31.追加の敵
絶望的な状況だ。
相手の実力が、これほどまでのものだとは思っていなかった。今まで本気の一部すら見ることができていなかったなんて、思ってすらいなかったんだ。
「勇者様。体に違和感は?」
「大丈夫だ。特に問題はない」
攻撃後アクアが回復をしてくれたおかげで体は完全に治ったわけだが、それとこのまま勝てるかどうかは別の話。いくら体を治せるとしても、このまま同じ攻撃を繰り返されると勝てるビジョンがわかないわけだ。
実際、
「ほら。どうしたの?さっきはあんなに勝てそうな雰囲気だしてたのに。まだまだやれるでしょ?」
「くっ!?俺の盾が持たないか!」
「幻覚ももう効果がないのぅ。完全にこちらの魔法が届かんくなっておる」
重戦士のクーロリードが持っていた盾という名の金属板は、先ほどまでと違いかなりの勢いでダメになっていった。魔法が当たることに大きく歪み、守るには全く以て適していない形状へと変化していく。
そもそも歪む時点で金属が後ろにいる仲間に当たる可能性もあって危険だし、相当不利な状況であることは間違いない。
数秒もすれば金属板は完全に持つこともできなくなり、穴だらけの状態でクーロリードの手から離れることになる。
最後のあがきと言う形でそれを魔族へ投げてみたりもしたんだが、逆にその金属板を魔法ではじき返されて俺たちの方へと飛んできた。
「ここまで厄介だとは思わなかった。何なんだこの力は」
「さてのぅ。ここからどうした物か」
「アンミは幻覚が使えないんだろ?他の魔法はどうなんだ?」
「使ってはおるが、幻覚以外はそこまで強い物でもないからのぅ。正直魔族相手では意味がないのじゃ」
賢者のアンミはお得意の幻覚が効果を発揮せず、他の魔法も魔族相手ではたいして意味がないとのこと。弓使いのシアニも放った矢はすべて迎撃されるし、遠距離攻撃で何もできないという現状はかなりつらいものがあった。
相手の猛攻がきつすぎて近い距離にまで詰めていくことはまず不可能だし、本当なら相手と同じ土俵である遠距離戦で多少は向こうに被害を与えられることが望ましいんだがな。
先ほどのように逆転の鍵となりそうな油断を誘うアイテムも使いづらいし見つかってすらいないため、手詰まりといった状況だ。
もうどうにかできるとは思えないな。
「あがくだけあがきたいところではあるが」
「あがくとは言ってもな。何ができる?」
何かしたいが、何もできない。そんな歯がゆい状況となってしまっていた。もう俺たちには、敗北までの時間を待つことしかできないのかとすら思えてしまう。
もちろん俺は勇者だから、あきらめようとは思わない。逆転の手は常に探し続ける。
だがとてもではないが、さっきのような小手先の技術でどうにかできるとは思えないんだ。まず近くで何かを起動させようにも魔法の弾幕が激しすぎて俺たちの知覚で発動する可能性が高い。さらに光などで目をつぶしたとしても好き放題周囲に魔法をばら撒けばいいだけなので、結局それでは俺たちが近づけないし何もできないことは変わらない。
だが、それでもまだマシだったのかもしれない。たとえどれだけ絶望的でも、まだ耐えていられる苦しい時間はあるんだから。その苦しい時間の中で奇跡が起きる可能性は0ではないんだから。
もしかしたらその間に、俺たちが逆転できたかもしれないんだから。
しかし、その奇跡を待つというあまりにも起きる確率の低い奇跡にすがることさえできなくなってしまう。
「………そろそろお時間です」
「あれ?もう?そっちは終わったの?」
「はい。とは言いましても、全てを爆破で消し去られてしまっていたので失敗と言えば失敗なわけですが」
「ありゃりゃ~。それは残念。上手くいってればもう人類なんて滅亡まっしぐらだったのにね」
楽しげに笑う魔族。そしてその言葉を交わす、今やって来たばかりの相手もまた、魔族。
つまり、
「魔族が、もう1人」
「2人をまとめて相手をするのは不可能だな」
「挟まれるとマズいな。攻撃を防げなくなるぜぇ?キヒヒッ」
敵が増えてしまったんだ。しかも、かなり強い敵がな。
ただでさえ絶望的だった状況が、完全に詰んだと言ってもいいような状況になってしまう。とてもではないが追加の魔族に対処できる力を俺たちは持ち合わせていない。
ただでさえ今相手していた魔族の攻撃を受け止める事だけでも精一杯だっていうのに、もう1人追加されて後ろから魔法なんか撃たれたらどうしようもないぞ?避けようがないだろ。
こうなると、俺にはとてもではないが逆転の手があるようには思えない。
相手の強力な魔法を引き出してもう1人に当たるように誘導するなんてことをすればどうにかはなるかもしれないが、その攻撃を誘えるほど俺たちも強くはないだろう。
遊ばれている状態から少しギアを上げられただけでついていけなくなるんだから、向こうが本気なんて出す理由がない。
俺の旅も、ここで終わるのか?
「そういうことなら、確実に終わらせられる方法でやろうか。ここはボクが処理するから先に移動しておいて」
「よろしいのですか?…………とはいっても、わざわざ加勢する必要がある相手にも見えませんね。承知いたしました」
だが、救いだと言って良いのかは分からない。分からないが、新しく来た魔族は特に俺たちに何かすることもなく去って行った。
しかも、民間人に手を出すといったこともせずにだ。
「なんだ?帰してよかったのか?」
「もちろんだよ。だって、わざわざ仲間を必要になるほどお兄さんたち強くないし」
「へぇ?」
最初から相手をしていた魔族は笑う。
ただその笑みは、今までのものとも少し違うものだった。それは今までの好戦的な要素を感じさせるものではなく、どこか淡白さすら感じさせる笑み。
それはまるで、確実にこの状況を終わらせられるような手段を持っているかのようで、
「…………さて、ここでお兄さんたちとの戦いは終わりにするよ。代わりに、これを置いておくね」
「そ、それは?」
突然の戦闘終了宣言と共に、地面に置かれる黒い何か。
それはかなり重そうで、ドスンと音を立てて地面の上に置かれた。
「これは、爆弾だよ…………ほら、見て?少しずつ膨らんでいるでしょ?これがある程度まで膨らむと、バ~ン!ってなってこの周辺全部を吹き飛ばすんだよ。多分。お兄さんたちが今から全力で逃げても届くんじゃないかな?当然お兄さんたちでそれなんだから、普通の人間はどうなるだろうね?」
「なっ!?お前!!」
魔族の言葉なんてすべて信じるべきではないが、それでもその内容が少しでも本当であればかなり厄介なものを魔族は使ってきたことになる。
その爆弾をどうにかしなければ、俺たちどころかこの周辺の人間全員が爆発に巻き込まれて命を落としてしまうことになるっていうことだ。
だが、流石は性格の悪い魔族と言うべきか、それだけで終わる代物ではないようで、
「ただし、これがギリギリで爆発するより前にこの爆弾を破壊すれば爆発の威力はそれまでに膨らんだ分の威力しか発揮しない。今なら、ボクにすら当たらない範囲での爆発にしかならないかな?…………ただ代わりに~。この爆弾を破壊したら、確実にその命を落としてしまうようになっているけどね」
実に魔族らしい、性格の悪さを極限まで高めたようなものだった。
俺たちは今、選択を迫られているんだ。このまま逃げて、もし俺たちが無事で済んだとしても周辺の民間人を全員消してしまうか。
それとも、1人が犠牲になって爆発を無害なものにするか。
ただし嫌らしい事に、それを考えている時間はあまり長くはできない。時間をかければかけるほど、破壊した時の爆発が広範囲のものになってしまうんだから。




