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第六話:おっさんは雪上で戦う

 三パーティでの作戦会議を終えた。

 俺たちが二組で五人ではなく、五人で一組のパーティだと気付いた彼らは、幻の上限解放アイテムの存在に思い当たり、入手方法を聞いてきた。

 上限解放アイテムの存在は知られているし、俺たち以外にも何組か所持もしているパーティもいる。

 俺はただでは教えられない、それに匹敵する情報と引き換えだと答えている。

 ありがたかったのは、竜人ライルが俺とフィルのレベルが下がっていることについて何も言わなかったことだ。昔から気が利く奴だった。


 ダンジョンの入り口へと向かう。

 クリタルスのダンジョンは二つしかない。

 一つ目は、適正レベル35の【輝く雪原】。

 こちらは今でも探索できているらしいが、街の特産品と呼ばれるものは、もう一つのダンジョンでしか入手できないので金にならず人気がない。


 本命は二つ目の【氷雪の世界】のほうだ。

 氷と雪に覆われたダンジョン。その特徴はとにかくでかい。

 以前探索した砂漠のダンジョンもでかいほうだが、それすら超える。

【氷雪の世界】はいろいろなものがある。果てが見えない雪原や、とんでもない標高の雪山、氷の洞窟に巨大な湖、森なんてものもある。

 氷雪系のダンジョンでは最大規模であり、探索しつくそうとすれば数年かかるだろう。


「ユーヤ、真っ白! 雪、すごい」


 現在進行形で雪が降っていた。


「できれば晴れていてほしかったな。体力も体温も奪われる。早く、止んでくれることを祈ろう」


 ルーナがはしゃいでいる。

 キツネだけあって、雪が好きらしい。


「この上着があればぎりぎり耐えられる寒さだね。でも、手袋は外せないよ。昨日がんばってみたけど、やっぱり手袋ごしじゃ命中率が落ちるね」

「ですね。根性じゃどうにもならないです。我慢して手袋を外しても寒さで指の感覚がなくなって悪化しますし」

「いつものように二人の弓には甘えられないな。そのつもりで考えておく」


 規格外の弓使いであるフィルとティルはこのパーティの主力だが、頼らないでも戦う術はある。


「フィル、あれはどうだった。昨日試したんだろう?」

「成功ですね。あれをしている間は、私もティルもいつも通りに戦えます。ですが……」

「わかっている。雑魚には使うな。アイスグランド・ジェネラルが出たときのとっておきだ」


 昨日の夜、みんなで雪での戦いを練習した。

 その中で、一つだけ雪のなかでもいつも通りに戦う術を見つけたのだ。

 アイスグランド・ジェネラル戦では、それに頼ろう。


「エルリク、おまえも元気そうだな」

「きゅいっ!」


 暖かな羽毛が羨ましくなる。

 俺たちに続いて、【ドラゴンナイト】と【ワイルドタイガー】の一団もやってきた。

 俺たちは距離をある程度つかず離れずの距離をとって狩りをすると決めていた。

 これは獲物の取り合いにならない距離であり、アイスグランド・ジェネラルが来たらすぐに合流できる距離だ。


「みんな! ボスとの戦いの前に狩りをしながらこの環境になれるぞ」

「ん。わかった」

「任せてよ」

「やらないといけませんね」

「わかったわ」


 さあ、ボス退治も大事だが狩りも大事だ。

 なにせ、このダンジョンは広い。丸一日探索しても出会わない可能性もある。

 その間、なにもしないのはもったいない。だから、俺たちは事前に狩りをしながらアイスグランド・ジェネラルを探すと取り決めていたのだ。

 このダンジョンで夜を明かすことも考えられる。美味しい夕食が食べられるかは狩りの成果しだいだ。


 ◇


 ルーナのキツネ耳が動く。


「敵を見つけた。うさぎ、300m先」

「白銀兎だな。……放っておこう。あれを狩るのは後だ」


 超高経験値だが、逃げ足が速く、ひどく臆病で戦わずに逃げてしまう魔物。

 名前有りの肉を落とす魔物でもあり、クリタルスに来た理由の一つでもある。

 白銀兎を狩る秘策を考えているが、他のパーティに教えてやるわけにはいかない。

 効率的にレベルを上げるために独占したいのだ。

 試すのは他のパーティに見られていないときだ。


「ん、残念。すっごいお肉はまた今度」


 ルーナがしょげている。

 しばらく先に進むと、ルーナが逃げたと告げる。

 白銀兎は200mをカバーする【気配感知】もち、それ以上近づけば逃げていく。


「ユーヤ兄さん、思ったより厄介な魔物だね。ちっちゃいし真っ白い体が保護色になって遠くからじゃほとんど見えないよ。それに速いし。さすがの私も雪が降るなか200m以上先からは狙えない」


 始祖の血を強く引くエルフの家系は特別な目を持つ。

 風を視ることができ矢がどう動くかがわかるのだ。その力があっても雪はどうにもならないようだ。


「大丈夫だ。ちゃんと手はある。楽しみにしておいてくれ。ルーナ、他の敵はいるか?」

「今、見つけた。南東のほうに角がぐるぐるな山羊がいる」

「ほう、それはいいな。そいつはスノー・シープ。ルーナとティルがお望みの【とろとろチーズ】をドロップする魔物だ」

「チーズ!」

「慎重にやるね!」


 俺は頷いて、両隣にいるパーティに手信号で魔物を見つけたので南東に進むと送る。

 予めいくつかのサインを決めていた。

 これもその一つだ。


 ◇


 雪のせいで視界が悪いが、南東に進むとスノー・シープの巨体が見えた。

 ルーナ言う通り、角がぐるぐるに巻かれている。


「あの角を見すぎるなよ。あれで催眠術をかけてくる。気が付けばぐっすり眠って、その上に雪が降り積もって永眠なんてこともありえる」

「地味に聞こえるけどすごくえげつない攻撃ね」

「雪原で寝たら死ぬからな」


 ゆっくり進んだおかげで、向こうは俺たちに気付いていない。

 あと100メートルというところまで近づいた。


「ティル、矢で狙えるか」

「ちょっと自信がないかも。でも、やってみるよ」


 いつもは300メートル以内なら必中と言う彼女も、雪の中、手袋をつけてだと100メートルでも怪しいらしい。

 ティルは一呼吸で三連射。

 二発外して、一発が当たる。

 スノー・シープが怒り、こちらに走ってきた。


「やっぱり、ぶれるね。でも、なんとなくわかったよ」

「ええ、参考になりました。いい撃ち方です」


 ティルの三発の速射は、全部微妙に狙いが違った。おそらく、雪による変化を見定めるために意味がある打ち方をした。

 ティルとフィルが近づいてくるスノー・シープに矢を放ち続ける。命中率は七割。

 普通の弓使いなら驚くべき精度だが、彼女たちの腕を考えれば低すぎる。

 スノー・シープのぐるぐる角がうねり始めた。


「奴の催眠がくる、角を見るな!」


 遅かったようだ。狙いをつけようと集中していたティルがばっちり催眠術にかかってその場で眠り始めた。

 弓を放ち始めると集中力が高まりすぎて他が見えなくなるのはティルの弱点だ。


「フィル、ティルを頼む」

「わかりました」


 奴を出迎えるように雪原を走る。

 思ったように速度が出ない。一歩踏み出す度に足が雪に埋まっていく。蹴りだす足が重い。

 こっちはこれだけ苦労しているのに、スノー・シープは雪の上を跳ねるようにして進む軽やかな動き。

 雪原で、環境に対応した魔物と戦うのは思った以上に厳しいらしい。

 だが、こちら側にも雪を苦にしない戦力がいる。


「ルーナに任せて!」


 キツネの特徴をもつルーナならではの音がなく体重を感じさせない軽い走り。

 そのおかげか、雪に足を取られずに雪の上を駆けていく。


 ルーナは催眠にかからないように目をつぶったまま走っていた。

【気配感知】持ちのルーナには全方位が感じ取れる。目は必要ない。

 スノー・シープは催眠術の効果がないと気付くと、そのぐるぐる角をピンと伸ばして槍のようにして突進する。

 ルーナとスノー・シープの距離がゼロになる直前、ルーナは跳び華麗に空中で反転しつつスノー・シープの背中に短刀を突き立てた。


「メエエエエエエエエエエエエエエエエ」


 スノー・シープが悲鳴を上げて振り向くのと、予備の短刀を引き抜いたルーナが突きを放つのは同時だった。


「【アサシンエッジ】!」


 クリティカル音が響き渡り、スノー・シープが絶命。

 青い粒子になり、木の皮にくるまれた何かをドロップした。

 ルーナがキツネ尻尾を振りながら戦利品を持って戻ってくる。


「がんばった!」

「えらいぞ。雪の上なら俺より強いかもな」

「ううん、それはない。でも、雪の上、ルーナは得意かも!」


 嬉しそうに俺の手を受け入れる。

 ここまで雪の上で動けるのは嬉しい誤算だ。

 ルーナの力を頼りにさせてもらおう。


「フィル、ティルは起きたか?」

「まだですね。頬を叩いてもなかなか」

「むにゃむにゃ、ルーナ、それ、私のお肉だよ」


 どうやら夢の中で料理の取り合いをしているらしい。


「雪を顔に押し付けたら冷たさで起きるかもな」

「いい考えですね。……えいっ」


 フィルが背負っていた妹を顔から雪に落とす。


「冷たっ、もぐ、ふぐ」


 顔が埋まったまま、パニックになって暴れている。

 ちょっと可哀そうになってきたので、引き抜いてやる。


「おはよう。ティル」

「えっ、私、どうしてたの」

「スノー・シープの角で眠らされて頭から雪に突っ込んだんだ。集中力が高いのはいいことだが、他が見えなくなるのはティルの欠点だ」

「そうだったんだ。ううう、一生の不覚だよ」


 良かった。簡単に誤魔化されてくれた。


「ティル、これがさっきの魔物のドロップ!」


 ルーナが木の皮に包まれたものをティルに見せる。


「もしかして、これってあれ? きっとあれだよね? ユーヤ兄さん!」

「開いてみればわかるさ」


 そう言うと、お子様二人組が目をきらきらさせながら包みを開く。

 すると、若干黄色味がある白いチーズの塊があった。


「うわあああああ、おっきなチーズ!」

「これだけあればチーズ鍋ができるよ!」

「大きいだけじゃないぞ、これだけ寒くても固くならない特別なチーズで、ちょっと摘まんでひっぱると……」

「ぐにゅーって、ぐにゅーって、ルーナもやりたい!」

「すっごい伸びるね! 美味しそう」


 ルーナが包みを俺に渡すと、喜びのあまりいつもの謎ダンスを始めた。

 雪の上でも謎ダンスはできるようだ。


「ダンスはそれまでだ。そろそろ先へ進もう。他のパーティに文句を言われる前にな」


 魔物を倒しながらアイスグランド・ジェネラルを倒すことはみんな同意しており、魔物を見つけたパーティが戦いを終えるまで見届ける決まりではあるが、あまり待たせるのも悪い。


「わかった。先へ進む!」

「お姉ちゃん、後でチーズ鍋作ってね」

「任せてください。材料は揃っていますし作れますよ」


 フィルの言葉を聞いてご機嫌になった二人が元気よく進んでいく。

 ……ある意味、二人にとってはアイスグランド・ジェネラルよりこっちのほうが大事かもしれない。

 日中にアイスグランド・ジェネラルと出会わず、野営することになればフィルのチーズ鍋を寒空の下、楽しめる。

 そうだ、せっかく共同作戦をしているのだし、他のパーティにご馳走してやって交流を深めるのもいいかもしれない。美味しい物を食べながら笑い合えば、より連携は深まるだろう。

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