベルスから発売された書籍一巻もよろしくお願いします!

 朝食を食べた俺たちは、早朝には出発した。

 でかけてすぐに、ルビー・シュリンプに遭遇したので倒している。

 残念ながらエビ肉(上)はドロップせず、手に入ったのはルビーだ。


 それなりの値段で売れる。

 ありえないぐらいに大きく、不純物が少ないルビーがそれなりな値段でしかないのはダンジョンでドロップする宝石類は流通量が多く、希少さがないためだ。


 ルビー、サファイア、エメラルドなどはダンジョン産宝石の代表例と言える。

 それぞれが炎、水(氷)、風(雷)を象徴する宝石で、それぞれの属性をもつ装備の材料になることが多く、素材としてとっておくのもありだ。


「うえ、また船に乗るんだ」

「今回は半日もかからないぞ。目的地までそう遠くないからな」


 ティルが嫌そうな顔をしているが仕方ない。

 クエストを達成するために足を踏み入れないといけない場所へは船がいる。


「ユーヤおじさま、今回は難しいクエストと言っていたけど、とても強い魔物が出る場所に行くのかしら?」

「それもあるが、今回のクエストの難しさは、そこまでの道のりが半分以上を占める。昨日さんざん苦労したからわかるだろうが、船の上っていうのは、ひどく危険で不利な戦いが続く。スタート付近だと、水中にいる魔物は少ないし、浮島までの距離が短い。だから船を破壊されることはまれだし、船が壊れても浮島に泳いでたどり着けることが多い。……だがな、先へ進むほど魔物は多く、強くなっていくし、浮島と浮島の間隔は広くなって船が壊れたらその時点で詰みになる。そして、俺たちの目的地は最奥だ」


 昨日も何時間もカヌーで進み続けていても次の島が見えない場所が多かったし、魔物が強くなっていくのはルーナたちも肌で感じていただろう。


「たしかにそうね。船が壊されてたらと思うとぞっとするわ。……実際、何回かは防ぎきれずに船底を突かれたし」

「数発ならカヌーは耐えてくれるし自動回復するが、逆に言えば数発しか耐えてくれない。魔物が多くなると並の腕じゃ対応しきれない。だから、俺たち以外に、こんな奥まで来る奴らは少ないんだ。周りに船なんてぜんぜんいないだろう」


 水の上をいくダンジョンは、こういう理由もありひどく人気がない。


「ユーヤ、難しい理由の半分って言った。残り半分も教えて」

「もう少し進むと水竜が出る水域に入るってことだな。竜って言っても、体長三十メートルで、胴体が俺より太い巨大な蛇みたいなもんで、三竜と比べれば格段に格が落ちる。……問題があるとしたら、水の上じゃ三竜以上にやばいってことだな」


 俺の言葉を聞いた全員が顔を蒼白にさせた。

 水中を自由自在に泳ぐ竜。

 そんなものに狙われたら、船を守ることは不可能だ。

 即座に船をつぶされて、そこからは嬲り殺しにされるのが目に見えている。


「ユーヤ、今すぐ引き返しましょう。その水竜に勝てる自信がまったくありません」

「引き返せない。そもそも、今回のクエストは水竜のドロップ品目当てだ。とある病の特効薬が作れる。えらい貴族の子息がその病にかかったようだ。緊急性が高い指名クエストで、レベル50揃いのパーティが向かったようだが全滅した。しかも、その噂が広まり、名だたるパーティたちも指名を断っている。だからこそ、一般クエストにも拘わらず、とんでもない額の上乗せがある」


 美味しいクエストがまともなはずがない。

 法外な報酬のクエストが残っているのは、それだけ危険だからだ。

 そして、それだけ危険だからこそルーナたちにとっていい経験になる。

 より、みんなの顔が引きつる。


「えっと、ユーヤ兄さん、そいつに勝てるの?」

「水の上じゃ100%無理だ。何もできずに死ぬ」

「ユーヤおじ様のその言い方、水の上では戦わないってことね?」

「ああ、その通りだ。水竜はこの先にある浮島の地下洞窟に棲んでいる。俺たちが戦うのは水中じゃない。地下洞窟でだ。それと、変だとは思わないか? 奥に行けば奥に行くほど水中の魔物が増えるのに、さっきからぜんぜん襲われない」

「そう言えば、そうだね。こうやってのんびり話せているし」

「理由は、この水域が奴の縄張りの近くだからだ、魔物すら怯えてこれ以上先へと進まない」

「ってことは、これ以上進んだら、水竜が出て来て沈められるってことだよね!?」

「縄張りの水域に獲物が侵入すると、地下洞窟から出てきて襲い掛かって来るんだ」

「結局、無理じゃん!」


 だけど、実はこの習性にこそ水竜を倒すための鍵が隠されている。


「話は最後まで聞け、奴は地下洞窟から出るのに時間がかかる。奴の縄張りに入って十五分は大丈夫だ」

「だいたい理解したわ。つまり、縄張りに入ってから、水竜が出てくる十五分以内に地下洞窟がある浮島までたどり着ければなんの問題もないわけね?」

「正解だ。奴は不思議と地下洞窟にある地底湖に行くと、わざわざ洞窟に出て来て戦ってくれる。水の中じゃ無敵だが、陸にあがってくれれば勝てる相手だ」


 それが水竜の攻略法だ。

 縄張りに侵入し、奴が迎撃に現れるまでに浮島へとたどり着いて、地下洞窟を進み、地底湖で戦う。


「もし浮島にたどりつくまでに水竜が出てきたら?」

「確実に死ぬ。あれに水中で勝てる奴なんていない。英雄レナードですら不可能だ」


 ……ゲーム時代、一部のやり込みプレイヤーが水中で奴を倒せないかチャレンジしたが、どうあがいても不可能だと結論が出た。地形というのはそれほどまでに絶対的だ。


「あの、ユーヤ、その縄張りから浮島まで十五分でたどり着くって簡単なんですか?」

「フィル、安心してくれ。今の俺の筋力でカヌーに慣れていれば、全力でぎりぎりってところだな」


 ゲームではカヌーの操作は適当で良かったが、こっちではそうはいかない。

 技術がなければ筋力があっても前に進まない。だからこそ、昨日からずっと練習していた。


「……だいたい理解しました。水竜のこと知らずに縄張りに入った冒険者って、ほぼ確実に死んじゃいますよね」

「そうなるな。だが、情報収集をろくにしなければ死ぬダンジョンなんてそこらにあるだろう?」


 上級ダンジョンほどその傾向が強い。

 この世界では、情報が何よりの武器であり、強いだけの冒険者なんてすぐに散る。それがわかっているから、ほとんどの冒険者は中級ダンジョンから先へはレベルが上がってもいかない。

 ……ちなみに、ゲーム時代はキャラが強くなって調子に乗り、情報収集をろくにせず、むやみに突っ込んで水竜の餌食になった。思わず、クソゲーだと叫んでしまったのは苦い経験だ。


「ん。でも、ルーナは安心した。ぎりぎり間に合うなら安心」

「だね、ユーヤなら失敗しないし」


 お子様二人組が途端にまったりする。

 セレネとフィルはまだ不安そうだが、先へ進むことに反対はしないらしい。

 筋力を温存するためゆっくり目にオールを漕ぐ。

 さて、もうそろそろ見えるころだ。


 ◇


 それから二時間、一度も魔物に遭遇しないまま進み、地下洞窟がある浮島が見えた。

 その浮島は、他の浮島に比べ妙に存在感がある。

 それに鳥肌が出ていた。


「なんか、変。ここから先、水が青い。ペンキで塗りたくったような青」

「ここまで透明で底が見えるぐらいだったのにね」


 ティルが石を投げる。

 しかし、いつまでたっても音が聞こえない。

 ここまでの水深は10mほどだったが、ここからはとてつもなく深い。

 水竜の巨体でも満足に戦える深さだ。


「予想はついているだろうが、水の色が変わっているところすべてが水竜の縄張りだ。侵入すれば水竜は即座に気付いて、十五分後には襲い掛かってくる。……ここからは全力だ」


 浮島は、ここからはまだまだ遠く見える。

 ルーナが、片方のオールはルーナが持つと言ったが断った。


 カヌーというのは左右のバランスが命、二人で分担するより、一人のほうが推力が増す。

 それに、俺がここまでなるべくカヌーを漕いできたのは、ルーナたちを楽させたいという思いもあったが、それ以上にコツを掴むため。

 その甲斐あって、今では効率よく筋力を推進力へ変換できる。


「ユーヤ、任せました」

「任せておけ」


 深く、深く、深呼吸。

 そして、オールを漕いで、水の色がかわった水域へと踏み入れた。

 その瞬間、強烈な視線、吐き気がするほどの殺意を感じた。

 肩に重みが加わった気さえする。

 水竜が俺たちに気付いた。


「ユーヤ、見られてる。すごい視線を感じる」


 ルーナのキツネ尻尾の毛が一気に逆立った。


「これ、やばいよ。急いで!」

「……とんでもないプレッシャーね。もし一人なら逃げだしていたわ」

「逃げるって言っても、前にある浮島以外、この二時間一つも島を見ませんでした。進むしかないですよ。今更縄張りを出ても追いかけられるんでしょう?」

「よくわかったな」


 その通りだ。ここで怖気づいて逃げたら待っているのは死。

 全力でカヌーを前へ前へと進める。

 いいペースだ。

 これなら、トラブルがない限り浮島へ間に合う。

 しかし……。

 ボキッ、とても嫌な音が響く。


 オールが根元から折れていた。

 どうやら、今までの負荷で限界が来たようだ。

 あと1/3という距離で、カヌーが止まる。オールがなければ、カヌーはろくに進まない。

 ルーナたちの顔が青ざめて、口がぽかんと開く。


「おっ、泳ごう! これぐらいの距離だし、なんとか行けるよ」

「ん。それしかない。このままだと死ぬ」

「ばらばらに泳ぎましょう。それが一番、生存率が高いわ」

「私は船に残って、抵抗します。囮がいればみんなは浮島にたどり着けるはず。心配しないでください、ぎりぎりになれば【帰還石】を使いますから」


 っと、悲壮感に溢れながら、それでも絶望せずに今できる最善を提案している。

 成長したな。

 この状況で取り乱さない冒険者は少ない。今まで修羅場をくぐってきたおかげだ。


「なんでユーヤ兄さん、そんなに落ち着いてるの!?」

「想定できたトラブルだ。対策もしている」


 魔法袋から、予備のオールを取り出す。

 そして、何事もなかったように進み始める。

 全員、呆気に取られていた。


「……ユーヤおじさま、どうしてそんなものがあるのかしら?」

「実は、オールが折れるっていうのはよくあることでな。船自体は持ち出せないが、オールは不思議と持ち出せる。カヌーで進むダンジョンだと、予備のオールを確保しておくのは常識だな。豆知識だが、入り口だと船を沈めたら復活する。その際、カヌーに合わせてオールも復活するから、オールだけは無限回収できる」


 うっとうしいことに、カヌーの自己回復はオールにまではついてない。

 冒険者の筋力で無理に使えば、こうしてぽきっと折れるのはある意味当然だ。

 予備をもっていなければ、海や川のど真ん中で立ち往生なんて愉快なことになる可能性が高い。

 そういう失敗から冒険者は学ぶ。……もっとも学んで次に生かすチャンスがあるかは運しだいだが。いつも思うが、本当に嫌がらせのような仕様が多い。


「死ぬほどびっくりしたじゃん! 予備があるなら予備があるっていってよ!」

「ん。心臓に悪い」

「悪かった。言う必要がないと思ったからな。それより、急ぐぞ」


 二十秒程度、ロスした。

 もともとぎりぎりだ。

 さらに急がなければならない。予備があったとはいえ、このタイミングでオールが折れるとは運が悪い。


 ◇


 浮島にたどり着く。桟橋が用意されていて、そこにカヌーを止める。時計を見ると、十四分かかった。

 一分も余裕がある。

 全員が陸にあがり、カヌーを眺めていたときだった。

 水面を突き抜けて、青い鱗を纏った巨大な蛇が真っ直ぐに体を伸ばした。異様なまでに口が大きく裂けて生理的な嫌悪を感じる。

 そして、そのまま鞭のように体をしならせ、落ちてくる。


「逃げろ!」


 俺たちは、桟橋から陸地へと走る。

 轟音。

 鞭のような一撃で、桟橋ごとカヌーは粉々になり、余波で水流が押し寄せ、軽い津波になって俺たちは押し流される。

 その巨大な蛇は、それで満足したのかそのまま深く潜り消えていった。


「説明は不要だと思うが、あれが水竜だ」

「予想以上にやばい奴だよ! あんなの水の上であったら即死してたよ!」

「……あれ、船の上じゃ防ぎようがないわね」

「弓が威嚇にすらならないです」


 倒すべき魔物を見て、それぞれの感想を呟く。

 水の上じゃ勝てないと何度も説明していたが、ようやくそれが実感に変わったようだ。


「ユーヤ、船が壊れて帰れなくなった」

「そっちは大丈夫だ。奴の住処の地底湖に帰還の渦があるから」

「ねえ、ユーヤ兄さん、それってあいつに挑まないと帰れないってことだよね」

「【帰還石】を使わないとそうなる」


 これも罠の一環。

 奴は命からがら浮島へたどり着いた冒険者のカヌーを粉砕し、逃げれなくする。

 やっとついたと油断して船にとどまっていれば、巻き込まれていた。


 まったくもって意地が悪い。

 ……いや、逆に親切なのか。島から出るときも奴はこちらを捕捉する。十五分で別の浮島になんてたどり着けるわけがなく、奴を倒さずに島を出れば待っているのは死のみ。


 受付嬢が、このクエストを普通の冒険者が受けるのは、自殺行為といったのはこういう訳だ。

 ギルドは水竜の行動パターンすべてを知っているわけじゃないが、水竜が縄張りに近づくものを排除することぐらいは知っているし、そのことについてアドバイスはくれた。

 だが、その罠も潜り抜けた。

 あとは地底湖に潜む奴を倒すだけ。

 このメンバーでなら、それはけっして難しくないだろう。

いつも応援ありがとうございます

面白いと思っていただければ画面下部の評価をしていただけるとすごくうれしいです

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