第二十話:おっさんは氷竜に挑む
ティルの不調も解消され、氷の竜……氷盾竜アルドバリスに挑む。
氷盾竜の評価は、水(氷)属性に対する装備を揃えているという条件ですら、最高ランクの難易度。
炎帝竜コロナドラゴンは炎無効装備を揃えてさえいれば、さほど苦労しない相手だが、氷盾竜アルドバリスは水(氷)属性以外の攻撃を行ってくるし、非常にいやらしい攻撃パターンを多く持つ。
それゆえに、クリタルスの冒険者たちは氷盾竜アルドバリスには挑まない。
氷盾竜アルドバリスの住処は、炎帝竜コロナドラゴンほど広まっていないとは言え、知っているものは知っている。
さらに倒せば莫大な経験値と、上位ボステーブルしかドロップしない希少なアイテム、強力な固有素材が出ることもわかっているにも関わらずだ。
理由は簡単、挑めば命はない。
だからこそ、知っていても放置している。
全員がレベル50のパーティですらだ。
「突進スキルは二度曲がる♪」
「氷のブレスは三連射、左右にまき散らす♪」
「きゅいっ♪」
そんな強敵のいる竜の巣に向かっているのに、ルーナとティルからは緊張感がない。
機嫌が良さそうに歌っている。
「ぶおおおんって音したら、すたこらさっさ♪」
「怒ると吹雪纏って、遠距離無効♪」
「きゅいきゅい♪」
よくよく聞いてみると、俺が教え込んだ氷盾竜アルドバリス対策が歌詞になっている。
聞いていると、力が抜けるが勉強なら仕方ない。
好きにさせよう。
「練習した成果が出るといいのだけど」
「大丈夫、セレネならやれるさ。奴と対峙した場合に大事なのは、受けていい攻撃とそうじゃない攻撃との見分けだ。威力はろくにないが、当たれば終わりの攻撃もあるからな」
それが、氷盾竜アルドバリスのいやらしさだ。
あいつは竜の中では動きは緩慢に見え、楽に受けられる攻撃も多い。
その中には、受けた瞬間行動不能にしてくるものがある。
他にも突進スキルは少々癖があり、躱したと思った瞬間に直撃を喰らって瀕死に追い込まれることもある。
……ベテラン冒険者ほど引っ掛かるモーションが多い。
ベテランはその経験故に、相手の攻撃パターンごとに決まった対処法を取るのだが、そのことごとくを逆手に取ってくる。
そういうところも嫌われているボスだ。
「あっ、ユーヤ兄さん、着いたよ」
「ここが氷竜の谷。竜が住まう、このダンジョンの最果てだ」
ダンジョンの入り口から四日かかるような奥深く。
そこには、岩肌で出来た底が見えないほど深い谷があり、螺旋階段が用意されて下ることができる。
氷盾竜アルドバリスにたどり着くまで、行く手を阻む罠は一つも存在しない。場所さえ知っており、この氷雪の中、魔物たちを打倒し、ここまでやってこられるのなら問題なく竜と対峙できるだろう。
ある意味、それこそが最大の罠だ。
竜の存在を知らず、この谷を降りればまず助からないのだから。
◇
螺旋階段を下り続ける。
底まで1kmはある。ある程度下っていくと、巨大な谷の中央に白銀の竜が目を閉じているのが目視できるようになる。
ずんぐりした竜だ。
翼はなく四足歩行。背中には硬質な菱形の板が二列になっていくつも並び、煙突のように穴が開いていた。
顔もいかつく、まるでハンマーのよう。
「ユーヤ、あれが氷盾竜アルドバリス?」
「そうだ。俺たちが倒す敵だ」
「うわぁ、おっきいね。三十メートルはあるんじゃない」
竜種には巨大なモンスターが多いとはいえ、あれは規格外だ。
あんなものに剣で挑むなんて正気とは思えない。
だが、やらねばならない。
「あいつは冒険者が谷底にたどり着くまでは絶対に起きない。今の内に集中力を高めておけ」
「ん。わかった」
「新しい弓でハリセンボンにしてあげるよ」
あれを倒すにはいくつものハードルがある。
一つ一つ越えていかねばならない。
しばらく歩き、螺旋階段の終わりが見えた。
ここから一歩踏み出せば、即座に奴が目を覚ます。
目線で準備がいいかを確認し、全員が頷いた。
……さあ、行こうか。
俺たちは一歩踏み出した。
◇
谷底に足を踏み出した瞬間。
地響きがなり、螺旋階段が変形し、階段から坂になる。
螺旋階段は氷で出来ていることもあり、とてもじゃないが登れはしない。
これでもう、逃げられない。
眠りについていた氷盾竜アルドバリスが目を覚ます。
竜というより、筋肉が肥大化したステゴザウルス。そんな体形だ。
「GYUAAAAAAAAAAAAAAOOOOOO」
奴が叫んだ。
床から、氷のつららがいくつもせりあがる。
全員、跳んでかわした。
「危なかったよ」
「ええ、知らなかったらいきなりダメージをもらっていたわ」
これは必ず最初に仕掛けてくる攻撃。
そして、これは高威力なだけでなく、もう一つ厄介な効果を発揮する。
「ユーヤ、動きにくい」
無数の氷の柱が障害物になり、動きが制限される。
逆に言えば、氷盾竜アルドバリスの攻撃を防ぐ盾になってくれそうに思える。
だが……。
「GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
氷盾竜アルドバリスが突進してくる。
氷のツララを砕きながら、まったく減速せず。
あいつの質量とパワーであれば、こんなもの存在しないのと同じ。
氷の柱はこちら側だけが不利な環境になる鬱陶しい技だ。
でかいだけあって、動きが鈍く見えても一歩一歩で進む距離が半端なく大きく、速さも兼ね備えている。
狙いはルーナだ。
セレネが【ウォークライ】をするが、ヘイトにも鈍い。重ね掛けなければ効果がない。
ルーナは器用に氷の柱の間を走り躱す。
ルーナの横をすれ違いそうになったとき、奴の背中に二列並んでいる菱形の板が可変し、氷雪を噴射する。それによりスピードを落とさず、強引に直角の方向転換。躱したルーナに追撃する。
……これが初見殺しの一つ。方向転換する突進。
巨大な魔物の突進スキルは速度があるが、モーションが大きい上に真っ直ぐ進むだけで単調、気を付けていれば躱せる。そんな油断を突く技だ。
避けて通り過ぎると思った瞬間に、直角に曲がった奴の大質量の突進に捉えられ一撃で瀕死になる。
「ん。ユーヤの言ったとおり。突進は二度曲がる」
だが、ルーナは知っていた。
横に並んだ瞬間、直角に曲がり、全力で跳んでいたのだ。
ルーナの背後を巨体が通り過ぎ、そのまま奴は壁にぶつかった。
「うわぁ、話しに聞いてたけど、えぐい突進だね」
「そうですね。知らなければ、一発目はもらってしまいます」
フィルとティルが【魔力付与:炎】により、炎を纏った矢を連続で放つ。
二人のエルフの矢はひたすら、地面につきそうなほど垂れた腹をピンポイントで狙っていた。
全身頑丈な外殻と氷に守られた奴を貫くことはできないが、ピンポイントで腹を狙い続けることに意味がある。
氷盾竜という名前は伊達ではない。
まずは、あの氷と鱗を砕かねばろくにダメージを与えられない。
一点集中で腹部を狙い、まずは氷と鱗をぶち抜き、弱点である腹部の肉を露出させる。
それがやつを倒すためのセオリー。
セレネが【ウォークライ】を重ね掛けしてヘイトを稼ぐ。
二度目の【ウォークライ】でようやく、奴の狙いがセレネになった。
壁に突き刺さった頭を引き抜き、振り向いた氷盾竜アルドバリスの口には、氷雪が吹き荒れていた。
氷雪のブレスの予備動作。
だが、あれはただの氷雪のブレスじゃない。
氷の塊に冷気を纏わせており、水(氷)属性と物理属性が6:4で分配されている。水(氷)耐性が完璧でも無効にはならない。
「セレネ、ブレスは三発、左右にもだよ!」
「ティル、わかっているわ!」
氷盾竜アルドバリスへと走りながらセレネがティルの言葉に返事をする。
氷雪のブレスが放たれた。
氷のつららをぶち抜きながら、冷気を纏う氷の塊が飛んでくる。
セレネは受けずに、大きくサイドステップで躱す。
しかし、氷盾竜アルドバリスは正面にブレスを放った後、一拍おいて右に首を振り一発、左に一発の三連射でブレスを放っていた。
遠くから見れば、奴の動きは一目瞭然だが、正面に立っていると一発めの氷の塊で視界が埋め尽くされ、左右のブレスには気づかず、避けた先でブレスの直撃を受けてしまう。突進と同じく、ベテラン殺しの技。
……が、セレネもそれを予習で知っている。
だから正面のブレスを躱して、氷の塊が通り過ぎた次の瞬間には、反復横跳びのように再び元の位置に戻っている。そうすることで追撃のブレスも躱せる。
何度も練習した動きだ。
さらに距離を詰めていく。
再び、氷盾竜アルドバリスが突進スキル。
それに合わせ、さらに前へ。
突進スキルの発動と、セレネがスパイクを大地に突き刺したのは同時。
「【城壁】!」
青い壁が形成され、氷盾竜アルドバリスがぶち当たる。
……氷盾竜アルドバリスの突進。最高速に到達されてしまえば、いかにクルセイダーのセレネでも受け止めることはかなわない。
だからこそ、勇気を振り絞りブレスをかいくぐって距離を詰めた。
そして、セレネが奴の動きを止めてくれれば。
「【爆熱神掌】!」
「ただの突き!」
奴の腹の下に潜り込んで俺とルーナが奴の腹を狙える。
炎の魔力を極限まで圧縮した掌と、【災禍の業火刀】が氷に覆われた奴の外殻を削る。
……思った通り、一発じゃ砕けない。
だから、砕けるまで打ち続ける。
奴は突進のあとは通常攻撃に切り替えており、セレネが注意を引きつけながら壁になってくれていた。
奴は鈍い。思う存分腹の下で暴れさせてもらう。
そうしていると、重低音が響き始めた。
ルーナのキツネ耳がぴくぴくと動く。
「全員離れろ!」
「わかったわ」
「ん。ぶおーんってしたら逃げる」
腹の下から全力で退避。
セレネは地面にスパイクで突き刺さった盾を一時的に放棄してまで距離を取る。
腹の下だと、奴の動きが見えない。だから、音に注意をし続けていた。
なんとか腹下から抜け出すと、上から奴の腹が落ちてきた。
プレス攻撃。さらに、背中の煙突トサカから、紫色の煙が噴き出て、猛毒の煙幕がどんどん周囲に拡散されていく。
退避が遅れれば、押しつぶされたあげく【猛毒】状態にされていた。
近接組にとっては、厄介な攻撃パターンだが遠距離組にとっては攻撃を与えるいいチャンス。
二人の矢が降り注ぐ。
「ユーヤ兄さんの予習が役に立ってるね」
「ん。このままいく」
今のところ、すべての攻撃に対処できている。
初見殺しの攻撃にもだ。
だが、戦いはまだまだこれからだ。
こっちは奴の鎧を砕けておらず、ろくにダメージを与えられていない。
油断せずに攻め続けよう。




