第五話:おっさんは雪原を走る
ようやく雪と氷の村クリタルスについた。
グランネルで一応の防寒服は揃えたが、あそこは年中暖かい街で本格的なものは手に入らなかった。
冒険者はレベルが上がれば暑さや寒さに強くなるとはいえ、寒いものは寒い。
「ラプトル、おまえはどこでも元気だな」
相棒の頭を撫でる。
ラプトルが愛用されるのは、速さ以上に暑さや寒さを苦にしないというのが大きい。
爬虫類は寒さに弱く、気温が低いダンジョンに出現しないのだがラプトルは例外だ。
ゲームのときもラプトルは冒険者が足として使用していた。ゲームとして考えたとき足に使う生き物が、寒いから動けませんではストレスが溜まる。だからこそ、そういうふうに設計されているのかもしれない。……そんなメタ的なことを考えてしまった。
「がくがくぶるぶる」
ティルが歯をがたがたと鳴らしている。
そして、とうとう我慢できずにルーナに後ろから抱き着いた。
ルーナがびっくりしてキツネ尻尾の毛を逆立てる。
「ルーナ、あったかいよう」
「冷たいっ、ティル離れて」
ルーナが暴れているがティルはお構いなしに尻尾に手をいれたりやりたいほうだい。
このままでは二人の友情に罅が入りそうだ。
早く防寒着を買いに行こう。
◇
ラプトルを厩に預けたあと全員分の上着と膝下まで包むブーツ、それから耳を覆える帽子を買った。
性能を考えると、今の装備を変えるわけにはいかないので現状の装備の上から羽織るというスタイルになる。
購入したのは、ダンジョンに出現するトナカイ型モンスター、スノーカリブーの毛皮で作られたものだ。
ふかふかで手触りが良く、保温性が非常に高いうえ水をはじいてくれる。
理想的な防寒着であり、他国にも輸出されているクリタルスの特産品だ。
質はいいのだがやけに高い。
魔物の優秀な素材を使っているので高いのはわかるが、少し度を超えている。
とはいえ、他の店では取り扱っていないし妥協して普通の素材の上着を買えばダンジョン内で地獄を見るので仕方なく購入する。
「ふう、この上着すごいね。ほんとにあったかい」
「そうですね。でも、分厚くて重いですし、腕が動かしにくい。弓の精度に影響がでるかもしれません。耳を保護する帽子も感覚を鈍らせるのが気になります……まあ、ないと耳がかじかんで弓を放つどころじゃなくなりますが」
「うん、私も気になってた。百発ぐらい撃てば慣れるはずだよ。今日はもう遅いし、ごはん食べたあとがんばろ」
ティルはいろいろといい加減なところがあるが、ダンジョン探索、そして弓のことになると真面目で建設的だ。
「前衛組も雪での戦い方を練習しておかないとな」
「ん。がんばる!」
「そうね。雪の上で踏ん張れるのかが気になるわ」
ダンジョンに出るまえに感覚を確かめよう。
「服も買ったし、次はご飯だよね」
「先にギルドだな。グランネルから実績の引継ぎと、拠点変更を終わらせておきたい。じゃないと、明日の探索時間が短くなる」
「ううう、チーズ鍋が遠いよぅ」
ふてくさるティルの口に飴を放り込むと大人しくなった。
早く温かいチーズ鍋を食べたいのは俺も一緒だ。急ぐとしよう。
◇
ギルドでもろもろの手続きを行う。
やけに冒険者が少ないのが気になった。
宿に立ち寄って荷物を預けたあと、街の中でも評判の店に来た。
絶品のとろとろチーズ鍋を出す店だ。
「チーズ、チーズ!」
「とろとろ! とろとろ!」
「きゅいっ!」
お子様二人組とエルリクがはしゃいでいる。
お腹が減って仕方ないのだろう。
ウエイトレスが来たので、さっそくチーズ鍋を注文する。
するとウエイトレスが頭を下げた。
「申し訳ございません。ただいま【とろとろチーズ】を切らしていて提供ができません」
「明日なら食べられるのか?」
「入荷の見込みもない状況でして。いつ出せるようになるかもわかりません」
ルーナとティルがこの世の終わりのような顔をしている。
「魔物のドロップ品が入手できない? 魔物は再配置の度に湧き出るんだし、ここには冒険者も多い。なにか、事情が?」
「ダンジョンに一か月前からアイスグランド・ジェネラルが出まして、冒険者たちがダンジョンに出ないのです。そのため魔物由来の素材が軒並み手に入らない状況が続いております」
まさかジェネラル種が現れるとは。色々と納得した。
ギルドに冒険者が少なかったのも、スノー・カリブーの防寒着が高かったのもそいつのせいだ。
「わかった。じゃあ、この店のおすすめを適当に見繕ってくれ。この子たちはよく食べるから七人分頼む」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
ウエイトレスが頭を下げて、去って行く。
「ううう、ユーヤ兄さん、完全に胃袋がとろっとろチーズ鍋モードだよぅ。こんなのってないよぅ」
「……ルーナも残念。楽しみにしてたのに」
「俺も同じ気持ちだ。だが、ジェネラル種が出ているなら、仕方ない」
「そうですね。普通の冒険者なら、あれがいるダンジョンに行くのは自殺行為です」
「ユーヤおじ様、フィルさん、二人は納得している様子だけど、アイスグランド・ジェネラルってなんなの?」
そうか、セレネは知らないのか。
「ジェネラルっていうのは、いわゆるボス魔物の一種でな。それも超高速徘徊型だ。ありえないスピードでぐるぐる徘徊して冒険者を見つけたら襲い掛かってくる。いつボスと戦うことになるかわからない状況で狩りなんて怖くてできないだろう。しかも、厄介な特性があって普通なら再配置で倒せなくても消えるが、奴は二か月間は消えない」
通常ボスというのは、ボス部屋から出ない。
だけど、ジェネラル種だけは別だ。ボス部屋の前で回復を行ったり装備を専用のものに変えたり、そういうことが許されないのは厄介だ。ジェネラル種すべてが45レベルというのもきつい。
加えて、ボスというのは出現するダンジョンが決まっているが、ジェネラル種は適正レベル40以上のダンジョンならどこにでも超低確率で出現して二か月暴れまわる。ある意味災害と言える。
「ん。なら、ルーナたちが倒す。ダンジョンに行って狩りをする。倒せば元通りになる。アイスグランド・ジェネラルに会えなくても、【とろとろチーズ】を手に入れて帰ってくればチーズ鍋が食べられる!」
「それいい考えだね。ふふふ、私はチーズ鍋のためなら竜だって射抜くよ!」
食べ物の恨みは恐ろしい。
二人がやる気に満ちている。
「無理だ。ジェネラル種は一パーティじゃどうにもならん。体力の総量が多すぎるし、自動回復率が半端ない。俺たちの火力じゃ、リソースを節約すれば自動回復に追いつかない。全力で戦えば瞬間的に自動回復を上回れても倒すには程遠い。あと二パーティはいる」
「ユーヤ、アサシンし続けてもだめ?」
「技量ではどうにもならない。圧倒的な火力がいる」
それもジェネラル種の怖いところだ。
「まずいですね。他の冒険者たちはアイスグランド・ジェネラルが来月になって消えるまで休業を決め込んでいるみたいですし、私たちだけが行ったところで自殺行為です」
「ギルドに行けばアイスグランド・ジェネラルの討伐クエストは出ているはずだ。この街はスノー・カリブーの毛皮を使った防寒服をよそに売っているし、【とろとろチーズ】を使った鍋を観光に使っている。それ以外にもダンジョンに依存した特産品が多い、二か月材料の供給が止まった状態を良しとするわけがない」
すでに挑んで失敗したのか、あるいはアイスグランド・ジェネラルに勝てるだけの戦力が集まらないのかどちらかだと推測している。
後者なら、俺たちが参加すれば挑めるだけの戦力に届くかもしれない。
「なら答えは簡単ね。今日はたくさん食べて、夜には雪になれる訓練をして、明日ギルドに行くだけよ」
「それしかない。もし、全然見込みが立たなければ、引き返すことになるかもな。一か月もダンジョンに入らずぼうっとしているわけにはいかない」
お目当ての鍛冶スキルと鍛冶道具や【白銀兎の肉】が入手できないのは痛いが、ここで一か月待ちぼうけになるのも、アイスグランド・ジェネラルと遭遇すれば即死という状況で狩りをするのもありえない。
「飯が来たようだな」
「ん。美味しそう。チーズ鍋以外にもいろいろある」
「今日はこれで我慢だね。早くアイスグランド・ジェネラルを倒して、チーズ鍋で祝杯をあげたいよ」
寒い地方では甘い料理や、味の濃い料理が好まれる。
ここもその例にもれないようだ。甘く煮込まれたトナカイの肉の塊が運ばれてくる。
チーズ鍋が食べられないのは残念だが、これはこれでうまそうだ。
◇
翌日、ギルドに来た。
扉をくぐった瞬間、受付嬢が猛ダッシュでやってきた。
「お待ちしておりました! 【夕暮れの家】の皆様! まさか、皆様が竜殺しを為したパーティだったとは! ギルドはあなたがたのような強いパーティを待っていたんです。ささ、こちらに」
有無を言わさない様子で手を引かれる。
なんというか必死だ。
されるがままにギルドの会議室に連れて来られる。
そこにはなんとギルド長と幹部がいた。
ギルド長が口を開く。
「ようこそ、クリタルスのギルドへ。昨日、皆様の実績を見せていただきました。すばらしい実績です。そして、有名人がお二人も。圧倒的な強さでラルズール王国最強の騎士の称号を得たユーヤ殿に、あの英雄レナードと共に戦ったフィル様! このタイミングでクリタルスに来てくださったのは神の思し召しだ」
「露骨に機嫌を取りに来なくてもいい。……アイスグランド・ジェネラルを倒してほしいのだろう。見合う報酬があるなら討伐したい。だが、少なくてもあと二組、優秀な高レベルパーティがいる」
ギルドは街から早くアイスグランド・ジェネラルを倒せと各所からせっつかれているはずだ。なにせ、クリタルスの死活問題なのだから。
「ユーヤ殿の心配は無用ですよ。すでに二組までは超一流のパーティを用意できているのです」
「だから三組目の俺たちをここまで歓迎してくれるのか」
「その通りでございます。ユーヤ殿やフィル様が良く知っている方もいらっしゃいますよ」
俺たちがよく知っている。
まさか?
扉が叩かれる。残り二組とやらが来たようだ。
現れたのは……。
「ライルか! 久しぶりだな」
「おおう、ユーヤ。老けた……って、なんか若返ってねえかおい! どういうことだよ。羨ましいじゃねえか」
竜人の大男。
かつて、レナード、フィルと共に戦った盗賊ライル。
俺の知る限り、世界最強の盗賊。
生存のスペシャリスト。
彼がいなければ、俺たちのパーティは何度も全滅していただろう。
「いろいろあったんだ。おまえがいるということはレナードもいるのか?」
「いや、いねえ。あいつとはパーティを解消した。今は俺がリーダーになって新しいパーティを作ったんだ。【ドラゴンナイト】。かなり名の知れたパーティだぜ」
そう言って後ろを指さすと、大柄な竜人たちが三人いた。
竜人だけのパーティ。全員レベルが見えない。少なくとも42以上の猛者ばかり。
装備を見る限り、戦士、盗賊、魔法使い、僧侶。バランスのいいパーティだ。
もう一組のパーティも入ってくる。
「初めまして、私はクルシャッタ。【ワイルドタイガー】のリーダーを務めています。ユーヤ殿、あなたには一度会って見たかった」
「よろしく、俺はユーヤ。【夕暮れの家】のリーダーだ」
【ワイルドタイガー】。聞いたことはある。
かなり有名な実力派パーティだ。
「【ドラゴンナイト】と【ワイルドタイガー】が揃うなんて偶然じゃないだろ? 指名クエストを受けてきたはずだ。なんで、三組揃えずに二組だけギルドは呼んだ?」
最低三組いないと倒せないのに、二組しか有名どころを呼ばないなんて、意味がわからない。三組目が現れるまで、強豪パーティを待たせるなんてどうかしてる。
「いえ、その、手違いがありまして、非常に申し上げにくいのですが」
ギルド長が額に汗を流す。
竜人のライルが大きなため息を吐く。
「実はな、【ドラゴンナイト】と【ワイルドタイガー】以外にも、【銀月騎士団】が呼ばれてたんだがなぁ、リーダーのボガーは知ってんだろ」
「ああ、実力は認めるが、性格は最悪。昔から悪い噂が絶えなかったし、俺も嫌な思いをさせられたことがある」
【銀月騎士団】は古参にして、実績なら五指に入るパーティだ。
ただ、騎士団という名前に反して、横取り、闇討ち、嫌がらせ、やることが汚すぎて疎まれている。
「その【銀月騎士団】は、めきめき名をあげる俺たちを疎んでいてな。相当無理して、真っ先にクリタルスにやってくると現地のつええ冒険者たちに片っ端から声をかけて一足先にアイスグランド・ジェネラルと戦った。手柄を独り占めしたかったんだろうな」
「その結果、全滅か」
「そうだ。おかげで俺らは待ちぼうけを喰らう羽目になった。しかもギルドは現地冒険者、それも高レベルな奴の多くを失っちまって余計にまずい状況になったってわけだ」
「よくあることだ」
冒険者には功名心が強いものが多い。ライバルを出し抜いて手柄を独り占めしようとして破滅した馬鹿は何組か知っている。
「ユーヤが来てくれてよかったぜ。ユーヤとフィルのパーティなら、俺は信じられる。おまえらが来なきゃ、引き上げてるところだったぜ」
「俺もライルなら信じられる。そして、ライルが信用している【ドラゴンナイト】も、ライバルとおまえが言う【ワイルドタイガー】もな。俺たちでアイスグランド・ジェネラルを倒そう」
パーティが複数集まってボスに挑むことをレイドという。
レイド戦は久しぶりだ。
なかなか燃える。
彼らがいるなら、アイスグランド・ジェネラルの出現時期にここにやってきたのは不運でなく僥倖。
かならず倒して、報酬と専用ドロップを得よう。
……そして、レイドの和を乱すつもりはないが、ジェネラル種のようなレイド前提のボスの場合は、パーティごとに貢献度が計算され、もっとも活躍したパーティに特別なアイテムが渡される。当然、狙うし、【ドラゴンナイト】も【ワイルドタイガー】も狙っている。
このまま作戦会議に移る。
朝は打ち合わせに費やし、昼からの出発。
すべては、この三パーティで勝利するために。




