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43 狩る者と狩られる者

あまーいR15

「……何かご覧になっているのですか?」


 エドウィンが寝室に上がってきたとき、私はベッドにうつぶせになり、今日の午前中に女王陛下からいただいた髪飾りをしげしげと眺めていた。明るい日差しのもとで見るときらきらと華やかに輝いて見えた髪飾りを寝室で開くと、もっと控えめで上品に輝いているように見えた。エドウィンを待つ間にあちこちの角度から眺めて観察しているうちに、結構時間が経っていたようだ。


 私はベッドに腰掛けたエドウィンに、手にしていた木製の箱を見せる。


「これ、今朝女王陛下からいただいたの。フリージアの花を模しているのよ」

「フリージア……つまり、女王陛下がカトレア様の母君のために作った髪飾りでしょうか?」


 おや、エドウィンは理解が早かったみたいだ。

 私は頷き、エドウィンの寝間着の裾を摘んで引っ張った。彼は従順に私の隣に寝転がり、枕に左肘をついた状態で私の手の中の髪飾りを見つめている。


「とてもきれいですね。……これを身につけたあなたを、いつか拝見できるでしょうか」

「そうね、いい機会があれば付けていこうと思っているわ。でも、とても高価だろうし、おいそれと触ることもできないのよね」

「はは……もしかして、『れな』さんだった頃の感覚があるからですか?」

「そうかもね。前世の私、そこまで楽な生活はしていなかったし。こんなにきれいなアクセサリーを買うことなんてあり得なかったからね」


 その後、二人で髪飾りを観察した後、箱をベッドサイドの引き出しにしまった。本当はちゃんとアクセサリーボックスに入れるべきなんだろうけれど、そうこうしている間にエドウィンの脚が私の太ももに絡まってきて、ベッドから降りることができなくなっていたんだ。


「……エディ。この脚は、なーに?」

「……あー、その。本能みたいなもんです」


 私の体を拘束せんとする彼の太ももにちょんちょんと触れながら尋ねると、エドウィンは照れたように笑った。


「俺、弓矢も得意なんで。一度狙った獲物は逃さず射止めるものでしょう? それと同じで、狩りの前には獲物に逃げられないようにするんです」

「私は鳥やウサギと同じなの?」

「んー、似たようなものですね。いずれ俺に食われる、って面では」


 そこで、ちらっと彼の目に炎が灯った。


 私の命令やお願いに忠実な彼のことだから、私の「いいよ」の言葉なしに襲いかかってくることは絶対にないだろう。でも、たまに彼はこうして狩人の眼差しをすることがある。薄い唇を舐め、じっと私を見つめる眼差しには熱が籠もっている。


 もし私が「食べてもいいよ」と言えば、彼は遠慮なく私を組み敷き、食らい尽くしてくるんだろう――そう思うと、体の奥がうずうずするし、同時に妙に恥ずかしくなってきた。


「……エディは私のこと、食べたい?」


 ちょっと遠回しに問うてみると、彼はふっと笑った後、腕を伸ばしてベッドサイドの明かりを落とした。

 辺りはあっという間に薄闇に包まれ、ぎしり、とベッドを軋ませて彼が体の向きを変える音が、鼓膜と私の胸を震わせた。


「……はい、すっごく。余すところなく食らい尽くして、たくさんあなたを泣かせて、悦ばせて、幸せにして差し上げたいです」

「……そう」

「でもですね、本場の狩りと違って――相手が食われる気になっている状態じゃないと、俺は手を出せないんですよ」


 そう言うと彼は、んっ、と鼻から抜けるような声と共に体を捻り、右腕で私を抱き寄せた。

 寝間着越しに二人分の体温が触れあい、それぞれ違う匂いが絡まり合う。彼の背中に左腕を回してそっと添えると、満足そうなため息が聞こえてきた。


「……こうしてあなたを腕に抱き、あなたにも腕を回してもらえる――それだけでも俺、すっげぇ満たされているんです。もっともっとあなたを感じたいという気持ちもあるけれど……なんというか、俺もそこまで頭の処理能力が高くないんで、ぶっ飛ばすとやばいことになりそうというか――それはだめだ、って頭の奥の方で誰かが叫んでいるような気になるんです」

「……そうだったの」

「もちろん、あなたのお気持ちを優先させますよ。……肝心なところでリードできない俺、情けないですね」

「そんなことないよ。私だって、こうしてあなたと寄り添って眠れることが幸せだし、同じ気持ちでいられるというのがとても嬉しいのだから」


 彼に抱かれ、泣かされ、食らい尽くされるというのは、きっと遠くない未来に起きることなんだろう。

 でも、今は彼も遠慮しているし、私だってもうちょっと時間があってもいいと思っている。

 焦らなくても、私たちの気持ちは同じなのだから。


「カトレア様」


 ぎしっ、とベッドが軋む。その音はまるで、「何か」の始まる合図のよう。

 エドウィンが私の体を抱き寄せてくるんと回転させ、ベッドに組み敷いた。


 仰向けになった私は何も言わず、彼の背中に両腕を回す。夜の闇のせいで輪郭や顔のパーツのおおざっぱなラインだけがぼんやりと浮かぶ中、私たちの顔が近づいた。

 唇を割り、舌を絡める。彼の背中にしがみつくだけで精一杯の私と違い、彼は器用に片手で私のネグリジェの胸元のリボンを外し、襟を広げていった。


「……あ、可愛い下着ですね」

「えっ、見えるの!?」

「多分、あなたよりずっと視力がいいので。……このフリフリ、すげぇ可愛いですね。脱がしたくなる」

「ま、まだダメだからね!?」

「分かってますって」


 くくっと笑ってエドウィンは言うけれど、キティが選んでくれた下着を今にも引っぺがされそうでヒヤヒヤする。


 エドウィンは下着を脱がす代わりにじっくり観察することにしたようで、いつものように私の胸元に痕を付けたり軽く歯を立てたりしつつ、フリルの付いた下着を見つめてきていた。彼の手が下着に掛かることはないけれど、その灰色の目に見つめられていると下着も中途半端に脱がされたネグリジェも全部取り払われ、素の姿を見られているかのような緊張感と気恥ずかしさに包まれる。


「……ね、ねぇ。あんまり痕を付けすぎないでね」


 恥ずかしさを紛らわせるためということもあり、私はエドウィンの頭に両手を乗せてぐいっと押しやる。彼は「そうですね、分かりました」と思ったよりあっさり体を起こし、私のネグリジェもきちんと直してくれた。今の寝室は暗いから分からないけれど、朝起きたら痕がはっきり見えるんだろうな……。


 エドウィンは、「あー、カトレア様の肌、最高ー」と間延びした声を上げながら私の隣に横になり、ぎゅっと抱きしめてきた。情欲の籠もった眼差しで人の肌を撫で回しキスマークを付けまくっていたときとは打って変わり、子どものようにぎゅっと抱きついてくるエドウィンは――すごく可愛い。

 腕を伸ばして彼の髪を撫でると、満足そうに私の額に自分の額をぐりぐり押しつけてきた。基本的に犬系男子だけど、こういうところはちょっと猫っぽいかも。


「おやすみなさい、カトレア様。よい夢を」

「うん、おやすみ、エディ」


 就寝の挨拶を交わした数十秒後には、静かな寝息が聞こえてきた。私と違ってエドウィンは毎日騎士団で働いているから、疲れているんだろう。


 目を開け、至近距離でエドウィンの寝顔を見つめてみた。栗色の髪が一房、彼の唇のすぐ横に垂れていたので指先で掻き上げてやり、ついでにその唇に触れてみる。……思ったより、柔らかい。


「……こうして見ると、可愛いのになぁ」


 もちろん、押せ押せなエドウィンが嫌いなわけじゃない。「リードできない」なんて言っているくせに迫るときにはぐいぐい迫ってくるし、私のツボを突いてうまく甘えてくる。その辺、甘え上手な小悪魔アルジャーノンから何か教わっているんじゃないかとさえ邪推してしまった。












 しばらくすると私も眠くなってきたので、エドウィンの胸元に潜り込んで目を閉じた。

 だから――暗闇の中、エドウィンが薄目を開けて私のつむじを見下ろしていることに、私は気づかなかった。

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