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第十五話:おっさんは雪見酒を楽しむ

 白銀兎の味を楽しんだ翌日もさらに先へと進んでいた。

 この巨大な雪山の向こう側に欲しいものがある。

 頂上を越えて、反対側に差し掛かっていた。


「うさぎがたくさん♪ お肉もたくさん♪」

「うさぎを射抜け♪ 矢で射貫け♪」

「きゅいっ!」


 お子様二人組が、微妙に怖い歌を口にしている。

 雪が止んでくれたので、今日は弓の精度が保てている。

 二百メートル先の敵に気付く白銀兎も、三百メートル先から射抜いてくるティルの矢は避けられない。

 ただ、普通に放ったのでは防御力と体力が高い白銀兎を仕留められず、逃げられてしまう。

 だからこそ、矢を放つ瞬間に【神剛力】と【魔力付与:炎】の重ね掛けをしていた。


 今のティルのステータスの高さと二種のバフがあり初めて認識範囲外から一撃で倒すなんて芸当ができる。


 そして、雪山は白銀兎が多いらしく、まだ日が昇っている時間だというのにもう四匹倒していた。

 一レベル上げるのに、上級ダンジョンで一か月必要と言われているのに半日でレベルを上げることができてしまった。

 やはり、白銀兎の経験値は規格外だ。


「もふもふ毛皮暖かいよぅ」

「ん。これはいいもの」


 素材のままだが、ドロップした毛皮はあったかく、ことあるごとに白銀兎の毛皮に二人が手をいれている。


「ユーヤ、そろそろ雪山に上る前に言っていたいいものが見えてくるんじゃないですか?」

「ああ、その通りだ。たぶん、あと一、二時間ってところだな」


 雪山の反対側の中腹に、いいものはある。


「何かしら? 気になるわ」

「私はだいたい想像ができます。ふふ、あれだといいな」


 あれはゲームだったころに冒険者を楽しませるために作られたものだ。

 ダンジョンは辛く苦しいだけでなく、時折遊び心が込められたものがある。

 たとえば、カジノなんてものがある。

 あそこでないと手に入らないものもあり、一度は行ってみたいものだ。まあ、九割の冒険者が損をするような代物だが。

 とはいえ、カジノには必勝法が存在する。……これはゲーム解析で判明したもので、普通にプレイしていれば気付かない類のものだ。


「ユーヤ、楽しいことの前に強そうな敵。とっても大きな熊が、近づいてくる。後ろから。なに、この速さ。どんどん速くなってる!」

「ふふん、今日は絶好調の私に任せてよ。速い熊だろうと、近づく前に倒しちゃうから」


 ティルが、そう言って振り向くが、次の瞬間目を見開いた。


「こっ、こんなの無理だよおおおおおおおおおおおおおお」


 絶叫するのもわかる。

 なにせ、その熊の魔物とやらはとんでもなく巨大な雪玉だった。雪玉の中心にいて姿が見えない。

 雪玉は魔物のスキルで硬質化しており白く輝いていた。

 かなり離れているのに、地響きがする。

 こちらに超スピードで転がりながら、ますます雪玉が大きくなっていく。

 でかすぎて、今の道幅では回避スペースがない。

 ……ああ、居たなこんな魔物。


 スノーボウル・ベア。名前の通り雪を纏った体当たりをせまい道で行い、冒険者を谷底に突き落とすうっとうしい魔物だ。

 ティルとフィルが矢を放つが、巨大な雪玉に矢がうまり、それも雪玉が高速回転しているものだから、熊まで届いていない。


「セレネ、止めてくれ」

「ええ、久しぶりの見せ場ね。血が滾るわ」


 セレネが一歩前へでる。

 そして、足元の雪を払った。

 雪山に用意された道は、深く雪が積もって道が消えないように不思議な力が働いているので浅くしか雪が積もらない。

 おかげで、スパイクが使える。


 ルノアの盾に魔力が込められ、液状魔法金属がスパイクとなり、大地に深く突き刺さる。

 さらに防御力を向上させる【プロテクション】を使用。

 セレネは全体重を盾に預ける。

 ついに目の前まで、雪玉がやってくる。


「【城壁】!」


 セレネが叫ぶ。すると青い壁が盾を中心に展開される。

 一時的に防御力を数倍にするクルセイダーだけに許されたスキル。

 凄まじい衝撃をセレネが歯を食いしばって耐え、地面に刺さったスパイクが、大地を傷つけながら押し流されるが、数メートルで止まる。

 青い壁とぶつかった雪玉が崩れていき、丸まった白い熊の体が露わになり、尻餅をついていた。


「よくやったセレネ!」

「ん。これで狙える」

「なかはこんなに小さかったんだね」

「さあ、さっそく仕留めましょう!」


 四人の総攻撃を受けて、一瞬でスノボール・ベアが沈黙する。

 雪を失ったこいつはさほど強力な魔物じゃない。

 ドロップ品は、まさかのクマ肉(並)。

 ……ヤギ肉(並)やヒツジ肉(並)は存在しないのにどうしてクマ肉(並)があるのだろう?

 気にしたら負けだ。


「セレネちゃんがいてくれて助かりました」

「役に立てて嬉しいわ。でも、クルセイダーがいない冒険者たちはどうやってあれを防ぐのかしら?」

「避けるしかないな。もし、セレネがいなければ、こうする」


 そう言うなり、道を飛び降りる。


「ユーヤ!」

「ちょっ、ユーヤ兄さん、何やってんの!?」


 慌てた顔で、みんなが俺のほうを見る。

 俺は、飛び降り、壁に剣を突き付けて片手でぶら下がっていた。

「これが一番確実だな」


 ……実際、スノボール・ベアと会ったときに推奨される対処法だ。

 坂道のスノボール・ベアは無敵。奴を倒すには、奴より低い位置にいない。もし、高い位置を取られたら避けることだけを考える。

 あいつのことを知らない冒険者は、回避できないとパニックになり、やけくそ気味に止めようとして、スキルで硬くなった圧倒的重量の雪玉にはじきとばされ、谷底に落ちて死ぬか、重傷を負う。見た目はコミカルだが洒落になっていない。

 実演を終えたのでよじ登る。


「ん。ばっちりわかった。セレネがいないときはそうする」

「なるほど、わりと簡単ですね」

「私、絶対やりたくないからね!」

「……できる自信がないわ」


 スノーボール・ベアも、この先にある素晴らしいものと同じく作ったやつの遊び心だろう。

 いろんな意味で、この世界を作った奴は頭がおかしい。よくもわるくも、面白ければそれでいいを徹底しているのだ。


 ◇


 日が沈み始めたころ、雪山の反対側を下った先に別れ道があった。

 さらに下っていく道と、ひらけた場所に出る道。

 下らずに、ひらけた場所へ進む。

 すると、木々が立ち並び、水の音が聞こえ始めた。


「ユーヤ、変、このあたり、魔物がぜんぜんいない」

「たしかに変ですね。私たち以外が立ち入った形跡もないですし、魔物がたくさんいてもおかしくないのに」

「変なところはそこだけじゃないだろ?」


 天を見上げる。

 すると、粉雪が降っていた。

 このダンジョンでは雪が降るときには大雪ばかりだが、ここだけは優しい雪。それもなぜか晴れなのに降っていた。


「これぐらいの雪だと、可愛いいって思えるね」

「ええ。それに寒いことは寒いけど、雪山よりだいぶ楽よ」

「ここはボーナススポットだ。このあたり一帯には魔物がでない。天候も晴れで固定されるし、気温も比較的まし。そして、常に粉雪が降っている」

「これがユーヤ兄さんの言ってたいいもの? たしかにうれしいけどちょっと地味だよ」

「いや、俺が言ういいものは違う。ほら、見えてきた。向こうに湯気が見えるだろう? あれだ」


 俺が指をさすと、ルーナとティル、そしてエルリクが走っていった。

 元気があっていい。

 フィルたちと一緒に追いつく。

 すると、少し高い丘から下の様子が見渡せた。


「うわあああああああああああ、おっきなお風呂!」

「あったかそう。ユーヤ兄さん、今すぐ入ろ! 魔物もでないんでしょ!」

「きゅいっ!」


 そう、いいものとは天然温泉だ。

 風情がある石の浴槽にちょうどいい湯加減で温泉が沸いている。


「もちろん、温泉を楽しむつもりだ。今日はここで野営にする」


 魔物も出ないし、天候も安定している。

 ここ以上の野営スポットはない。

 それに、面白いものも用意してある。

 ルーナが服を脱ぎだしたので、慌てて止める。


「……男の前で服を脱ぐな。テントを用意するから、そこで水着に着替えろ」

「早く、お風呂に入りたかったのに。残念」


 いそいそとルーナが服を着る。

 まったくこの子は。


「まずは下に降りよう。湯舟が遠い場所で着替えたら風邪をひきそうだ」


 せっかくの天然温泉、しっかりと楽しもう。


 ◇


 テントを設置し、それぞれ着替えを終えて湯舟に浸かる。

 美少女揃いなので、水着姿は眼福だ。まさか、水着をこんなところで使うとは、買っておいてよかった。

 冷えた体が内側から温まる。


「ぽっかぽっか」

「はううう、生き返るよぅ」

「いいお湯ですね。寒い中での温泉は格別です」

「そうね。粉雪を見ながらのお風呂ってとっても贅沢ね」

「きゅいー」


 みんな、まったりした顔でくつろいでいた。

 エルリクまで、ぷかぷかと浮いて気持ちよさそうにしている。

 いつものようにルーナは俺の足の間に小さなからだを潜り込ませてもたれかかってきた。

 相変わらず、この子は甘えん坊だ。


「この温泉は気持ちいいだけじゃなく、特殊な効果があるんだ。浸かっている間、魔力・体力が回復するし状態異常が治る。文献によると、肌がきれいになったり、体が丈夫になったり、寿命が延びたり、若返ったりするらしい」


 ……後半になるほど胡散臭いが、ゲーム時代の文献には本当にそう書いてある。

 実際、ゲームのときはいくつか効果があった。

 浸かっている間、魔力・体力の回復率上昇、状態異常の回復。初回のみの体力ステータス上昇。さらには、この温泉に入り、野営をした場合、隠しパラメーターのキャラ間の親密度が上昇する。


 ダンジョン産だから不思議な力があってもおかしくない、案外、寿命や若返りも嘘じゃないかもしれない。

 そういうこともあり、この温泉には入りたかった。


「へえ、素敵ですね」

「お姉ちゃんは美肌とか書いてる化粧品いっつも買ってるし、美肌とか、うきうきじゃない?」

「……ティル、よほど夕食のおかずを減らされたいようですね」

「ひっ、ひどいよ! お姉ちゃんのいじわる!」

「気持ち良ければなんでもいい。あったかい」

「そうね。溶けてしまいそう」


 たしかに、そういう効果よりも、雪山で粉雪を肴に天然温泉という最高の贅沢を楽しむのが一番だ。

 温泉自体も素晴らしいが、この環境が重要だ。ここでだからこそ、これほどの感動が味わえる。

 魔法袋から、酒を取り出す。

 グランネルで購入した、米で作った酒。透明で甘い酒だ。

 やっぱり、温泉にはこれだろう。

 お盆を浮かせて、人数分のグラスに注ぐ。


「雪見酒だ。温泉にはこれがないとな」

「ユーヤ、親父くさいですよ」

「おっさんだからな。フィルはいらないのか?」

「もちろん飲みます」


 のぼせそうな中で、きりっとした冷えた酒を流し込む。

 極楽だ。

 魔物が現れないエリアだからこそ、堂々と外で酒が呑める。それもこの温泉だけで許される贅沢と言える。


「このお酒、ルーナも好き。おんせんぽかぽか、喉ひんやり」

「甘いお酒は大歓迎だよ」

「この透明なお米のお酒、実は私の大好物なの」


 日が沈み、月が出てきた。

 見事な満月がくっきりと見える。

 美しすぎる光景にみんなが言葉を失う。雪見酒が月見酒になった。

 ここに来て本当に良かった。

 最高の仲間と、最高の体験。


 そして、今回の目的地はもうすぐそこだ。

 この温泉が特別な力があるのは、源泉に秘密がある。

 聖なる力が溢れており、その場所こそが鍛冶スキルを得られる場所。

 温泉で疲れを癒したら、いよいよ鍛冶スキルを手に入れにいこう。

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