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第一話:おっさんは運河の街を訪れる

 雪と氷の街を出発し、ラプトル馬車での旅はすでに五日目に差し掛かってきた。

 とっくに、寒い地方は越えて暖かくなってきている。

 それぞれに衣替えも終わった。


「寒さと雪が恋しい」

「私はこれぐらいのほうがいいけどね」


 どこかぐったりした様子のルーナと元気そうなティルの対比が面白い。

 彼女たちは、暇を持て余して御者席のほうに来ていた。


「そろそろ、目的地に着くな」

「エルフの里はまだまだだよ」

「そこは最終地点だ。ギルドで拠点変更をする必要があるからエルフの里から一番近い街に行く。前にも言ったぞ」

「そうだったっけ? まあ、いいや。久しぶりに柔らかいお布団で眠れるよ!」


 俺もそろそろ布団が恋しくなってきたころだ。

 それに、酒場にも行きたい。


「ん。ユーヤ、せっかくダンジョンのある街に行くんだから一日ぐらい狩りしよ」

「興味がないと言えば嘘になるが……、エルフの里には急いで向かわないとまずいだろ?」


 エルフの里に行くと飛鳥便で手紙を送ったとはいえ、あまり遅いと変な勘繰りをされる。


「いえ、大丈夫ですよ」


 荷台からフィルが顔を出した。


「理由を聞いてもいいか」

「いろいろ準備が必要かと思いまして、手紙では普通の馬車でかかる日数を伝えています」

「抜け目がないな。さすがはフィルだ」


 ラプトル馬車は普通の馬車の二倍以上速い。

 なら、その時間差があれば次の街で狩りをしても問題なさそうだ。


「じゃあ、ユーヤ。新しい街で狩りができる!?」


 ルーナが目を輝かせている。

 この子は本当に狩りが好きだ。

 俺としても策を練る時間がもう少し欲しかった。三日、冒険をしながらフィルとティルを守る方法を考えられるのは大きい。


「ああ、三日ぐらい滞在しよう。それぐらいのバッファはある」

「やった! 美味しいご飯が待ってる」

「うんうん、ユニーク食材とかあるといいね」


 ルーナとティルが、新たなダンジョンに思いを馳せていた。

 あそこには少々出現場所に難があるがユニーク食材をドロップする魔物がいるし、それ以外にも(上)をドロップする魔物がいる。

 きっと、美味しいものが食べられるだろう。


 ◇


 それから、三時間後には新たな街についた。

 名をリバークル。

 エルフの里に一番近いという理由で選んだこの街の特徴は巨大な運河の近くに作られた街だということ。


 運河では新鮮な魚介類がとれるし、河を使った物資の輸送が活発だ。そのおかげでとても栄えている街だ。

 そういう街だからこそ、入場する際には面倒な手続きが必要なのだが、銀級冒険者であるため、フリーパスで街に入れる。


 ラプトルの世話を任せられる宿をとり、俺たちはギルドを目指す。

 ギルドにたどり着くと、いつものように周囲の目を引く。

 なにせ、美少女が四人もいるパーティだ。どうしても目立つ。

 今までは、女子供ばかりと舐められたり、ルーナたちを引き抜こうとするやからがいたが全員が高レベルになり、変に絡んでくる輩は少なくなった。

 ……レベル40オーバーのパーティに喧嘩を売る命知らずはそうそういない。俺たちよりもレベルが上だったからこそ、今までの馬鹿どもは喧嘩を売れたのだ。


 列に並び、ようやく俺の番がきた。

 拠点変更のために、クリタルスで作ってもらった書類一式を渡すと、受付嬢の眼の色が露骨に変わる。

 俺たちの実績はギルドで一目置かれて当然のものだ。


「噂の【夕暮れの家】が我が街に来てくださって光栄です」

「噂がいいものであることを祈っているよ」

「もちろんいいものですよ。ただ、ちょっと悪いニュースを伝えないといけません。ギルド本部から通達がありまして、特例での金級冒険者への昇格についてですが、今回は見送ることとなりました。ただ、次に目覚ましい実績をあげれば、昇格措置を取るとも言っています」

「そうか、思った以上にいい返事だ」


 特例なんてものは、もし通ればラッキーぐらいに思っていた。

 むしろ、次に大きな実績を積み上げるだけで金級冒険者にしてもらえると明言してもらえたのは嬉しい。

 普通に金級になるにはまだまだ時間がかかる。


「さっそくだが、何かいいクエストはないか? 三日後にはここを出ることになる。達成に時間がかかるクエストは受けられない」

「それなら、おすすめのがありますね」


 そうして、受付嬢がクエストを紹介してくれた。

 ……なるほど、俺たち向きだ。

 二日あればクリアできるし、危険だが、報酬がいい。


「受けよう。二日後にまた来る」

「期待してます。普通の冒険者には勧めることができない高難易度クエストですが、【夕暮れの家】の皆様ならきっとクリアできると信じています」


 たしかに、普通の冒険者には勧められない。

 死ねと言っているようなものだから。

 だが、これぐらいじゃないとルーナたちは成長できない。

 それに面白そうで、少々難がある場所に出現するユニーク食材をドロップする魔物もそこにいる。

 おあつらえ向きだ。

 やっぱり、ルーナと一緒に行動するようになってから運が向いてきている。


 ◇


 ギルドに向かったあとは市場で買い物をしてから、酒場に向かった。

 新しい街の市場というのは、とてもわくわくする。


 リバークルは運河を下って上流にある街や村から多くの商品が運び込まれる他、海から登ってくる商品も多く入る。

 商品の品ぞろえが多くて面白い。


「エキゾチックな服ね。ちょっと着てみたいわ」

「あの化粧品、良さそうですね」

「見たことない肉。じゅるり、食べてみたい」

「ユーヤ兄さん、あの下着すごいね。大事なところが隠れてないよ。やっぱり、ああいうの興奮する?」


 約一名、とんでもないものを見つけたが、おおむね買い物を楽しんでいる。

 俺もいいものを見つけた。


「……アダマンタイト鉱石か、面白い」

「ユーヤ、それってすごい石?」

「ああ、魔力は通わせにくいが、とにかく硬い金属だ。硬度だけならミスリルを凌ぐ。武器に適した鉱石の一つだ」


 属性を付与することも、アビリティをつけることも難しいが、とにかく硬い。

 脳筋武器を作るのにもっとも適した素材。


 しかも、ダンジョンでは手に入らない。

 鉱山で稀に発掘されることがある希少金属。

 あれを要求する強い装備にいくつか心当たりがある。

 とりあえず、購入してストックしておきたい。

 店先に行き、値段を聞く。

 ……希少な金属だから覚悟はしていたが、とんでもない値段だ。

 店売りの装備に使われるものの中では、最上級品と言われるミスリルの三倍ほど。


「ユーヤ、すごい値段ですね」

「ああ、少し躊躇してしまいそうだ。だが、今を逃したら次にいつ購入できるかわからない。店主、もらおう」


 ダンジョンで得られない上、市場に流れるのも稀。

 見逃すわけにはいかない。


「毎度あり、こいつに目をつけるとはお目が高い」

「どうも。この店ではアダマンタイトは定期的に入荷するのか?」

「そんなわけはないさ。たまたま、北の鉱山で発掘されたもんだよ。その後、一獲千金目当てで、その鉱山にバカみたいに人が押し寄せたが、こいつが出たあとは、一欠けらも出てねえ」

「そうか、いい買い物が出来たよ」


 ゲーム時代ですら、超低確率で店売りされるのが唯一の入手手段だった。現実になった今でも大量にアダマンタイトが掘られる鉱山なんてものはないようだ。

 このアダマンタイトの使い道は考えておこう。


 ◇


 買い物を終えて、酒場に移動する。

 この運河のある街のうりはもちろん、魚介類だ。

 なので、魚介類を売りにしている店を選んだ。その街の特産品を食べるのが一番楽しめる。

 さっそく、それぞれの飲み物と共に注文した品が運ばれてきた。


「ユーヤ、とってもいい匂い」

「小さな貝が山盛りだね!」

「この香り、バターとお酒かしら?」

「パンにあいそうですね」


 まず最初に出てきたのは、アサリに似た小さな貝を酒とバターで炒めた料理。

 バターの香りと塩味。酒の甘みと複雑な旨味が貝と一つとなっている。単純な料理だがうまい。酒が進む。


 次に出てきた料理は、サーモンの燻製を新鮮なサラダの上に敷き詰めて、たっぷりと質がいい酢をかけたサラダ。

 こっちもたまらない。スモーキーかつ、さっぱりしている。


「このサラダ、とっても素敵だね。燻製してるのに生っぽいって不思議なお魚」

「ええ、こういう燻製は初めてです。とっても美味しい」


 エルフの姉妹は、この料理をとても気に入ったようだ。

 逆にセレネとルーナは、貝のバター炒めに夢中になっている。

 そして、いよいよメインディッシュがやってくる。

 大きな長方形の揚げ物だ。


 さまざまな野菜が刻まれて混ぜ込まれた白いソースがかかっている。

 舐めてみると、甘酸っぱいが、野菜の甘みが良く出ていてそれだけ食べても美味しい。


 揚げ物をカットすると、中にはレアなエビの身。

 ダンジョン産のドロップ品だ。常識ではありえない、エビ肉のブロックがダンジョンではドロップされる。

 そのドロップ品を使うから、こんな大きな分厚いエビの揚げ物なんてものが作れる。


 ナイフでカットした揚げ物を口に運ぶ。

 かりっといい音が鳴った。続いてぷりっぷりの食感、そして中心部はレア故にエビの甘みがとても強く、とろっとしている。

 それが、甘酸っぱい白いソースと一つになり、揚げ物なのにしつこさを感じない。


「うまいな。これは」


 かつて、ルンブルクで食べたダンジョン産のエビステーキもうまかったが、それを上回る。


「ユーヤ、お代わりしていい? ルーナ、これ大好き!」

「あっ、私も私も、美味しすぎるよ!」


 お子様二人組にはドストライクだったみたいだ。

 これはとんでもなく美味しく肉厚のエビフライ。子供が大好きな料理だから、その反応も仕方ない。

 ルーナの尻尾はぶるんぶるんと忙しく振られ、ティルは鼻息を荒くしていた。


「ああ、いいぞ。俺もまだ食べたいしな。セレネとフィルもそうするだろ?」

「ええ、これはすごいわね」

「私も食べます。作り方を教わらないと……いえ、教わる必要はないですね。作り方自体は単純です。問題は、絶妙な火の通し方。練習してものにしないと」


 フィルの料理好き魂に火がついている。

 まだ、魔法袋にはエビ肉(並)がある、是非練習してもらおう。

 これがダンジョンの野営で食べることができれば最高だ。


 お代わりが運ばれてきて、それを全員がぺろりと平らげる。

 そして、デザートのアップルパイを食べた。

 サクサクの生地と火を通してジューシーなリンゴがマッチする、なかなかのデザートだ。

 さあ、美味しい食事も終わったし、明日の狩りについて話そう。


「みんな、明日はダンジョンに潜る。そこで二つ伝えて置きたいことがある。一つ目、適正レベルは30後半と、今の俺たちならさほど苦労しないダンジョンだが、船を使い大運河を移動する必要がある。船という不安定な足場で、水の中を自由自在に動き回る魔物と戦う。いつも以上に苦戦するのは間違いない」


 大運河の隣にある街だけあって、ダンジョン内も大運河。

 陸地よりも水の割合が多いぐらいだ。

 そこを、ダンジョンに用意された船を駆使して探索する。

 それ故に、難易度は普通のダンジョンより高い。

 水の上で、水棲魔物と戦うのはとてつもない不利だ。


「ん。がんばる」

「そういうことなら、私とお姉ちゃんが主力だね」

「……船の上での戦い方、あとで教えてほしいわ」


 たしかに、船の上で襲われれば遠距離主体にならざるをえない。ただ、やりようはある。そこは教えながら戦おう。


「それともう一つ。今日のエビを揚げたものはうまかった。だがな、もっとうまいのを食えるかもしれない。察していると思うが、そのダンジョンではエビ肉をドロップする魔物がいる。だから、酒場でエビ肉(並)を使う料理が出せる。そして、そいつは低確率で(上)を落とす」


 そう聞いた瞬間、ルーナとティルが立ち上がった。

 ルーナなんかは、口元によだれが垂れている。


(並)でこれだけうまかったんだ。(上)ならどれほどかと想像しているのだろう。


「……そして、とある難所にはエビ肉系統のユニーク食材を落とす魔物がいる。(上)すら超える味だと言われる幻の食材だ」

「わかった。絶対狩る!」

「明日は運河の隅々まで探しまくるよ!」


 この街に来たのは寄り道。

 だけど、せっかく来たのだから楽しみつくそう。

 滞在している三日の間、冒険しながら手を考えていれば、フィルとティルを救う名案も浮かぶだろう。

 

 

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