第十七話:おっさんは鍛冶をする
鍛冶スキル。
それは、特定の材料を用意し、専用の道具を使用することで装備やアイテムを【合成】するスキル。
本物の鍛冶師たちと違い、材料を揃えてスキルを使い、非常に簡単な操作で完成品が生まれてしまう。
それ故に弊害もある。
ダンジョンドロップ品と同じく細かな調整ができない。
剣士の場合、剣に求めるのは切味や耐久性の他にも重量や、刀身の長さ、重心、形状など、多種多様な点を気にする。
だが、鍛冶スキルで【合成】してしまった場合は、それらを反映させることはできない。
二つ目、あくまでシステム的に定められた組み合わせでないと【合成】はできない。
まあ、ほとんどの装備は具体的な素材名ではなく、素材に設定された系統やランクを指定してくるので、それなりに組み合わせの幅はあるが。
「ユーヤ、鍛冶スキル、ルーナもほしい」
「あっ、私もほしいかも」
「この部屋を出たら、再び扉が閉まる。扉を開けたものがスキルを得られる……とはいえ、二人じゃ厳しいな。単発火力が足りない。ティルは手数でダメージを稼ぐタイプだし、この扉に急所はないから【アサシンエッジ】が使えない。扉が開かないだろうな」
「ううう、悲しいよう」
「ん。残念」
こればかりはどうしようもない。
計算上、【神剛力】を使ってもまだ届かない。
失敗したら、水晶迷路の入り口にパーティごととばされるからチャレンジもさせてやれないのだ。
◇
十分後、ルーナとティルがふてくされていた。
フィルと俺のサポートのもと【シールドバッシュ】でスパイクを打ち込み、スキルを得たセレネが申し訳なさそうな顔をしていた。
「……その、申し訳ない気持ちになるわね」
「俺たちが全員分の鍛冶をすればいいから問題はないさ」
ルーナもティルも切り替えが早い。
夕食どきにもなれば、立ち直っているだろう。
「それより、やらないといけないことをしよう。まずは宝箱だな」
炎の扉の中には宝箱があった。
宝箱を開く。中にあったのは、【携帯鍛冶セット】だ。
【携帯料理セット】と同じく、トランク型で、トランクを開くと、小型の炉と、作業台、それに槌が出てくる。
明らかに、トランクに入るようなサイズではないが突っ込んだら負けだ。
この宝箱の中身は固定。【携帯鍛冶セット】と【鍛冶スキル】があればどこでも装備を作れるようになる。
「これって、扉を閉めて、開ければ宝箱も復活したりしないですよね? 高く売れそうです」
「残念ながら、こっちは再配置タイミングじゃないと復活しない」
もし、扉を開くたびに復活したら最高の金策になってくれただろう。
「ユーヤ兄さん、さっそく武器作ろうよ! その【携帯鍛冶セット】を使ってさ」
「いや、今回は使わない。もっといいものがある。ほら、部屋の中央に水晶で出来た作業台と槌があるだろう? ここは鍛冶の聖地でな。ここで鍛冶をすれば普段よりいい装備が作れるし、ここでしか作れない装備も存在する……そして、新しいルーナの短刀を作るには、ここでないとダメだ」
そう、この場所でのみ作れる最強の短刀が存在する。
「ん。でも、作業台と槌はあるけど、炉がない。炉だけ、【携帯鍛冶セット】を使うの?」
「いや、その炉こそがここでないとダメな理由なんだ。口で言うより見せたほうが早いな。そろそろ時間だ。急がないと、ここで鍛冶ができるのは一日にたった一度だけだ。ルーナ、バゼラートを渡してくれ。生まれ変わらせる」
「わかった。ユーヤ、この子をお願い」
愛おしそうに頬ずりをしてから、ルーナは愛刀を俺に渡す。
その愛刀に、【鍛冶スキル】の一つである【解体】を使用する。
【解体】、それは武器を素材にしてしまう能力。
武器のランクと種別に応じた素材のインゴットになる。
バゼラートは上級装備かつ、魔物由来の材質。
故に、【銀魔鉱のインゴット】という上級素材になる。
これが、新たなルーナの短刀のベースとなる。
これを水晶の作業台に置く。
さらに【ミノタウロスの紅角】を取り出した。今から作る武器には、上級クラスの魔力と炎属性を持つ魔物素材が必要だった。
ボスドロップ故に、内に秘めた力は最上級であり、最強の短刀の要求条件に届く。
最後に【無幻の粘土】。
【無幻の粘土】。それは、ありとあらゆるものへと変化するミラー・クレイマンの力を宿した素材。
その変化するという性質上、最高の繋ぎになり、足りないものを補ってくれる。
最高ランクの装備を作る際に求められることが多く、鍛冶をする際にもっとも役立つ素材。……なにせ、【無幻の粘土】を指定しない装備の場合でも、残りの材料と組み合わせてもっとも強い装備ができる素材へと変化してくれる。
【聖なる炎を祭る神殿】で二つも手に入れたのは僥倖だった。
この三つの素材で作る短刀は【災禍の業火刀】。
全短刀の中で最高の攻撃力を持ち、専用アビリティ【溶断】という切味を極限まで強化する力と炎耐性が低い相手に特攻が乗る【業火】という規格外のアビリティを持つ。
……その代わり、【災禍】というデメリットがある。
装備すると状態異常、【炎の呪い】となり、常に体力を奪われ、素早さが大きく低下し、集中力が散漫になり、戦闘時間が長くなると火傷を負いダメージを喰らい始めるというシャレにならない呪いだ。
速度が命である短刀を使う職業では致命的な欠陥品。
だけど、この水晶の神殿でならその致命的な弱点を消せる。
「さあ、始まるぞ。面白いものが見られる。ここに炉がないわけじゃない。このドーム型の水晶の神殿、そのものが炉だ」
全員で天井を見上げる。
この場が水晶で出来ていることには意味があるし、よくよく見ると無数の反射板を駆使して複雑な作りになっている。
そして、それが始まった。
太陽がもっとも高く昇った瞬間、水晶の神殿に光が差し込む。
巨大な水晶の神殿は、受けた光を乱反射しながらドームの中心に集め、光の柱が作業台に降り注いだ。
その圧倒的な光が、作業台に置いた三つの材料を溶かしていく。
水晶の神殿は、神の鉱石すら溶かすためだけに生み出された。言うならば、この水晶の神殿自体が巨大な炉。
フレアガルドの【聖火】ですら溶かすことができない素材も、ここでなら溶かすことができる。
ここでないと作れない装備も多い。
「さあ、ここからが【鍛冶】だ」
三つの素材は溶けて、言われてみればある程度、短刀の形をしている。
これを専用の鎚で叩き、形を整えれば装備が完成する。
……本職の鍛冶師が見たら、鍛冶を舐めているのかと怒りそうだ。
素材や、作り上げる装備ごとに適切な強さとタイミングと回数が存在する。
この水晶の神殿では、完成品の振れ幅が非常に大きい。
普通の鍛冶設備でスキルを使った場合、50~80ぐらいの出来になるが、ここでは20~100ぐらいに変動するので気を抜けない。
……さらに、この場で鍛冶をした場合、最高の出来であれば追加でボーナスアビリティを武器に付与できる。逆に失敗すればアビリティが消失する場合もある。
深呼吸。
「始めるぞ!」
槌を振るう。
うまく”失敗”しないといけない。
今回、その神殿の仕様を利用した反則技を使う。
【災禍の業火刀】は圧倒的な基本性能があり、優秀な二つのアビリティがあるものの、呪い状態にしてしまう【災禍】のアビリティで台無しになっている。
ということは、もし鍛冶に失敗してアビリティ一つ、それも【災禍】を失えばどうなるか?
それは最高の武器の誕生だ。
槌で赤く輝く刀身を叩き成型していく。冷えて赤い輝きがどんどん失われていき、変形しづらくなっていく。
この輝きが失われれば、もう手を加えることができない。
武器の基本性能は、この成型の完成度で決まる。
力加減が難しい。なにせ変形しやすさが一秒ごとに変わっていくのだから。
そして、成型しながら槌を振るう回数をきっちりと数える。
アビリティが追加されるか失われるかについては、槌を振るった回数。そして、冷えて形が固まる何秒前まで槌を振るっていたか、最後の一振りに込められた力加減の三つで決まる。
アビリティを失いたければ、槌を振るった回数を必要以上に多くし、最後の最後まで余裕なく槌を振るい、最後の一振りを強くし刀身にストレスをかければいい。
……実のところ、この狙ったアビリティを失わせるというのは茨の道だ。
鍛冶の結果はランダムではない。成型の良さ、回数、最後に槌を振るった時間、最後の一撃の強さ。これらによって決定する。
【災禍の業火刀】はアビリティが三つある。狙って、【災禍】を消すために、何人ものプレイヤーが気が遠くなる検証を繰り返した。
その結果は俺も覚えている。……なにせ、俺も検証に参加しており、嫌というほど繰り返したのだ。忘れられるものか。
最後の一撃を加える。
キーンっと高い音がなり、刀身が光り輝いた。このエフェクトは成型が完璧に行われた証だ。基本性能は100%のものは出来た。
そして、多すぎる槌を振るった数、最後の一撃で与えたストレスと冷え切るぎりぎりに叩いてしまったことを考えるとアビリティを失ったことは確か。
問題は、狙い通り【災禍】が失われたかどうか、【溶断】や【業火】が失われて、【災禍】が残っていたら目も当てられない。
「やり直す素材もない。一発で決まっているといいが」
刀身が冷え切り、【災禍の業火刀】が完成した。
……【鍛冶スキル】で作った武器特有の刃を打っただけで、柄ができ、鞘が用意され、装飾までされるという不思議現象が起こる。
「ユーヤ、それがうまれかわったバゼラート?」
「そうだ。だが、手に取るのは待ってくれ」
もし失敗していたら、即座に素材にして無難な短刀を持つ。
鞘から抜けば装備状態になり、【災禍】が発動し呪われる。
まずは、ちゃんと失敗できたのかを確認だ。
使い捨ての鑑定アイテムを取り出す。
まずは基本性能……やっぱり、ずば抜けている。最強の短刀と言われるだけはある。
そして、アビリティは二つ。ちゃんと一つ減っている……【溶断】……そして、【業火】。
ガッツポーズをする。
「よし、成功だ。世界最強の短刀の一本、受け取ってくれ」
【災禍の業火刀】を手に取り、ルーナに手渡す。
ルーナの表情が輝き、キツネ尻尾をぶんぶんと振るう。
「ユーヤ、大好き」
そして、思いっきり抱き着いてきた。
ルーナの頭を撫でてやる。頑張った甲斐があった。
「ユーヤ兄さん、次、私の弓を作って!」
「帰ってからな。今の弓より強いのを作れるはずだ。ここで作ったほうが強い武器ができるだろうが……一日一回だけなのが面倒だ」
水晶の神殿はもっとも太陽が高く上った瞬間だけしか使えない。
「どうせなら、ここで一泊しませんか? ティルの火力向上は大事ですし、ここで作れる最高の武器を作ってあげたほうがいいです」
「それもそうだな。また、ここに来るには三日かかるし、よし、今日はここで泊まって明日作ろう」
「やった! お姉ちゃん、ユーヤ兄さん、ありがと」
フィルの弓、俺の剣以上のものは【鍛冶スキル】では作れない。
セレネの剣はなかば飾りだから、がんばる必要がない。
ティルの武器だけなら、一泊で済むし、そうするとしよう。
「なら、今日は野営をここですることにして、神殿の裏口から出て狩りだ」
「ん。さっそく試し斬り」
手持ちの材料で作れる弓を思い出しつつ狩りに精をだそう。
新しい武器は大きな戦力アップにつながるが、慣れるまでに時間がかかるのもまた事実だ。




