第七話:おっさんは絶品チーズ鍋を楽しむ
結局、日が暮れるまで探索したがアイスグランド・ジェネラルに出会うことはなかった。
アイスグランド・ジェネラルには出会えなかったが、再配置後、魔物が手つかずで残されていたため効率よく狩りができている。ドロップ品もかなり手に入れられた。
今は野営の設置を始めている。
三つのパーティが一か所に集まる。ちょうど、森林地帯があったのでそこにテントを用意していた。
アイスグランド・ジェネラルは巨体だ。あの巨体でここに近づくには、木々を押し付け、踏みつぶさなければない。轟音が周囲に響くし、時間もかかる。
ここであれば、確実に接近に気付けるし、迎撃態勢も整えられる。
「ようやく雪がやんだか」
狩りをしている間ずっと雪が降っていて参った。
明日はこのまま晴れてくれることを祈っておこう。
「チーズ、チーズ!」
「お鍋、お鍋!」
「きゅいっ!」
テントの設置が終わったお子様二人組とエルリクがフィルをせっついている。
ずっと寒さで体温を奪われたせいでカロリー消費が激しく、いつも以上にお腹が空いているようだ。
「急いで作りますね。セレネちゃん、固パンを一口サイズに切ってください」
「これぐらいでいいかしら?」
「ええ、ちょうどいい感じです」
キノコや干し肉で出汁を取りながらフィルがセレネに指示をする。
最近、セレネはフィルの手伝いをしながら料理を覚えている。剣術の師匠は俺だが、料理の師匠はフィルだ。
調理の様子を眺めていると【ドラゴンナイト】の一団から、盗賊ライルが近づいてくる。
「おおう、うまそうな匂いだな」
「ルーナたちのチーズ鍋、あげない」
ルーナが尻尾を逆立てて警戒心を出している。
「取る気はねえよ。話をしに来ただけだ」
「俺とフィルのレベルのことについてか?」
「そっちじゃない。まあ、それも気になってたがな。ちょうどいいし聞いておこうか? おまえら、そのレベルはどうしたんだ?」
相手が自分以下のレベルだとレベルが見える。【試練の塔】をクリアして上限解放がされている彼なら、俺たちのレベルは当然見える。
「野良ダンジョンでレベルドレインを使う魔物に遭遇してやられた。だが、悪いことばかりじゃないぞ」
俺は立ち上がり、一本の枯れ木に目をつける。
これなら、切り倒してもいいか。ちょうど薪が足りなかった。
踏み込んで、居合切り。枯れ木を根元から断ち切り、倒れ切るまでに何度も剣閃を走らせ薪にする。
「レベルを上げなおしたんだが、一度目よりずっといい数字を引けてな。レベルは下がっているが、以前の倍は強くなった」
「みりゃわかるさ。……ったく、そのステータスを最初っから引けてりゃ、俺たちは今でも四人でやってたのによう。おまえが抜けて、みんなばらばらだ」
どこか寂しそうにライルは呟く。
「そうかもな。だが、どうにもならなかったことだ。それで、何を言いに来た?」
「忠告だよ。俺ら【ドラゴンナイト】は全員竜人だから人間やら、エルフやら、獣人のメスには興味ねえ、だが【ワイルドタイガー】は違うぜ。あいつらもいいやつだがこれだけいい女がいるとなぁ。羽目を外すかもしれねえ、警戒しておけよ。……レイドで強敵に挑む前に、そんな馬鹿なことをするとは思えねえが一応な」
「昔からライルは見た目に似合わず気配り屋だよな」
「見た目云々は余計だバカ」
俺たちは笑いあう。
フィルが調理作業にひと段落ついてこちらにやってくる。
「ライル、お久しぶりです」
「おうよ。あのちんまいガキがいっぱしの女になってるじゃねえか。あれか? ようやくユーヤに抱かれたのか。あの頃は辛かったんだぜ。フィルからはユーヤにどうしたら女として見てもらえるかって相談されて、レナードの奴からはフィルにどう告白すればいいかって相談されていてな」
朗らかな声でライルは俺の知らないところで起こっていた異変を語る。
「それ、言わない約束だったじゃないですか!」
「もう時効だぜ。それじゃ、俺も戻るな。……おまえらは変わらないでいてくれてよかった」
「なあ、ライル。どうしておまえはレナードと別れたんだ。最後まであいつと一緒にいると思っていた」
「……レナードには義理も恩もある。詳しいことは話せない。まあ、あれだ。ついていけなくなった。俺がやりたい冒険者っていうのはな、パーティで一丸になって、頭を振り絞って、全力でぶつかって、それで獲物を倒したり宝を手に入れて、そんで全員で気持ちよく笑いあって、楽しい酒を呑んで夢を語り合う。そんなパーティだ。ユーヤが居たころにあった、そういうあったけーのがなくなっちまったんだ」
その言葉で、かつての四人を思い出す。
あの頃は、そういうパーティだった。
「ライル、チーズ鍋作ってるんです。おっきなお鍋はありませんか? 私たちだけじゃ食べきれないぐらいの量なんでおすそ分けします」
「そいつはありがてえな。【ワイルドタイガー】の連中にも声かけてもいいか」
「ええ、もちろんです」
【とろとろチーズ】の量には余裕がある、三パーティの分は賄える。
「野営で、うめえ飯が食える。これ以上の贅沢はねえな」
「そうだな。明日に向けて英気を養おう」
フィルの提案に【ドラゴンナイト】も【ワイルドタイガー】も食いつき、大なべを持ってくる。
そして、パーティごとではなく、懇親会を兼ねてみんなで食事を楽しむことが決まったのだ。
◇
夕食の準備ができた。
三パーティがそれぞれ焚火を作り、焚火で鍋を温めている。
鍋の中には、濃いめの出汁で【とろとろチーズ】を溶いたものがたっぷりとあった。
鍋の隣には具材が並んでいる。
全部、串が刺さっており堅パン、エビ肉(並)、鶏肉(並)、村で買ったアスパラガス、など多種多様だ。
「美味しそう!」
「見ているだけで暖かいよね!」
「そうね、たっぷりチーズを絡めると、どれだけ素敵な味がするのかしら?」
「きゅいっ!」
いつも騒ぐお子様二人組に加え、セレネまでもがノリノリだ。
それほどこの寒空の下のあつあつチーズ鍋というのはひどく魅力的に映る。
フィルがこほんと咳払い。
「みなさん! そろそろ食べごろです。材料は全部薄くしているので、十秒ほどの加熱で引き上げてください。心ゆくまで【とろとろチーズ】で作った、チーズ鍋を楽しんでください!」
「「「おおう!!」」」
三パーティ、全員の声が響く。
いよいよ楽しい食事の集まりだ。
「こいつはうめええええええな」
「くー、あったまるぅ」
「チーズが伸びて、おもしれえな」
「料理がうまい美少女か。うらやましいな。俺らも男だけじゃなくて女も入れようぜ」
「そしたら、おまえは首だな」
【ドラゴンナイト】と【ワイルドタイガー】の面々が盛り上がり始める。
俺たちも負けじと鍋に手を付ける。
料理上手なフィルが作った出汁は、それだけでも美味しいのに、高レベル魔物からドロップする【とろとろチーズ】も絶品。チーズシチューとしても成立する。
ここに具を入れると、どれだけ美味しくなるのだろう?
「ルーナはエビがお気に入り! とろとろチーズとぷりぷりエビで幸せ!」
「私はね、アスパラガスって野菜が一番美味しいと思うよ。チーズと怖いぐらいにあうね」
「私はパンかしら? 出汁で美味しくなったチーズをたっぷり吸い込んで、とても贅沢な味ね」
「一番がどれかと聞かれると悩ましいですね。鶏肉が口にあいます。脂身が少ない分、チーズを絡めてもくどくならないので」
串に刺さった具材を出汁で割ったチーズできっかり十秒泳がせて引き上げる。
アツアツでとろとろのチーズを纏い、もくもくと白い煙がでる。
寒空の下だと感動的な光景。
それを口に運ぶ。体の内側から暖かくなる。
堅パン串は絶品だ。出汁とチーズの美味しさをシンプルに味わえる。
エビ肉と鶏肉は単体だとあっさりしすぎているが、こうしてチーズをまぶすと一気に力強い味になる。
アスパラガスと脂肪の相性は言うまでもない、チーズ鍋で食べるには最高の野菜と言えるだろう。
どれもこれもたまらなくうまい。
それに串をチーズの海にくぐらせるのは楽しい。その楽しさがさらに鍋を美味しく感じさせてくれる。
あつあつでとろとろで出来立て、みんな夢中になって串を鍋に泳がせる。
大量の具材を刺した串を用意していたが、それもすぐに消えていく。
「きゅいっ!」
ルーナとティルに肉を中心に食べさせてもらっているエルリクも満足そうだ。
ただ、一つだけ欠点がある。
「酒が飲みたくなるな」
「私もそう思っていました。でも、今すぐアイスグランド・ジェネラルと遭遇する可能性もありますからね。我慢しないといけません」
そう、超高速徘徊型だ。いつ出会ってもおかしくない。
酒を呑むのは自殺行為だ。
しぶしぶ諦める。
それは、他のパーティの連中もそうだった。
レイド戦で無事に勝てたら、酒盛りをするのもいいかもしれない。
食べ終わった【ドラゴンナイト】と【ワイルドタイガー】の面々がこちらにやってきて礼と、うまかったとフィルとティルに伝える。
……それだけなら良かったが、【ワイルドタイガー】の面々は余計なことをし始めた。
「フィルちゃん、恋人いる? もしいないなら是非俺と」
「俺も立候補する!」
いきなり、フィルをナンパし始めたのだ。
気持ちはわかるが、愉快な気分じゃない。
「私には恋人がいますから」
フィルが俺と腕を組む。
すると、残念そうな顔をして、……さらに驚くべき行動にでた。
「なら、そっちの君はどうだ? もふもふの尻尾がキュートだね。俺と来たら、毎日贅沢できるよ!」
なんと次に目をつけられたのはルーナだった。
ロリコンなのか? と思ったが、冷静に考えればこの世界では14歳で結婚するのが普通だから、おかしくはない。
ルーナは首をかしげて、それからフィルとは反対の手を組んできた。
「ルーナはユーヤの」
なんとなくでフィルの真似をしたのだろう。
うれしいことはうれしいが、複雑な気分だ。
「じゃあ、可愛いエルフの君はどうだ」
ティルまで目をつけられた。もう次の展開が予想される。
「私もユーヤ兄さん……ごほん、ユーヤのものだから。ごめんね」
ティルは首の後ろから手を回してもたれかかってきた。
そう言うと思っていた。ティルは悪ノリが大好きだ。
【ワイルドタイガー】の面々は次にセレネを見る。
そして、セレネは。
「私も心に決めている人がいるわ」
そう言って意味ありげに俺の顔を見て微笑む。
なぜか、エルリクが飛んできて頭の上に乗ると、『きゅいっ!』と可愛い鳴き声をあげた。……たぶん、ルーナとティルに育てられたせいで変なところが似てしまったのだろう。
【ワイルドタイガー】の面々は絶句している。
美少女が四人もいる俺のパーティ、その全員が俺の恋人を自称したのだから。
「……レイド戦で、あのおっさんを背中から斬らない自信がねえよ」
「ハーレムか、ハーレムなのか、こんな美少女ぞろいの」
「俺らはむさい男四人でパーティ組んでるのに、なんだこの理不尽な格差は」
「時代はおっさんなんだなぁ」
すごすごと帰っていく。
……完全に勘違いされた。美少女四人を従えたハーレムパーティなんて面白い話、場合によってはあっという間に広がっていく。
彼らがいなくなってから大きくため息をつく。
「おまえたちふざけすぎだ。おかげで四股男だと思われたじゃないか」
「嘘は言ってない。ルーナはユーヤの。ユーヤが望んだようにつく……ううん、なんでもない」
「乗るしかない、このビッグウェーブにって感じだね!」
「その、ごめんなさい。無難に断るにはちょうどいいと思ってしまったの」
セレネ以外、謝罪ですらない。
軽くデコピンすると、ルーナとティルが恨めしそうな顔をしていた。
「食べ終わったし、寝ようか。ルーナ、ティル、セレネ、テントの中に俺以外の男が入ったら、即座に叫べ。念のためだ」
「ん、わかった。ユーヤを呼ぶ」
彼らはそういうタイプじゃないと思うが、念を入れておこう。
◇
一晩明けた。懸念していたようなことはなくトラブルなしに朝を迎えた。
朝は、昨日のチーズ鍋にグランネルの米を入れて雑炊みたいなリゾットを作ったがこれが絶品だった。
「ルーナ、朝ご飯ずっとこれでいい」
「たまらないよね。体の内側からぽっかぽかだよ」
「……ただ、これを毎日食べると体重がすごいことになりそうね」
「大丈夫だ。その分動けばいい」
昨日鍋をして具材の旨味が溶けだしていて、チーズ鍋のソースがパワーアップしていたのだ。
リゾットにして一気かきこむとその旨さが爆発する。
朝から体が温まった。
今日は雪が降っていない。
ありがたいことだ。昨日よりも戦いやすい。
◇
その日も狩りをしながらアイスグランド・ジェネラルを探す。
遭遇したシルバースノー・ベアを倒したころ、地響きを感じた。
巨大な何かがとんでもない速度で近づいている。
ルーナのキツネ耳が動く。
「すごくおっきい、すごく速い、すごく強い、すごい巨人が来る! あっちから!」
ルーナが指さした方向を見ていると、【ワイルドタイガー】の前衛をしている戦士が空高く宙を舞った。
氷の巨人が見事なアッパーカットを放つところが見えた。
【ワイルドタイガー】の戦士は信じられないほど長い滞空時間の後、着地、雪に埋まって見えなくなった。……雪がクッションにならなきゃ、一発退場していただろう。
「ようやく、現れたようだ。みんな、走るぞ」
あの姿、間違いなくアイスグランド・ジェネラルだ。
俺たちは【ワイルドタイガー】のほうへ走り出す。反対側にいた【ドラゴンナイト】も向かっていた。
さあ、レイド戦だ。
勝つのは当然として、どのパーティよりも活躍してMVPドロップをかっさらわせてもらおう。




