6 諦念
結婚式が終わった。
大聖堂に向かう途中の大通りパレードでは、たくさんの国民が私たちの結婚を祝福してくれていた。たくさんの紙テープや花が空に舞う様を見ていると、無性に泣きたくなったのを思い出す。
大聖堂で落ち合ったエドウィンは、真っ白な軍服に袖を通していた。いつもちょっと着崩し気味の彼だけど晴れの日はきっちりしていて、決まっていた。
そんな中、私はどこか虚ろだった。
誓いのキスをしても、胸がときめくどころか違和感しか抱けなかった。
参列席の最前列には、女王陛下がいらっしゃる。そしてその隣には陛下の長男であるジルベール様が。
金髪に水色の目、完全無欠の王子様はいまだに私の最愛で、彼が笑顔で拍手しているのを見ると鼻の奥がツンと痛んだ。転生するなら、ジルベールルートがよかったのに。女神像の前で愛を誓うのは、ジルベール様がよかったのに。
それでも、精一杯笑顔を浮かべ、幸せな花嫁を演じた。
だってこれは、私とエドウィンたっての願いで成立した婚姻。ゲームのモノローグでも、女王陛下は自分の息子のどちらかと私を結婚させたがっていた、と語られている。我が儘を言ってエドウィンと結婚したのに、私の本命は女王陛下おすすめのジルベール様だったなんて……酷すぎる。いくら私が前世の記憶を取り戻したといっても、「旦那チェンジ!」なんて言えるはずがない。
……それで、である。
結婚式を終えた私たちは、王城の離宮の一つに移動した。ここはもともと王女だった私の母――フリージア王女が独身時代に使っていた城らしく、二十年前に母が駆け落ちして以来主不在となっていた。私は結婚によってエドウィンの姓を名乗ることになるけれど、平民出の彼が婿入りする形になる。これからは、この離宮が私たちの「家」になるんだ。
離宮には、キティを始めとしたごく少数の使用人だけ連れて行くことにしている。本城と離宮との距離は馬車をわざわざ出すのが忍びないくらいで、その気になれば徒歩でも行き来できる。普段の生活で世話になる程度の人員さえいればいいから、気の知れた人だけ連れて行くことにしたんだ。
そんなキティは私を丁寧に磨き、ほくほくの笑顔でナイトドレスを着せてきていた。
「いよいよ初夜でございますね。カトレア様も、エドウィン様と結ばれることをずっと夢見てらっしゃいましたね」
「……ええ、そうね」
キティに髪をとかれながら、私は極力明るい声で答えた。
確かに、「カトレア」は恋人のエドウィンとの結婚を待ち望み、早く彼と一緒になりたいと願っていた。エルフリーデ王族は婚前交渉が固く禁じられているから、彼と男女の仲になれるのも結婚してから。事実、これまでにエドウィンは何度も私に熱い眼差しを送ってきていたけれど、「なんでもないです。俺、ちゃんと待てます」と笑顔で流していた。
どうやら「カトレア」は若干鈍感なお嬢様だったようで、「どうしてエドウィンは、たまに私をじっと見つめてくるんだろう」ととぼけたことをゲームでも抜かしていたけれど、「れな」の記憶を持つ今の私なら、彼の眼差しの意味が嫌というほどよく分かる。
私はこれから、好いていない男性に抱かれる。
いや、「好いていない」というのは語弊があるだろう。だが皆もまさか、平民上がりの騎士との身分違いの恋を成就させた姫が、今は別人格を持ちあわせていて、男性のタイプも変わってしまったのだなんて思ってもいないだろう。
……いや、誰も知らない方がいい。
私は一度死んだ。あのクソ神の手違いは腹立たしいけれど、二度目の人生ではクソ社長にいびられることも長時間勤務でへとへとになることもなく、悠々自適に暮らせるんだ。まあ、夫に関してはちょっと想定外な面があるけれど、文句なんて言ってられないだろう。
私がエドウィンを嫌えば、彼を傷つける。そして女王陛下の、サイネリアの、そして――ジルベール様の沽券にも関わるだろう。私のことを思ってくれる人や「カトレア様」と慕ってくれる人たちの好意を踏みにじることになる。
それくらいなら。
エドウィンのことを好きだったという記憶が、少なからずあるのなら。
仮面を被ったまま、エドウィンとの結婚生活をつつがなく切り抜けるべきなんじゃないか。
仕度を終えた私はキティに連れられて、寝室に向かった。キティは私を送り届けると廊下で一礼し、「では、素敵な夜を」と言い残して去っていった。
もう一つドアを開けると、ベッドがある。私より仕度の早いエドウィンは既に待っているはずだ。
……いい加減、腹を括るべきだろう。
結婚相手が推しじゃなかった。でも、エドウィンはきっと私のことを大切にしてくれる。
それだけで十分幸せじゃないか。前世で彼氏も作れず馬車馬のごとく働いていた頃に比べれば、ずっと快適なはずだ。多分。
「エドウィン、カトレアです。入ります」
ノックしておそるおそる入室する。
寝室はベッドサイドだけ明かりが点いていて、ベッドに腰掛けていたエドウィンが立ち上がって私を出迎えてくれた。
「こんばんは……と言うのもなんか変ですかね?」
「……待たせてごめんなさい」
「気にしないでください。妻を待つのも夫の役目ですから」
エドウィンはそう言い、ドアの前で突っ立ったまま動けずにいた私をぎゅっと抱きしめた。その腕は私の体をすっぽり包み込み、うなじに熱い吐息を吹きかけてくる。
「……ああ、なんかもう、夢みたいです。まさか、憧れ続けたあなたと夫婦になれたなんて……」
「私もです――ううん、私もよ、エディ」
途中で言い直す。皆の前ではお互い敬語で話しているのだけれど、二人きりになると私は敬語を取っ払い、彼を愛称で呼ぶようにしていたんだ。
とたん、私を抱きしめていたエドウィンは「んっ」と小さく声を上げ、私の背中に熱い手のひらを滑らせてきた。
ただ抱きしめるだけではない、明確な意志を持ったその手つきに、私の背中が粟立つ。
「カトレア様――俺みたいな、身分も金もないし、粗野でガキっぽい男を選んでくれて、本当にありがとうございます。俺、あなただけの騎士になります。ずっとずっとあなただけを愛し、忠誠を誓い、あなたを幸せにします」
「エディ……」
「カトレア様、俺、我慢しました。すっごい我慢していたんです。だから今宵、あなたの全てを、いただきます」
興奮しているからか、そう囁く彼の台詞は荒い息混じりだ。
ずきん、と私の胸が意味も分からず激しく脈動する。




