41 フリージアの花①
エドウィンと心を通い合わせるようになって、改めて実感したことがある。
「カトレア様、可愛いですね」
「あの、ちょっと、もうお仕事が――」
「そうですね。だから急げば間に合うはずです」
焦る私に飄々と返しながら、エドウィンは慣れた手つきで私のドレスの襟元を緩め、熱心にキスをしてくる。
彼は、とんでもないキス魔だった。
唇とか額とか頬とかにするのはもちろんのこと、やたら痕を付けたがるし、噛み痕を付けることもある。
今朝も、仕事に行くエドウィンを送り出そうと離宮の玄関ホールまで一緒に行ったのだけれど、周りに使用人たちの姿がないのをいいことに彼は私を抱き寄せ、これでもかってほどキスしてきた。
最初は、お互いちょんっと触れあう程度のバードキス。でもそれはすぐに深みを増し、私の口内がぐずぐずのどろどろに溶けてしまいそうなほど甘ったるいキスに変わっていく。
さらに彼は私がキスでくったりしてしまうのをいいことに、私の首筋や胸元、背中辺りに吸い付いたり軽く噛んだりしてくるのだ。むちゃくちゃ痛いわけでも血が出るほどってわけでもないので、ひとまず彼の気の済むままにさせているのだけれど……こういう嗜好があるとまでは思わなかった。
「あ、あのさ、エディ。どうしてあなたはよくマークを付けるし、噛みついてくるの?」
今朝も今朝とて彼はディープキスを終えた後、私のドレスのデザインを確認してから痕を付ける作業に入る。
鎖骨辺りの薄い皮膚をガジガジ噛んでいる彼におずおず尋ねてみると、顔を上げた彼はにっこりと屈託のない笑みを浮かべた。
「それはもちろん、あなたが俺の愛おしい人だって確認をしたいからです」
「ここまでしなくても、大丈夫だと思うんだけど……」
「そうですか? んー、でも俺、こうしてあなたの肌に自分の痕を刻むのが好きなんです」
そう言うエドウィンは悪びれた様子もない。私が嫌がっているわけじゃないと分かっているし、「キスマークを付けるのも噛み痕を付けるのも大好き」と開き直っているからだろう。
彼がキス魔なだけでなく噛むの大好き痕付け大好きであると分かってからは、「皆に見られるところには付けない」「私の許可を取る」「痛いことはしない」というのを条件に、彼の行為を許すことにしていた。
エドウィンは私との約束をきちんと守っているけれど、なんというか――「ここまで」と設定されたラインぎりぎりまでぶっ飛ばし、私の機嫌を損ねない際でうまく踏みとどまっている気がする。加減がうまいというか、知恵が回るというか。
一通り私の肌を堪能したらしいエドウィンは満足そうなため息をつき、片手に持っていた軍帽を被った。ツバの大きな帽子を被って騎士の装束を完成させる行為はすなわち、キス魔モードが終わった証でもあるので、ほっとした。
「……いつか、あなたにも噛み傷やキスマークを付けてもらいたいところです」
「…………まあ、その……いずれね」
「はい! 楽しみにしています! ……それでは、行って参ります、俺の大切なレディ」
最初はからっと笑った彼はすぐに表情を引き締め、流れるような動作でその場に片膝をついて私の手の甲に挨拶のキスをする。このギャップは、いつ見てもすごい。オンオフの切り替えが上手、けじめを付けられる、ってことなんだろうけれど、それにしても差がありすぎる。
……まあ、そういうところも好きなんだって、最近気づいたけれど。
剣を携え、悠々とした足取りで出勤していくエドウィンの背中は頼もしくて、見ているだけで安心できる。左右に揺れる栗色の髪は、今朝起きたときにちょっとだけ寝癖が付いていたのを、二人で直したんだっけ。
「……カトレア様、そろそろお仕度を」
「ええ、了解」
そそっと柱の陰から現れたキティに声を掛けられ、私は頷いた。
今日はこの後、女王陛下に呼ばれているんだ。
サイネリアは以前の婿狩り夜会以降、ちょっと忙しくなっていた。なんでも、夜会には参加していなかったけれど参加者伝手で知り合ったある青年にサイネリアが関心を抱いているようで、ジルベール様やアルジャーノンと一緒に調査をしているそうだ。しばらくの間は私の出番はないそうなので、私は最近、サイネリアと一緒に仕事をしたりレッスンを受けたりすることが減っていた。
女王陛下にきちんとした形でお会いするのは、結婚式翌日以来だ。だから……もう一ヶ月も前の話になるのか。早いものだ。
「今日はどんなご用事なのかしらね」
「そうですね……」
本城に向かう道中の馬車の中で呟くと、同乗していたキティは顎に手を宛った。
「エドウィン様との結婚生活がうまくいっているか、などの確認ではないでしょうか」
「それは私も思った。……でもその要件の場合、私単品の呼び出しでいいのかしらね」
「どうでしょうか……」
キティも、女王陛下がどんな用事で私を呼び出したのかまでは聞いていないそうだ。
馬車に乗っているのは三分程度で、すぐに本城に到着する。執務室にお邪魔した私を、女王陛下は機嫌良さそうに迎えてくださった。
「よく来てくれました、カトレア」
「ご無沙汰しております、女王陛下」
「そうですね、こうしてちゃんと話をするのは、あなたたちの結婚式以来でしょうか」
そう言う今日の女王陛下は、以前謁見の間でお話ししたときよりずっと装飾の少ない、執務用のドレスを着ていた。布地の色は落ち着きのあるワインレッドだけれど、高めの襟や袖には繊細なレースの飾りが付いていて小洒落た感じがする。
厳格な現実主義者として畏怖される陛下だけれど、ちょっと服装を変えただけで雰囲気が異なって見えた。私としては……今の方が親しみやすい感じがして、いいかも。




