第四話:おっさんは雪と氷の街を訪れる
単行本一巻が発売! そして記念すべき第百話!
あれから無事に戻ることができ、フィルの作ってくれた夕食を楽しんだ。
初めてエビを食べたセレネも喜んでくれている。
その後はいつものように、夜の訓練でルーナとセレネを鍛えていた。
魔法の松明が周囲を照らすなか、訓練の締めくくりに行われる実戦形式の試合をルーナと行っている。
……最近では六割程度の力は出している。
それでもヒヤッとさせられることが多い。
ルーナの渾身の突きを躱し、すれ違い際に軽く木刀で肩を叩くとバランスを崩して転倒する。
そこで時間切れ。
「今日はこれまで」
そう言うと、立ち上がろうとしていたルーナが脱力して座り込み、乱れた息を整える。
「むう、ユーヤが攻撃するようになってから、まだ一本も取れてない」
この実戦形式の試合にはいくつか段階が存在した。
第一段階は、ルーナに好きなだけ攻撃させて俺は攻撃しない。ルーナに実戦の中での攻撃パターンを覚えさせるためのもの。
第二段階は、ルーナが度し難い隙を晒したときだけ攻撃する。これは無謀な攻撃を止めさせ悪い癖を矯正するためのもの。
第一段階でも第二段階でもルーナは俺から一本を取れるようになり、とうとう第三段階。本当の意味での実戦訓練が始まり、俺は自由に動く。
第二段階とさほど変わらないように見えるが、第二段階まではルーナの呼吸で好きな展開を選べたが、第三段階では好きな展開にするには主導権を握るところから始めないといけない。
「ユーヤおじ様、ルーナ、お疲れ様。怪我を治してしまうわね。【回復】」
実戦訓練を終えて見学していたセレネが駆け寄ってきて、ルーナの擦り傷や打ち傷を【回復】で癒す。
ルーナはいじけた顔で俺を見ていた。
「ユーヤ、そろそろ四つ目を覚えたい。今のままじゃ手札が足りない」
「そうだな、もう三つは完璧だ。次に進んでもいい頃だろう」
ルーナは【アサシンエッジ】を主軸にした戦闘スタイルのため、常にクリティカルを出すだけの技量が求められる。
一番使用率が高いのは突きではあるが、九種の斬撃すべてを極めなければどんな状況でもクリティカルを狙うなんて夢のまた夢。だが、一度に全部叩き込もうとしても中途半端になるので一つずつできる斬撃を増やしていた。
ルーナがクリティカルを出せる斬撃は三つ。
突き、横薙ぎ、切上げ。
次は上からの斬撃がいいだろう。真っ直ぐに振り下ろす唐竹か、右斜めの袈裟切り。
低身長であり、上からの斬撃は使用頻度が低いと後回しにしていたが、攻撃パターンを増やすには必要だ。
「今から教えて」
「それはだめだ。これ以上がんばると明日に響く。教えるのは明日からだ」
「ん。明日からがんばって覚える。本気のユーヤから一本取る!」
この子は天才だ。
きっと二年もしないうちに教えられることがなくなるだろう。
実際、毎日訓練の締めくくりに行っている実戦形式の試合でもひやりとさせられることが多くなった。
妬んでしまうほどの才能だ。
この訓練はルーナのためにやっていることだが、俺の訓練にもなっている。
俺の速度や筋力はすでにレベルリセットまえとは比べ物にならないほど高まっている。
恥ずかしいことに自らの速さを御しきれていない。
今は戦闘時には速さを抑えている。
そうしないと、体に染みついた技をうまく振るえないのだ。
「セレネ、ルーナ。今日の訓練はここまで。フィルにお湯をもらって体を清めたら寝なさい」
「わかったわ。ユーヤおじ様」
「汗でべたべた!」
二人がテントのほうに向かっていった。
さて、俺はもう少し剣を振るおう。
「神剣ダーインスレイヴ。なんとか使いこなしてみたい」
昼の試し斬りを思い返す。
あれからいろいろと考察をした結果、デメリットの塊だが使いようはあると気付いた。
ダーインスレイヴは一度抜けば、視界に入る命すべてを葬るまで鞘に納まらない。
だが、思い返せば自分に一番近い命から狙うし、一度殺すと決めた対象を殺すまでは狙いは変わらなかった。
倒したい敵の至近距離で抜けば、その敵を殺すまでは味方に斬りかかることはない。目標を殺してから即座に【エリクシル】をかみ砕けばいい。
もちろん、一度きりの実験でそう断定するのは危険だ。何度か試してみる必要がある。
もう一つの副作用。剣を鞘に納める。あるいは【狂戦士化】の状態異常解除をしたときに負うダメージ。
あれは継続ダメージではなく、【狂戦士化】継続時間に比例したダメージを解除後にまとめて喰らう。三百秒で問答無用の即死。
つまるところ、自らの肉体の損傷具合を把握しておけば【狂戦士化】していい時間を計算できる。これ以上はやばいと思えば奥歯に仕込んだ【エリクシル】をかみ砕けば死にはしない。
「どっちにしろ、何度か試さないと。それが、俺が強くなる道でもある」
素振りをしながら、口角を釣り上げる。
ダーインスレイヴを使ってその性能を把握した以外にも大きな収穫があった。
ダーインスレイヴで【狂戦士化】をしたとき、極限の集中状態になり三倍になったステータスで、持てる技術を使いこなした。
つまるところ、今のステータスで速さを抑えないと習得した技術を使えないというのは甘えに他ならないと気付いたのだ。
なにより、三倍の速さで体を動かしたときの感覚は体に残っている。
剣を振るいながら、あのときの俺を思い出す。
【狂戦士化】状態を何度か行い、三倍速で全力を振るう感覚に慣れれば今のステータスで全力を振るうなど容易くなる。
なんとしても、あの感覚を再び味わいたいと思ってしまっていた。
◇
汗を流したあと、体を拭いて着替えてテントに戻る。
テントは五人で使うにはせまいので、俺とフィル、ルーナ・ティル・セレネの三人で二手に分かれている。
「やっと帰ってきましたね」
「そうだな。セレネには秘密だが、本当はダーインスレイヴは鞘から抜けたんだ。ただ……」
フィルにダーインスレイヴのこと、そして三倍速でもてる技術すべてを使って戦えたことを話す。
「そんな体験をすれば、ユーヤが遅くまで剣を振るうのも納得です」
付き合いが長いだけあって俺のことが良く分かっている。
「でも、残念です。せっかく、今日の夜は二人きりなのに疲れきってしまっていたら……」
「安心しろ。そっちの体力は残している」
フィルを抱きしめる。
恋人同士だが、宿ではなかなか愛し合う機会がない。
ルーナはテントの部屋分けに納得してくれるのだが、宿を取るときに部屋を分けようとすると大きな部屋を借りれるのに変とか、フィルだけずるいとか言い出す。それをうまく言いくるめる方法を知らない。
あの子に恋人同士の情事をしたいから別の部屋にしたいとはなかなか言えないのだ。
「良かったです。今日はたくさん愛し合いましょう」
「そのつもりだ」
キスをした。
久しぶりの情事、ゆっくり楽しむとしよう。
◇
翌日は朝早くに朝食をすませて出発した。
御者台の窓から馬車内の様子を見ると、フィルがあくびをして眠そうにしていた。
それに釣られるように、ティルの頭の上に座っていたエルリクも欠伸をして可愛らしい。
「お姉ちゃん、昨日はお楽しみだったんだね」
相変わらずティルは妙に親父臭いジョークを放つ。
男だったらげんこつでも喰らわせるところだ。
「……ティル、お昼ご飯はモツル菜たっぷりの雑炊にしましょう」
「うっ、お姉ちゃん、私が苦手なの知ってて」
当然のように反撃されている。
ルーナは首を傾げていた。いろいろとよくわかっていないらしい。
暇そうにして御者台にやってきた。
何をするわけでもなく、いつものように小さな体を俺の前にすっぽりと納めてうたた寝をする。この地方は肌寒いので体温が高いルーナがくっついてくれるのはありがたい。
俺は魔法袋から【エリクシル】を取り出す。
【エリクシル】は錠剤だ。潰して粉末にする。
奥歯の差し歯を抜く。
ドワーフの鍛冶師に作ってもらった特注品で薬を仕込めるようにしているし、強く噛むことで中身が飛び出すようになっていた。
薬を仕込んだ差し歯を元の位置に戻す。
【エリクシル】の数は残り三つ。ありとあらゆる状態異常を治せるだけあって貴重で、まず市場に出回らない。
ダーインスレイヴを試すときは、視界に映る生き物すべてを瞬殺できるときだけにしよう。
ダーインスレイヴを抜くたびに【エリクシル】を使い潰すのはあまりにももったいない。
「ユーヤ、あとどれぐらいで着く?」
「そうだな。予定よりだいぶペースが速い。明日の夕方には着きそうだ。普通のラプトル馬車よりも車体が優秀だし、ラプトルたちもがんばってくれている」
昔から共に旅をしているラプトルもそうだし、新入りもラプトルの中でも優秀なほうだ。
いい買い物をした。
手持ち無沙汰になったので、ルーナの尻尾を撫でていると何かがひび割れる音がして、魔法袋から真っ二つに割れたルーナの人形が吐き出される。
ラプトル馬車を止める。
周囲の気配を探るが、敵の気配はない。
本来、魔法袋に収納されているものが変化することはありえない。
だが、例外はある。
……グランネルの人形は不幸を肩代わりしてくれる。
ゲーム時代と同じ効果を持っていて正しく効果を発揮した。
「ユーヤ、ルーナの人形が」
「壊れてしまったな。すまない」
「謝ることない。むしろ、うれしい。ユーヤとルーナが大好き同士じゃないと効果がないってユーヤは言ってた。それに、これが壊れたならルーナがユーヤを守ったってこと」
「そうだな。ありがとう、ルーナ」
彼女の頭を撫でる。
それにしても、まさか俺が人形に守られるとは。
この人形の世話になるのは、ルトラ姫であるセレネだと思っていたのに。
ゲーム時代にあった、不幸フラグがついたイベントが起きたのか? あるいは誰かに呪われた?
「ユーヤ、グランネルの近くに行くことがあったらまた人形を作ってもらって。ルーナの人形、もっていてほしい」
「俺もそうしたいと思っていた。治せるかも聞いてみたいしな」
ラプトルを再出発させる。
もし、これが呪いによるものなら誰かに狙われている。フィロリア・カルテルの仕業かもしれない。
注意をしておこう。もっとも、呪いであれば術者は死んでいる。呪いは強力な力だが失敗すれば術者が死ぬリスクがある。呪いを使えるものはごく限られている。再び呪いをかけられることはそうそうないだろう。
◇
それから、さらに一晩明かした。
予定通り、ルーナには四つ目の斬撃を教えた。そしてフィルに壊れたルーナ人形の応急処置をしてもらった。
あれから異常なことは起こっていない。
そして……。
「うううう、寒いよ。ユーヤ兄さん、凍えちゃうよ。今だけは特別にティルちゃんを抱きしめることを許可するよぅ」
自分の体を抱きしめたティルが震えながら毛布にくるまっている。
目的地は山の上だ。山を登るにつれ寒さが増し、雪が降り始めた。
「寒いなら、馬車の中に戻ればいいのに」
「馬車の中はもう飽きたの! てか、エルリクもルーナも余裕って顔してるよね! 私より薄着なのに!」
「きゅいっ!」
「きつねはもふもふ」
エルリクは保温性が高い羽毛が生えたフェアリー・ドラゴン。ルーナはもふもふキツネ尻尾で温まっている。
「エルフって、寒さにも暑さにも弱いんだな」
「……エルフの里が快適すぎるんだよ! あそこ一年中ちょうどいい気温だし」
彼女の言う通り、エルフの里は一年中過ごしやすい暖かさで、年がら年中作物が収穫できる豊かな土地だ。
あそこに行けば、こういう苦労はなかった。
「さあ、着いたぞ。雪と氷の村クリタルス。俺たちの目的地だ」
煙突がある煉瓦の家が立ち並ぶ、中規模の村。
寒さに強い山羊がたくさん放牧されていた。
「やった! 早く暖かい服買わないと! あの人たちみたいに! それから、温かい飲み物と温かいご飯!」
ティルが羨ましそうに、分厚い毛皮のコートを着た村人たちを見ていた。
「ユーヤ、クリタルスは何が美味しい?」
「ギルド嬢の話じゃ、ダンジョンで手に入るドロップ品の【とろとろチーズ】というのが絶品らしくてな。とろっとろのチーズ鍋で肉を食うのが最高だそうだ。それを食べるために観光に訪れる人もいるらしい」
「それ絶対食べたい! ルーナはチーズが大好き!」
「きゅいっ!」
「いいね。温まりそう、ユーヤ兄さん急いで!」
俺は苦笑し、ラプトルを急がせる。
街に着いたら、さっそく名物のチーズ鍋を食べるのもいいかもしれない。
さあ、この街ではいったいどんな素晴らしいものと出会えるだろう。




