第十八話:おっさんは街に戻る
昨日は存分に狩りをして、今日は再び水晶の神殿に来ていた。
そして、日がもっとも高く昇る時間がやってくる。
作業台に光が降り注ぐ。
ティルの弓を新調しようとしていた。
使う材料は三つ。
一つ、【魔蜘蛛の鋼糸】。
グリーンウッドで、セレネを捕らえた蜘蛛がドロップしたアイテムだ。弓の場合、弦に使う糸の性能が重要になる。【魔蜘蛛の鋼糸】は申し分ない。
二つ、【世界樹の光枝】。
杖としての性質を持たせるために、魔力を宿す霊樹の素材が必要だ。その中でも最上級と言われる素材が世界樹。
フィルが提供してくれた素材だ。故郷にある世界樹、年に一度もっとも世界樹に魔力が満ちる日の月が昇る瞬間に零れ落ちたもの。言うまでもなく非常に貴重であり、世界樹素材の中でも特級品と言える。妹想いの彼女らしいプレゼントだ。
三つ、【将軍の魂石】。
アイスグランド・ジェネラルがドロップした宝玉。宝玉を使用することで、弓に強力な魔力を宿すことができる。
レベル40オーバーのレイドボスの素材、込められた魔力は凄まじい。
槌を振るい赤くなった弓の形を整えていく。
木材でも、どろどろに溶けて赤くなるのは変わらない。……そういうシステムだ。突っ込んだら負け。
今回は気が楽だ。
なにせ、ノーミスで最高に仕上げるだけでいい。
鍛冶は何百回、いや何千回とゲームでやっている。失敗するはずがない。
数分後、新たな弓が生まれた。
【世界樹の月光弓】。
世界樹で作られた黒塗りで、華やかな宝玉が埋め込まれてた魔弓。
狙い通り、杖としての魔力を増幅させる効果も存在する。
基本性能が段違いで、【疾風の矢】という弓の威力と速度を上げるアビリティ、【月の導き】という魔力を自動回復させる効果がある。
そして、水晶の神殿で完璧に武器を仕上げたことによる追加アビリティ、【攻撃力上昇】、火力を1.1倍にするという地味だがいいアビリティがついた。
追加アビリティのほうはランダムであり、今回はあたりが引けたと言えるだろう。高レベルになると、ステータス加算よりも倍率上昇のほうが効果が高い。
「やった! これで強くなったよ」
「ん。おめでと。これで、氷の竜もいちころ!」
「きゅいっ!」
ルーナとティルが謎ダンスwithエルリクで嬉しさを表現する。
「それから、ルーナとティル、セレネにプレゼントだ。【白銀兎の籠手】。昨日のうちに鍛冶スキルで作ってみた。氷耐性が上がるし防御力も高い」
白い皮の籠手。
見た目とは裏腹に防御力が高い。
性能が高い籠手を装備していたフィル以外が身に着ける。
「あったかい。それにふわふわで気持ちいい」
「あっ、これにも寒さが気にならなくなる効果があるんだ。雪が降ってても大丈夫になるかも。手がかじかまなくなれば完璧だね」
「これはいいものね。【氷雪のティアラ】と合わせた今なら、ほとんど氷の攻撃が効かなくなるわ」
セレネの言う通り、水(氷)属性はほぼ無効になるだろう。
【冬将軍の羽織】と違い、それぞれは氷を無効にするほどの効果はなくても、二つ揃えば十分な効果がある。
「さあ、用事は済んだ。ここから先へ進んだところに帰還できる渦がある。そろそろ食料が心もとないし、帰還しよう」
「ですね。お米とパンがあと一日分しかないです」
魔法袋があるとはいえ、素材を多く持ち帰るために余分な食料は最小限にしている。
肉類は現地調達できるが、米やパンといったものは限りがある。
肉だけ喰い続けていても生き延びることはできるが、それは辛い。
「ん。普通のベッドで寝たい」
「もう、四日目だもんね」
俺も同じ気持ちだ。
そろそろテントじゃなく、宿でぐっすり寝たい。
それに酔いすぎないように気を遣わず、思いっきり酒を呑みたい。
◇
それから、魔物を倒しながら先へ進み、無事帰還しギルドを訪れた。
広大なダンジョンだけあって、帰還のための渦はいくつか存在するが、入口から一番近いところでも三日かかってしまう。
そのおかげで、実のところほとんどの冒険者は入り口から半日で戻れる範囲で狩りをする。魔法のテントなんて贅沢品を持っているパーティは少なく、普通のテントで野営するには過酷すぎるからだ。
つまり、一日で帰れないところで狩りをすれば、魔物がたくさん残っている。それも、このダンジョンのいいところだ。
「……これ、ほんとうに一回の狩りでこなしたんですか」
「四日ダンジョンに籠っていたからな」
クエストの完了報告をする。
アイスグランド・ジェネラルが倒れたおかげで一般冒険者が魔物を狩り始めたとはいえ、まだまだダンジョン産の物資不足は深刻なようで山ほどクエストが残っていた。
おかげで多数のクエストをこなし、一気にギルドポイントを稼げた。
【原初の炎を祭る神殿】と【アイスグランド・ジェネラル討伐】。最近、立て続けに報酬がいい指名クエストをこなしていたこともあり金級冒険者が見えてきている。
金級冒険者にもなると様々な特権が受けられる。今まで以上に力を入れて、本気で金級を目指したくなってきた。
「あの、【夕暮れの家】さん、この街の専属冒険者になりませんか? これだけできるパーティなら、報酬もそれなりのものを用意できます」
「……それはよしておこう。俺たちは世界を巡りたい」
今は安定よりも冒険だ。
まだまだ知らない街やダンジョンが溢れている。
強くなりながら、この世界を楽しみつくすとみんなで決めた。
「それは残念です。では、こちらが報酬です。それでですね。おすすめのクエストがいくつかあります。これとか、これなんかはどうですか!」
受付嬢が、何も言わないのにクエストを出してきた。
俺たちの力が認められた証拠だ。
提案されたクエストは危険だが報酬が高く、一般冒険者には進められない類のものが多い。
それでも、俺たちの力なら問題ない。
ちょうど、そっち方面に行きたいと思っていたところだ。いくつか、クエストを受けておこう。
◇
ギルドでの報告を済ませたあとは、別行動をとる。
セレネは剣が痛んでいるようなので鍛冶屋に向かい、フィルとティルは買い出しに行った。
そして、俺とルーナは宿に戻る。
やっとルーナと二人きりになれた。
温泉でのことを聞きたい。
青い光に包まれて、大人びた表情をしたルーナは普通じゃなかった。
「ルーナ、最近変わったことはないか?」
「ん。ユーヤにバゼラートをすっごくしてもらった!」
嬉しそうにキツネ尻尾を振り、短刀を掲げる。
「それはたしかに変わったことだな」
「攻撃力があがって、今まで一発じゃ倒せなかった魔物も一撃!」
無邪気に、自然に答えている。
「記憶、戻ったりしないか? いろんなところを旅しているんだ。何かのきっかけで、俺と出会う前のことを思い出してもおかしくない」
ルーナが首をかしげる。
「ぜんぜん。ユーヤに会う前のことは何にも思い出せない」
「そうか。何か、思い出したら教えてくれ」
「……どうしてそんなこと聞くの? 別に、ユーヤと会う前のことなんてどうでもいい」
「どうでもいいわけないだろう」
「どうでもいい。それより、向こうに美味しそうなのが売ってる。買って帰ろ」
ルーナはそう言って手を引いていく。
過去のことなんてどうでもいい。それは本心なのだろうか?
ただ、あの温泉でのことを言うつもりがないことはわかった。
ルーナが俺を慕っているのは間違いない、他のパーティメンバーのことも、それゆえになぜ黙っているのかが気になって仕方なかった。
◇
宿に全員戻ったあとは、酒場でこの街の名物を楽しんだ。
とくにデザートがすごかった。ジャガイモの粉で出来た透明な餅にたっぷりと生クリームをかけたもの。
見た目が綺麗だし、餅自体の自然な甘さが気に入った。
フィルは作り方を聞いて、ジャガイモの粉を買い込んでいる。
そして、夜の訓練を終えたあと、みんなを集めて作戦タイムを始める。
「みんな聞いてくれ。そろそろ、氷の三竜を倒すことが現実的になってきた。レベルは上がった。装備によるルーナとティルの大幅な火力アップ、全員が耐氷属性の装備を整えたのも大きい」
ここに来たばかりの頃は、あれに挑むのは自殺行為だったが、今では違う。
勝算が見えてきた。
「ん。早くアサシンしたい」
「新しい弓でハリトカゲにしてあげるよ!」
武器を得て、気が大きくなっているお子様二人組が鼻息を荒くする。
「ただ、今のまま挑むのはぎりぎりすぎる。だから、全員があと2レベル上げてから挑む。それから氷の竜の攻撃に対応するための特訓をする。……あれは知らなきゃ即死だ。知っているだけなら、初見じゃまず対応できない。だが、知っていて、対策し、訓練すれば勝てる」
氷の三竜は理不尽攻撃のデパートとまで言われていた。
ただ、救いがあるのがあくまで思考の裏をかくだけであり、理論上は躱せる攻撃が多いこと。
彼女たちなら訓練すればどうにかなる。
「賛成ですね。このレベルなら、普通は二レベルも上げようとすれば三か月はかかりますが、ここでは話が別です」
「そうね、白銀兎がいるものね」
そう、一体で普通の魔物ニ十匹分の経験値がある白銀兎がいるからこその計画だ。
雪山方面のはかなり狩ったが、このダンジョンは広大。次は湖方面に向かえば、手つかずで残っているはず。なにせ、俺たち以外は倒せないのだから。
「というわけだ。二週間後に挑めるように動く。今まで以上に、がんばろう」
「わかった!」
「任せて。なんか、この弓なら雪が降ってても行ける気がする」
「目標ができるとやる気がでますね」
「ええ、必ず三竜を倒しましょう」
氷の竜を倒し称号を得れば、いよいよ風の竜だ。
そう言えば、フィルとティルがエルフの村に帰りたくなさそうにしていたが、大丈夫だろうか? 風の竜はエルフの村にある隠しダンジョンにいるというのに。
いや、考えるのはよそう。
今は氷の竜を倒すことに集中だ。




