第十一話:おっさんは大人の味を教える
アイスグランド・ジェネラルをなんとか倒した。
……それにしても、神剣ダーインスレイヴ。想像以上に凄まじい。
これを使うのは二回目だが、強敵相手だとより、その性能が際立つ。
ただ、気になることがある。
ダーインスレイヴの鞘に赤みがさしている。
刀身は血管のように張り巡らされたパターンが赤く鳴動しているが鞘自体はいたって普通だった。
なのに、鞘までそうなっている。
神剣というより、魔剣に近い性質を持っている剣だ。油断はできない。
村に戻ったら、ゆっくりと考察してみよう。
とにかく、今は目の前のことに集中だ。
百メートルさきで、スノー・シープが矢の雨を受けて崩れ落ちた。
「ふっ、ふっ、ふっ。もう入り口目前だから、魔力使い放題だよ!」
ティルがどや顔をしている。
彼女の言う通り、もはや魔力を温存する必要もないので、フィルに【魔力付与:炎】と【フレアベール】を戦闘の度に使ってもらっている。雪が降っていないこともあり、いつも通りの精度だ。
「こら、あんまりはしゃがない。気持ちはわかりますけどね。ただ、三竜と戦うときは考えないといけません。最初からかけっぱなしなんてできないですからね。でも、この羽織りがあれば……」
ティルが倒したスノー・シープのさらに百メートル先にいたトナカイ型の魔物をフィルの矢が射抜く。
【魔力付与:炎】で威力はあげているが、【フレアベール】は使っていない。
なのに、その矢はいつも通りの精度を保っていた。
「耐氷耐性が完璧な装備って、寒さを感じなくなるんですね。指の先まで暖かいです」
フィルは、アイスグランド・ジェネラルのMVPドロップの装飾品、【将軍の雪羽織】を身に着けていた。
後衛であり、補助と回復の要であるフィルの生存率が上がるのはそのままパーティ全体の生存率に直結するので彼女に装備してもらっている。
とくに氷の三竜は範囲攻撃を連発してくる。フィルの【フレアベール】が生命線だ。
「お姉ちゃんずるい!」
「パーティのためです。わがまま言わないでください」
ティルが羨ましそうに、【将軍の雪羽織】を見ていた。
フィルはいつも、ティルのことを優先するし、いろいろと譲りがちだが、パーティ全体の利益を無視することはない。
「ユーヤ、アイテム拾ってきた。【とろとろチーズ】と【角鹿の上皮】」
そんな姉妹のじゃれあいの間に、ルーナがドロップ品を回収してきてくれた。
「よし、これで【とろとろチーズ】と、【角鹿の上皮】の収集クエストは達成だ」
アイスグランド・ジェネラル討伐以外にもクエストはしっかり受けている。
「やった!」
「お金があるのはいいことだよ!」
「きゅいっ!」
お子様二人組とエルリクが謎ダンスを始めた。
エルリクが混ざるパターンは初めてだが、妙に息があっている。
そんな様子を見て、竜人の盗賊ライルが笑い声を漏らす。
「どうかしたか?」
「いや、楽しそうだなって。にぎやかで可愛らしいパーティだ」
「素直で可愛くて強い。自慢のパーティメンバーだよ」
「うらやましいねえ」
はたから見たら、子守りのように見えるが、ルーナもティルも実力は折り紙付き。
今日のレイド戦でも超一流と言われる【ドラゴンナイト】と【ワイルドタイガー】の面々が次々に脱落していくなか、俺たちのパーティは誰一人欠けなかった。
それは、すでにルーナたちが超一流に足を踏み入れている証拠だ。
「おっ、ユーヤ、そろそろ入り口だぞ」
「やっと村に戻れるな」
そうして、青い渦に足を踏み入れ、無事に帰還をした。
◇
雪と氷の街クリタルスに戻ってきた俺たちは一休みしてもしものときのために決めていた集合場所である宿に向かう。
そこには、【帰還石】で帰っていった七人が全員いた。
半日たって、【瀕死】から抜け出して【回復】が効くようになり、ぴんぴんしている。
……良かった。【瀕死】で済んで。死んでしまっていたら、目覚めが悪い。
彼らはバツの悪い顔をしている。
その中で、【ワイルドタイガー】のリーダー、クルシャッタが立ち上がり頭を下げる。
「早々に戦線を離脱してしまい、迷惑をおかけしました。……面目ない。アイスグランド・ジェネラルはどうなりましたか? ……いえ、言わなくてもわかります。発狂状態まで追い込んだとはいえ、残り六人で、どうにかなるわけがない。諦めて戻ってきたのですよね? 対策を立て、再戦の準備をしましょう」
どうやら負けたものと思っているようだ。
隣でライルがにやにやし、俺に説明を促す。
「いや、なんとかぎりぎり勝てた。発狂と同時にライルが毒状態にして、自動回復を止めたおかげでな。これがドロップ品で、フィルが着ているのはMVPドロップ。約束通りドロップ品は山分けで、MVPドロップはMVPパーティがいただく」
この場にいる全員が信じられないという顔をした。
「それはすごい。ライル殿の勇名は聞いていましたが、【夕暮れの家】の強さは想定外でした」
彼の言葉に、リタイヤ組が次々と同意する。
「ああ、超一流パーティにも、セレネぐらい硬くて勇気がある壁はいない」
「ルーナちゃんの身のこなし、攻撃を躱しながら次々にクリティカルを決めていく姿にはほれぼれした」
「同じ弓使いとして、ティルさんとフィルさんの技には……嫉妬を通り越して感動すら覚えました」
「英雄レナードの師匠っていうのは伊達じゃねえよ。剣技の腕なら、英雄レナードすら超えているんじゃ?」
俺たちを称賛する言葉が続く。
セレネとフィルは照れて小さくなり、ルーナはキツネ尻尾をふくらまして腕組み、ティルは鼻息を荒くしてどや顔をしている。
「【ワイルドタイガー】が分け前をもらっていいのですか? 僕たちは全員リタイヤしてしまったのに」
「もちろんだ。【ワイルドタイガー】がいなければ、削り切れなかった」
彼らがいなければ、発狂モードにたどり着くことすらできなかっただろう。
「なら、ありがたくいただきます。では、みんなでギルドに行きましょう。はやく、アイスグランド・ジェネラルの討伐を報告しないと」
「いや、それはこまごまとしたクエスト報告の後だ」
「ユーヤの言う通りだぜ。そっちの換金が終わってからだ。アイスグランド・ジェネラルに会う前にけっこう狩りして素材が集まってるだろ?」
今、クリタルスにいる冒険者たちが狩りにいけないせいで、軒並み収集クエストの報酬が値上がりしている。
……その高額になった報酬目当てに命がけで狩りをするパーティも少しはいたらしい。運が良ければ、アイスグランド・ジェネラルに遭遇せずに素材収集もできただろう。だが、欲をかけばいつかは遭遇して全滅する。
アイスグランド・ジェネラルを倒したと報告すれば、すぐに報酬は元の値段になる。
しっかり、手持ちの素材を売ってから報告する。
もらえるものはしっかりともらうのが冒険者の流儀だ。
◇
ギルドに行き、通常クエストの換金を終わらせてから、アイスグランド・ジェネラル討伐の報告を終わらせた。
最初、通常クエストの報告をしたとき、ギルドの面々はがっかりした顔をしていた。
討伐に失敗して道中での狩りの成果だけでも換金しにきたと思ったのだろう。その後、アイスグランド・ジェネラルのドロップ品を取り出して、討伐報告を行ったが、表情の変化が面白かった。
街の命運がかかっていただけに、報酬はとても多く、それらをきっちり三等分にしてもとんでもない金額となった。
そして……。
「「「「乾杯!」」」」
十三人全員で、チーズ鍋を名物にしている酒場に来た。
狩りの道中でも食べたが、本場のものを食べたいとフィルが言い出し、賛成意見が多くなったので、この店にした。
【とろとろチーズ】や【牛肉(並)】、【雪人参】など、それぞれのパーティが手にしたドロップ品を少しずつ提供したおかげで消えていたメニューも復活した。
金が入ったので、クリタルスの地酒の中でも最上級のウイスキーを頼んでいる。
さっそく飲む。これはいい。熟成が良く進んでいるし、スモーキーで喉が焼けるような強い酒。辛いのに喉を通ったあと優しい甘さが広がる。
これだけのウイスキーはなかなか飲めない。
「にがい、ルーナはきらい」
ルーナが舌をべろっと出して、じと目をしていた。
「私も無理ー、にがっ、からっ、お姉さん、こっちにはフルーツジュース頂戴!」
「ルーナにははちみつミルク、あったかいの!」
お子様二人組にはまだウイスキーは早かったようで、ジュースを追加で頼む。
「すごく力強いお酒ね。でもきついだけじゃなくて、豊かで腰がしっかりしているわ」
「ええ、とっても美味しいです。おつまみのチーズにも合います」
セレネとフィルは気に入ったようだ。
前菜で出された色とりどりのチーズをかじりながらウイスキーを舐めるようにして楽しんでいる。
次に来たのはたっぷりと香辛料を利かせた山羊のロースト。
うまく臭みをけしており、山羊独特の旨味が楽しめる。飛びぬけて美味しいわけではないが、山羊肉はドロップされず、珍しいので心が躍る。
そして、いよいよこの店の名物が来た。
「チーズ鍋!」
「お姉ちゃんのとは見た目も匂いも違うね!」
とり肉と冬野菜をたっぷり使ったチーズ鍋がやってきた。
ブロッコリーやアスパラガス、人参がたっぷりと煮込まれている。フィルのようにフォンデュするのではなく、煮込み鍋のようだ。
「ユーヤ、美味しい!」
「こっちもいいね」
「これが本家ですか。出汁じゃなくて、お酒と家畜のチーズを何種類かを混ぜて、チーズだけで深みを持たせた味を作り、しっかり煮込んで味を芯までしみ込ませる。美味しいです」
「ええ、串で泳がせるのは楽しかったけど、煮込むとこってり感がすごいわ」
同じチーズ鍋でもここまで違うのか感心する。
どっちが上というわけじゃなく、どちらも違った魅力がある。
フィルのは素材の味とチーズのハーモニーを楽しめたが、こっちはこれでもかとチーズの旨味をぶつけてくる。個人的にはフィルの作ってくれたフォンデュ風のほうが好きだ。
「とり肉! こってり」
「これ、極楽鳥ならもっと美味しくなりそうだね」
肉はしっかりと煮込まれたとり肉(並)、悪くはないがティルの言う通り極楽鳥ならもっと美味しくなりそうだ。
「そういえば、どうして昨日は極楽鳥を使わなかったんだ? まだ、あっただろう?」
そう、魔法袋にはたくさん狩りをした極楽鳥があまっていた。
それこそ、三パーティにいきわたるほど。
「その、とっても美味しいお肉なので、あの日使うのはもったいないなって……だって、グランネルには二度といかないかもしれませんし!」
笑ってしまう。変なところでケチなくせが出ていた。
「フィル、それなら今度極楽鳥使ったチーズ鍋作って! ルーナたちだけのときに」
「ええ、そうします。でも、この煮込み式チーズ鍋、ほんとうに美味しい。どっちで作るか悩みますね」
「お姉ちゃん、そんなの簡単だよ。両方作ればいいんだよ!」
「ん。ルーナも賛成!」
食欲が旺盛でいいことだ。
最初はパーティ内で盛り上がっていたが、次第にパーティ間の交流が始まる。
美少女ぞろいのうちのパーティが鼻の下を伸ばした男たちに絡まれる。昨日、全員が俺の女だと自称したが、そんなことは意識から消えているらしい。……というか、冒険者の場合、別に彼氏持ちだろうが、俺に乗り換えろと口説くのが普通だ。
……やっぱりいい気はしないな。
フィルはともかく、他のメンバーの色恋なんて口出ししていいはずがないのに。胸の中がむかむかする。いつの間にか、剣の柄に手をかけている。……きっとあれだ。俺は彼女たちの保護者だからだ。
ティルやセレネは意外にもうまく受け流しているが、ルーナは絡んでくる男たちをうっとうしく思っているのか、キツネ尻尾でぺちんぺちんっと椅子を叩き始めた。あれはルーナが苛ついている時の仕草だ。
何かを思いついたのか、ルーナのキツネ耳がぴんと伸びる。
そして、立ち上がってこっちまでやってきて俺の足の間に小さな体を潜り込ませる。ルーナをくどいていた連中は追ってこないようで、目を丸くしてる。
「ここなら安全。ゆっくりできる」
まったりした顔で、ルーナははちみつミルクを飲む。
そんなルーナが妙に可愛く見えた。
「しょうがない奴だ。それ、うまいのか?」
「ん。美味しい。はちみつミルクさいこー」
「そっか。ウイスキーもうまいんだが……。そうだ、さっき残したウイスキーがあるだろ? あれをそれに少しいれるともっとうまくなるぞ」
酒が苦手でも、甘い牛乳で割ると美味しく飲める。
「ほんと? やってみる」
おそるおそるルーナがはちみつミルクにウイスキーをちょびっといれる。
「おいしい! すごく、ぽかぽか! ルーナ、これ好き」
あっという間に、ウイスキー入りのはちみつミルクを飲み干してしまい。お代わりをする。
「あっ、ルーナ、それ美味しそう。私もやろうっと……うん、美味しいね」
ティルも真似し始めた。
どんどん、ウイスキーの割合が増えているのは気のせいだろうか? いや、違う。ウイスキーまでお代わりしている。
止めようと思っていると、ルーナが潰れて、全身の力が抜け、目をつぶってもたれかかってくる。
「ティル、飲みすぎるとこうなるからそれぐらいにしとけ」
「こわっ! ユーヤ兄さん、私たちを潰していったい何をするつもり? はっ、青い果実を摘み取ろうと!」
「するかっ!」
ウイスキーの味を知ってほしかっただけだ。
「フィル、ルーナを先に宿に連れ帰る。ほどほどなタイミングでみんなを連れて抜け出せ。……冒険者、とくに男所帯は朝まで飲むのが普通だが、なにもそこまで付き合う必要はない」
「ええ、そうします。私が目を光らせておきますから。安心して送ってあげてください」
ルーナをお姫様抱っこする。
見た目以上に軽い。この小さな体で、今日も大活躍してくれたのか。頭をひと撫でする。
一足先に帰らせてもらおう。
明日からはいよいよ、ルーナも楽しみにしていたネームドの肉を手に入れる。
【白銀兎】の肉、いったいどんな味がするのだろう?




