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第十六話:おっさんは鍛冶スキルを得る

 いつもより、少し早く目を覚ます。

 朝風呂に入るためだ。

 みんなで温泉に入るために水着を着用したが、やはり風呂は全裸で楽しみたい。

 隣で眠っているフィルを起こさないように布団を抜け出した。


 ◇


 温泉に行き、服を脱いで湯舟に浸かる。

 やはり、全裸のほうが開放感があっていい。

 大きな石にもたれかかりながら温泉を満喫していると水音が聞こえた。

 ……まさか、誰かが同じように朝風呂に来たのだろうか?

 声をかけるか、気付かれないないように風呂を出るか悩んでいると、青くて優しい光が風呂に満ち始めた。


 こんな現象は見たことがない。

 光は温泉の中心から溢れている。

 岩陰に隠れながら、そちらを見ると言葉を失った。


「ルーナ、なのか?」


 ルーナが裸身を晒しながら、青い光に照らされていた。

 子供っぽいふるまいとは対照的な女性らしい体。

 それよりも普段のルーナでは考えられない、どこか神聖な雰囲気と、大人びた表情に驚く。


 初めてルーナを可愛いではなく、美しいと思った。

 青い光に何かささやきかけているようだが、ここからじゃ聞こえない。

 青い光がルーナに吸い込まれていく。

 そして、ルーナは何事もなかったかのようにテントのほうへ戻っていく。

 いつもの子供っぽい表情で、犬かきならぬ狐かきをして。


「……今のはなんだ?」


 思わず呟く。

 大人びたルーナと、謎の青い光。

 もともとルーナには謎が多い。……そう言えば、オアシスでもルーナの記憶に関わる何かを手に入れた。

 あそこも、この温泉も聖なる力の祝福を受けた場所。

 ここでもルーナに関する何かを得られてもおかしくない。


 だが、なぜルーナはわざわざ俺たちに隠れて、こそこそ一人でやってきたのだろう?

 ……さすがに覗いてしまったことは言えないが、遠回しに記憶が戻っていないか後で聞いてみよう。


 ◇


 朝が来て、フィルの提案で朝風呂を楽しんでから出発した。

 ルーナのこともあり、一人で朝風呂を楽しんだとは言えないので、二度目の朝風呂となる。

 湯冷めをするどころか、温泉から出たあとはしばらく体が温まる。

 ダンジョンの中にある、魔法の温泉だけあって不思議な力が宿っている。


「ユーヤ、昨日はさいこーだった」

「うんうん、温泉気持ちよかったし、ご飯も美味しかったし、もうこのダンジョンに住んじゃいたいよ!」


 ルーナとティルは、いつも以上にご機嫌だ。

 ルーナを注意深く見るが、いつも通りのルーナで何も変わりはない。

 記憶のことはルーナと二人きりになってから聞こう。それまでは俺もいつも通りの振る舞いをしなければ。


「ユーヤおじ様の大好物って言うのも納得ね。昨日のボルシチは絶品だったわ」

「ああ、そうだな。フィルが作るボルシチはいい」

「当然です。ユーヤのために覚えたレシピで、ユーヤの好みにあわせて改良していますから」


 昨日、温泉のあとは白銀兎のボルシチを食べた。

 フィルの得意料理を最高の材料で作っただけあって絶品。濃厚な旨味の赤いスープはくせになる味だ。


 ただ、ボルシチが原因でちょっとした喧嘩が起こった。

 ボルシチのほうが美味しいというルーナとポトフのほうが美味しいというティルが言い合いを始めたのだ。


 ……そんなことがあって、ちょっと二人の仲を心配していた。

 しかし、この調子で杞憂だった。

 大事なことを忘れていた。子供の喧嘩は次の日にはなかったことになっている。

 ある意味羨ましい。


「ユーヤおじ様、急に辺りの雰囲気が変わってきたわね」


 周囲の景色は木々が立ち並ぶ林ではなく、無数に配置された水晶の迷路になっていた。

 ルーナを思いっきり上に投げて、水晶地帯の終わりを見ようとしたが、地上数十メートルからでも水晶地帯の終わりは見えなかった。

 ……よし、間違いない。水晶の迷路だ。ここまでくればゴールは目前。先へ進んでいく。


「すっごく綺麗ですが、分かれ道が多すぎるし、長いですし、迷ってしまいそうですね」

「目的地に近づいている証拠だ」


 今回の探索における主目的は、白銀兎の肉と莫大な経験値を得ることもあるが、それ以上に鍛冶スキルを得ること。

 それができる場所は水晶の迷路を超えた先にある。

 鍛冶スキルがある場所は特殊だ。

【レベルリセット】【ステータス上昇幅固定】。それらと同じく、神によって用意された場所。


 険しい雪山を越え、さらに入り組んだ水晶の迷路を超えた先にある隠された聖地に存在する。

 聖地を隠すギミックもあるが、純粋に全ダンジョンの中でも最大級の広さを持つダンジョン、それも雪に覆われているような進みにくいダンジョンの奥深くにあるというのが厄介だ。


「ルーナ、水の音は追えているか?」

「ん。ちゃんとわかる」


 さすがの俺も迷路の細かい道順までは覚えていないが、道しるべは知っている。

 それは、地下を流れる水。


 あの温泉に不思議な力があるのは、源泉が隠された聖地にあり、聖なる力が溶けだしているからだ。

 逆に言えば、水の流れを辿れば聖地は見つけられる。

 ルーナのキツネ耳が大活躍だ。

 ……ゲームのときは、分かれ道の度に床に耳を押し当てて、微かな音をひろうのは凄まじく面倒だったが、ルーナは耳がいいので、立ったままでも楽々音を拾える。


「なんか、こういう迷路って探検って気がするね!」

「ん。お宝の匂いがする」

「うんうん、わかるわかるよ。ロマンだね」

「……ん? ティルには【お宝感知】のスキルない。お宝の匂いがわかるはずがない」

「そっち!?」


 ルーナのキツネ耳がぴくぴくと動く。

【アサシンエッジ】以外のスキルポイントを探索に割り振っているルーナは、ある程度宝箱に近づくと、宝箱のある方向がわかるスキルを取得している。


「あっちにお宝!」


 ルーナがキツネ尻尾を揺らしながら、走っていった。

 ルーナは本当に役に立つ、一パーティに一ルーナ欲しいぐらいだ。


 ◇


 宝箱の中身は、頭装備の【氷雪のティアラ】。

 防御力上昇幅が大きく、水(氷)耐性の上昇効果がある上級レア装備。


「私がつけていいのかしら?」

「壁役を堅くするのは鉄板だ。それに、ルーナや俺は攻撃をもらうこと自体が少ないし、フィルとティルの頭装備は遠距離攻撃力を上げる効果があって変えたくない」

「ん。セレネが使って」

「私は今の髪飾り気に入っているし、いらないや」

「私もユーヤの意見に賛成です」

「……そう、でも問題は銀髪がばれてしまうことね」


 今のセレネが身に付けている頭装備は闇の祝福を受けた髪飾り。

 闇属性に対する耐性を上げる効果があり、同時に髪を黒く染める効果がある。

 もともとは目立つ銀髪を変えるために俺がプレゼントしたもの。


「大丈夫だ。銀髪がルノアの生まれ変わりだって知っている者は、この辺りにはいないし、もう命を狙う者もいない。それに前から思っていたんだが、セレネの銀髪は綺麗だ。見ほれるほどにな。セレネは銀髪のほうが可愛いよ」


 セレネの顔が真っ赤になる。

 脇腹をティルに肘でつつかれた。


「何をするんだ?」

「うわぁ、お姉ちゃんがいるのに、セレネを口説くなんて、いけないんだー」

「そういうのじゃない」


 素直な感想を言っただけだ。

 よこしまな気持ちはない。


「……そうね。もう銀髪を隠す意味はないわね。ただ、この闇の祝福を受けた髪飾りにも愛着があるの」

「ん。わかる。ルーナもユーヤにもらったバゼラートが宝物」


 ルーナが自分の愛刀を撫ぜる。


「そう思ってもらえるのはうれしいが、セレネが安全になってくれるほうがいい」

「わかったわ。この氷雪の髪飾りを使うわね」


 セレネが髪飾りを付け替える。

 すると、漆黒の髪が白銀に輝く。

 セレネ本来の姿に戻った。


「ユーヤおじ様、今まで貸してくれてありがとう」


 セレネが闇の祝福を受けた髪飾りを差し出してくる。

 それは受け取らない。


「それはセレネのものだ。好きに使ってくれ。闇属性を使う敵が多いダンジョンなら役に立つし、また変装が必要になるかもしれないだろ」


 それは建前だ。

 本音を言えば、そこまで気に入っているのなら取り上げるのは忍びない。


「……大事にするわね。ありがとう、ユーヤおじ様」


 セレネが微笑んで、大事そうに闇の祝福を受けた髪飾りを抱きしめた。

 それを見て、この判断が間違っていなかったと確信する。


「さあ、先に進もう。目的地はこの先だ」

「ん。鍛冶スキル! ルーナのバゼラートが強くなる!」


 ルーナが俺の手を引く。

 そう言えば、新しい短刀を作るとき、ルーナもバゼラートを使い続けたいって言ってくれた。

 バゼラートを材料にすることで納得している。

 鍛冶スキルを得て、バゼラートを生まれ変わらせれば、大きく戦力を増す。

 さあ、先へ進もう。


 ◇


 水晶の迷宮を抜けた先には水晶の神殿があり、全員で先へと歩いていく。


「すごくきれいな建物」

「これ、売ったらすごい値段がしそう」

「きれいだけど住みたくはないわね」


 何もかもが水晶で出来ている建物など、ここ以外では見ることはできないだろう。

 しばらく歩いていると、神殿の中心部に巨大で厳かな扉があった。


 この扉だけは水晶ではなく鋼で出来ている。

 扉には神々しい炎の紋章が掘られており、古代文字が刻まれていた。


『鍛冶とは炎を統べ鋼を支配することなり。汝の炎が神の御業を宿すに相応しいと証明せよ』


 この扉は、この古代文字に相応しい行動をしないと開かない。

 もし、無理に開こうとすれば強制的に水晶迷路の入り口に飛ばされる。


「ユーヤ、これどういう意味?」

「書いてる通りだ。この扉に渾身の炎の一撃を叩きこめって書いてある。それがお眼鏡にかなえば、扉は開き鍛冶スキルを得られる。失敗すれば入り口に飛ばされるんだ」

「ずいぶんいじわるな仕掛けね。炎属性攻撃を持たないパーティが来たら、無駄足になってしまうわ」

「まあな。だが、炎属性の武器を使うなり、炎を付与するスキルやアイテムを使うなり、方法は多数ある」

 

 今回、水晶迷路の突破はズルをしたが、水晶迷路の地図を得られる洞窟にはちゃんと、警告もしてあるのでダンジョンのギミックの中では親切なほう。


「むしろ問題は必要な威力。標準的なステータスのレベル50魔法使いが上級装備を整えて放つ上級火炎魔術。それぐらいの威力がいる」


 俺のその言葉に、ルーナたちはなんだそんなことかと言う顔をする。


「ん。その程度ならよゆー」

「うんうん、ユーヤ兄さん、あれやってよ」

「そうね、ユーヤおじ様のあれならそれぐらいの威力はあるわ」

「ばっちり決めてください。扉を開けるのはユーヤしかいません」


 俺は頷き、集中力を高める。

 この場で放つ技なんて一つしかない。

【レベルリセット】をして、初めて取得した技。

 もっとも信頼する技にして、切り札。

 中級火炎魔術【炎嵐】カスタム。

 炎の嵐を、掌に圧縮して叩きつける魔術にして体術。

 その名は……。


「【爆熱神掌】!」


 灼熱の炎を纏う掌を扉に叩きつける。

 炎の彫刻が赤く輝き、彫刻の炎が命を宿し轟轟と燃え盛る。

 そして、扉が開いた。

 ルーナたちが、歓声を上げ、次の瞬間、脳裏に声が響く。


『汝の炎を見せてもらった。神の御業を振るうにふさわしい強い炎。この力で強き刃を生み出し、闇を打ち払え』


 熱い力が体内に流れ込む。

 そして……【鍛冶スキル】を得た。

 このスキルがあれば、様々な装備を作れる。

 まず、手始めにルーナの短刀を新調するとしよう。

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[良い点] 主人公どんどんたらしになってて言動が気持ち悪くなってる
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