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第十話:おっさんは羅刹となる

 ルーナたちが視界から消えたのを確認しダーインスレイヴを引き抜く。

 心臓がうるさいぐらいに高鳴る。

 目の前にいるアイスグランド・ジェネラル、そいつを殺したくて殺したくて仕方がない。


 熱情と殺意に心が埋め尽くされ燃え上がり、逆に頭はどこまでも冷たくなる。

 心は熱く、頭は冷やかに。

 それは剣士として一つの境地であり、理想。そこにたどり着いていた。


 アイスグランド・ジェネラルの拳が向かってくるが、やけにゆっくり見える。

 発狂も相まって、超高速の一撃のはずなのに。

 普段の俺なら回避不可能と判断し流す一撃を、確信をもって前に進みながら避ける。


 踏み出しが軽く、一歩で進む距離が長い。

 容易く躱し、そのスピードを殺さずにそのまま進む。

 奴が蹴りを放つがそれも紙一重で避け、すれ違いざまにダーインスレイヴを振るい斬りつける。


 鉄よりも固い氷の体を切り裂いた。

 奴は何かに怯えるように両指をこちらに向けた。

 本来、後衛をまとめて吹き飛ばすための範囲攻撃を、たった一人を殺すために集中させる。


 絶対の殺傷領域。

 音速を超える殺意の雨が降り注ぐ。

 死の領域に存在する数少ない安全地帯を見抜き、死の雨を躱しながら進み、一閃。その一閃のみで直撃するものを切り裂き、その場で佇む。


 その後も、殺意の雨は降り注いだが、一閃で切裂いたもの以外、直撃するものはなかった。

 アイスグランド・ジェネラルが吹雪ブレスを放つと同時に高く跳んで回避。

 クリアになった思考が語っている。

 いくら奴の足を斬ったところで、殺しきれはしない。

 殺しきるには奴の胸のコアを抉り続ける必要がある。


 だが、三倍の身体能力となった今でも胸のコアを狙うには高さが足りない。

 だから、フィルの放った矢を空中で蹴りさらに高く跳ぶ。普段ならこんなこと試そうとすらしないだろう。

 そのまま、無意識にステータスウィンドウを弄り、余らせていたポイントでスキルを習得。

 習得したスキルは、剣技。

 突進基本スキル。


「【ソード・ストライク】」


 単発の突きを放つ技。

 突きスキルは柔軟性が欠けるため、あまり好きではないが空中でスキルを放つことで推進力にできる。

 基本スキル故に上級スキルほどの威力はないが、隙が少なく発生も速い。

 高さは十分稼いだ。横の力を突進スキルで得る。


「があああああああああああああああああああ」


 アイスグランド・ジェネラルの胸に、ダーインスレイブが突き刺さる。

 奴はまるで蚊を潰すように掌で挟み俺を潰そうとする。

 剣の柄を鉄棒がわりにして、その場で宙返りして高く跳んで回避。

 合わされた掌に着地し突進。

 放つ技は当然一つ。


「【爆熱神掌】!」


 三倍のステータスで放つ故に、さきほどとは比べものにならない威力だ。

 悲鳴は聞こえるが無視し、こんどはコアに突き刺さったダーインスレイヴを足場にし、黒の魔剣を引き抜き連続の斬撃。

 スキルなど使わない。

 三倍のステータスで、磨き上げた自らの技量を利用した嵐のような連撃。

 不安定すぎる足場で、到底制御なんてできない三倍速で、それでも俺のもてるすべてを出し切った剣戟を十全に発揮する。

 ……いや、十全以上だ。


 ダーインスレイブは、持ち主の持てる力を引き出す。当然、本人にできないことはできないし、知らない技は使えない。

 しかし、引き出しの奥深くにしまってしまいこんだ技、使いどころを決めつけていた技、そういう見落としていた可能性をすべて引き出し、できるのにしようとしなかったことを実行する。


 何十年もの実戦経験、研鑽の理想形がここにある。

 それは快感だ。

 まるで、今のこの瞬間だけは世界すべてが俺のためにあるような全能感。アイスグランド・ジェネラルは悲鳴をあげながら暴れ、胸に刺さった剣の上に立ち剣を振るい続ける俺を振り払おうとした。

 ダーインスレイブを引き抜きながら、奴が振り払おうと暴れている勢いを利用して高く跳んだ。


 落ちながら、振り上げられたアッパーカットを弾き、【ソード・ストライク】を推進力にするためだけに放ち加速しながら距離を詰める。

 死の淵で目覚めた白い扉を開く。

 ステータスの力をさらに高める。

 さらに、詠唱を開始。

 止めだ。

 最後に最高の一撃を放とう。


「【神剛力】」


 ダーインスレイヴで三倍のステータスに到達した状態で、白い扉を開き、さらにステータスを底上げし、攻撃倍率を十倍に引き上げる【神剛力】。

 その状態で放つのはスキルではなく純然たる剣術によって可能となった最速の一撃。


 今の俺の目ですら捕らえられないほどの剣閃。

 斬ったという抵抗すらなかった。

 断面はどこまでも滑らかで美しく幻想的で。

 自分で放った剣なのに、涙が出そうになるほど胸が震えた。

 そうか、俺はこんな剣が振るえたのか。

 重力に身を任せ、受け身を取りながら着地。

 アイスグランド・ジェネラルが崩れ落ち、青い粒子になっていく。


「ユーヤ、今のすごい! かっこよかった!」

「来るな!!」


 ルーナがこちらに向かって走ってくる。

 まずい。相手がルーナなのに、殺意が爆発的に膨れ上がる。

 俺の思考を無視して、神速の踏み込みからの斬撃の連携。

 ルーナは反応すらできてない。


 奥歯を噛みしめ【エリクシル】を使い状態異常を解除。

 振り下ろし剣を無理やり軌道を変える。

 剣がぎりぎり逸れる。ルーナの髪が何本か宙に舞い、剣は大地に突き刺さった。

 ゆっくりと手を離す。ダーインスレイヴの血のような輝きが消える。

 剣が通り過ぎたあと、自分が死にかけていたことに気付き、ルーナが恐怖で目を見開く。

 悪いことをした。奴を倒した瞬間に【エリクシル】を使えば良かったのに。


「がはっ」


 全身の骨に罅が入り砕け、内臓が悲鳴を上げて酸っぽい何かが血と共に込み上げてくる。

 我慢しきれずに、血と胃液が混じった何かを吐き出し、膝をつく。


「ユーヤ、ユーヤ!」


 さきほど殺されかけたばかりだというのに、ルーナがその場で俺を助け起こし、口にポーションを流し込む。


「……悪かったな。怖い目に合わせて」

「ううん、ユーヤだからいい。その剣のせい?」

「まあな、この剣を抜くと力が湧いてくるし、集中力も格段に増すんだが目に映るすべてを殺そうとしてしまう。それが終わるまで鞘に戻らない。だから、歯に仕込んだ状態異常を治す薬で無理やり解除した。……おまけに、戦っていた時間に比例するダメージも負ってこの様だ」


 この痛みを味わうのは二度目だが、相変わらず凄まじい痛みだ。

 ポーションが効いてきてだいぶ楽になる。


「ユーヤ、それ怖い。使わないほうがいい」

「俺もそう思う。でも、こいつを使わなければ勝てなかった。みんなの頑張りが無駄になるところだった。それに楽しいんだ。新しい世界が見える。ルーナならわかるだろう? 理想通りに、いや理想すら超えた世界で体が動く。それも、いつもよりも何倍の速さで。今回も痛い目にあったし、ルーナを怖がらせたが。それでも得るものは多く後悔はない。また、扉の向こうを見たいって思ってる」

「……わかる。でも、ユーヤが危ないのはやだ」


 この子は本当に俺を心配してくれているのだろう。

 優しい子だ。頭を撫でてやる。

 いつのまにか残りのメンバーも集まっていた。


「ユーヤおじ様、ダーインスレイヴの効果、そんなものだったのね。……渡すべきじゃなかったわ。王家に生まれたのに、知らなくてごめんなさい」


 どうやら、ダーインスレイヴの効果をセレネにも聞かせてしまったらしい。


「ルーナにも言っただろう。こいつとじゃなきゃ見れない世界がある。それにデメリットは多いが、どんな武器も使い方次第だ。使う場所は俺が選ぶ。大丈夫、うまく付き合うさ」


 セレネが複雑な表情で、気を付けてと言う。

 それとは対照的に、その後ろにいたティルは目を輝かせていた。


「ユーヤ兄さん、それ、必殺技みたいだね! 必殺技ってリスクがあるほうがなんか燃えるよ! 私もそういうのほしいな。なんか、すっごい弓の一撃を放つ代わりに全身の骨が砕けるとかそういうの!」

「相変わらずティルは不謹慎ですね。そんなネタ技必要ありません。……私はユーヤを信じます。うまく付き合えると言うならそうなのでしょう」


 必殺技はリスクがあるほうが燃えるか。

 その言葉に共感してしまった。……変なところでティルとは気が合う。


「セレネ、【回復ヒール】をくれ。ポーション一つじゃ駄目みたいだ」

「ええ、【回復ヒール】」


 傷が完全に癒え、立ちあがる。

 軽く体を動かしてみるがどこも異常がない。


「俺のことはもういい。いよいよお待ちかねの報酬だ。見てみろ、ドロップアイテムが出るぞ」


 巨体故に青い粒子になって消えるまで時間がかかったアイスグランド・ジェネラルが完全に消え、複数のドロップアイテムがあった。

 レイドボスの場合、ドロップアイテムの数が多い。

 それに、必ず同じものを三つずつ落とす。

 それは三パーティで挑むことを推奨しているからだ、もっと多いレイドで挑んだほうが楽ではあるが、アイテムの取り合いになる。

 そして、俺の手に暖かな光の粒子が集まり、白と青で彩られた羽織りが現れる。


「ユーヤ、これ何?」

「レイドボスは、もっとも勝利に貢献したパーティに追加報酬を与える。どうやら、今回は【夕暮れの家】がゲットしたようだ。【将軍の雪羽織】、水(氷)に対する完全耐性に異様な軽さと高い防御力、防具じゃなくて装飾品だってところもいい。特殊効果まである……売りに出したらいくらの値が付くか想像もできないな」

「すごい!」

「これがあったら、氷のドラゴンとだって戦えるじゃないかな?」

「きゅいっ!」


 お子様二人組が謎ダンスを始める。今回はエルリクも参加していた。

 微笑ましい光景を眺めながら、鑑定アイテムで【将軍の雪羽織】を見る。

 凄まじい性能だ。

 レベル50パーティでも、これほどの逸品を持っているものはいない。


 ドロップ品以外にも報酬がある。

 頭の中に祝福の音が鳴り響く。

 そう、莫大な経験値によるレベルアップだ。


「ユーヤ、レベルがあがった。これでルーナは43!」

「ユーヤ兄さん、私も私も!」

「私もよ」

「レイドボスはとても経験値が高いですからね」


 40台になれば、適正レベルの狩場で毎日理想的な狩りをしてもレベル一つ上げるのに一か月以上かかると言われているのに、容易くレベルがあがった。これもありがたい報酬だ。

 ずっと黙っていた竜人の盗賊ライルが口を開く。


「ユーヤ、ほとんどおまえらのパーティの活躍で勝てたもんだがよ。図々しい願いをさせてくれ。ドロップ品とクエスト報酬のほうは山分けにしてほしい。あいつらも頑張ってくれたんだ」

「何を当たり前のことをいってるんだ。俺たちだけじゃ絶対に勝てなかった。報酬は山分けに決まっているだろ。ただ、事前の契約通り、MVP報酬は別だがな」

「安心したぜ。じゃあ、帰ろう。奴らの見舞いに行かないとな」

「おおげさだな、半日もすれば回復してるだろう」


 【瀕死】では、【回復ヒール】やポーションの効果が落ちるとはいえ、これらに頼れば半日もあれば体調は戻る。


「ライル、街に戻るまで一緒に狩りをするか? さすがのおまえでも一人じゃ戻れないだろ」


【ドラゴンナイト】の他三人は、すでに【瀕死】になり【帰還石】で戻っている。

 このレベル帯のソロはきつい。

 ライルなら、戦闘を避けながら戻れるかもしれないがリスクが高すぎる。


「おうよ。そうさせてもらう。俺まで【帰還石】使ったら、今回の狩りの儲けが吹っ飛ぶからな。三つ使っただけでめちゃくちゃいてえ」

「その分、うちの盗賊にいろいろと教えてくれ」

「ユーヤのお友達、よろしく!」

「よろしくな。嬢ちゃん」

 ルーナがぺこりと頭を下げた。

 今回のボス戦でルーナはライルのことを学ぶ相手として認めている。

 きっと、短い時間でも得るものはあるだろう。

「……ユーヤよう、フィルのときと同じように自分好みに育ててから、後で食っちまうつもりじゃねえだろうな」

「人聞きが悪いことをいうな、フィルだってそういうつもりで拾ったわけじゃないし、ルーナもそうだ」


 人のことをなんだと思っているんだ。


「じゃあ、帰ろう。戻ったら、討伐達成を伝えて、それから飲み会だ。ライル、好きだろ? そういうの」

「ああ、大好きだ」


 ライルと笑いあう。

 苦戦はしたものの、アイスグランド・ジェネラルを倒した。

 たくさんのお土産も、それ以上の経験も得られている。

 俺たちにとって今日の経験は大きな財産だ。

 そして、これでようやく錬金技能の獲得と、白銀兎の狩りに集中できる。

 まだまだ、クリタルスを楽しめそうだ。

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