プロローグ:おっさんはエルフの里を目指す
4/28にMブックスから発売された書籍第一巻もよろしくお願いします!
雪と氷の街クリタルスにおける目標を達成した。
高速でのレベル上げ、ユニーク食材の【白銀兎の肉】を味わう、鍛冶スキルの入手、氷盾竜の討伐。
とはいえ、ダンジョンの性質上、再配置後も魔物が多く、稼げる狩場なので、しばらくここに居てもいいと思っていた。
ここ以上に効率のいい狩場なんてそうそうないのだ。
だが、想定外のトラブルが起き、急ぎ出発することになった。
ギルドに向かい、拠点を移すための申請をした。
エルフの里にはギルドなんてない。なので、エルフの里に近い街で拠点登録してからエルフの里に向かう。
【夕暮れの家】もかなり名が売れてきており、拠点登録をしっかりしておく必要ができた。
そうでないと、報酬が高い指名クエストを逃すことになる。
「ユーヤ様にはもっとクリタルスに滞在してほしかったのですが、残念です」
もったいないと顔に書いてある受付嬢が次の拠点で必要となる書類を手渡してくれる。
「俺もそうしたかったが、用事ができてな。今までありがとう」
「こちらこそ、あなたたちがアイスグランド・ジェネラルを倒してくれたおかげで、この街は生き返りました。……それから、手紙を預かってます。ユーヤ様たちが氷盾竜を倒すためにダンジョンに潜っている間に旅立った、【ドラゴンナイト】のライル様から。すみません、昨日渡さないといけなかったのに、氷盾竜の討伐で、頭から吹っ飛んじゃいました」
かつての仲間、竜人ライルからの手紙だ。
さっそく読むとアイスグランド・ジェネラル戦での礼と、いくつかのアドバイスがあった。
あいつ、レナードと俺、どちらの肩ももたないと言っていたのに……相変わらず、気を遣いすぎる奴だ。
これはいい情報だ。少しだけレナードの事情を察することができた。
「確かに受け取った。それから、金級への推薦はどうなった」
「そちらはまだ審議中です。向こうの拠点に連絡させるように伝えています」
「手間をかけさせて悪いな」
おそらく、向こうに着くころには結果が出ているだろう。
例外的な金級への昇格には本来ルール違反であるギルドポイント無償付与が必要になり、ギルドもおいそれと許可はできない。期待せずに待っていよう。
「フィル、手紙は出せたか」
「はい。できる限り、長老たちが納得するような理由を並べた釈明に加え、エルフの里に向かうと書きました。なので、すぐに追っ手をだされることはないです」
「お姉ちゃん、私のことはなんて書いたの?」
「そっちは、誤魔化す感じで。まだ、ユーヤが恋人役をするかはわかりませんから」
トラブルとは、フィルとティルの実家が、いつまでたっても結婚しない、フィルとティルにしびれを切らせて婚約者との結婚を強要してきたことだ。
かつての事件によりエルフの数が減っていて、一族をあげて子供を増やそうとしているというのも背景にある。
フィルとティルは勝手に決められた婚約なんてごめんだと以前から言っているが、それでは納得してくれないらしい。
「フィルはともかく、ティルまで婚約者がいたのは驚きだな」
そう言うと、ぶすっとした表情でティルが返事をする。
「エルフってさ、男の人がなかなか生まれないからすっごい特別扱いされるんだ。男の人が気に入ったって言ったら婚約成立。そんなの嫌だよ。私の婚約者なんて百二十歳だし、もう奥さんだっているんだよ。絶対おかしいよ」
エルフの場合、十四歳ぐらいまでは年齢通りに成長し、その後急激に老いにくくなる。ティルが年齢どおり、フィルが十代後半に見えるのはそういう理由からだ。
エルフの百二十歳だと、人間でいうと二十代後半というところか。十四歳と二十代後半なら、年齢差はあるがあまりおかしくはない。
「私も婚約を勝手に決められるのは嫌でしたね。まあ、それでも大抵の家庭はうまくいっていますが。私の母も、ティルの母もそういうふうにして結ばれましたし」
エルフは男の割合が少なく、重婚が推奨されているというか、そうしないと種族の数が維持できない。
なので、フィルとティルの姉妹も腹違いの姉妹だ。
今でこそ、多少はエルフも解放的になり、他の種族と結ばれることが多くなってきたし、生まれる子供は母親と同じ種族になるので男不足で困ることはない。
だが、閉鎖的だったころからの文化は続いており、今でもエルフの男性は女性に尽くされるようにして生活している。
それにエルフ以外と結ばれることは血を汚すことだと主張する頭の固いエルフもいる。
「親は親、私たちは私たちだよ。だいたい、私はエルフの男が大嫌いなんだよ。男ってだけで、愛されて当然だって思ってるもん。特別扱いされ続けてるおかげで、性格がねじ曲がちゃったんだよ」
「まあ、そういう面は否定しませんが」
「うちだって、家事したり、働いてるのお母さんたちばっかで、お父さんは食っちゃ寝してるだけじゃん。母さんたちの都合も考えずに、したいときに強要するし」
「……まあ、その、お父さんも悪い人じゃないですよ。ちょっと自分に甘くて子供っぽいし、癇癪持ちなだけで。気が向いたら狩りに行って、たまーに獲物を持ち帰ってきます」
エルフの男性が少し羨ましくなってきた。エルフの男は子作り以外はまるで期待されていない。
きっとこういうのも、フィルとティルがエルフの里を出て冒険者になりたかった理由の一つではあるのだろう。
「というわけで、ユーヤ兄さん、私とお姉ちゃんをエルフ男の手から守って。みんなと引き離されて、なんにもしないエルフ男の奴隷なんて嫌だもん」
「なんとか納得してもらえるようにがんばるさ」
「ユーヤ兄さんが私たちのお婿さんだって言えば一発だよ。別に、エルフ男とじゃなくても子供は作れるしね」
ティルが腕を絡ませて、胸を押し付けてくる。
最近、媚びを売るためによくしてくる仕草だ。
ティルはティルで必死なのだろう。
知識として、エルフの男性がわがままなニートみたいなものとは知っていたが、こうして聞いてみると、嫌がるのがよくわかる。
同情するし、なんとかしてやりたいとは思うが、恋人の振りはどうかと思う。
「そろそろフィルから怒られるぞ」
フィルはいつも通り、お姉さんぶってはいるが、やはり面白くないのか若干表情が硬い。
「お姉ちゃんは、ユーヤ兄さんが私の恋人の振りをするのは反対?」
「……正直な話をすると、胸がざわつきます。ただ、可愛い妹が、望まない相手のところへ嫁がされて汚されるのはもっと嫌ですね。他の方法がなければ、賛成です」
「やった。お姉ちゃん大好き!」
ティルがフィルに飛びつく。
フィルは困った笑顔で妹の頭を撫でる。
フィルはいいお姉さんであり、妹には甘い。
「……ただ、恋人の振りだけで済む気はしないです。エルフの里で式をあげないと納得してもらえないかもしれません」
「それは演技で済むのか」
恋人の振りからとんでもなくハードルが上がっている。
「済むわけないです。事実上、エルフの里では結婚したことになりますね。まあ、人間の街なら関係ないですが」
「えっ、そこまでしてもらうのはお姉ちゃんに悪い気がするよ」
「というか、俺と式をあげるのはティルも嫌だろう」
そう言うと、ティルが顔を反らす。
耳が少し赤い。
「べっ、別に、がまんできなくはないよ。それしかないし」
……なんというか、こういう態度をとられると複雑な気分になる。ティルの場合、エルフ以外の男性は俺しか知らないから憧れに似た感情を持っている。
俺はあまり女性に人気があるほうではないが、少なくても甲斐性はあるし、ニートよりはましだとは思う。
とはいえ、あまり歓迎できない。もちろん、ティルに好かれること自体は悪い気はしない。
だが、フィルという恋人がいるし、ちゃんと色んな男性を知ったうえで本当の恋をしてほしい。
「ユーヤ、両親を納得させるために私とティルと三人で式を挙げる覚悟はしておいてください……もちろん、私との結婚が嫌でなければですが」
「フィルとはいずれ、そうするつもりだった。それが早まっただけだ。ただ、ティルのことは他の策をきっちりと考えよう。ティルのためにならない」
「嬉しいです。人前じゃなかったらユーヤにキスしてるぐらいに」
結婚するつもりだったというのは本音だ。
結婚は旅が終わってからと思っていたが、必要ならエルフの里で式をあげてもいい。
「フィルとティルばっかずるい。ルーナも結婚したい! フィルとティルも結婚式するなら、ルーナも一緒にする」
そして、ずっと話を聞いていたルーナがとんでもないことを言いだした。
フィルとティルが説得を始める。
セレネがぼそっと私もと言ったのは、きっと気のせいだ。
ただでさえ、複雑な状況が悪化した。
……一体どうなるのだろう?
そういえば、エルフの里で、エルフ以外がエルフと結ばれる場合、なにか試練があると聞いたことがある。
あとでフィルに聞いてみよう。
◇
手紙が届いてから三日後、俺たちはクリタルスを出発した。
この三日で素材が集まりそうなクエストを達成し、旅支度を行った。
食材の量が心許なかったし、ここでしか買えないものを買いだめしたかった。
それに、常春のエルフの里に行くので服や下着を買い足してある。冬服を買うときに魔法袋の容量を確保するため、傷んだものは捨てていたのだ。
一番の収穫はチーズだ。ドロップ品の【とろとろチーズ】も素晴らしいが、この街の手作りチーズはとても質がいい。
大量に買い込み、保存が効くので最近容量が心配になってきた魔法袋ではなく、馬車に積み込んでいる。
フィルの両親へのお土産も兼ねている。
ラプトルたちが走り出し、雪と氷の街が彼方へと消えていく。
「なんか感慨深いね。来たばっかのときは寒くて、ちょっと苦手だと思ってたけど」
「ルーナは、来たときからずっとお気に入りだった。寒いのも、雪も大好き」
キツネの特性を持つルーナは暑さには弱いが、寒さには強く、雪に大はしゃぎだった。……突然ジャンプして頭から雪に突っ込んで、尻尾だけ地上に出すなんてことをしたときは驚かされた。
「いい街だったわね。ごはんがとっても美味しかったわ」
「はい、それにダンジョンでの温泉。あれはいいものでした」
たしかに、食事は今までのどの街よりうまかった。
寒い地方は飯がうまいことが多い。それに、極寒の地の天然温泉は格別だ。
「いずれ、また来ることになる。ここでしか作れない装備があるからな。そのときは、うまい飯をくって、途中で温泉を楽しもう」
ゲーム時代は水晶の神殿目当てに何度もここに訪れた。
そのときは面倒だと思ったが、現実になった今、悪くないと思える。
必要な作業ではなく、楽しい旅だからだろう。
「ん。また来る!」
「うんうん、まだ頼んでないメニューあるもんね」
「私も賛成よ」
「そのときには水着を新調しないといけませんね……ルーナちゃん、成長期なせいかもうぱつんぱつんでしたし。そのうち追い抜かれちゃいそうです」
楽しんでいるのはみんなも同じようだ。
あの雪山を越えるのは辛いが、それすらも楽しみを増すためのスパイスになっている。
ラプトルが走る。
次の目的地は、一年中春のうららかな気温が保たれ、豊かな自然が満ちる楽園。エルフの里……ではなく、一度その手前にあるギルドがある街に立ち寄る。
エルフの里もいいところだ。
美味しい果実が実り、精霊の祝福を受けた大地が育む作物は絶品、食べものが豊富な森で育った獣たちは味がいい。
だけど、それを楽しむ余裕があるかは微妙だ。
無事にフィルとティルの婚約を躱し、エルフの里を堪能できるように頑張ろう。
今日から六章となります。お楽しみに!
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